9.06「暗闇6」
あらすじ
「会長にも、優海町へ行く意義は、あると思います」世界、停止その6。優海町の話については覚えておくと後々便利かもしれません9話6節。
砂川を読む
【鞠】
「……そういうことなので、私は優海町では何の偉業もなしてないので、特に話題になるものはありません。空気に等しい図書委員。それが私です」
【信長】
「……それが今では、いち学園を統べる覇者、ですか」
【深幸】
「お前みてると、人生何が起こるか分かったもんじゃないなって思い知らされるわ」
ベテランな嫌味なことだ。
私なんかよりも今この真っ暗な環境の方がそれ思わせる火力あるだろうに。
【鞠】
「ていうか、先輩たちの方がずっと話題に溢れてますし」
【信長】
「先輩……たち? 井澤先輩以外にも、仲の良い人は居たということですか?」
【鞠】
「いえ居ません。空気ですから」
近付きたくもなかったし。
【鞠】
「今、真理学園の秩序が激動しています。現学園長のヘイトがうなぎ登りしている中心的原因、それが「特変」と呼ばれる制度であり集団です」
コレで私の話題性、死んでほしいものである。
どんな時でも、切り札的存在。
【四粹】
「特変……?」
【鞠】
「全國大会、観てたでしょう貴方たちも。何人か見てます」
確か……出てたのは……
【鞠】
「秋山志穂、堀田美甘、烏丸凪、二邑牙奏……」
【信長】
「ッ……! 全員全國大会出場者ではないですか!」
だからそう云ってるじゃん。
まあ、実際そんな感じに驚くべきことではあるんだろう。
【鞠】
「あの人たちは皆、真理学園のとある選抜クラスの一員です。通常クラスには無い特殊な権限を持った破落戸9人……いや今は実質10人か……による特進選抜A――特変」
【四粹】
「少数クラスなのですね。しかし、権限、とは?」
【鞠】
「独裁者をイメージしてください。それがそのまま特変のイメージに当て嵌まります」
【笑星】
「え……?」
【鞠】
「具体的な例を挙げると……週1で各クラス1名の大事な物が強制的に特変に献上されるシステムが成立してます。他にも、特変がコレをしろと云ったら学園はそれに従わなければならないし、特変がコレを買いたいと云ったら経費で買うのも制度上正しい」
【信長】
「な、何ですか、ソレは……!?」
【鞠】
「特変です」
雷晃政権のヘイトを上回る、暴虐に満ちた銘乃政権。
自由主義の原則は平等な環境。現政権はそれを謳いながらもしかし、その原則を特変という権力者の導入によって叩き壊した。
【鞠】
「特変は学園長と同等のお偉いさんです。下々のクラスと教員は基本、彼らに逆らってはいけません。逆らえばそれは政権下の違法行為、罰する対象となります」
【深幸】
「それは、何か、4月のお前どころじゃないな……」
【鞠】
「私と違って理不尽の主張は正当と云えます。そしてそれを爆発させる為のシステムも用意されていました。「特変破り」……まあ道場破りみたいなものです。特変と一般学生が何かしらの勝負を行い、奇跡的に勝てば特変を潰すことができる。現政権は、クーデターすらシステムのうちにしてるわけです」
一般学生に得は何も無し。あの学園長はほんと、遊びが過ぎる。
【笑星】
「あれ……いい、とこ……?」
【鞠】
「合ってるんですよ。貴方たちの抱いていたイメージというのは。見当違いも沢山あるでしょうが、雰囲気というか、方向性は特に訂正することはなし」
【信長】
「しかし、勝負ごとか……そこは何だか燃えてくるものがあるな……」
【深幸】
「いやその、献上とやらで絞られてる側は溜まったもんじゃないだろ……」
【四粹】
「会長の説明では……特変は、一度たりとも敗北してはならない、ということになりませんか?」
【鞠】
「そうですね。私の知ってる限り……いやその制度から考えて、発足から2年半、特変は無敗の筈です。平均したら毎日1回は特変破り発生してそうですけど」
【信長】
「それで、無敗ですか……!? ルールは!」
【鞠】
「特に決めてません。挑戦者側の得意分野で挑むのが普通ですが、それにしても勝てないようです」
【笑星】
「すっげえ……会長も勝てないの?」
【鞠】
「何で私がそんな怖い集団にわざわざ勝負挑まなきゃいけないんですか。抑もクラスメイトとして認識されてないわけで、献上にあたったこと一度も無いですし。それに……先輩と闘うとか嫌すぎるし」
【深幸】
「……井澤先輩も、特変、なのか……?」
【鞠】
「首領です」
【4人】
「「「…………」」」
ドン引きかな。実に正しい反応だと思う。
【深幸】
「……あれ……その、特変のトップのあの先輩と仲良いってことは……お前……」
【笑星】
「井澤先輩、会長のお師匠なんだっけ……」
【鞠】
「……私は普通のモブです」
