9.10「現出する悪夢」
あらすじ
「お願いだから休んで!! 会長が倒れるなんて悪夢でしかないよ……」砂川さん、誤作動。ロボットなんて描けるわけがありませんね9話10節。
砂川を読む
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【鞠】
「……こんなもん、かな」
いやこんなものじゃダメなんじゃないかって思うけど……でもまあ取りあえず、最低限のコースの増築は、できた。正直この時点で奇跡じゃね、と思ってる私が居る。
ただの温厚なおもてなし体制なのか、それとも私の名を慮ってなのか、あと同情か、何にせよ空けときますよーって感じでお金の支払いをギリギリまで待ってくれるというところが案外見つかった。もっと時間掛かると思ってたけど、お陰様で私の精神的負担はだいぶ軽減された。
……といっても……痛手には違いないのだけど。
【鞠】
「はぁ……」
事務処理もキリが良い。ここらで終えて、明日に備えるとしよう。
気分転換、的な。私はらせん階段を昇っていく。
Stage
7号館 屋上
……屋上に、出る。
【鞠】
「……ふぅ……」
夜風が、だいぶ涼しくなってきた。
【ババ様】
「気持ちいーのー」
【鞠】
「……ですね」
激務で火照った頭がこれだけでクールダウンされる感じだ。私はあんまりこういう休憩を挟むタイプではないのだけど。
それもこれも……
【鞠】
「……こればっかりは、仕方無い」
この理不尽は、完全に私の所為じゃない。
大輪で何かが起きたのが悪い。私とは関係無い。私は悪くない。それは皆分かっていることだろう。
だけど――
【鞠】
「とばっちりが、避けられないぃ……」
【ババ様】
「…………」
修学旅行は、学生たちにとって最も楽しみな行事だと聴いた。紫上学園でも、それだけの存在感がある。真理学園A等部は毎年あるけど、一般的にA等部の間に修学旅行は1度しかない、らしい。なら尚更、有難いものだろう。
その機会を……よりにもよって、私の代で穢されたわけだ。
そのどうしようもない不満をぶつける相手は……矢張りまず、私だろう。
【鞠】
「……何してくれてるんだ」
【ババ様】
「……鞠?」
何となく、分かってる。
大輪の事件の中央に誰がいるのか。何処なのか。
やっぱり、どうせ……そうなんだろう。
あの場所が――私を未だ、縛り付ける。
【鞠】
「何度……」
あたかも、それは。
“呪い”のように――
【鞠】
「何度、私をッ――」
【???】
「――思い出してくれるの、かな?」
【鞠】
「ッ――!!?」
【ババ様】
「ングッ……!?」
胸がズキンとして、思考が飛ぶ。
その場に、転がる。
――身体が、動かなくなる。
【ババ様】
「ッ――これは――鞠、ま――」
【鞠】
「バ……バ様……ババ様……!!」
ババ様が……応答しなくなった。
【鞠】
「(まずい……)」
この異常な感覚、何度も覚えがある。
* * * * * *
【鞠】
「ッ――!!?」
【汐】
「鞠……? 鞠っ!?」
【鞠】
「はぁ……はぁ……はぁ――」
【ババ様】
「ッ――!!!」
【鞠】
「お姉、ちゃん、は――」
【汐】
「え――」
【鞠】
「お姉ちゃんは――ッ!!」
* * * * * *
病院の待合室の、時も……いや、コレはあの時の比じゃない。寧ろ――
* * * * * *
【鞠】
「バ…バ……さ」
【ババ様】
「うむ。ババ様じゃ。3人は無事、仲間達と合流できた。雨天も鎮まってきおったし、此処も崩れるには至らん。大丈夫じゃろ」
【鞠】
「消し……て……コイツ、を――!」
【ババ様】
「……無理じゃ。これまで此処に捕らえられてきた程度の輩なら此処らの塊石で何とかできたやもしれんが、鞠に侵食している其奴は、力が強大過ぎる。誰の手にも、負えん」
【鞠】
「……やだ……嫌、だ――」
【ババ様】
「死ぬのが、か?」
【鞠】
「先輩に……コイツをッ、近付け、させない――もう……絶対、に!! 二度とォ――!!! ッ――ハッ――死、ネ……こッの、ア――クマァッ……!!」
* * * * * *
研究所の時、並みに……ヤバい……ッ!!
