9.16「雑務の家へ」
あらすじ
「砂川さんをこんなみすぼらしい家の下敷きにするわけにはいかないわ――!」砂川さん、後輩の家へ。作者の引っ越し前のアパートはクモとダンゴムシとゲジの共生地帯でした9話16節。
砂川を読む
Time
12:00
Stage
紫上学園 外
兎も角、日曜日。
雑務がこれ以上怒らないように、私は紫上会室を出た。
因みに朝食から随分時間が経ってるが、最近見れてなかった雑務の勉強に附き合っていた。雑務はそれすら過労に繋がるんじゃないかと心配してたけど、私の中では激務の中の小休憩と位置づけられてるので問題無い。
って云ったんだけど納得はしてくれなかったので、正午で切り上げたのだった。
【笑星】
「結局会長、働かせちゃったよー……はぁ~……」
【鞠】
「別にそんな気負うことではないと思いますけど」
寧ろ平和過ぎて安心を憶えるレベルだ。
だから……何かしら回復できたと私は考えている。だからやっぱり問題無し。
【鞠】
「貴方も、相変わらず毎日やってるみたいですけど……いきなり忙しくなってる状態です、休める時に休んでください」
【笑星】
「うん。会長とも約束してるもんね。無茶は、しない」
【鞠】
「……ならいいですけど」
慢心は赦さないが、彼の成績は間違いなく上がっている。元々地頭も良いようだし、9月発足のカリキュラムでは山場12月終了を目指している。これは1ヶ月程度ずらしたって全然大丈夫と私は考えているので、詰めすぎる価値はそれほど無いのである。
まず、元気であること。それが大事だ。
【鞠】
「…………」
【笑星】
「会長?」
【鞠】
「ん……何ですか」
【笑星】
「いや、何か俺のこと見てたから」
……ガン見してたのかな。あんまり意識してなかったけど、恥ずかしいなソレは。
【鞠】
「別に、何でも」
【笑星】
「……ねね、会長。このあと暇なの?」
【鞠】
「貴方には休めと命じられてますが」
【笑星】
「あはは、そうだね。でも……もしよかったらさ」
【鞠】
「?」
【笑星】
「俺ん家、来てみない?」
……………………。
Time
12:30
Stage
閒岐阜区
【ババ様】
「おぉぉぉぉおおおおおお、何か一風変わった都市じゃのー!!」
……私自身、恐らく一度も経験の無い町。
プロアマ問わず音楽の町が新崎なら、此処はあらゆる「芸術」を認める町――閒岐阜区。
確か、近代に栄華を極めたとある富豪の敷地がそのままこの町になっていると聴いた。その歴史もまた芸術的遺産、ゆえに他の町と違って交通整備の基準が合理化じゃない。
迷子生産率が23区中ぶっちぎりの1位なのは伊達じゃない。雑務がいなかったら私も即行で迷子である。何でこんな迷路なの、この町。
【笑星】
「会長、迷子にならないでねー。ちゃんと俺に附いて来て」
【鞠】
「……貴方が迷子になったらお終いなんですけど。ホントに大丈夫……?」
【笑星】
「何年も登下校を繰り返してるから! この辺は何とか大丈夫!!」
何年登下校を繰り返してる程度だとまだ迷子になる可能性があるらしかった。
でも心配は杞憂に終わったらしく、迷路地帯を抜けてちょっとした住宅街に入る。
【笑星】
「誘っておいてなんだけど、俺ん家、最高にボロボロだから覚悟しててねー」
ほんと、誘っておいてそれはどうなんだろうね。
貧乏とは聞いてたし、ある程度イメージはしてある。金銭面で人を見下す趣味は持ち合わせてない。
ただ……紫上会室が1番良い環境とか云ってた雑務の、お家の勉強環境はどうなっているのかというのは興味があった。どういう勉強机を持ってるのは非常に大事である。
【笑星】
「でも、嬉しいなー。鞠会長が、俺の家来てくれるなんてー。云ってみるもんだね」
【鞠】
「……よく私なんぞを上げようという気になりますね」
【笑星】
「自分の家に誰か招くってワクワクしない? 或いは誰かの家に自分が上がるっていうのも」
【鞠】
「断じてしませんね」
緊張しかしない。
【鞠】
「おまけに、男子の家だし……」
【笑星】
「そうは云うけど会長、もう松井先輩とか玖珂先輩の家上がってるじゃん」
【鞠】
「…………」
そういえばそうだった。副会長のは不法侵入だけど。
うん、絶対大人しくしていよう。
【笑星】
「閒岐阜は住宅街もそれなりに迷路だから、分かりにくくてごめんねー。あ、アレが俺の家ー」
【鞠】
「ほう、アレが――」
――アレが雑務の住んでるアパート!?