私はドン引きされないようにしないと。
【鞠】
「したがって、今の優海町の治安を私なりにまとめるなら、特変の存在する真理学園と接触するとろくなことがないので観光はオススメしない……って感じです。委員会の大半は学外業務です。故にあの学園は極めて地域性が濃い。優海町に他の学校の人間が来たら……目を付けられるかもしれませんので。残念でしたね、雑務」
【笑星】
「え、俺マジで行きたいんだけど優海町」
【鞠】
「イヤです」
知りたいから優海町行くとか云ってた雑務。それを食い止める目的でも結構頑張って喋ったのに……。
【深幸】
「ん、何の話だ?」
【笑星】
「俺修学旅行で優海町行きたいんだよ」
【信長】
「ああ……そういえば俺たちの行き先、決めなきゃいけないのか……」
【四粹】
「紫上会もまた、修学旅行生となりますからね」
【深幸】
「ああ……そういや去年も信長、小旅行に出掛けてたな……あれ修学旅行だったのか……あれ、それ把握できてない俺ヤバくない?」
【笑星】
「会長がルート全部決めそうだよね。だからそうなっちゃう前に俺、優海町行きたいって打診してたんだ」
【深幸】
「おま、俺にも意思表示の機会与えろよ!! ルート選択とか計画とか醍醐味じゃん!!」
【信長】
「今の今まで一般が準備してるのに、そこに気が付かなかった深幸も深幸だけどな……」
【鞠】
「希望があるならお伝えください。但し、希望通りにならないこともあります。行けるのは近距離でない限り1箇所ですから。あと優海町は論外です」
【笑星】
「何でー!!」
私が行きたくないから。
【四粹】
「……恐れながら、会長」
【鞠】
「何ですか」
出た、副会長恐怖の装填、恐れながら。
一体何を云い出すつもりだ。
【四粹】
「手前も、その……優海町に興味があります」
【鞠】
「ええええええええ……」
何でー……。
【深幸】
「まあソレは第一候補だわな」
【信長】
「同じく。正直云い辛かったが、笑星が先んじてたようで助かった」
しかも2人まで……!
【鞠】
「な、何故……今優海町のことは話したでしょう……」
【深幸】
「俺は出遅れまくってるが……修学旅行行く奴は皆事前学習してるだろ。つまり、知識として持ってる状態で、現地に行くんだ。何を学ぶか、その準備をしてるわけだが……今俺たちが聴いたのも、その準備だろ?」
【四粹】
「つまり……我々が優海町に行くとして、知識面でその準備は今可成り進捗したといっていいのかと……」
【鞠】
「は……」
嵌められた――!?
この私が!?
【鞠】
「雑務……」
【笑星】
「いや何も謀ったつもりはないんだけど……! 俺、ホント純粋に会長の話聴きたくて……だけどソレ聴いたらもっと、優海町に、真理学園に行きたくなって……!」
【信長】
「俺も、きっと笑星と同じ気持ちです。会長の居た場所、真理学園……特変という覇者たちが住まい、ヒエラルキーが顕現している、極めて特異な学園を、俺はもっと見てみたくなりました」
【鞠】
「しまった……貴方はそういう人だった……」
【信長】
「それに……会長。会長にも、優海町へ行く意義は、あると思います」
【鞠】
「は? ……何ですか、それ」
【信長】
「井澤先輩と可成りの確率で再会ができることです。先ほど、総てのアドレスが存在しないと仰ってましたよね。なら、改めて登録し直しましょう……! これでまた連絡が取り合える」
【深幸】
「仮に会えなくても、特変とかいうクラスメイトの1人ぐらい、先輩のアドレス知ってるだろ。言伝で早く連絡してくるよう促すこともできるし……てか俺も、交換しておきたいしなぁ。この前はやりそびれたし」
【笑星】
「ってことで……4人、優海町を望んでるよ。会長」
【鞠】
「……………………」
とことん、失望する。
貴方たちは……何も分かってない。くれない。
噂が立つのには、相応の理由がある。私は全くそれらを否定していない。何故ならそれらは矢張り、方向性として合ってるからだ。
あの場所は呪われている。だから――
【笑星】
「でも、覇者は鞠会長だからね」
【鞠】
「……え?」
【笑星】
「最終決定は勿論、鞠会長に任せるよ。鞠会長がガチで行きたくない、楽しめないっていうなら……それを強いたくはないから」
【深幸】
「……俺は全然下調べとかしてねえしな。何か云える立場じゃねえ」
【信長】
「井澤先輩も、会長と連絡が取れてないことには気付いている筈。彼方から何かしらの形でコンタクトしてくるのも充分あり得る。兎も角、ちゃんと無事なことを祈ります」
【四粹】
「迷惑な意見だったと、思います。申し訳ありませんでした、会長」
【鞠】
「…………」
私は、行きたくない。
それに貴方たちも、行かせたくない。
【鞠】
「(……それは――)」
――どうして?
