9.33「帰還せよ」
あらすじ
「帰ります」砂川さん、極大仕事の果てに……。あと10節分ぐらいで9話が終わりそうです。今は33節。
砂川を読む
* * * * * *
【蒼権院】
「臥子ちゃんは、将来どんなことがしたいんだい?」
【臥子】
「それを決める権限は、ふーにはありません」
【蒼権院】
「ほー?」
【臥子】
「ふーの総ては、姉様が、決めることです」
【蒼権院】
「独立機体、だったっけ? この歳だからマシーンには疎くてねぇ。よく分かってはないが……臥子ちゃんは、お姉ちゃんの為に頑張ってるんだ」
【臥子】
「姉様によってふーは造られました。姉様が、ふーを求めました。故にふーは存在します。姉様の需要に応えるべく、ふーは存在します」
【蒼権院】
「でも、単純なマシーンじゃないんだろう? 現に臥子ちゃんは、こんなに温かくて柔らかいじゃないか」
【臥子】
「総て、姉様のオーダーあってのふーです」
【蒼権院】
「……そっか。優しいお姉ちゃんだね(←なでなで)」
【臥子】
「……?」
【蒼権院】
「臥子ちゃんに、心を求めたんだね。それは、実に機械的じゃない」
【臥子】
「……それは……」
【蒼権院】
「幼さを感じる。機械には無いものだよ、それは。臥子ちゃんは、きっと生命として誕生したんだよ。なればこの先、君は……幸せになれる。隣にお姉ちゃんがいて、周りに色んな友達がいて」
【臥子】
「……ふーに、そのような権限はありません。姉様のオーダーには、ありません。求めるが故に、ふーは在ります」
【蒼権院】
「それは、誕生の瞬間でしかないよ。臥子ちゃん」
【臥子】
「……?」
【蒼権院】
「臥子ちゃんの心は、臥子ちゃんの旅路は、臥子ちゃんのものだからね。お婆ちゃんは確信してるよ。臥子ちゃんのお姉ちゃんが、それを禁じるわけがない」
【臥子】
「何故、そう云えるのですか?」
【蒼権院】
「そういう、とても優しい女の子だから、だよ。だから……臥子ちゃん、いっぱい笑いなよ」
【臥子】
「笑う……?」
【蒼権院】
「そ、幸せの証。笑いたくなった時に笑うこと。お姉ちゃんのオーダーじゃなくて……臥子ちゃんの、心のままに――」
* * * * * *
【臥子】
「…………」
【鞠】
「――? どうかしましたか、臥子」
【臥子】
「……にー」
【鞠】
「……………………」
突如臥子が口角を上げた。両人差し指で。
【鞠】
「……貴方は何と云うか、どんどん私の予想を超えますね」
【臥子】
「アップデート、準備は可能です。姉様」
【鞠】
「……? 別に、今のところ更新することはありませんけど」
いや、厳密には直したいところとか、色々あるんだけど……大掛かりになるかもだし、今はできるだけ復興に集中してほしい。それを完璧に為してくれるなら今は文句もでない。
……それに。
【臥子】
「ふーは、姉様の為に在ります。姉様の求め故に在ります」
【鞠】
「……いきなり何ですか」
【臥子】
「したがって、ふーは、姉様が決めます」
【鞠】
「まあ、そうなんでしょうけど」
【臥子】
「…………」
【鞠】
「……?」
【臥子】
「……にー」
【鞠】
「……??」
ある仮定のもとに、この子が画伯など他の人と仲良くするというなら……正直それならそれで別にいいかな、と思う私もいるわけで。
根本目的は忘れてないけど、あのクラス委員のお陰でこの子を随分振り回すことになってしまった。それはつまり、この子の存在意義が拡張されることを意味していて。
ていうかやっぱり、この子は完全なる機体とは云い難くて……。
【鞠】
「(これじゃ、研究所の連中と同じかも……)」
