9.19「追憶――居てくれるなら」
あらすじ
「そんな貴方が近くに居たなら、きっと、幸せ。そんな人達が近くに居たなら、鞠ちゃんも、幸せ」砂川さん、夢の回想。本編では普通に美玲さん元気な9話19節。
砂川を読む
* * * * * *
【ミレイ】
「病院の食べ物飽きたー……」
【鞠】
「我慢してください」
【ミレイ】
「シュークリーム~~……」
【鞠】
「先輩の作る奴以外はダメです」
……たまに、この人は体調を崩す。
多分、ちょっとやそっと、じゃないのだろう。私はこの人が元気じゃない姿なんて見たことなかったけど、入院という手段を取っている、いや取らざるをえない事実こそがその程度を示していた。
ただ、こうして見舞いに来てみれば、矢張りいつも通りのウザったいほどの元気で。私は溜息を零す。
【鞠】
「もっと大人しくできないんですか。これ云うの何十回目か分かりませんけど」
【ミレイ】
「お姉ちゃんこれでも、だいぶ大人しくしてるつもりー」
【鞠】
「えー……」
基本、云うことを聞かない。
お医者さんがマジやめろと云ってても、その隙を掻い潜ってやってしまう。執念とすら云っていいやもしれないヤンキーな実績。
それを最も近くで見せつけられてきた私が、この人が生来かつ慢性の病体だなんて、云われても納得しきれるわけがなかったのだ。
この人の心臓があまりに脆弱で、その影響か全身の機能が不規則に異常をきたしており、安静にしてなきゃ尚更いつ急逝したっておかしくないだなんて、たとえあの事件の前に知っていたとしても私はこの人を止められるわけがなかったのだ。
私は、この人を、信じていたのだから。
【鞠】
「……ほんと、貴方の家族は何してるんですか。病院で会ったことないんですけど」
【ミレイ】
「忙しいんだってー。パパもママも働き盛りだからねー。お仕事が楽しいんだよ」
【鞠】
「娘をほったらかしてですか」
【ミレイ】
「自由は、一番尊重されるべきもの。私はその束縛をしたくないから、コレでいいの。それに、代わりに可愛い妹が来てくれるもんねー(←ポテチ取り出す)」
【鞠】
「全く以て血が繋がってないんですけど(←没収)」
【ミレイ】
「あーん(泣)」
……これも、後に知った。
この人に、両親なんて居なかった。
適切な表現を志すならば……出生時点で、捨てられていたとのことだ。それも、とある駅トイレの大便器、なんて有り得ないところだ。
水を流そうとした形跡があったらしく、出生児はトラップ部に詰まった状態だった。それでも発見時生きていたというのは奇跡だが、その状態が主因となり心臓を中心とした身体全体が「故障」してしまった、と分析された。
……教えてくれた時の先輩は、物凄い顔をしていた。怖かった。でもそれが気にならないくらい……私も、強い感情でいっぱいになった。きっと何かを、恨んだんだと思う。
【ミレイ】
「……お姉ちゃん的にはそんなことより、鞠ちゃんの家族の方が気になるかなー」
でも、当事者たるこの人は、そんな黒い様子を一切私には見せなかったと思う。少なくとも私は知らない。
いつだってこの人は、楽しそうだった。
【鞠】
「私の……?」
【ミレイ】
「お父さんとか、お母さんとか。お兄ちゃんとかお姉ちゃんとか弟くんとか妹ちゃんとか妹ちゃんとか妹ちゃんとか!」
【鞠】
「大家族をご期待のところ申し訳ないですけど核家族です。ついでに云うと母は私が物心つく前に亡くなってます」
【ミレイ】
「ごめーん(泣)」
【鞠】
「だから、覚えてないですから感傷に浸るのすら無理です。気にしないで下さい」
【ミレイ】
「そっかー……じゃあ、お父さんだけかー。隠し子とかは? ホントにお姉ちゃんとかいないの? 妹ちゃんとか」
【鞠】
「ヤケに気にしますね。居ませんよ。……変なメイドはいますけど」
【ミレイ】
「え?」
【鞠】
「何でも。というか、どうしてそんなこと、気にするんですか。……まさか、そいつも妹にしてやろうって腹でしたか」
【ミレイ】
「それもいーねー」
【鞠】
「だから居ませんし」
【ミレイ】
「……でも、そうじゃなくて。ただ……もし居たら、きっと幸せだったろうなって」
【鞠】
「……は?」
【ミレイ】
「貴方は、本当に。本っっ当に、優しい素敵な女の子だから」
【鞠】
「…………」
【ミレイ】
「そんな貴方が近くに居たなら、きっと、幸せ。そんな人達が近くに居たなら、鞠ちゃんも、幸せ。本当に……羨ましいくらいに……」
――あの日、貴方が一体何を云いたかったのか、その真意は今でも測りかねる。元々私は他人に感情移入するという作業は苦手としているのだから。
だから、私の持つ感情というのは、常に私そのもののものであり。
【鞠】
「……反実仮想に、意味なんてありません。そんな存在は居ないのだから」
【ミレイ】
「まっ、そうなんだけどね」
【鞠】
「……でも」
私は、結局私の為にしか生きられない、とすら思うぐらいだ。
……ならば。せめて。
【鞠】
「貴方は、私の……その……お姉ちゃん、なんでしょう?」
【ミレイ】
「――え?」
【鞠】
「え、じゃないですよ。いつもそっちからしつこく云ってくる癖に」
貴方の云う、その私が。貴方の近くに居たなら、よく分からないけどそれで解決できる問題じゃないのかって。
【鞠】
「私と……一緒に居たら、ミレイお姉ちゃんは、幸せなんでしょう――? だったら……」
【ミレイ】
「……鞠ちゃん」
【鞠】
「一緒に、居ればいいじゃないですか」
井澤先輩が。烏丸先輩が。
貴方が。
これからも、一緒に居てくれるなら。
【鞠】
「……私は……それで、いいです、から」
私はそれが、いいのだから。
【ミレイ】
「…………」
【鞠】
「……な、何ですか。そのニヤニヤ顔」
【ミレイ】
「べっつにー。鞠ちゃんがビチグソ可愛いってこと以外は何でもなーい」
【鞠】
「む……な、撫でないでください。甘党が感染ったらどうするんですかっ」
【ミレイ】
「ね……鞠ちゃん」
【鞠】
「っ――?」
【ミレイ】
「そんな貴方こそ――絶対、幸せになってね?」
その言葉の、翌日。
病院から貴方は、姿を消した。
* * * * * *