9.18「練習3日目」
あらすじ
「鞠が求める永続的な生命を、この人形に寄生させるんじゃ!」砂川さん、倫理を跨ぎます。一応は折り返し地点ぐらいな9話18節。
砂川を読む
Time
21:30
Stage
砂川家 鞠の寝室
【鞠】
「……………………」
自分の寝室。見慣れたって表現すら違和感あるほど、私のホームな場所。
……なのに、何か落ち着かない。原因は明瞭。
このオブジェクトである。
【鞠】
「…………」
家の中でコートというのもおかしいよね。
と、脱がしたらいきなり全裸。
やっぱり着せとく。
【鞠】
「どうしよう」
分かりきってたけど、物凄く邪魔……。
何もかもリアル過ぎて存在感すらあって……これ今日寝られるか心配。
【ババ様】
「…………」
【鞠】
「パパは帰ってこないし……仕方無いか……」
ステータス品と判断するかはパパがすることだと思う。なのでパパを待ちたいのだけど、なんとこのタイミングで出張で帰ってこないことが判明。
その間私のこの部屋に配置しとこうと思ってる。これを別の部屋に置くのは怖いし、誰かに見られるのが何か嫌だ。なので誰にも見つからない可能性が1番高いこの場所が矢張り妥当。メイドが侵入してこなければだが。
【鞠】
「っていうか、何とか折り畳めないかな……」
そしたら何か、仮に誰が入ってきちゃっても隠せそうだし……。
【ババ様】
「…………のう鞠」
悩んでたら、ババ様からご意見。
【鞠】
「何ですか? 何か妙案が?」
【ババ様】
「鞠の悩みとは無関係じゃが、妙案かもしれん。この人形……丁度良いかもしれんぞ」
【鞠】
「……何が、丁度良いんですか?」
【ババ様】
「ほら、大空旅行大作戦は今、生命を造り出そうって段階じゃろ?」
そんな予定なさ過ぎる作戦名認めない。
【鞠】
「……生命っていうか、まあ私の都合で動いてくれるような独立機体にはいつか挑戦しようって思ってはいました」
【ババ様】
「その肝は機能面にある。人間でいえば脳じゃ。そこをしっっかり造れるかどうかじゃ。故に、苦手意識があってももう造れることは分かっている外見……装甲のイメージ作業は省けるものなら省いていいと思うのじゃ」
【鞠】
「まあ……省けるなら、省きたいですけど」
私ほんと想像力無いもん。一からデザインすると可哀想なビジュアルの機体ばっかり量産しちゃってさ。
私にとって、一度イメージしたものを頭の中に思い浮かべ続けるというのは、至難の業。機能面だってそれをしなければならないのに、同時に見た目の想像も維持するとか。
だから、装甲面でそれをしなくていいというなら、だいぶ気が楽になるけど……。
【ババ様】
「もう、どんな生命を造るか中身は考えたのかの?」
【鞠】
「こういうのあったら便利だよな、というやつは」
曖昧に答えちゃってるが……ここが私にとっての集大成。これが失敗するようなら何の意味も無い。
少なくとも欲しいのは2つの特長。それが上手く実現されたなら……。
【ババ様】
「鞠――何も一から、無形から造り出す必要は無い。コイツを使うんじゃ」
【鞠】
「え――?」
【ババ様】
「云うならば……鞠が求める永続的な生命を、この人形に寄生させるんじゃ!」
【鞠】
「ッ……」
……ああ――そうか、そういうことか。
「ソレはどういうことか?」「それは可能なのか?」
……これまで通り、直感でその解答は即座に得られる。
妙案、だということだ。
【鞠】
「1番苦手な、外見デザインのイメージ作業を省いて、“臓器”や“神経”の部分の構築に集中できる……!」
【ババ様】
「まあ、それでも超絶しんどい作業なのは変わらんがの。時間もそれなりに掛かるじゃろう。しかし、好条件じゃろ」
【鞠】
「この見た目を保つことができれば、外見は普通の人間。常時有形を保っていても違和感として映りにくい……」
ビジョンが、唐突に浮かぶ。
――私がこの子を使って、何をするか。
極めて具体的に、この“生命”を造り出した後に起こりえるイベントが、私の右眼にちらつく。
【鞠】
「……これだ――」
【ババ様】
「さて……何度も云っとるが、鞠は力を使う才に満ちておる。恐らく、今からやっても成功させることは不可能じゃない。しかし、鞠がどういう奴を造りたいのかは分からんがいずれにしても、今までとは全く手間の次元が違う」
【鞠】
「…………」
【ババ様】
「実行は、いつじゃ」
【鞠】
「今でしょ」
即答。
私らしくないが、これ以外有り得ない。
【ババ様】