使えるだけ酷使する。私はこの子を造るにあたって奴らのようにはなるまいとしっかり決心していた筈だ。
物としてなら勿論壊れるまで、壊れたら直して使いまくるんだろうけど、ここまで見た目だけでなく中身の不明確さまでちょっと機体っぽくないと……端的に云って奴隷とみるか妹とみるかって感じになるんだよね。
【鞠】
「……貴方が絶対間違えちゃいけないのは、私を滅ぼす条件とタイミングです」
【臥子】
「承知しています。姉様」
【鞠】
「あとまあ、今みたいに色々仕事を与えることもあるでしょうけど……オーダーが無いなら、割と好きにしていていいので」
【臥子】
「…………!」
【鞠】
「でも貴方はまだ外での身だしなみとか不勉強なところいっぱいあるので、基本はまだ室内待機です。裸で外出はアウトです」
【臥子】
「……ふーは今、スク水です」
【鞠】
「スク水もアウトですっ」
【臥子】
「…………」
スク水が青く光ってる。これつまり、不機嫌とかそういう感じなのかな。
だとすれば、あの美魔女さんの云うように……この子には矢張り「感情」というものがあるってことなのか。
……そこを優柔不断にしたのは、偏に私の力不足ゆえか。その責任も、これから何らかの形で取っていかなければ。考えることは多い。
【鞠】
「臥子。復興作業は恙無いですか」
【臥子】
「オーダー・アクセプト。着手地域、総てにおいて概ね順調とふーは判断します。スク水を装備してから一層、霊素合成が円滑化」
【鞠】
「サラッと新しい固有名詞を使いこなさないでください」
ちゃんと私はこの子の姉様であれるのか、心配がやまない……。
【汐】
「っていうか、鞠、さっき滅ぼすタイミング云々って云ってませんでしたー!?」
助手席でメイドが何か叫んできた。
【鞠】
「云ってません。気のせいじゃないですかね」
【汐】
「うたぐりー……」
【鞠】
「シートベルトしてください。捕まるか落っこちますよ」
今私達は、ルーフレスなカーに乗って例の如く大輪各地を走り回っていた。
機体で空を飛んで、というのでも別によかったんだけど、今昼間だし目撃されるの嫌だし、こうして陸を走って道路的に問題無いかとか直に確かめてみるのも悪くないし。
【在欄】
「……次なる目的地へは、おおよそ10分といったところか」
【汐】
「ていうか在欄くん、普通に免許持ってたんですねー! ほんと何でもできますねー!」
【在欄】
「大学生が普通運転免許を取得していることは珍しくもないことだろう」
【汐】
「因みに私の方が上手く運転できますよー。ていうか運転させてくださいっ、そろそろ実際に役に立たないと鞠の蔑みの眼差しが痛くなってきたのでッ」
【在欄】
「汐くん、君のかの運転は果たして彼女の役に立つだろうか」
【鞠】
「ダメですよ、絶対渡しちゃダメですよッ、ルーフレスですからねッ! 全員捕まるか飛ばされますよ!!」
……そんな、ある意味変わり映えのない数日。
その数日の間に、臥子の管理する機体たちが大輪大陸の物的光景を蘇らせ、場所によっては生まれ変わらせて。
会うべき人たちに、ドン引きされるなり、怖がられるなり、感謝の余り当日の学生たちの利用代をまけてくれることになったり、まあ色んなリアクションを戴き。
四天王さんのレンタカーで大輪の町々を走り続け。
すると4都を中心とした主要な鉄道が回復宣言を出して、
更には――実際はもっと早い段階であったけど――航海会社たちも大輪の便の回復宣言を出して、
機体だけでなくてちゃんと復興活動に携わってくれていた一峰勢力の方々に、それぞれ修繕後の街の問題などを検査し私にデータで提出してもらい。
【在欄】
「……鞠くん、君の立ち位置を踏まえた上での岐部在欄に異論は無い」
【汐】
