9.27「超越の解」
あらすじ
「ざっくり云えば、触れた相手の持つ知識や技術を“共有”するってところですか」砂川さん、“機能”お披露目。本編では常識レベルで頻出な“機能”は「個人の持つ特殊な能力」と取りあえず解釈ください。この場はそれで何とかなる9話27節。
砂川を読む
* * * * * *
【謙一】
「……………………」
【鞠】
「……………………」
【謙一】
「……まぁ……方向性は、分かったな。お前の“機能”」
【鞠】
「…………~~~……」
【謙一】
「そんな悶えることでも……凄えじゃん、流石一峰の令嬢ってレベルでチートだと思うけど俺」
【鞠】
「せ、先輩は、オープンスケベだからいいんです。でも、私は違います……」
【謙一】
「俺助平なつもりないんだけどな。しっかし、奇天烈なもん持っちまったなぁ、お前の性格上、攻撃系ではないって予想はしてたけど、ある意味それより大胆な……」
【鞠】
「云わないでください、もう使いませんし」
【謙一】
「……“機能”はその人の在り方に関連する、とか論文あるけど――」
【鞠】
「もう一生使いませんしッ……!!」
* * * * * *
【鞠】
「…………」
まあ、相手は全員同性だし……まだマシ、だよね。
【鞠】
「臥子、こちらに」
【臥子】
「かしこまりました。姉様」
そういえば私、姉様だった……。
複雑な想いをしながらも、こちらに近付いてきた臥子を――
【鞠】
「……借りますよ」
――抱きしめてみる。
【行】
「ん――」
【和佳】
「あ……」
“機能”が発動している。
そりゃ、発動しようと自分の意思で働きかけているのだから当然ではあるけど、学校でもその訓練をサボりにサボってきた私は、発動しているという確信すら持つのに遅延する。
私自身の……マナが私と臥子を空気で覆う。
瞬間――
【鞠】
「ッ……!」
目を閉じる。
今視界を開いてはおかしくなる、そう反射が作動したから。
脳内に、一気に情報がなだれ込んでくる、感じ……。
それを整理する必要すら、無くて。
既に臥子が得た知識は――
私の知恵となっていた。
【鞠】
「……配管工事、でしたっけ」
【和佳】
「え?」
画伯が匙を投げていた、専門的過ぎるシミュレーションゲームのコントローラーを持つ。
あんまりゲームっていうのはやったことないけど……格闘ゲームみたいに急かされるわけでもないから、何も難しくない。傭兵が云っていた通り、このゲームに必要なのは何より建物を構築するための知識だ。
【行】
「…………」
【和佳】
「あれ……あ、あれ……!?」
コウモリ達を操り、工事現場を動いていく。
どの部位に問題があるのかを見ていく。
……見つけたら、その解決策を考え、実行する。
【鞠】
「必要な物資を、必要な従業員に使わせて、優先順位に従って建築していく……ソレさえ徹底できれば改修なんて面倒な手間は省けます」
勿論衛生維持の要員(コウモリ)はある程度配置しておく必要はある。
確実なものを造り、確実に守り、次のオブジェクトに取り掛かる。このゲームはこれの繰り返しだ。
ヒューマンエラーとは云うが、ソレは指揮者たる私がミスをしなければ、まず起きない。そこはリアルじゃないようだ。お陰で凄い勢いで復興が進んでいく。
【和佳】
「鞠様、すっごい、上手です……! さっき無理って云ってたのに……!」
【鞠】
「まあ……こういう、“機能”なんです」
【行】
「先の、臥子との抱擁が関係している、ということですね」
プロは混乱していなかった。慣れてない私本人すら内心ちょっとパニックしてるんだけどね実は。
真面目に聞いてくれる分、これもマシと云うべきか。
【鞠】
「ざっくり云えば、触れた相手の持つ知識や技術を“共有”するってところですか」
【行】
「……………………」
傭兵が黙った。何か怖い。どんなリアクションするんだろう。
まあプロで経験豊富なんだし、こういう変わり種も慣れていることだろう――
【行】
「……お嬢……」
【鞠】
「は、はい」
【行】
「どうしてそんなチートスキルを隠し持っていたのですかッ!! もっと濫用すればいいでしょう!!?」
怒られた!
