9.07「甘い悪夢」
あらすじ
「幸せに……幸せになれるならッ!!! 俺の……恩返しに、なるよね――!」砂川さん、発狂。今回グロ描写注意な7節。9話は総じてファンタジー色が強いです。
砂川を読む
* * * * * *
【鞠】
「……は?」
【ミレイ】
「ん?(←クッキー)」
【鞠】
「……………………」
【ミレイ】
「…………?(←コーヒーカップ)」
【鞠】
「……あの」
【ミレイ】
「ん~?(←クッキー)」
【鞠】
「此処、図書館なんですけど……」
【ミレイ】
「ひってふぅ~、んくんく」
【鞠】
「基本的に飲食禁止、なんですけど……」
【ミレイ】
「……ごっくん。だね~。基本的に、ね~」
【鞠】
「認められてるのはペットボトルぐらいですけど。ソレ明らかにコーヒーカップなんですけど。クッキーぽろぽろ落ちてるんですけど」
【ミレイ】
「…………例外じゃない?」
【鞠】
「例外じゃないです、違反です……」
【ミレイ】
「ん~、やっぱダメか~……折角見つけたんだけどなぁ~」
【鞠】
「……ルールが守れないなら、ご退室願いますが」
【ミレイ】
「お姉さんね、ちょっと色んな人から追われててね。間食し過ぎですって。健康管理をしなさいって」
【鞠】
「いや、その……会話をするつもり、私は無いんですけど……」
【ミレイ】
「だから誰にも見つからずにお菓子が食べられる場所、探してたんだ~。で、此処に辿り着いたの。この図書館、全然人気無いもんね。無駄に広いし」
【鞠】
「……此処は飲食する場所じゃないので、他をあたってください……」
【ミレイ】
「君は~……図書委員さん?」
【鞠】
「そ、そうです、けど……」
【ミレイ】
「お名前は?」
【鞠】
「……砂川、ですけど……どうして、そんなこと――?」
【ミレイ】
「こんな広大な場所で、折角出くわした可愛い子。事務的な会話で終わらせちゃうのは、何だか勿体無いかな~って。だから、自己紹介的な」
【鞠】
「……要らない、です。必要なのは、貴方が図書館を出ることだけです」
【ミレイ】
「どうしても?」
【鞠】
「図書館は、本を読む場所、ですから」
【ミレイ】
「そっかー……まあ仕方無いかー、じゃあまた日を改めるね☆」
【鞠】
「いや、もう来ないでください……」
【ミレイ】
「おや、附いて来てくれるの? 何だか嬉しいなー、お姉ちゃんに懐いてくれちゃった?」
【鞠】
「意味、分かりません……ちゃんと図書館を出てもらわないと」
【ミレイ】
「丁度良かった。正直迷子だったんだよねー。まだ慣れてなくて此処~」
【鞠】
「……………………」
【ミレイ】
「砂川さんは、真面目さんなんだ」
【鞠】
「……普通、でしょう」
【ミレイ】
「そうかなぁ」
【鞠】
「決められたことが、ある。それを守る。それは、真面目とかそういう以前のこと……じゃないですか」
【ミレイ】
「どうかなぁ……」
【鞠】
「…………」
【ミレイ】
「その決められたことで、損をしている人だって、いっぱい居るんじゃないかなぁ。少なくとも――私は楽しくない、かなぁ」
【鞠】
「……だから破られたら、周りの人が迷惑します。私も、迷惑です」
【ミレイ】
「えへへ、ごめんねー」
【鞠】
「…………」
【ミレイ】
「……でもね、万物は流転するんだよ、砂川さん」
【鞠】
「え……?」
【ミレイ】
「変わらない世界の本質は、ただそれだけ。それ以外は全て、遍く漂う刹那の煌めき。だから……止まったものは等しくどうしようもなく、美しくない」
【鞠】
「何、を」
【ミレイ】
「云い換えよっか。――万物は、表裏一体。総てにおいて、創造と破壊は一致して起きている。何かを創れば、何かが壊れる。何かを壊せば何かが生まれる」