身体を、乗っ取られる――
【笑星】
「……会長――? いるー?」
【鞠】
「ッ――」
いや――あの時とは、違う要素がある。
今、雑務が近くにいる――
【笑星】
「え――会長!? どうしたの鞠会長!!」
【鞠】
「来ちゃ――ダメェ!!」
声を振り絞って、叫んだ。
……だというのに、彼は来た。私の身体を起こす……。
――この距離は、ダメだ。
【鞠】
「ダ……メ……! 逃げ――」
【笑星】
「き、救急車呼ばないと、ああもうアルス下だよ……!!」
早く。
早く私から離れて、さもなければ私は――
貴方を――!!
【鞠】
「…………?」
――あ……。
引っ込ん、だ……?
【ババ様】
「――あぁああ死ぬかと思ったあぁあ!!!」
【鞠】
「ッババ様!!」
【笑星】
「え!? いきなり何!? あ、ババ様と会話中……? いやそれより救急車呼ばないと――」
【鞠】
「いや、もうソレは、いいです……収まりました……」
……雑務の腕を借りて……
再度、屋上に二足で立つ……。
【鞠】
「はぁ……はぁ……」
【笑星】
「会長……いや、やっぱり救急車、呼ぼうよ――? 心配だよ俺」
【鞠】
「……大丈夫、です」
【笑星】
「大丈夫そうに見えない汗! 会長、持病持ちだったなんて……他人のこと云えないじゃん。無理禁止!」
いや、持病ってわけじゃないんだけど……ああ、どう説明しよ……。
何にせよ、よかった……。
収まってくれて――
【笑星】
「――え?」
【鞠】
「……?」
雑務が素っ頓狂な声を短くあげた。上を見上げている。
……私も、自然と夜空を見上げる。
そこにはただただ暗い空が――
【機体】
「――――」
――って、あれえぇええ!?
何コレ!? いや、コレは……見たことが……。
【鞠】
「……機体……」
【笑星】
「これ、ミマ島で見たやつだ! 玖珂先輩たちを助けた……!!」
つまり……
私の“力”が、発動している。
私の指示無しに――
【笑星】
「あ……消えてった……」
【鞠】
「…………」
【笑星】
「これ……確か、会長の力、なんだよね? 何でこのタイミングで……?」
【鞠】
「誤作動、です」
【笑星】
「え?」
【鞠】
「ババ様……」
【ババ様】
「暴発したのが深夜でよかったの」
【鞠】
「全然良くないんですけど……」
いや、不幸中の幸いだとは思うけど、それにしても不幸の方がデカすぎる。
一応、私はあれらがどういった力を行使できるのかを、理解している。一体私の身体はあれらで何をするつもりだったのか。
――悪寒に包まれる。
【笑星】
「寒い? そりゃ11月だからね……兎に角下に戻ろう?」
【鞠】
「……そう、ですね……」
【笑星】
「それからもう休もう? そんでもって明日は、激務禁止の方向で」
【鞠】
「まあ……ルートは最低限完成させましたから、忙しいのは貴方の勉強ぐらいですけど」
【笑星】
「それもいいから! お願いだから休んで!! 会長が倒れるなんて悪夢でしかないよ……」
【鞠】
「…………」
悪夢。
そう、悪夢でしかない。
【鞠】
「(私は、望んでなんかない)」
破壊なんて。
貴方に、危害を加えることなんて。
【鞠】
「…………」
【笑星】
「……会長? ほら、また風邪引く前にッ」
【鞠】
「ッ!」
雑務が、私の手を引く。
距離が近い……。
【鞠】
「待っ……独りで、歩けます」
【笑星】
「説得力無いからダメ。階段転げ落ちられたら嫌すぎる」
怖い……この距離は、貴方の胸に届くから。
貴方のその手を切り落とすことだってできる。階段から突き落とすことだって。
【鞠】
「雑務……!」
【笑星】
「――よかった」
【鞠】
「ッ……え……?」
【笑星】
「ちょっと勉強集中してたら、鞠会長、何処にも居なくなっててさ。何か不安になっちゃって。どっか……遠くにいっちゃってないかな、って。そんなわけないのにね。深夜だし」
【鞠】
「…………」
【笑星】
「いっちゃ、ダメだよ。俺まだ全然、会長に恩返し出来てないんだから。はい階段、ゆっくり降りてー」
雑務の、雑なエスコートで……。
結局私は手を繋いだまま、異常もなくゆっくり階段を降りたのだった。