「……鞠じゃったら、もうちょい用意周到にしてからかと思ったが」
【鞠】
「もう、出来てます」
先輩の表現を借りるなら、“天感”。
降りてきたその真実の尾を、見逃す手はない。
【ババ様】
「ふふ……実を云えばババ様、ワクワクしておる……禁忌の綱渡りじゃ」
【鞠】
「ほんと好きですね」
けど……ちょっと、ちょっとだけ。
私も高揚している。呑まれてなきゃいいけど。
【鞠】
「何処でやるべきですか」
【ババ様】
「誰の邪魔も入らない、いつものような条件じゃ……但し、今回は時間が掛かる」
【鞠】
「……なら、もう前もって云っておいた方がいいか」
Stage
汐の寝室
こんこん。
【汐】
「どうぞー――」
【鞠】
「失礼します」
【汐】
「――おぉおおおおおおおおおおおおお!?!?」
五月蠅い。
【汐】
「つ、つつっつつつ、遂に、遂にこのお姉ちゃんと添い寝する気にッ!?」
【鞠】
「そんなの一生ありません。そうじゃなくて……運動場の奥にある倉庫で私今日寝るので」
【汐】
「……はい?」
意味不明な突然のスケジュールに流石のメイドも停止。
【鞠】
「鍵も閉めるので、私自ら開けて出てくるまで誰も中に入らないようお願いします。ご飯も要りません」
【汐】
「……何云ってるんです?」
ほんと何云ってるんだろうね私。
【鞠】
「……一応飲食物、持って行きますからご心配無く」
【汐】
「いやいやいやいやいや……」
【鞠】
「因みに誰か入ろうものなら、貴方のパソコンに入ってる私関連の盗撮フォルダを朧の総力をもって抹殺しますんで。では」
【汐】
「バレてた!?!? あ、いや、鞠――」
ドア閉めた。
【鞠】
「さて……あとは飢え対策と……」
作業は手早く。紫上会の仕事でしっかり身に付いた速度感を発揮して、ちゃっちゃと準備を済ませていく。
…………。
…………。
…………。
Time
10:30
Stage
運動場 倉庫
――何の為に造られたのか分からないでっかい運動場の、何の為に造られたのか分からない倉庫。
間違いなく私はこの倉庫に入ったのは初めてだが、いやほんと何の為にあるんだろう。工場みたいに広いけど、設備とか特に見当たらない。砂やほこりの臭いが立ち込めている。
【ババ様】
「裏取引の現場とか、似合いそうじゃの」
またドラマで得た知識を発揮するババ様。
確かに共感できるところはある。昼でも薄暗いに違いない、がらがらで足音も響く殺風景。雰囲気はバッチリ決まってる。
今からやることを考えたら……私も立派に悪者、かな。
【鞠】
「……先輩に、怒られそう」
こんなことは、安易にしちゃダメだ。
だけど私は思い立ったが吉日を実行する。たとえソレが、場合によっては倫理的冒涜になろうと……私が今最も避けねばならない終着点は変わらない。
故に、止めるつもりはない。
【鞠】
「……失礼、しますね」
抱えてきた人形を、立たせる。この大きさでしっかり自立してくれるというのは本当素晴らしいクオリティだ。
で、コートを脱がす。矢張り全裸である。仕方無い、私の儀式の為だ。
……儀式、か
【鞠】
「あの島の地下でやってた実験と、似てるのかも」
【ババ様】
「尚更、しっかりやることじゃな。半端な結果で、変なものを生まないように」
【鞠】
「無論です」
私の目には、もう成功が見えている。
私の道は強力だ。あとは突き進むだけ。
【鞠】
「……………………」
【ババ様】
「……………………」
人形へ――
手を、翳す――
【鞠】
「(そして……イメージを、一気に――ッ)」
膨らませる。
さあ、その機構を。この未来を――
【鞠】
「(現実に――!!!)」
赤黒い気が。途轍もなくドス甘い香りが。
広い倉庫に、一気に充満していく。
――否、それは不適切な状態だ。
【ババ様】
「勿体無い!! 空気中の全部を、詰め込めい!!」
【鞠】
「ッッッッッッ――!」
いっそ、このまま私の中の総てを注ぎ込んで――
そのまま尽きてしまえばいい。
それぐらいの、全身全霊を懸けて……!!
【鞠】
「監視ッ、よろしくお願いしますよ――ババ様ァ!!!」
【ババ様】
「いつも通りじゃ! さあ……楽しく、なってきたぞー鞠ィ!!」
人形に向けて、総ての想像を。総ての思考を。
1粒も零すことなく溶かし入れてゆく――
…………。
……………………。
…………………………………………。
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………………………………………。