8.23「光鏡」
あらすじ
「うん……僕たちは、ステージ裏っていうのもあって“効果”は薄めだったけど、観客の皆さん、大変なことに……」砂川さん、主役と対峙。光鏡様は別に覚えなくてもいいですの8話23節。
砂川を読む
【在欄】
「各々、覚悟はできただろうか。その作業の潤滑油として、この岐部在欄らが期待した通りの実に無二奇抜の演奏をしていただいた。既に本人は退場を決め込んでいて出る様子もない、前座という枠に忠実であった態度にこの岐部在欄は何らかの親近感すら湧く。もう一度拍手を」
【人々】
「「「!!!!!!(←拍手)」」」
……親近感とか最悪なんだけど。やっぱり四天王ダメ、離れないと。
意地でもステージには戻らない。
【笑星】
「い、行かなくていいの?」
【鞠】
「戻ったらあの人と会話しなきゃいけないじゃないですか」
【邊見】
「そ、そうですね~……ちょっと、僕も苦手かも……」
ぶっちゃけあの司会がいなかったらもうちょっと疲労感は軽減できた筈。
【笑星】
「それにしても……鞠会長、「忘却の真空旋律姫」なんて二つ名持ってたんだね」
【鞠】
「恥ずかし過ぎるのでそれ口出さないで」
てか何で知ってるッ。あの司会者か余計なことをッ。
【笑星】
「……演奏してたこと、覚えてないの?」
【鞠】
「……まあ、転た寝感覚でしたね。いつもそんな感じです。何かをやったとかそういうのはありません」
故に、褒められる筋合いは無い。その拍手を受ける価値など私には無い。
……そういつかのインタビューで答えて記事にしてもらった覚えがあるんだけど、それでも皆さん理解はしてくれないのだった。慣れたものである。
さてと、その慣れから察するに、私は早く控え室に戻らなければいけないだろう。
【鞠】
「私は楽屋で来賓を迎撃しますが、貴方たちは主役でも見てればいいと思います」
【笑星】
「…………あ、そうか……鞠会長は前座だった……」
【邊見】
「普通に忘れてたね~」
【笑星】
「でも、まだその主役の人、来てないよね? どうしたんだろ」
普通に楽屋じゃないの。貴方たちみたいにカーテンから前のめりで覗くチャイルドライクな趣味を持たない大人な。
……いや、確か学生の筈だけど。
【笑星】
「俺たち、此処に居ていいかな? 会長後で戻って来てもらえる? 置いてかない?」
……一瞬置いていくのもアリかなとか思ったけど、後々が怖いので頷いてやろう。
兎も角、私はどうせ集っているであろう来賓の方々の為に足早にその場を後にしたのだった。
…………その道中。
Stage
廊下
【鞠】
「…………ん」
【???】
「…………」
すれ違う。
【ババ様】
「ん――」
【???】
「…………」
【鞠】
「…………」
歩行でなびく長髪が、その刹那の私の肩に触れる。香りか何かが鼻に入ってくる。
良い香り、なのだろうが……それ以前に……
【鞠】
「(何だ――?)」
もう、後ろ姿しか見えない。それを振り返る意味を私は持たない。
……たまにああいう、人を振り返らせる美人さんがいる。別に興味や性欲が無いと思っていてもついつい目で追ってしまう、そんな引力。
彼女が主役なのだろうか? そんな私らしくない興味を覚えつつも、自分の楽屋へと戻って……
そして案の定いっぱい彷徨いていた、見覚えすらある来賓の方々と会話に洒落込んだのだった。
……。
…………。
……………………。
Stage
ステージ裏
【鞠】
「……あの人たちは一峰に会いに来ただけか」
こんなことを知ればあの司会の人は怒り狂いそうだけど。
……なんて分析をしてまた褒められたりなんかしたら私も吐きそうになるので考えるのはやめよう。溜息。それが繊細な私がこういった緊張しがちな状況でやっていく為に身に着けた処世術。考えることや思うことを放棄すること。