【鞠】
「…………」
【ミレイ】
「止まってるのは……フフッ、美しくないんだよ。砂川さん」
【鞠】
「……哲学は、興味ありません。私の、知るところではありません。私の人生に……必要なものは、もう揃っている。私の歩き方は、もう決まっています」
【ミレイ】
「…………」
【鞠】
「……だから、何がしたいのか知らないですけど……帰ってください。哲学書なら、今度ちゃんとご利用の時に、書庫を案内します」
【ミレイ】
「別に、お姉さんは哲学に興味は無いけどなぁー。でも、可愛い砂川さんとお時間過ごせるなら、それもいいかも」
【鞠】
「……………………」
【ミレイ】
「ひかないでよ~……お姉さんは別に、奇怪なことは云ってないよ。全部そう分かってるから、砂川さんにも分かってほしいなーって思ってるだけ。物語の理には、自然に向き合っていた方が気が楽でいいんだよ」
【鞠】
「ワケ、分かりません……」
【ミレイ】
「分かんなくていいよー。優しい砂川さんの為に……お姉さんが、導いてあげる――」
【鞠】
「要りません。私の道は、もう――」
【ミレイ】
「――君の道を、お姉さんがぶち壊してあげる♪」
【鞠】
「え――?」
赤黒い光景が、拡がっていた。
此処は――何処だろうか。私の知っているような、知らないような……。何処も彼処もが、溶けているように見えた。
甘い香り。甘い、熱気。一体いつからこの場所に立っていたのか分からないけど、意識が明瞭になってすぐ、私はクラクラしてきた。
【鞠】
「これは……何ですか、ババ様――」
問い掛けて、気付く。
【鞠】
「え――?」
ババ様の、気配がしなかった。
……左眼を触る。が、何と云うか……見つからない。
【鞠】
「な――ば、ババ様? ババさ――」
【???】
「――嘘つき」
【鞠】
「ッ!!?!?」
頭が。胸が。
震撼した。
一度、強く目を瞑った。何かに対する、強烈な拒絶感。目を瞑り、強く噛み締めて……。
だけど、真っ黒に違いない筈の光景が、徐々に、赤く染まっていくように、見えた。
沢山の音が、聞こえてくる。
喧騒と呼ぶのは不適切で。もっと何か、決定的に別な何かの集合音が……
私に状況の把握を、優先させる――
【鞠】
「――――――――」
眼を開けた。
溶けかかっていた、町のような景観の場所は、もう無かった。
もっと溶けて、果ての無い赤黒い沼が、広がる――
【鞠】
「な――ぁ――」
――だが、より意識を釘付けにするのは、私の足下で。
沢山の甘い香りが。
【邊見】
「――――」
【秭按】
「――――」
【六角】
「――――」
【菅原】
「――――」
【児玉】
「――――」
【赤羽】
「――――」
残骸が。
沼に、浮かんで――
【鞠】
「な、なに――ナニ、これ……!? 何で――」
【璃奈】
「ァ――ゥ――」
【瑠奈】
「に……ィ――」
動いている、モノも、あった。
ソレが――私を、見詰める――!
【鞠】
「た――たす、助け――」
【???】
「……最低、です、ね……」
【鞠】
「ッ――!?」
明らかな、言葉が、聞こえて。
思わず、振り返って――
【鞠】
「メイド――」
【汐】
「サイテイ。です、ね。サイ、テイ――」
【鞠】
「――――」
――沢山の瞳が、生気の事切れた眼差しが、私を、囲んでいることに、私は気付いた――
【鞠】
「何で――何で――? どうして、こんな――」
【和佳】
「シンジテ、タ、ノニ――シンジテ――」
【冴華】
「――アエ、カ――ドコ――ア、エカ……? ドコ――」
【鞠】
「ハァ……ハァ……ハァ……ッ――!?」
残骸たちが、私を、囲む――
私を、睨む――!?
