8.27「産廃」
あらすじ
「クリームシチュー……を目指してました……」魔王信長、ご乱心。紫上会室が地獄絵図と化す、美味しい社会にシェイシェイな8話27節。
砂川を読む
Time
21:00
【鞠】
「はい、9時」
【ババ様】
「ひゃっはーー終わったァーーー!!!」
完璧予定通り。
今日のまとめ、完了。あとは下準備かな。
キリが良いのでここで一度切り上げて休憩……というかご飯にしようかな――
【鞠】
「ん……」
【ババ様】
「ぬお……」
――と、何か騒ぎが聞こえた。
【ババ様】
「何やらリビングの方から男子共の声が聞こえてくるのー……」
【鞠】
「テレビでも観てるんじゃないですか」
仕事スペースを出てリビングに。
【3人】
「「「……………………」」」
3人、倒れていた。
【鞠&ババ様】
「「「!?!?!?」」」
事件!?
てか何この臭い!!
【信長】
「ハァ……ハァ……ッまだだ、まだ――!」
強いて立ち上がってキッチンと相対している書記――って臭い元そっからか!!
【鞠】
「ちょ――何ですかコレは」
【信長】
「か、会長!? これは、その、違うんです……!」
違うって何が違うんだ。何かヤバいことが起きたのは確かってことか。
うん……ヤバい、この臭いは。私も倒れそう。
【信長】
「大丈夫です、必ず、必ず完成させてみせます……会長への料理を、俺がッ!!」
【鞠】
「いやだから私の分は私が――」
【深幸】
「ま、待てッ、お前はもうッ、キッチンに触るな……!! 止めろ、止めるんだ会長アイツを!!」
何この展開……と思ってたら――
【鞠&信長】
「「……!!」」
ボンッ。
爆発音……というと大袈裟だが、噴煙したと同時、これまた一段形容しがたい香りが紫上会室に拡散される! こちらは爆発的といっていい速度と……威力ッ!!
【ババ様】
「ぎゃあぁああああああああああ臭いを嗅いだだけなのに目にキタァあああああ――!?!?」
【鞠】
「ッ……!?!?」
思わず、膝を着く――あ、ダメだ、下向いたら多分吐く……ッ!!
【深幸】
「バタッ……」
【笑星】
「ち、茅園、先輩しっか――ばたり」
【四粹】
「……お嬢……様……此処から、脱出を――」
後ろの人達が危篤ッ!
てか私も逃げ出したいけど何故か足にキタッ痺れて動かない……毒ガス!?
【鞠】
「な……ナニを作ってるの……コレ……」
息を止めて、気合いを入れて……何とか足を動かし立ち上がり、前進……!
腰が震えている書記の前に佇む、お鍋の中身を見てみると――
【鞠】
「――――――――」
――あ、ヤバい、今可成り吐きそうになった……。
テレビだったらモザイク不可避だねってぐらいグロテスクに塗れたものが、ゴボゴボ泡を立てていた。矢張り何て表現したら適切なのか分からないけど、地獄に堕ちた時の食べ物はきっとこんなのだろうな、みたいなさ。
抑もコレを料理だとか食べ物だとか認識できるわけがなかった。
【ババ様】
「ぎゃあぁあああ鞠眼を閉じてえぇええ――パタリ……」
そして左眼を通して見たくもないものを見てしまったババ様、遂にダウンしたのを感じ取った。
今更感溢れながら左眼閉じておく……。こっからどうしよう。
【鞠】
「これ……何ですか……」
【信長】
「クリームシチュー……を目指してました……」
うーーん確かに濃厚だけど私の知ってるクリームシチューとは真逆を突っ走ってる。だって黒いもんこのシチュー。絵の具で様々な色を混ぜてると、最終的にどんどん黒く濁っていくよね。何かそれと同じようなものをこの鍋に感じた。
つまりだ。
【鞠】
「コレは……――手遅れです!!!」
【信長】
「……え!?」
え、じゃねえよ。
【鞠】
「最早、コレは産業廃棄物です……!! よって、廃棄します!!」