え、倒壊直前じゃないコレ!?
【鞠&ババ様】
「「…………」」
【笑星】
「102号室ー。ただいまー姉ちゃん」
【鞠】
「いや、ちょ……」
く、崩れない!? 崩れない大丈夫!?
Stage
堊隹塚家
【笑星】
「姉ちゃん、いきなりだけど鞠会長連れて来たー!」
【秭按】
「え……?」
【鞠】
「ど……どうも……(震)」
ああ……内装はまだマシだけど……。
震えが止まらない、人の家見て軽く死を覚悟するとか初の経験。
そして出迎えてくれた堊隹塚先生、私服姿だ。ミマ島の時より普段着って感じ。
【秭按】
「あ、あら……砂川、さん……」
【鞠】
「……えっと……お邪魔、して、大丈夫でしょうか――?」
【秭按】
「……ええ……いらっしゃい……砂川さんがいいなら、全く構いませんが――いえ、ちょっと屋根補強してくるので待っててッ!!」
【鞠】
「え!? 屋根補強!?」
突然先生は工具を取り出し、外に出た。
待ってて……ってことは、外で、ってことだよね。安心感を憶えながら再度外に出る。
Stage
閒岐阜区
【鞠】
「えっと、どういうことですか……? 屋根って……此処アパートですけど……」
【秭按】
「実は昨日、管理人から「このアパートちょっとボロくなりすぎた。崩落したらごめん」って警告を受けたの。砂川さんをこんなみすぼらしい家の下敷きにするわけにはいかないわ――!」
先生、軽い身のこなしで屋根に登り始める……!
【笑星】
「え、俺ん家、崩落するの!?」
突然の堊隹塚家、あと隣人たちの危機に雑務は動揺を隠しきれない。
勉強環境どころの話じゃなかった。
【隣人】
「おお、秭按ちゃんがまた出陣してる……! 無理は禁物じゃぞー!! この前も落ちて腰打ってたじゃろー!」
【鞠】
「落ちたの!?」
【秭按】
「お構いなくーー!!!」
無理! お構いなくできる方法が知りたいレベル!
【鞠】
「か、管理人はそんな状態になるまで何してたんですか……」
【隣人】
「このクソボロアパートに携わる者は誰も彼もがお金無いのじゃよ、お嬢ちゃん……」
堊隹塚家どんだけ低所得なの、予想以上なんだけど……。
【秭按】
「クッ……同じ轍は踏まないわ――!」
【笑星】
「姉ちゃん、危ないって……!! 素人なんだから張り切らないでー!!」
【鞠】
「……ちょっと電話かけます……」
これはほんと、色々洒落にならない……やむを得まい。
【汐】
「― 貴方のお耳のお姉ちゃん、汐お姉ちゃんです☆ ―」
ウゼえ。意味不明。
【鞠】
「貴方に用は無いですが、従業員に確か1級建築技能士の人、居ましたよね?」
【汐】
「― ああ、初台さんですねー ―」
【鞠】
「その人いたら代わってください」
【笑星】
「……会長?」
【鞠】
「もしもし、私です。……はい……実は……………………はい、じゃあそんな感じで。マップ情報送ります。では、すみませんがお願いします」
電話を切った。
【鞠】
「はぁ~~~~……」
それから溜息一発。結局のんびりはできそうにない。
【笑星】
「あれ……会長、もしかして何かやろうとしてる……?」
【鞠】
「やるのは私じゃありませんけど……取りあえず先生が落ちる前に回収しないと」
【笑星】
「何だかよく分からないけど姉ちゃん、戻って来てーーー!!」
それにしても……もうちょっと良いアパートには住めないのだろうか。
紫上会クラスの恩恵を稼ぐ雑務、普通に働けてる堊隹塚先生の収入なら……それに、両親だって居るだろう。
【鞠】
「……何の仕事、してるんだろう」
そういえば此処、芸術の町だったっけ――