9.04「暗闇4」
あらすじ
「鞠に日常的に接してきた四粹達にも、鞠の持つ特殊な霊素が染みついておるんじゃろう」世界、停止その4。6話冒頭に特にファンタジー要素強めな概念の註釈リストを載せたと思いますが、このエピソードではそれをまた確認しておくことをお勧めします9話4節。
砂川を読む
この話題は……引き延ばしてはダメだ。
【鞠】
「……そんなことより……この状況、どうすればいいのか、分かってるんですかババ様」
【ババ様】
「ぬ? どうすればいいって……無理じゃろ。何もできぬわい」
話題逸らしは微妙な結果に。
でもこれはこれでとんでもない事実が発覚である。
【鞠】
「……ほんとに、何もできない?」
【ババ様】
「よっっっっぽど強力な霊素体でもない限り、いやそうであっても多分これはどうにかできるものではない。こんな状況を引き起こした存在を直接しょっ引いたなら分からんが、少なくとも中央の地に居る鞠たちには、何もできないじゃろ」
【深幸】
「……ガチで死ぬのを待つって、感じか……? それは……マジで洒落になんねえ……他の皆は、どうなってるんだ。璃奈や瑠奈は」
【ババ様】
「存在はしておる。が、お前さん達同様に、ただ浮いてるだけ。ここまで世界の運動が停止していては、例え隣に誰かが居ても気付けないじゃろうな。というか正常に意識があるかどうかも分からんの」
【信長】
「こうして会話をしている俺たちは、まだマシということですか……ん、しかしそれならどうして俺たちは……?」
【ババ様】
「まあ、十中八九、鞠と一緒に居たからじゃの」
【笑星】
「え……?」
【鞠】
「はぁ……?」
何その理由。
【四粹】
「会長と一緒に居たから……つまり、貴方の近くに居たことが関係する、ということですか」
【ババ様】
「まあ、そうとも云うの」
しかし巫山戯たものでは、どうやらないらしい。一番早くに理解に近付いているのは副会長だった。
……私も、自信はないけど、そういうことかなっていう考えは作れる。
【鞠】
「私達は普通の人間ではない……さっきそんな感じのことを仄めかしてましたが」
【ババ様】
「勿論人間じゃが、鞠については人間じゃなくなってしまう恐れもある……その意味は鞠も分かってるじゃろ」
【鞠】
「…………」
【ババ様】
「これは根源問題じゃ。その上の上の上の、更にいくつかの上に立っている普通の人間には自分の身すらどうすることもできぬが、より根源的な力の塊であるババ様や、更に強力な力を有する何かを宿しておる鞠は、こうして状況を分析できるぐらい自分という秩序を保って眼を開けていられる。そしてその鞠に日常的に接してきた四粹達にも、鞠の持つ特殊な霊素が染みついておるんじゃろう」
【鞠】
「……そんなこと、起こりえるんですか……?」
自分の内から放たれる霊素が、他人に感染する。
そんなの今まで聴いたことない……。ソレは、本当、冗談ならないんじゃ――
【鞠】
「今まで何か異常はありませんでしたか」
【笑星】
「え?」
【鞠】
「突然別の誰かに意識を乗っ取られたりとか……」
【深幸】
「は? いやそんなオカルトな体験したことねえけど、いや今してるけど……というか俺はまだお前が可成り普通の人間じゃないってところを消化できてないんだが……」
【鞠】
「グッ……ふ、普通の人間ですよ」
【ババ様】
「いや普通ではないじゃろー。このババ様を宿し、得体の知れないとんでもないのを宿し、鞠は間違いなく世界で類を見ない宿合者じゃ」
【四粹】
「宿合……確か――」
【鞠】
「あんまり私の事を探らないでくださいッ」
……兎も角、異常は感じていないらしい。
【鞠】
「貴方たちがそういう体験をしていないなら……まあ、いいですけど」
【笑星】
「いや良くないよ!? そんなこと訊くってことはつまり会長って、そういう体験してるってことでしょ!」
ああもうやけに鋭い雑務ッ! いっそ莫迦な頃の方がよかったかも……!