【鞠】
「みな、見ないで――ハァ――見ないでよッ、皆――」
【???】
「――巫山、戯ろ――!」
【鞠】
「ッ……!?」
非常に近くから、声が聞こえて、再度振り返る。
が、同時に――私は、胸ぐらを掴まれッ。
【鞠】
「――!?」
【深幸】
「よ、くも……璃奈を、瑠奈を……皆を――!!」
【鞠】
「か――会計、貴方は、無事――」
五体を保っている……ように見えたのは一瞬で。私の安心は全くの見当違いで。
軈て足下から、彼の身体が崩れていく。
赤黒く、溶けていくその最中、彼は。
私を、睨み付ける――
【深幸】
「絶対、赦さねえ――!!! お前はッ、お前だけはッ!!」
【鞠】
「な――何を、云って――」
【深幸】
「やっぱりお前は、俺たちの上に座る奴じゃ、ねえんだ……!!! 此処に居て、良い奴じゃ、なかったんだ……ッ!!!」
【鞠】
「貴方は、何を――会け――」
【深幸】
「――失望、だよ……――」
【鞠】
「――――」
砕け、溶けて、彼の力強く私を掴んだ腕だけが、残って――
【鞠】
「い……イヤ……何、コレ……」
【???】
「……いいや……コレで、いいのかも、しれない……」
【鞠】
「ッ――!」
その足下に、気付いたら……仰向けの、書記が――
【鞠】
「書記、たすッ、助けて――」
【信長】
「……ははっ……何を、仰いますか……会長……総て、貴方がやられたことでは、ないですか――」
【鞠】
「ッ――え――?」
……いつもと全く異なり、力無いそのか細い声で。
貴方は、何を、云った――?
【信長】
「貴方には……我々、紫上学園は……要らない、のでしょう……? ゆえに、敵……ゆえに、邪魔でしかなく……ゆえに……壊した……」
【鞠】
「何を、云ってるんですか……? 私が……私がいつ、そんな――!?」
【信長】
「貴方は、よほど我々を、恨んでいたのでしょう……見事な、破壊ぶりでした……ほら、見て、ください……周りの、仲間達を――」
【鞠】
「ッ――」
残骸。
五体満足で転がっているものなど1つも無く、戸惑い無く中の液体が外へ漏れ出している。
地獄なんて生温い、そんな光景。
それを、やったのが。
私、だって――?
【信長】
「ははっ……見てください、会長……俺も、もう……」
【鞠】
「違う――違う、私じゃ、私じゃない、私は――」
【信長】
「手も足も、無くなっちゃって……野球、できませんね……ふふ……ハハハハ……貴方に嫌われたのだから――仕方、無いですよね――」
【鞠】
「――違う……嫌ってなんてッ!! 書記、違うんですッ、聴いて、書記――!!?」
【信長】
「――感服、です……コレが、貴方の……覇者、の……み……ち……――」
【鞠】
「書記ぃいいいいいいい――!!!??」
手を伸ばそうとした……けど間に合わず、書記が、赤の池に沈んでいった――
【???】
「――貴方の、道に……これ以上、僕は附いていくことは……できない――」
【鞠】
「ッ――!?」
振り、返る――
【和佳】
「シンジテ、タ、ノニ……マリ……サマ……シン、ジテッ――」
【冴華】
「ドコ……ドコ…ナ、ノ、アエ……カ……――」
彼女たちが、沈んでいった……そこから、逆に、湧き出たのは――
【鞠】
「副……会長……!! 副会長!!」
駆けつけようとした。すぐそこだ、3秒でいい。10歩走ればいいんだ。
なのに――私の足は、身体は、動かなくて……。
【鞠】
「た、助けて――副会長――!? 皆が、皆が――」
【四粹】
「僕には、お嬢様の道が……理解できないのです」
【鞠】
「ッ――」
五体満足だと思った。無事だと思った。けど。
右手首の先が、無かった。
そこからゴボゴボと、彼の体液から音を立てて、垂直に零れていた。
【鞠】
「ぁ――ぁぁ――」
【四粹】
「何故――皆さんを、殺害されたのですか……? それが、覇者たるお嬢様の、道だというのですか……?」
【鞠】
「ち……がう……私じゃ……私じゃ――」
【四粹】
「その先――貴方は一体、何処へ向かうおつもりなのですか……? 僕は一度、貴方に幸せを戴きました。家族に、なってくれて……だが、貴方はそれら総てを切り捨てて――それなら何故、僕を助けたのですか……?」
【鞠】
「違う!! 切り捨ててなんか、私は何もッ、やってない!! 信じて……信じて、お願いだから、副会長――」
【四粹】
「僕には、理解に達することなりませんでした……結局、貴方の幸せとは、何であったのか――」
【鞠】
「副会長ォ!!?」
……彼が、再び、沈んでいく……。
【四粹】
「……酷すぎる……残念です――」
……沈んで……。
もう――上がってこなかった。
【鞠】
「いや――意味分かんない、イヤァ――!!」
頭を振る。
違う。
こんなのは違う。
こんなのは、違う!!
