8.07「身分不相応な生活」
あらすじ
「だから――もうそれでいいじゃないですか」砂川さん、描くのは久々な焼却炉ランチ。思わぬ先客と会話します。ブレまくる主人公の8話7節。
砂川を読む
Time
12:15
Stage
紫上学園 用務エリア
何の収穫も無い退屈な授業を凌ぎ、昼休みを迎えた。
私はいつもの、焼却炉前ランチへと洒落込む――
【鞠】
「…………」
――つもりだったんだけど。
【冴華】
「…………」
あろうことか先客がいた。
お互いドン引きである。
【鞠】
「何で年頃の女子がそんなところでご飯してるんですか」
【冴華】
「何でお嬢様がこんなところにお弁当を持ってきてるんですか」
引き分けといったところか。こんなところ妹画伯に見られたらヤバそう。
【冴華】
「……いつも此処で食べてるのですね」
【鞠】
「基本、誰も来ませんから。たまに美化委員の人が歩いてくるのですぐ隠れられるよう常に準備しておかないといけませんが」
【冴華】
「穴場ですね」
【鞠】
「しかし貴方は此処を使う人ではないでしょ」
現に、4月とか遭遇したことはなかった。
【冴華】
「……あの時とは、随分状況が変わりましたから」
【鞠】
「…………」
【冴華】
「朝、彼らと会って……ちょっと思うことがありまして。誰も居ないところで過ごしたいなと思ったのです」
雑務たち、だろう。
なら彼女が何を思ったのか、その方向性の予想ぐらいはできる。予想でしかないから無駄で勝手な思考に他ならないけど。
【冴華】
「あの2人は……優しすぎますね。この社会では苦労を自ら受けていくタイプです」
【鞠】
「雑務については周りに苦労を拡散していくタイプでしょう」
あの親友も毎日大変だろう。他人事じゃないけど。
【冴華】
「……私は、あの2人にとんでもないことをしました」
【鞠】
「そうですね」
思い返すと案外懐かしいとすら感じるが、紫上会結成したばかりの時、雑務は随分学園中から虐められた。
「学力が不足している」ことを除けば彼は何にも悪いことをしていないにも関わらず、理不尽な仕打ちを沢山受けた。その仕向けた筆頭が、この女子。
最終的には洗脳作戦までやってきた。今ならアレも母親から伝授された必殺技の一つだったんだろうと考察できるが、アレをやったことで雑務は物凄く精神的に崖っぷちに立たされてたし、彼の親友も心身ともに傷付き入院までした。
本人たちが寛容な態度を示していたこと、階段転倒事件については半分事故だったこと等、色々な要素が見込まれたから私なりに調整はしたけど、世間の感情で測ったら一発退学ってレベルの犯行だ。
……その後すべての発端な両親に虐げられまくって、果てにはシナの残滓に襲われるという諸々全てを含めるとあらためてよく戻って来れたなと思うほかない。
【冴華】
「……落ち着いた今なら、普通に思い知ります。自分が、この学園の人達にどれだけ無関係な迷惑をかけたか」
【鞠】
「……命令された結果でしたっけ」
【冴華】
「そうです。しかし、私個人のストレス発散に利用していたことも間違いありません」
この人は間違いなく有罪の人間。特に4月の、勝者ですらなくなっていた時期の蛮行に弁解の余地は殆ど無いだろう。
そんな彼女が、帰ってきた。
【冴華】
「そんな私が帰ってきたというのに……おかしいんです。ここの人達は……私が帰ってきて、どんな反応をしたか、知ってますか?」
【鞠】
「何も聞いてない、というのが答えですね」
【冴華】
「……そうですね。その通りです。元々嫌われていた人間ですので、それに対して拒否反応を示すのは当然です。しかし……それだけ、なのです」
帰ってきた「村田冴華」は、平穏な日々を送っていた。それは――異常、だということ。
【鞠】
「……貴方に同情する要素が、今は一つ、今後によってはもう一つあるでしょう」
一つは、とんでもない怪我を負わされたこと。一応学園生にはシナという知らなくていい存在は伏せているけど、猟奇殺人鬼に刺されたというのは広まっている。