【ババ様】
「安心せい。本体が鞠の中で眠っておる限りは、他の誰かには移らないじゃろ。ババ様の勘でしかないがの。どうにも……鞠という宿主を気に入ってるようじゃ」
【鞠】
「……………………」
【笑星】
「何も安心できないんだけど……ババ様、もっと鞠会長のこと、教えてよ!」
【ババ様】
「ババ様的にはお喋りのネタになるから別に構わんのじゃが~……」
【鞠】
「当分眼帯しますよ」
【ババ様】
「ババ様、視界封印されるの嫌なのですまんの笑星~」
【笑星】
「ん~……」
【鞠】
「……はぁ……」
油断ならない……流石天敵。今一度私は自分が置かれてる状況を認識して気を引き締めなければ。
【ババ様】
「取りあえず、まあその鞠の全面的に信頼しておる先輩さんが、何とかしてくれるのを待つぐらいじゃの」
【深幸】
「その結論で大丈夫なのか……?」
【信長】
「しかし会長が評価される人だ、ならば信じるしかない」
【鞠】
「信じる信じないは勝手にすればいいですけど……」
【信長】
「俺は、会長を信じていますから」
何故そうなる。
天敵多過ぎ私……。
【深幸】
「呑気だなぁ……」
【笑星】
「でも、ワケも分からない、このまま死ぬかもしれない、どう死ぬのかも分からない……怖い筈だけど、不思議と落ち着けるんだよね」
【深幸】
「ほう? それまたどうして」
【笑星】
「勿論、ここに最強の人が居るからね」
【四粹】
「……ふふっ……確かに。どうにでもなる……そんな予感は手前も抱きます」
【深幸】
「はぁ……すっかり信頼されちゃって」
【鞠】
「嫌味ですか」
【深幸】
「かもな。じゃあこの際3人も4人も変わんねえな……判断は任せるぜー会長」
嫌がらせのプロたちが一向にマンネリ化してくれない。こんな絶望的な状態であっても暇を見つけて私を弄るとか極まってる。
適応力っていっていいのか分かんないけど、凄すぎるねこの人達。
【鞠】
「はぁ~~……」
そういう日常をここでも発揮されたら……何だか私もいつも通りイライラするしかない。
これからどれだけの時間、私はこの人達と会話をしなければいけないのか。特別なイベントが無い分シンプルと云わざるを得ないけど、下校時刻が分からないという恐ろしい要素のお陰で今年度最大の私的災難になる予感。
てか……疲れた。座る。
【深幸】
「俺らも座るかぁ。てか座れるってことは床か此処は」
【ババ様】
「いつ床が谷底になっても不思議じゃないがの」
【深幸】
「そん時は会長を巻き添えにするわ」
【鞠】
「……そんな迷惑行為の準備をするぐらいならよじ登る覚悟でもしてればいいです」
男子たちは胡座をかいた。
【笑星】
「……退屈だねー」
【深幸】
「俺は璃奈たちが心配でソワソワするなぁ……璃奈は会長によく懐いて近付いてたから、その分俺たちみたいに無事かもしれないな」
【笑星】
「それなら、姉ちゃんとか邊見も無事かも」
【信長】
「石山たちも案外起きてるかもしれないな」
【四粹】
「手前の……“家族”も皆。それに六角さん達も」
【鞠】
「…………」
私、意図せず知り合いが増えてしまったものだ。
【ババ様】
「鞠は救世主じゃの~」
【鞠】
「完全に助け出す一手を持たないなら、ただの延命措置でしょう。寧ろ惨くないですか」
でもまあ……無事でいてほしいとは、思うかな。
知り合いになってしまった以上、消えてしまったのを知ったら……それは間違いなく私の心を掻き乱すだろうから。
【笑星】
「……ね、鞠会長」
雑務が会話を仕掛けてきた。警戒しろ私。
【鞠】
「……何ですか」
【笑星】
「暇だし、さ。鞠会長の話、聴きたいな。優海町の話」
【鞠】
「…………」
* * * * * *
【笑星】
「じゃあ……俺、優海町行きたい」
* * * * * *
あの夜、真っ直ぐ私にお願いしてきた彼の姿を思い出す。
今は、リラックスしているというか、普通にヘラヘラ笑っているようだけど……。
ソレが本物の疑問であることを、私はもう悟っている。
【鞠】
「……どうしてそんな、興味あるんですか。あんな恐ろしい町に」
【深幸】
「恐ろしいのか」
【鞠】
「貴方たちの方が知ってるでしょソレは」
【信長】
「…………」
【深幸】
「…………」
【笑星】
「……でも、それは想像でしかないよ。俺たちは誰1人、本物を眼にもしてないし、きっと聴けてもない。最初は、俺は本当に単純な興味だったんだけどね」
【鞠】
「…………」
【笑星】
「でも、今はちょっと違う。知りたいといっても……鞠会長の居た優海町を、知りたいんだ。会長がどんな場所で過ごしてきたのかを、知りたい」
物好きなことだ。もっとちゃんとしたものに興味を持てばよかったのに。趣味にもならないじゃんそんなの。
……そうさせてしまったのは、私という存在なんだろうけど。
【笑星】
「知る必要無いとか、そんな退屈なことは無しだよ! 今ほんと話題が欲しいんだから」
【鞠】
「……先手ガードされた」
【深幸】
「まあ、噂に踊らされてるんだろうな俺たちは。俺からすれば、真理学園のことはもうお前から想像していくしかできないわけで……実際今、これまで俺が持ってたイメージがだいぶ壊れてる。確かに整理しておきたいことではある」
【信長】
「会長がどのように今のお姿へ成長したのか、か……それは是非とも聞いておきたいものだ」
【四粹】
「……会長自身の気晴らしになるのかが手前は不安ですが」
【ババ様】
「ババ様もえらく興味あるの~。ミマ島ではちょびっと喋ってくれたが、それ以降は鞠ちっっっとも話してくれない」
【鞠】
「……だって云う必要無いもん……」
私の気晴らし、か。
【笑星】
「…………」
まあ……よくよく考えたら、別に不出を徹底する価値はそこまで無いわけだし。この人達が勝手に情報を改造して拡散するような人格持ちじゃないのは流石に分かってるし。
というか……何か、この雑務に勝てる気が私はしないのだ。そんなとんでもない事態に悔しさは無いこともないが、それよりも彼と口喧嘩する時間の方が怖い。
故に、いつもの。そういつもの、溜息の処世術。
【鞠】
「……そんな楽しいことなんて、何も無い」
現状最良の気晴らしに、私は浸る――