【信長】
「ええ!?」
……うん。よく学習した。
ジェンダーフリーとか関係なしに、この人は絶対キッチンに立たせてはいけない類い稀な人間なんだと。
Time
10:30
あれから約1時間半、かな。
リビングテーブルに料理が並んだ。
【笑星】
「お……おぉおおお……(泣)」
【深幸】
「俺の知ってるクリームシチューだ……(泣)」
そう、今度は産廃ではない、ちゃんとした料理。
結局私が自分のと彼らの残りの食材で本物に近いクリームシチューを完成させた。あとは白米と鳥グリル、サラダ(これは実質私の1人分を5等分ゆえに少量)、あとついでに持ち合わせのフルーツでアイスクリームパフェも用意してやった。文句は云わせん。
【鞠】
「さあ……どうぞ」
換気を全開にしててちょっと空気が五月蠅い空間で遅めの晩ご飯。
それなりにこの急展開に焦ってた私、ナチュラルにテーブルに5人分並べてしまった。団らんする必要無かったのに……。今更それを変えるのも何か一苦労な気もするので、諦めて私も座り、5人による食事とする。
【信長】
「すみませんでした……会長……いただきます……美味しい……」
【鞠】
「…………」
書記、すっかり意気消沈である。壮絶に被害を受けたので同情はできない。
【鞠】
「というか一体何がどうなってあんな惨事に」
【深幸】
「やっぱり美味えな会長の飯は……いや最初は、普通に順調に進んでたんだ……レシピ通りに進んでたんだ……」
【笑星】
「心の傷口に温もりと優しさが染みていく……でも松井先輩がもっと会長に喜んでもらおうって何か鍋に細工したみたいで、そっから暗雲が……」
【四粹】
「何故か、シチューの素を入れる前には既に粘り着いたコクが生まれてましたね……」
【信長】
「俺としては、美味しくなる魔法の筈だったのに……」
【笑星】
「それは俺たちを滅尽しにかかる呪詛だったんだよ先輩……」
【信長】
「申し訳ない……」
どうやら本当に彼は料理と縁が無いみたいだ。一応この学園ではエリートなのに、きっと一般学生からしたらとんでもないギャップに見えるのだろう。
でも本当、魔法使いだよね。あんなのやろうと思ってもできないレベルだ。因みにあの呪われた産廃は現在冷凍庫に封印中。だってアレは多分そのまま可燃物にしたら怒られそうじゃん……。
【鞠】
「はぁ……貴方はキッチンに立っちゃダメですホントに」
【信長】
「すみません……」
【鞠】
「……ま、野球だけはずば抜けてるしリーダーシップもあるようですから仕事には困らないでしょ」
【信長】
「え?」
【鞠】
「せいぜい、料理できるお嫁さんを貰って支えてもらうことですね」
……うん、クリームシチュー普通に食べれる。普通のありがたさが味覚を麻痺させてるんじゃないかってちょっと心配だけど、きっとそれなりに出来てるだろう。うん。
実は初めて作ったんだけど、まぁカレー作れるしルーのパッケージに作り方書いてあるし、正直コレでどうしてあんな惨事になってしまったのか。私は書記を一生理解することないだろう。
……鶏肉はグリルと被っちゃったなぁ。タンパク質、摂り過ぎかな。まあ今日はよく動いたからいっか。
【信長】
「……………………」
【鞠】
「……? 何か?」
【信長】
「あ、いえ……何でもないです。い、いただきますっ」
【鞠】
「さっきもういただきますしてたのに」
つくづく変な奴である。
【3人】
「「「……………………」」」
さて、冷凍庫に隔離したあの産廃、どう処理したものかな。
あとでネットで調べてみようと一旦結論づけて、共有することになってしまった晩ご飯に浸るのだった……。
【ババ様】
「……鞠ぃー……」
【鞠】
「何ですか」
【ババ様】
「……何でもないのじゃー……」