この体内のざわつきは、何なのだろう。私は何を焦ったのだろう。
【ババ様】
「因みにババ様も、鞠の故郷が見てみたいのー」
【鞠】
「……私の故郷はこの大陸ですけど」
【ババ様】
「あり?」
【鞠】
「……随分、黙ってましたね」
【ババ様】
「癖づいたのかもしれんのー。鞠が他の誰かと話してる時は、黙っておこうと――ッ……!?」
【鞠】
「……ババ様?」
自分自身の違和感への意識は、基本穏やかなババ様が急激と云える挙動をしたことに引き寄せられた。
突然ババ様が、四つん這いの姿勢になった……ような気がした。実際は左眼でしかないわけだが、強く警戒している。
【ババ様】
「……何じゃ――」
【笑星】
「ババ様、どうしたの? お化け?」
【ババ様】
「……いやそういうのじゃない……これは――」
【信長】
「ん……?」
【深幸】
「これは――」
視界に、縦によぎった、何か。
それを見ることができる……すなわち、その何かというのは光を帯びていた。
それは、次々と、降ってくる……。
【四粹】
「――雨?」
光の、雨――
【鞠】
「何ですか……これは」
【ババ様】
「分からぬ。が……どうやら、状況が動いたようじゃな」
と――
【???】
「「「!!?!?」」」
――刹那、眼を開けていられなくなった。
強く、目を瞑る。
今までずっと欲していた光が、空間に一気に雪崩れ込んだようだ――
Stage
紫上会室
【鞠】
「…………」
……何分、そうしていただろう。
それから私は、恐れつつも……眼をゆっくり、ゆっくり開けた。
【鞠】
「――紫上会室」
【???】
「「「…………」」」
互いを、見渡す。周りを見渡す。床をつま先で叩く。
……………………。
【一同】
「「「――!!」」」
らせん階段へ、走る。
Time
5:00
Stage
7号館 屋上
【鞠】
「ッ……」
外に出ると……総じて暗かった。
が、夜空は少しずつ、光に塗られていってる状態だった。すなわち、夜明けだ。腕時計を見ても、そうだ。……電波時計なのもあってさっきは無表示だったんだけど。
【鞠】
「…………」
今は、動いている。
時計だけじゃない。私達はお互いの位置を確認できるし、屋上に立っているし、此処は紫上学園だし、霧草区だし、スカタだし、中央大陸だし……。
それは、私達の知っている景観だった。
【信長】
「……戻った、のか……?」
【鞠】
「……ッ――」
踵を返し、また駆ける。
Stage
紫上会室
階段を降りて、自分のワークスペースへ。
固定電話の受話器を取り、内線を入れる。
……………………。
【秭按】
「― ……職員、室 ―」
【鞠】
「紫上会室です。そちら、異常は」
【秭按】
「― ……えっと……何が、何やら、なのですが…… ―」
流石のクールな先生も、コレには大パニックだ。多分起きたばっかなんだろう。
……良かった、死んだりとかしてたら一大事……いや、まだ安心するのは早過ぎるわけで、その為の電話。
【鞠】
「可及的速やかに落ち着いてくれると助かります。落ち着いたら、元気のある教員で学生の安否を確認してください。元気でない人は無理させないように。……大丈夫、ですか?」
【秭按】
「― ……承知しました。ふふ……砂川さんの声を聴くと、何故か安心できるわね…… ―」
【鞠】
「……弟さんも、無事ですよ」
【秭按】
「― それは、本当によかった……パニックになっていたら、附き合ってあげて。では ―」
寧ろ私の方がパニックに追い込まれたよなとか思いながら受話器を戻した。
【笑星】
「会長、繋がった?」
振り返ると、彼らも戻ってきていた。
【鞠】
「貴方の姉は無事でした」
【笑星】
「! 姉ちゃん……良かったぁぁぁ……」
【鞠】
「各自、家族や知人に安否の確認してください」
【深幸】
「お、おう……!! でも璃奈と瑠奈はまだアルス持ってねえんだよなぁ……繋がってくれよ御袋……!」
【信長】
「父さん達に、児玉先輩や赤羽、阿部に……石山にも一応連絡取ってみるか」
【四粹】
「御館様に繋げてみます。既に応対に追われてるやもしれませんが……」
各自、慌ただしくアルスを弄り始める。
かくいう私も。パパ達への連絡は副会長に任せるとして……
【鞠】
「…………」
……………………。
【アナウンス】
「― お掛けになった電話番号は存在しません。電話番号をお確かめ―― ―」
【鞠】
「ッ……」
一体……何やったんですか。何があったんですか。優海町は、真理学園はどうなってるんですか。
……何で、繋がらないんですか。
先輩――