9.05「暗闇5」
あらすじ
「真理学園もまた、その優海町の意義に従い生まれたとされています。云ってしまえば病院です」世界、停止その5。突然の優海町・真理学園講義始まります。この辺は完全に本編から引っ張ってきてます9話5節。
砂川を読む
【鞠】
「優海町の話といったって……ざっくりし過ぎです。何か絞ってください」
【笑星】
「話してくれるの……!?」
お願いしてきて何そのリアクション。
【深幸】
「だそうだぞ。会長の気が変わらないうちに質問質問」
【笑星】
「そ、そうだなー……えっとー……優海町って、抑もどんな町なのかな?」
全然絞れてないアバウト過ぎる質問だった。
【信長】
「範囲広いな……」
【笑星】
「いやでも、まず優海町概論っていうかさ、そういうの1回聴いておかないと、その後に控えてる鞠会長の真理学園生活聴いてもまた誤解するかもしれないじゃん!」
そんなの後に控えてるの?
……まあ、もういいけどさ。ヤケクソだ。この面子と顔合わせて無言で時間を過ごすくらいなら、ね。
【四粹】
「……優海町が、どのような町であるのか、ですか。しかし会長は以前、興味無いこと故に詳しくないと仰っていましたが」
【鞠】
「そうでしたっけ」
覚えてないけど、普通に云ってそう。実際どうでもいいつもりだし。
……ただ、優海町概論をやれと云われたら、全くできないというわけでもないのもまた実際のところ。
【鞠】
「優海町なる町が出来上がったのは戦時か戦前です。その頃大輪大陸は全体的に工業文明の唐突な進化で空気が汚染されて、今でいう工業病に多くの人が苦しめられました」
【深幸】
「……は?」
【信長】
「えっと……いきなり話が始まりましたね……工業病?」
【鞠】
「空は常に煙に覆われた。日々の工業が人々の健康な生活を脅かしていることは推測とか無しに直感で誰もが分かること。各地方の有識者が各々問題解決に動いたことでしょう。その1人である、大輪大陸南湘エリア総合労働組合幹部であった読村という人は、そんな劣悪環境を改善する為に、1人の医者を招きました。それが灘という人です」
【笑星】
「…………???」
流石に切り出しが唐突過ぎたかな。でもコレを云っておかないと概論にはならないと思うし、続ける。
【鞠】
「この灘という人は、とあるスラム街で重症患者をほぼ無料で診てきた変わり者の医師です。メシニストと考えていい。このスラム街は全く別の事情で滅びましたが、それまで赤字医療を続けてきたというのが割と噂になっていたようで、読村先生に目を付けられたようです。灘先生の思想はもっと深掘りすることはできますが、ソレやると眠くなりそうなので割愛します。兎も角重要なのは、2人が共闘し人民の労働と共生の為の快適な環境づくりを始めたのです」
【四粹】
「先生、ですか」
【鞠】
「後で説明します」
……まあ、あの事件に立ち会ってからは、これもどれが真実なのか疑いしかないんだけど。
【鞠】
「で、灘先生は南湘エリアに足を着けました。雰囲気は多少スラム街に似てましたが、それとは違って非常に自然豊かで他の地域に比べて遙かに空気が綺麗でした。灘先生は、この地域の優しい環境を守る事ができれば、目的を達成できると考えました。こうして出来上がった灘先生たちの本拠地が――優海町です」
【深幸】
「うわ、来た……えっと、つまり?」
【鞠】
「優海町とは、本来重い病にかかってしまった人々を、工業の煙を拒絶する優しい自然の力で癒やすための町、ということになります。今は貴方たちが抱くように恐ろしい町、という印象が大半ですが、今だって極めて病弱な人がひっそり優海町に移住してくるケースもあります。……それもあって案外医療の町としても医者間では地味に有名らしいです。真理学園卒業者のうち、医者が毎年輩出されてることもありますが」
【信長】
「それは、凄いじゃないですか……!」
【笑星】