「いいんじゃないですか。まだ完全ではないでしょうが、ここからは簡単あっという間に、町民それぞれの自力で何とでもなるフェーズです。寧ろこれ以上は余計過ぎる節介ですよ、鞠」
それらを正確に確認し終えた2人の、大して必要でも無いのに背中押しを受けて。
私――砂川鞠は、決断を下す。
【鞠】
「……臥子」
【臥子】
「ふーは此処に」
【鞠】
「後片付け作業を完全に終えたグループから、消失させていってください。急ぐ必要はありません。ゆっくりでいいですから」
【臥子】
「オーダー・アクセプト。消失実行開始。消失率……1%……2%……――」
【鞠】
「……では」
【汐】
「はい!」
【在欄】
「……」
【鞠】
「帰ります」
私の、決死の活動に区切りがついた――
Day
11/23
Time
6:30
Stage
大輪の海
【鞠】
「……まいった」
私としたことが、緊張の糸を切るタイミングを間違えた。
【汐】
「まだ云ってるんですかー鞠。これ普通の航海方法ですよー」
【在欄】
「機体に乗って帰るという方法は、辛うじて深夜であったから可能だっただろう。船で帰るが安全だ」
【鞠】
「分かってますけど……」
今日が云ってしまえば締め切り日なわけで。
今日の午後には学園で最終相談会があるわけで。
なので私は今日の午後には学園に到着したかったわけで。
【鞠】
「普通に海渡るの、6時間は掛かるじゃないですか……」
【汐】
「普通はそうですもん。1時間じゃ着きませんよ」
【在欄】
「休むほかなかろう。これまでの労働量を考えれば、睡眠5時間では足りなかろう、鞠くん」
【汐】
「そーそ、休める時に休むのができる大人ですよ☆」
【鞠】
「貴方にソレ云われるの相当腹が立つ……」
ていうか、あれ、臥子は?
【鞠】
「1番の勤労者は……」
【汐】
「そういえば見ませんね……もしかしたら迷子になってるのかも」
【在欄】
「君の忠実な僕ではなかったのか、鞠くん」
【鞠】
「……僕ではありません」
……本当に?
臥子は僕じゃないのか?
【鞠】
「……僕じゃ、ないです」
【在欄】
「そうか。そういえば、君の妹だったか」
【鞠】
「まあ、そうです」
【汐】
「そうなんですかー……? 本当にー……? いや普通にダウトですけどねッ!」
これ以上メイドの相手はしていられない。
妹ってわけでもないけど……まあ取りあえずってことだし、妹を探してあげないと。
【鞠】
「おちおち寝てもいられない……」
船酔いしないことを祈りながら、広い船内を廻り始めた。
Time
7:00
で……30分ぐらいだったろうか。
【鞠】
「あ」
見慣れたコートを発見した。後ろ姿だけど。
【臥子】
「…………」
彼女は、4Fのデッキの先端辺りで、海を眺めているようだった。
とてもロボットには見えない、美しい絵だ。今ならそのスク水姿もまだ赦されるって感じ。
【鞠】
「……探しましたよ、不良娘」
【臥子】
「……ふーは、妹では。アップデート申請。プリーズ・コネクト」
【鞠】
「拒否します。言葉の綾的なアレです。現状貴方は確かに私の妹です」
いや違うけどね。
【臥子】
「……??」
【鞠】
「……何を、見てたんですか」
【臥子】
「ふーは海原を見てます」
【鞠】
「そのようですね。でも……何でいきなり」
【臥子】
「オーダーが、無かった故に。ふーは無の時間を持て余しました。オーダーが無ければ、ふーは必要ありません」
【鞠】
「……とはいっても、今たいしてオーダーすることありませんし」
帰る決断を下したのは昨夜。深夜に帰りたいなって思ったんだけど、帰るってなった瞬間に緊張の糸ぷつり。私は何かが緩みまくった為に、突然機体製造のイメージ作業ができなくなり、全然造れなくなってしまった。