【鞠】
「望んでないッ!! 私はこんなことッ、望んでない! 私じゃないッ!!」
誤解だ。
私じゃない。
私が求めたのは、こんなものじゃなくて。
私が。
求めたのは――
【???】
「――平穏、じゃなかったの……?」
【鞠】
「……ッ……!!」
振り返ろうとした。
その声は、何度も、何度も聴いている――
【鞠】
「雑務――」
腕を伸ばした。
彼を掴もうと。
彼を手放さないようにしよう、と……。
【鞠】
「――え――?」
その、私の右手は――
【鞠】
「…………え……?」
振り返った私は、呆然と、する。
彼は、目と鼻の先に居て。
一歩も動かず、抱きしめることだってできる。そうしたかった。絶対、逃がさないように。
彼だけは、絶対に、と。だから手を伸ばした。
その手は。
【笑星】
「ッ……ガボッ――!!」
【鞠】
「え――え――?」
彼の、左胸を――
【笑星】
「ッ……平穏、を……望んで、たんじゃないの……ねえ、会長――!」
【鞠】
「何、で――何で――!? 違う、コレは、違う――」
【笑星】
「違わないよッ、これが……会長の、本当のッ……!!」
【鞠】
「違う――!! 違うの、雑務ゥ!!」
【笑星】
「本当の姿だ――!! ずっと、会長は、こうしたかったんだ……俺たちをッ、グチャグチャに、壊したかったんだ……!!!」
【鞠】
「違う、違う、違う違うチガウチガウチガウチガウ――!!!!」
【笑星】
「ガフッ……ま…り……鞠会長、の……」
【鞠】
「チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウッ、私は、私は……ッ、私は――」
【笑星】
「……嘘つき……」
【鞠】
「――――」
――彼の、震える両手が。
彼の胸を破った私の腕を、掴む。
赤く染まった指で、優しく……
【笑星】
「……鞠会長……楽しい……? 幸、せ……?」
【鞠】
「…………」
違う。
違うの。私は、そんな、あの人とは違う。
首を、横に振る。
だから……やめて。
違うから。
【笑星】
「ほら……いいよ……会長が今、掴んでるのが……心臓……今まで、頑張ってきた――俺の心臓」
【鞠】
「…………!」
やめて。違う。
私はそんなこと、しない。絶対しない。
あの2人とは、違う!!
【笑星】
「……この心臓を……鞠会長は、恨んでる――」
違うッ、私は……そんなことの為に、生きてきたんじゃない、私は繰り返す為に、この町に来たんじゃない!!
平穏が欲しかったんだ。
もう二度と、あんなモノを見ない為に――!!
【笑星】
「ほら……だったら……殺せばいいじゃん……ッ、この心臓を、他でもない、鞠会長自身で、さあ!!」
【鞠】
「ッ……!!」
首を横に振る。沢山、振る。
ドクドク、と指先に触れる何かが脈を打っている。
触りたくない。この手を引っこ抜きたい。でも、それを彼の両腕が、掴んで阻止する。
【笑星】
「さあ、さあ!! さあさあさあッ、潰しなよ!!! ソレで、ソレで――鞠会長が、幸せになれるならッ!!!」
……さあさあさあさあさあさあ。
周囲から、囁かれる。
【???】
「「「さあさあさあさあさあさあさあ――!!!」」」
【鞠】
「イ……ヤ……ッ――!!!」
【笑星】
「幸せに……幸せになれるならッ!!! 俺の……恩返しに、なるよね――!」
【???】
「「「さあさあさあさあさあさあさあ!!!!」」」
叫ばれる。
……微かに、指が、緊張しているのが分かった。
緊張して……云う事が、聴かなくて――
彼の、ソレにベッタリと触れていることに気付いた。
【鞠】
「ッ、違う、ダメ――ソレはダメ、待ってェ――!!?」
指が。
手が。
【???】
「「「さあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあさあ!!!!」」」
【鞠】
「違…うッ、違う、からぁ――!!!」
彼を――掴む――
【笑星】
「…………」
【鞠】
「私が欲しい、のは……ッ、違うッ、私……の……道は――」
私の。
道は――
【笑星】
「…………」
【鞠】
「――ぁ――」
【笑星】
「……あーあ……やっぱり――」
【鞠】
「ぁ――ぁぁ――」
【笑星】
「――嘘…つ……き……――」
【鞠】
「――アアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッッ――!!!???」