「医療の町なんだね……! それは、何だか意外だった! ほら、やっぱり確認しといてよかったでしょ!」
余計な混乱の種になりそう。
もう何度も云ってきた筈だけど、優海町は世間のイメージ通り、決して褒められるべき組織ではない。
医者になって給料的に成功できる人は所詮一部。それ以外の大半は、苦難を行く。道半ばで力尽きる身寄り無き卒業生も多いと聞いている。
死亡フラグの立ってしまった人達の、延命措置の場。癒やしの町という観点で見たとき、私の抱くイメージはざっとそんなところなのである。
【鞠】
「……一応、これで一つ目の質問には答えた形です。どうですか」
【笑星】
「じゃあ、抑もな真理学園は?」
概論2つ目。
【鞠】
「……真理学園もまた、その優海町の意義に従い生まれたとされています。云ってしまえば病院です」
【信長】
「病院……? 学校ではなかったということですか?」
【鞠】
「林間学校と表現した方が適切だったのは確かです。身体の弱い子を集め、癒やしの空気を浴びながら、学びにも触れた。AB等部が設立されたのはずっと後になります」
真理学園は、戦後大いに学校経営の拡大に勤しんだが、常にレッドラインだった。掲げるスピリットがあまりに社会に溶け込むことなかったからだ。
【鞠】
「集まる学生は療養の事情を抱える者ばかり。林間学校時代を抜け出すことができない。M教真理に基づく“布”の教育を世界に拡げる為にもっと学生数を確保しなければならない。そこで、赤字をサーフィンしてきて麻痺した経営術が打ち出したのが、衣食住の環境すら整っていない子どもを集め、住まわせる……優海町の始まりを思わせる制度を作り上げました。今では一般に寮制度と呼ばれてます」
【四粹】
「住まわせる……?」
【鞠】
「親に見捨てられた、売られて逃げた子ども。親と同居できず路頭を彷徨っていた子ども。まあ色々そういう、独りでは生きていけないのに独りになってしまっていた子どもをあの場所は受け入れたんです。優海町は癒やす町、だけでなく、学び育つ町にもしたわけです。学園の在籍者の過半数はこの寮制度のもと優海町に来ている子です」
【笑星】
「へえ……何か、良い話っぽい」
コレが相ッ当に世間から距離置かれる主因なんだけどね。
【鞠】
「今更ですが、真理学園は完全に私立から出発してます。そしてM教教育主義を前提としています。よってその創始者である灘先生と読村先生の考え方が、学校経営の魂となります。特に灘先生は後に紹介する雷晃先生と共に2大精神とか云われてますね。灘先生は布精神で創立期めちゃ頑張った人です」
【深幸】
「布って?」
【鞠】
「簡単に云えば、他人の為に自分が傷付くのを恐れない、メシニストの鑑みたいな生き方。このような生き方ができることも矢張り、在校生には求められます。寮制度やその教育方針と関係して委員会制度というのがあります。全員に所属が義務づけられており、放課後は仕事に追われるわけです」
【笑星】
「やっぱり良いところじゃん……!」
【鞠】
「ですが、その聞こえは良かった真理学園はこれから聞こえすら悪くなっていきます」
そこからこそ、貴方たちも私も知る、現在の真理学園の姿。
【鞠】
「貴堂雷晃。創立期に携わっていないこの人が学園長に就任してから、寮制度などの独特な真理学園の在り方はそのままに、非常に過激に、ハイテンポで次々政策を打ち出し、周りからどんどん嫌われていきました。その代わりに優海町との一体感を戦火で一度失った自然を蘇らせると共に強化し、委員会活動による報酬も強化して自由主義的な性格が一気に濃くなりました。その後今の最高に嫌われまくってる学園長が就任して色々新しいことやりましたが、灘先生と雷晃先生の展開したものは今でもしっかり引き継がれてる、ということです。……こんなところでしょうか、雑務」
【笑星】
「正直附いて来れてないけど、情報量は充分だと思う!」
