8.57「知りたい」
あらすじ
「俺は、鞠会長を知りたい。鞠会長のことを、考えたい」笑星くん、総評の8話57節。基本的に楽しかった文化祭編を終えて、次回より9話です。
砂川を読む
【司会】
「140点――!! 何このスコア、初めて見たんですけどおぉおおお!? ってことで――勝者、紫上会会長砂川鞠ぃいいいいいい!!!!」
……………………。
Time
19:00
Stage
新崎区 武道館前
【アナウンス】
「― お掛けになった電話番号は存在しません。電話番号をお確かめ―― ―」
【鞠】
「……………………」
【笑星】
「……いた」
……ベンチで寛いでたんだけど、私が見上げるよりも少し先に彼は隣に座った。
休ませてもくれないとな。
【笑星】
「……おめでと。勝ったね、俺たち」
【鞠】
「別に、嬉しいことなんてありませんが」
デメリットを極力抑えただけ。
……まあ私は生放送っていうのを気にしてたので、天秤において上昇していた勝ちまでもが転がってきたのは有難く思うべきことなのだろう。
【鞠】
「貴方こそ、もっと喜んではしゃいでるものだと思ってたけど」
【笑星】
「喜んでるし楽しい気分だよ。でも……あんまりやり過ぎたら、会長怒るでしょ?」
【鞠】
「怒りますね」
多少は学習してくれてるってことかな。
……まあこんな頭のおかしい後夜祭やってる時点で漏れなく貴方たちは既にやり過ぎ認定だ。もうヤダこの若気の至り集団。
【笑星】
「……今、3校の軽音楽とかがコラボってるよ。対決の後は協力で盛り上げようってね。吹奏楽部とかだったら鞠会長お呼ばれするかも」
これ以上盛り上がってどうするんだ。
そして絶対出ない。
【鞠】
「私は興味ありません。貴方はそうでもないでしょう? 此処に居ないでステージに立って踊り子でもやればいいじゃないですか」
【笑星】
「それは茅園先輩に任せた」
これ以上黒歴史を重ねてどうする会計。
……というか、この雑務の意図が読めない。どうして此処に……
【笑星】
「皆、すっごい褒めてたよ。岐部先輩とか、今すっごい探してるよ。普段の忘却とは決定的に異なる旋律だった、その構造を知りたいって」
【鞠】
「ぜっったい戻らない」
逃げる準備しとこうかな……準備体操ぐらいは。
【笑星】
「因みに、既にお偉いさんが沢山お問い合わせしてたりして」
【鞠】
「えぇええええ……」
何で学生の祭り事にお偉いさんいらっしゃってるの……。
じゃあ例の如く挨拶に応じなきゃダメじゃん……てか雑務、用はソレか……。
【鞠】
「……分かりました……はぁ……」
【笑星】
「鞠会長、確保ー」
確保されてしまった。
まあ……別にステージに立つわけじゃないし、まだマシかな。若者じゃない人達のコメントを戴いておこう。
【笑星】
「……悲しい曲、だったね」
【鞠】
「え――?」
隣を歩いていた雑務が、何かを切り出した。
「悲しい曲」。
【鞠】
「……それは……大将戦の」
【笑星】
「うん。俺知らない曲だったけど……茅園先輩曰く、シュークリームの専門店のCMソングだって」
【鞠】
「楽しい曲、だと思いますけど」
【笑星】
「悲しい曲だよ」
……確信のコメントだった。
彼は、アレをそう受け止めていた。
【笑星】
「鞠会長の演奏が、そう思わせるのかな」
【鞠】
「私の所為ですか」
【笑星】
「だって鞠会長、武蔵大の時にも思ったけど――楽しそうじゃないんだもん」
【鞠】
「…………」
足が、止まった。
【鞠】
「(……楽しそうじゃ、ない……)」
それは、分かってたけど。本人だし、楽しいわけじゃないって元から分かってたこと。それは問題じゃない。
でも……云われたことは、ない。
【笑星】
「……それにね」
遅れて立ち止まり、彼が振り返る。
笑顔は……消えていて。
【笑星】
「さっきのは……寧ろ、辛そうだったじゃん」
【鞠】
「――――」
