8.35「傷の価値」
あらすじ
「手前には過ぎた友人。過ぎた家族。……なんて僕は、恵まれているんでしょう」四粹くん、笑います。何もかもがイケメン過ぎる人って理想的にも関わらず逆に接近しづらいとこあります8話35節。
砂川を読む
Stage
霧草区
収穫はあったようななかったような。
こんな筈じゃなかったのに、と思いながら稜泉学園を後にした。今、駅から出て霧草を歩いている。
【四粹】
「……………………」
私も可成り心にダメージ喰らった気でいるけど、副会長は心身共に虫の息っぽかった。無事回収できてよかった。
ハーレムってやっぱり基本恐ろしいものなんだな、って勉強になる。
【鞠】
「あんなにモテてるんだから誰かデートの約束でもしてくればよかったのに」
誰か相手を作れば、ああいう事も軽減される筈だろうに。
【四粹】
「……手前にさような、勿体無きこと」
【鞠】
「またそんなこと云う」
自己卑下の癖は健在。
それもジェントルってことで人気の一要素らしいけど、私からしたらただただ怖い。
だって此方が願ってもないのに笑顔で勝手に傷付くんだもん。
【四粹】
「……それに」
【鞠】
「?」
【四粹】
「今は……そういった関係を求める、というのは正直まだ踏む段階では無いと考えます。僕は……今が、愛おしい」
【鞠】
「はあ……」
【四粹】
「貴方の側を歩けることが、愛おしいのです」
電柱が近くにあったら衝動のままに頭をぶつけたいって感じの面倒臭い表現を昼間の駅前でしてくれる。この新たな癖も何とかならないものか。
【四粹】
「ダメ……でしょうか」
【鞠】
「はぁ……貴方は、勝者でしょう。勝者の貴方は自由にすればいいじゃないですか」
そう、自由に。自由だからこそ、しっかり考えて。
それで笑えるというなら……きっとそれでいい。
右手の傷の価値は失われてはならないものなのだから。
【鞠】
「……そういえば……貴方は、他の人達に話したんですか?」
【四粹】
「え?」
【鞠】
「貴方の、こととか。今のこととか」
一応そこは把握しておいた方が良い気がした。
【四粹】
「……自分のことについては、総てを。六角さんたちにも。笑星さんたちにも」
【鞠】
「そう、ですか」
話したんだ。ソレは何と云うか、勇気ある決断なことだ。
【四粹】
「以前ならば、絶対に云わなかったと思います。この過去は、現実には害しか与えないから」
【鞠】
「でも、話したんですか」
【四粹】
「……シナのことを既に知っておられたというのもありますが……必要なことだと、思ったのです。これから手前が、貴方に附き慕い歩みを続けていく為に……もっと、自分を変えたいと」
……自分を変える為……か。
私にはきっと、できない所業なんだろう。
【四粹】
「総てを明かしても尚、皆さんは自分を、受け入れてくださいました。……六角さんには、だいぶ怒られましたが」
【鞠】
「そういえば、唯一の心残り、とか云ってましたね」
【四粹】
「手前には過ぎた友人。過ぎた家族。……なんて僕は、恵まれているんでしょう」
総じて評価するに。
やっぱり変わった、と云うべきか。別人とすら思う。
「僕なんかが幸せに」とか聴いてないし。
【ババ様】
「四粹は、良い笑顔をするようになったのー。島に来た時よりも、ずっと」
【鞠】
「…………」
【ババ様】
「コレも、鞠のお陰じゃのー?」
【鞠】
「うっさい」
左眼をデコピン。勿論瞼を閉じてからだ。
……そういえば。これも一応。
【鞠】
「現在の家族事情については?」
【四粹】
「それは流石に云えません……」
ですよね。
貴方と半同居状態であることを知られたら……本当私、昼間に抹殺されかねないし。
【四粹】
「……いつか、これもまた、公にすべきでしょうか」
【鞠】
「私が令嬢ってことすら一部の職員以外気付いていないのに執事になってるとか云えるわけない」
【四粹】
「……矢張り、ソレも隠してらっしゃるのですね」
【鞠】
「云う意義ないですし」
どうせ波が立つ。私はただ、浮き輪に乗っかってプカプカ浮いていたい。そんな感じの平穏でありたい。
……って思ってたら、副会長のアルスが音を鳴らした。
【四粹】
「学園からです。失礼します」
着信……ってことは。
【鞠】
「うわ」
【四粹】
「え……不審者?」
うわってなるワードを聴く前にフライングうわっしてしまった。
――浮き輪で浮かんでいる暇は無いんだな。
と残念がりながら、私たちは小走りで学園へ戻っていった……。