附いて来てよ。講義損じゃん。
【四粹】
「今の真理学園は、自由主義的な性格が強く……それは創立期の灘先生の布精神と摩擦関係にある、ということでしょうか」
【鞠】
「そう云っていいと思います。一応寮制度と委員会という形は残っているものの、何処まで灘先生の建学精神が生きてるかは疑問なところです」
【深幸】
「しっかし全然詳しくないとか云っておきながらすんげえ詳しいじゃねえか。俺ら紫上学園生は紫上学園の歴史とか説明できねえぞ……」
ソレはきっと普通のことだと思う。
【深幸】
「真理学園生は皆説明できんのか?」
【鞠】
「いえ、私は職業柄自然と覚えてしまったというだけです」
【信長】
「職業柄……というと?」
【鞠】
「委員会には在学生全員所属すると云ったでしょう。私は図書委員でしたから、しつこい利用者の需要に応え書物の紹介をしてるうちに、知識が身に付いただけです」
【笑星&深幸&信長】
「「「ああ……」」」
何だろう、その納得は。
いや……私とてビジュアル的に図書委員一択だと思ってたけどさ。
【笑星】
「図書委員って、どんな仕事してるの? 此処と一緒?」
【鞠】
「イメージ的にはそう変わりません。ただ、真理学園の図書館は学園で最も大きい施設です。あくまで私のイメージですが、紫上学園の表面積ぐらいはあると思います」
【深幸】
「でかっ!?」
【四粹】
「それは、広大ですね……確かに規模が違う」
【鞠】
「確かに広大ではありますが、寧ろ階層が多いんです。特に地下層は……何か迷路とかもあるし、学園の誰も全容を把握できていません」
だから亜弥ちゃん達生徒会の1つの課題は、この全容の調査に設定していた。一度危険な目に私も遭ったから、あまり地下を探索しないでほしいところだけど……。
【信長】
「真理学園……案外、ハイテクなんですね」
【鞠】
「しかし優海町は田舎です。癒やしの町である為に意図的といっていい。学園長はちょっと前衛的過ぎるのと学園の絡繰りが気になるのと、そんぐらいの……案外普通の町です。基本的には」
【笑星】
「そっかぁ。普通の町かぁ……」
【鞠】
「クマと仲良しとか、そんなのを期待してた覚えが」
【笑星】
「うん、正直ちょっとね。でも、良い町だなって思ったから、それでいい。大事なのは……鞠会長が、そんな町でどんな学園生活を過ごしてたのか、だしね」
結局そこを訊いてくるか……。
概論だけで終わってほしかったところではあるけど、暗闇は一向に解消される気配が無い。この時間はまだまだ続くということだ。
……自分のこととか、あまり話したくないんだけどな。
【笑星】
「井澤先輩は、全然目立ってなかったって云ってたけど……」
【鞠】
「その通りです。亜弥ちゃんですら私の転校に気付かないぐらいには、私は認知度が無い。ためしに図書館に数ヶ月籠もって授業をサボってみたら全部出席になってましたし」
【深幸】
「凄えな……」
まあ気付いてたとしても一峰のこと考えたのかもしれないが、クラスメイトから話し掛けられた覚えが全然無い。これだけで充分、私はモブである。
【鞠】
「イメージ通りでしょう」
【四粹】
「信じられないです……」
まさかの副会長までそんなこと云う。今の私だってそんな大して目立つことはしてない筈なのに……目立たざるを得ない環境にあるってだけでさ。
【笑星】
「ってことは……鞠会長はずっと、図書館で過ごしてたんだね」
【鞠】
「まあ……そうですね」
【笑星】
「じゃあ、そこが1番、思い出の場所だ」
【鞠】
「…………」
思い出の……場所か。
【鞠】
「……まあ……そう、ですね」
【笑星】
「――?」
確かに強く記憶に残っている……それ故に、ストレスは凄まじい。
未だ鮮明とは驚く。極力思い出さないようにしてるから少しは薄れたかと思ったのに。
私は変わらない。けどそれくらいは変わっていてほしかったものだ。