……これも、もしかしたら「忘却」なのかもしれない。将来認知症にならないよう気を付けたいものだ。
【鞠】
「……ん……?」
ステージ裏に戻って来た。2人を回収するためだ。
聴いていたスケジュール的に、もう本番のワークショップが終わっていても不思議じゃない時間になってるけど……。
ざわついていた。人が沢山居るんだから嫌でも喧騒とするだろうけど、そういうのじゃない騒がしさを、私は感じた。
異様、ではあった……けど2人はちゃんとカーテンのところに居た。
【鞠】
「……戻りましたけど」
【笑星】
「あ……ま、鞠会長」
【邊見】
「お疲れ様です~」
2人振り返る。
……表情が、ちょっと引きつっているように見えた。無理矢理作った感じ。私にリアクションしている暇は無いってか。
それだけのことが……本番で起こったと、見ていいのだろうか。
【???】
「…………」
と……ステージから、女子が静かにこちらに帰ってきた。
……あの白く神々しいとか思わされちゃう長い髪。さっきすれ違った人だ。やっぱり彼女が主役だったらしい。
【笑星】
「その……お疲れ光鏡様……凄かった、です。うん。岐部さんもドン引きしてた」
【邊見】
「…………(←怯)」
【光鏡】
「…………」
雑務、あの司会がドン引きするような相手と即行でコミュニケーションをとる。
……一方よく見たら雑務の親友は全然、あの人と顔を合わせようとしない。何となくだが、苦手意識を認めた場合あんな感じに怯えるんだと思う。今まで雑務を見事にサポートしてきた、秀才なところばっか見てきてるので今日は私としては意外な、繊細な面がよく見れてちょっと同情しそうになる。
と、いうことはだ。彼はこの女子を確実に怖がっている。四天王相手みたいに。
【ババ様】
「…………この女子……ほぅ……」
【鞠】
「一体本番で何をしたのやら……」
【笑星】
「いやもうとにかく……すんごかった……」
【邊見】
「うん……僕たちは、ステージ裏っていうのもあって“効果”は薄めだったけど、観客の皆さん、大変なことに……」
【鞠】
「はあ」
……分からん。
ただ楽屋で時間を潰していたのはどうやら正しかったみたいだ。私は無傷だ。
【光鏡】
「……」
【鞠】
「…………」
という風に現時点で脅威対象としか思えない人を雑務がサラッと紹介してきた所為で、遂に真正面から目を合わせることに。
するとお互い無言でも分かることというのも、案外ある。
【鞠】
「…………」
【光鏡】
「……」
何だろう、この人は。
この眼は。
美しいと思った。こんな、透き通っている印象を人の眼を見て思ったことは今まで無いと確信して云える。
……そんな眼が今、私の姿を通している。私はまるで、鏡と対峙しているかのような印象もまた覚える。だけど単なる映し鏡でなく……。
私の、色々を、見透かされているような――
【光鏡】
「…………」
【笑星】
「? どったの?」
【光鏡】
「……」
【笑星】
「……えっと、こちら俺たちの砂川鞠会長。今回光鏡様の前座を務めたけど、光鏡様に負けないぐらい凄いんだよ!!」
【鞠】
「勝手に紹介しないでください」
……雑務の親友の反応を参考にするまでもなく、彼女は面倒な相手だ。
アッチも私と会話するつもりないっぽいし、ここは必要の無いコミュニケーションに囚われる前にもう退散してしまおう。
【鞠】
「行きますよ。今は文化祭中です」
【笑星】
「あ、うん」
強引に話を切り上げて、歩き去る。
それに従い、2人も後を附いていく。もう此処には用は無いのだから。
【笑星】
「じゃ、光鏡様またどこかで!」
【光鏡】
「……」
いつも通り、もう会わないことを取りあえず祈っておこう。