【鞠】
「いや、これだいぶ効率悪いですし……! 接触といっても、タッチぐらいだと通信制限掛かりまくりのダウンロード並みに遅いんですよ、そんな長時間触れ続けるの変態っぽいしハグとかしたら普通にド変態ですし!」
【行】
「そんな抵抗、些細な問題でしょう!!」
【鞠】
「重大ですからッ!!」
プロ、普通に驚いてらっしゃった。
【和佳】
「ど、どういうこと、ですか……? 和佳、まだ分かってないです……」
【行】
「和佳嬢、知識を得るにはどうすればいいですか?」
【和佳】
「え? えっと……勉強?」
【行】
「そうです、勉強です。学ぶのです。本を読むなり、学校に行くなり、技術面であれば自身のその手で経験を積むことで、習得していくのです。これが普通で、避けることのできないプロセスです」
【和佳】
「うん……」
【行】
「そしてこのプロセスは、時間が掛かります。技術については、和佳嬢が焦りを感じるぐらいに万気相の修練は時間が掛かりますね、そんな感じです」
【和佳】
「うん……」
【行】
「しかしこのお嬢の“機能”は、そのプロセスを無視して、他人が時間をかけて勉強してきたその知識を、ハグするだけで自分の知識としてしまう、ということです」
【和佳】
「…………」
【行】
「今、お嬢はそれを実演してみせた。建築に対し無知であった筈のお嬢は、和佳嬢をサポートする為に関連本十数冊を読み通した臥子にハグしたことで、臥子の得た知識を一瞬で自分のものにしたから、一瞬でこのゲームの達人になってしまったのです」
【和佳】
「……………………」
画伯、こちらを見る。
【和佳】
「……なんか……ズルい……」
心の籠もったコメントだった。
うん、私もそう思う。そういうわけで私の精神だいぶ持ってかれるから、まず使うまいとしてきたんだもん。
【鞠】
「私の平穏に、たいして必要の無いことですから。使う機会もなくて当然でしょう」
【行】
「機会をわざわざ捨てるという贅沢は褒められたものではありませんね、お嬢。臥子を何処から拾ってきたのか知りませんが、インプットの天才らしい臥子を手中におさめたお嬢は知識面で無敵でしょう。いや……知識だけじゃない、その理論ならば私の今まで培ってきた戦闘技術すら、数分で……」
【鞠】
「まあ私の身体が追い付いてくれるなら理論上いけるでしょうけど、できるとしてもやりませんよ」
コントローラーを床に置く。
【鞠】
「……とまあ、私の話はこれで終わりってことで……」
【和佳】
「鞠様の話題が尽きない……」
【行】
「お嬢、貴方はモブではありません」
【鞠】
「モブでお願いします」
ほんとお願いだからっ。
【和佳】
「鞠様、和佳と一緒にこの町、復興してください! お友達に鞠様自慢するんだー!」
【鞠】
「私じゃなくて町を自慢して」
私やるつもりないし……。
臥子と一緒にやればいい。予想外にも仲良くなってるんだし。
【臥子】
「…………(←読書中)」
そして臥子、雑に命令したの私だけど、さっきから建築関連の本ばっかり読んでいる。そのジャンルを優先して攻略するのは果たして価値あることなのだろうか。
【和佳】
「ふーちゃん、いっぱい本読んでるから……鞠様しかいないの(←絡みつく)」
【鞠】
「…………」
腕に絡まれた。これ以上懐かれると、あちらの姉がどんな謀反起こすか分かったものじゃない。
【鞠】
「ゲームは好きじゃありません。時間を割く意義がないですから」
【行】
「暇潰しというのはストレス緩和の効果もある程度あるんではないですか?」
傭兵は画伯の味方か。それとも興味関心が未だに私に向いているのか。いずれにしても私、逃げ場が無い。抑も此処私の部屋だし。
もーう……
【鞠】
「暇潰しの時間があるなら休息にあてます。こんなファンタジーで参考になりそうにない町おこしを眺めている暇があるなら、少なくとも私は仮眠します」
【和佳】
「ま、鞠様なら現実でも出来ます……! コウモリいっぱい従えて1人で復興させちゃうんだ……!」
【鞠】
「私を一体何だと思ってるんですか……評価してくれているのは分かりますけど、それは完全に人間業、じゃ……」
……………………。
ん……?