これを既に限界突破していたと解釈した四天王2人の意見により、私達は明日の便を使って普通に帰ることになった。さっきはごねたけど、まあ妥当な判断をしてくれたと思う。
ってことで、今私はもう考える気にもならない。1度ぐっすり寝たつもりなんだけど、まだ足りてない。全然睡眠が足りてない。
【鞠】
「抑も、臥子は私を特定条件下で必ず殺す為に造られたんです。それはちゃんと、自動発動してくれるんですよね」
【臥子】
「正常に搭載されています」
【鞠】
「なら……後は、これから身に着けていく常識と良識のもと、自由にやればいいじゃないですか」
【臥子】
「それは、機体的ではないようにふーは思います」
【鞠】
「そうやって自分の考えや思いを出せる時点で貴方は立派に機体的じゃないです……」
ああ、眠……。
ていうか寒い……冬だなぁ……今年は何か、秋がいつから始まっていつ終わったのか分からなかったなぁ。
【鞠】
「その辺、あんまり造り込めなかったみたいで。もしソレが決定的に誤りだったというなら、貴方を大改造して立派な機体に仕上げます」
【臥子】
「…………」
【鞠】
「でも、そんな疲れることをする必要性が今のところは感じられませんし、私は他人の自由を縛ることはあまり好きじゃないです。だから……のんびり自由に……」
話の途中なのに、欠伸が出てしまった。
どんだけ限界なんだ私は。
【鞠】
「……雑務にショートメールは入れておいたし……臥子も見つけたしもう寝るか……」
あ、そうだ。
【鞠】
「臥子、私寝ます。まだ此処に居るというなら、ついでに私の枕になってください」
【臥子】
「……オーダー・アクセプト」
その辺にあったベンチに、2人で座る。
冬のお外で寝るのは結構な危険行為な気もするけど……それはもう既に何度も何度も体験済みなわけで。
【鞠】
「……もう私専用の抱き枕じゃん」
【臥子】
「ふーは、此処から動けません。姉様は、ふーの自由を縛っています」
【鞠】
「……ほんとだ……」
気を付けてるつもりなんだけどね、いやほんとに……。
私は本気で思ってるつもりなのに――
【鞠】
「貴方、は……奴隷じゃ、なく……て…………」
【臥子】
「…………」
【鞠】
「…………Zzz」
【臥子】
「……妹です。ふーは、姉様の、妹」
【汐】
「いや違いますよ! 汐お姉ちゃんは、まだ、完全には認めてませんからねっ!」
【在欄】
「妙だな。汐くん、君は妹が増えることについてはこれまでの言動から察するに見境も無く歓迎する性格だろう」
【汐】
「だってあの子、鞠が命令しちゃってるから絶対私のことお姉ちゃんとは見てくれないんですよッ! 寧ろゴミを見る目ですよ!」
【在欄】
「そうか。岐部在欄は納得した」
【汐】
「はぁ……在欄くんだって、気になるでしょー? ふーちゃんが何者なのか。鞠がどうしてあれほどのことができるのか……何だか、これは絶対スルーしてはいけない香りがするんです」
【在欄】
「なら、これまで同様に、しつこく、彼女に嫌われてでも附き纏えばいいだろう。元々汐くん、君の役目といえばソレなのだから」
【汐】
「……勿論。分かってますよ、鞠がたとえどんな事情をお姉ちゃんに隠して持っていたとしても……鞠は、この汐が守ります。冴華ちゃん、和佳ちゃん、ふーちゃんを無視しても……鞠だけは」
【在欄】
「……どうやら、岐部在欄の認識している、いつもの酔狂とは別のようだ」
【汐】
「在欄くん、無闇矢鱈に女の子を詮索するのは良い趣味とは云えませんよー」
【在欄】
「あえて、お互い様と云おう」
【汐】
「……ま、そこが落としどころ、ですね」