何で。
何で、分かる。
【笑星】
「岐部先輩も云ってたよ、アレは普段の「忘却の真空旋律姫」じゃなかったって。でも、普段に通ずる美しく、攻撃的な容赦無い響きだったって。俺、そういう分析は全然できないけど……心地良いものではなかったかな。鞠会長が苦しそうなんだもん」
【鞠】
「…………」
【笑星】
「鞠会長が楽しくないなら……俺は、納得いかないかな。お偉いさんたちの、大絶賛は」
この人は……一峰でもない、楽器でもない、その音色でもない。
私を、見ていたからか――
【鞠】
「……だから、何ですか」
歩みを再開する。
雑務も同様に。
【笑星】
「ね、何であの曲にしたの?」
【鞠】
「ポップな文化を愛してる若年層が集まってるんですから、ああいう曲の方が盛り上がってくれるでしょう。後夜祭的に」
【笑星】
「…………」
【鞠】
「……何ですか」
【笑星】
「……云ってくれないんだなぁ、って」
彼は、隣を歩く。
私の隣を……。その時間に、どこかで悪寒を覚えた。
【鞠】
「……私のことなんて、貴方の知る必要の無いことです」
【笑星】
「鞠会長」
【鞠】
「何ですか」
【笑星】
「俺の知るべきことは、俺が決めるよ」
【鞠】
「…………」
止まった。
彼の顔は、まだ晴れない。
【鞠】
「……どうして」
どうしてそこまで――?
私は貴方たちにとって有害だろうに。
私が側に居るという状況が、貴方たちにどんな厄災をもたらすか、分かったものじゃないのに。
頭が冷えている今なら、確かに、って思っている自分がいる。
確かに私は――野蛮なところから来たんだと。
確かに私は、救いようのないあの場所から、あの時間から逃げてきたんだと。
今更なことに価値は無いけど、それでも自由に頭は想像する。眼は仮の光景を仄かに映す。
もし私が貴方たちの立場だったら、と――
【笑星】
「――今、落ち込んでるんだよね」
【鞠】
「ッ――?」
――その想像が、刹那に砕かれる。
雑務の言葉によって。現実だけが、視界に残る。
【笑星】
「悲しいんだよね。どうしようもなく。でもね、俺も、どうしようもないんだ。だって俺は……鞠会長のこと、全然知らないから」
【鞠】
「…………」
【笑星】
「悔しいんだ、鞠会長がそんな顔してて、その目の前に居るのに俺は、やっぱり無力で……鞠会長は沢山のものを俺にくれるのに、俺は鞠会長に何も渡せない」
【鞠】
「私が……私が貴方に、求めるのは。約束を果たすことだけです」
貴方が会長になって。
私に平穏を与えて。
――それさえあれば、私はいいんだ。私には、要らないんだ。
これ以上は――
【笑星】
「云ったよね。俺は恩返しするんだって。鞠会長のことだって、幸せにするんだって。会長になるのだって、その一環でさ」
【鞠】
「要りません。余計なことは、考えなくていいです」
【笑星】
「知ることも考えることも、俺はもう縛られないよ」
雑務は、ブレない。
最近私も知った通りの、才能すら思わせる意志の強さが。
私を睨んでいる――
【笑星】
「俺は、鞠会長を知りたい。鞠会長のことを、考えたい」
【鞠】
「要らないです……それは、貴方には、要らないことです……ッ!」
【笑星】
「ねえ……今度、修学旅行、あるよね」
【鞠】
「ッ……?」
話題が変わった……?
いや……その目は全く変わってない。私を、一瞬でも逃がすまいとする、近距離真正面からの相対。
少し……いや、少しよりはもっと多く、怖いと思った。
【笑星】
「俺たち紫上会は、参加学生の皆の状況を常に把握してなきゃいけないけど……その一方で、その期間自由なところを選んで旅行できる。だって修学旅行のコースを作ってるのは、他でもなく紫上会なんだから」
【鞠】
「……そう、ですけど」
その、怖いとすら思える真剣な彼はそのまま――
【笑星】
「じゃあ……俺、優海町行きたい」
――希望を云った。