【和佳】
「……鞠様?」
【行】
「お嬢?」
あれ。え、ちょっと待って。
【鞠】
「人間業じゃ……ない……」
再度、ゲーム画面を振り返る。
私が立て直した、町の姿。コウモリで溢れる空。
【臥子】
「…………(←読書中)」
およそ現実的でない巫山戯た光景。
――本当に?
【ババ様】
「……鞠……」
【鞠】
「――客観的に云って……超越的なのは、ババ様だけじゃない……」
もう、私だって……。
いやでも……私はそんなことをする為に、そうなったわけじゃなくて。
そんなことをし出せば、私の望んだ平穏からは、もっと離れてしまう。
だったら、そんな考えは。
考えは――
* * * * * *
【安倍】
「他の皆の為に、頑張ってね」
【鞠】
「…………」
【安倍】
「私は……会長さんが選んでくれたやつを、頑張って楽しんでみるから。私みたいな莫迦じゃなくて……諦めずにルートを考えられる皆を、支えてあげて。じゃないと、文句とか云われちゃうかもよー」
* * * * * *
【鞠】
「……………………」
【ババ様】
「……鞠が、今何を考えて、何に葛藤しているのか何とな~く、ババ様は分かっておる。……任せるぞ、鞠」
【鞠】
「……………………」
【ババ様】
「鞠の“最適解”に、ババ様は最期まで附き合おうぞ!」
* * * * * *
【謙一】
「― 俺が出来ることは、何でもやる。もう二度と、お前を裏切らない。お前の盤石の道を守る。だけど……未来がどうなってるかなんて、どの程度幸せになってるかなんて、結局その時にならなきゃ分かんないよ。ならさ――1回、好きなようにやってみてもいいんじゃねえか? 何にも、周りのこととか、今までのこととか、道とか何も考えずにさ ―」
【鞠】
「…………」
【謙一】
「― “真実”を見逃すな。今お前が奥底からやりたいことを――その衝動のままに。ソレこそが、勝者の理の真骨頂じゃねえかな ―」
* * * * * *
【鞠】
「……ッッ~~……」
ああもう……!!
私の新生活の荒波は、後夜祭がピークだと思ってたのに……ッ!
【和佳】
「ま、鞠様……? どうした、の?」
【鞠】
「画伯、貴方は天ッ才です!! 私は今から大輪に飛びます!!」
【和佳】
「え!? 和佳何か、やりましたか!?」
【行】
「大輪? 一体何を考え出したんですかお嬢――」
【鞠】
「臥子、機能拡張を実行します」
持ってた本を奪って、無理矢理立たせる。
人形は文句を云うはずもなく、想定通りの言葉を吐く。
【臥子】
「――アップデート・オーダー。プリーズ・コネクト――」
抱きしめる。
多少は慣れてきたと思う、イメージの送電。
平穏を遠ざけるこの霊素と共に、臥子へと注ぎ込んでいく……。
【臥子】
「――アップデート・コンプリート」
身体を離す。
【鞠】
「機能拡張の確認をします。アップデートしたことで、貴方は知識だけでなく……完璧に使いこなす技術インプット機能をも持つ。そうですね?」
【臥子】
「可能です、姉様」
……オッケー。それなら……
【鞠】
「大輪には貴方も連れて行きますが、それまでに然るべき準備を総て済ませます。読書作業は中止してください」
【臥子】
「オーダー・アクセプト。読書作業、中止します」
【和佳】
「な、なに!? 凄い慌ただしくなってる……!! 鞠様、大輪行っちゃうの!?」
【行】
「一体何をされるつもりなんですか」
何をするつもりか。それは現時点で貴方たちでも容易に予想できるだろうに。
決まっている。
【鞠】
「私が、全部やる――」