あと一つは、彼女が村田優可の娘であり、報道にもある「虐待」を受けて来たのが彼女だということ。この姉妹がこれから生きていく上で最もキツいのは村田優可の娘というレッテルだけど、一応一峰の力で報道さんに「父親については言及なし」「娘への虐待を強く強調」をお願いしたので、何とかレッテルの害を最小限に抑えられるのではと考えている。というかいつか砂川家の養子に入ったのとかバレると思うし、彼女らを不当に扱うのは一峰への冒涜に等しい、故に結果として2人は安全な道を手に入れたと云えるだろう。
……しかし、どうやらこの姉は自分で自分を不当と思っているようだった。
【冴華】
「だとしても、不相応じゃないですか。こんなの……私は沢山、傷付けてきたのに。沢山奪ってきたのに。その上で、沢山与えられて、誰も私から奪わなくて……そんなの……」
【鞠】
「…………」
自分の充実した環境が逆に怖いとな。
これ、玖珂現象とでも名付けようかな。
【鞠】
「……要は皆、それなりに大人ってことなんじゃないですか」
【冴華】
「え?」
【鞠】
「貴方は勝者の論理で皆を虐めた。でも今は貴方も沢山傷付いて、皆と同じ立ち位置になった。じゃあ皆は貴方を虐め返そうとする。……貴方はこれを当然と思ってるようですけど、これ普通に紫上会が処分を下すケースですからね。倫理的に考えても、大学や就職が見えてくる学年の人達がやる行為じゃないですし」
まあ私を排除する動きは随分過激だったけど。
【鞠】
「私は貴方を虐め返す輩を認識したら断じて黙認はしません。規定通り処理します。すなわちソレは当然ではなく異常。システム上、今の貴方は相応です。ていうか……」
まさか失念してるってことはないよね。
【鞠】
「少なくともここに1人、居るじゃないですか。貴方を恨んでいる人間が」
【冴華】
「――!」
【鞠】
「蒸し返しても何の得もないのでしませんけど、私は貴方を赦した覚えはありません」
私にとっては全ての元凶。
一生かどうかは知らないけど、入学初日から私のステータスを無闇にバラして平穏を殺した貴方は恨むに値するだろう。
【冴華】
「…………」
【鞠】
「私は無駄に嘘はつきません。貴方に対する敵意に嘘をつくまでもありません。だから、堂々と云えますよ、貴方は最低だって」
最低な敵と私の戦いはもう幕引いている。
私の圧倒的な勝利。貴方の惨憺たる結果。
そして働く、勝者の論理。
【鞠】
「……野蛮な私に負けただけでなく、野蛮な私と今や同居し登校を共にする。おまけに、貴方が唯一大事にしてきた妹が私に懐いている始末」
別に意図してやったわけじゃないけど全て事実。
ほら、ちゃんと現実を見て。これは凄い屈辱だ。
だから。
【鞠】
「だから――もうそれでいいじゃないですか」
【冴華】
「――鞠…さん……」
【鞠】
「貴方は充分、敗者の屈辱を受けている。勝者の私がそう云ってるのだから、いい加減受け止めるべきです。じゃないと……また妹が元気無くします」
踵を返す。
【冴華】
「…………」
此処に居ても、何かいつまで経っても食事できない気がする。気まずいし。
【鞠】
「はぁ~……」
溜息。
【ババ様】
「……素直じゃないの」
【鞠】
「何について云ってるのかは知りませんが、至極素直に生きてるつもりですけど」
ここ最近は全部何もかも、正直にやっている筈。
しかし、故に複雑。
【鞠】
「……私、やっぱり間違えてますかね」
【ババ様】
「いんや、ババ様観点では鞠はもう完璧なルートを通ってると思うがの。ニヤニヤが止まらん」
【鞠】
「……そうですか」
勢い任せというのは、やっぱり性に合わないらしかった。なら、紫上学園の雰囲気とも然り。
お弁当を食べる場所が全然見つからないのも、然りかな。
【鞠】
「てか本当……何処で食べよ……」
結局場所は見つからず、放課後紫上会室で食べることに決めて、テンションダダ下がりのまま5限授業に向かったのだった。
【冴華】
「…………貴方は……どうして、そんなに――」