8.16「巡回その1」
あらすじ
「ケチ会長め」砂川さん、見回り開始。相棒は信長くんに決まり、苦い思い出のある2人は何を話すのでしょう。それから自分のクラスの出し物も訪れます8話16節。
砂川を読む
Time
10:15
Stage
紫上学園 外
【信長】
「……では、参りましょうか」
【鞠】
「…………」
文化祭が本番を迎えた。
立ち会いをしてたので思いっ切り見えてたけど、B等部が造ったアーチが開かれる前からお客さんがすんごい並んでてビックリ。一般開放して一気に学内に雪崩れ込んでからも、続々とお客さんの数は増えてきているのが分かる。まだ外だからね。
で、そろそろ最初の巡回を始めよう……と思うのだけど、まだちょっと解せない部分があって。
【鞠】
「何で2人で回るんですか……?」
【信長】
「1人で回っていても、虚しいではありませんか」
じゃんけん2回戦の勝者である書記が、私の隣を歩いていた。
それが気になりすぎて、何処行こうかなとか考える頭がいつまで経っても完成しない。私への嫌がらせかな。だとしても何で攻撃してきてる側があからさまに緊張してるのか。
【鞠】
「……抑も、一緒に回る相手を探してたなら親友を誘えばよかったじゃないですか」
【信長】
「それは、多分午後にでもできることですから。しかし、会長と回れる機会はそう無い。逃したく、なかったんです」
【鞠】
「…………」
随分、はっきり云ってくる。
その真意はいまいち計りかねるけど。
【信長】
「……自分に、正直なつもりです」
1学期は何と云うか、疲れてるのを隠してるって雰囲気は持ってたけど……今はソレが全然無い。スッキリしている印象だ。
その変化に、何処かで私が関与したということでいいんだろう。
【鞠】
「それに附き合わされる、私の気持ちにもなって……」
【信長】
「……すみません、としか」
気まずそうだ。彼も分かっていること。
私と書記の関係というのは寧ろ切れかけている。今更こうして私に接近されても、私は困るだけ。
だって、この人は私と訣別した「敵」なのだから。
【鞠】
「はぁ……もういいです。こうしてる時間が勿体無いですし」
【信長】
「はい……行きましょう、会長。まずは……我々のクラスの出し物でも。すぐ其処ですし」
ならば、構造上お互いを慮る必要など無い。勝手にして構わない。
だから私もそうするし……今の彼もそうしている。それが今の、きっと最善の関係。故に様子見、それしかないのだ。
【信長】
「…………」
気まずい。しかしその中でも、隣を覗き見ると彼は微笑んでいた。
ほんと、今度は一体どんなことをして私や会計たちを驚かせるのだろう。いやその今度が無いことを祈るばかりなんだけど……。
【鞠】
「(……まあ。まだマシ、か)」
あんな泣き方をされるぐらいなら。
そうやって笑ってた方が……私もきっと、気楽な方だろう。
Stage
紫上学園 グラウンド
……と、ちょっと考え耽ってしまったけど。
それを吹き飛ばすインパクトを持った、出し物に到着した。
【鞠&信長】
「「…………」」
晴天の下に数並ぶお馴染みというべき屋台たちを無視してすぐ目に映る巨大なドーム型の建築物。
「サーカスかな?」と思いたくなる、そんな外観から既に意味不明な出し物をしてる団体が何なのか。勿論我々は把握している。
【信長】
「……我々不在の間に、立派に完成してますね」
書記も苦笑い。
……自分たちのクラスは果たして、どんなものを造り上げたのか。
入口ののれんを潜り、一発目の出し物と相対する。
【男子】
「いらっしゃい……おお、早速お2人さんか! どうよ、お化け屋敷! クオリティ高いだろー」
【信長】
「それは今から評価するところではあるが、少なくとも俺の知るお化け屋敷のどれよりも大規模だなとは思った……」
【鞠】
「一応……ちゃんとお化け屋敷として成り立ってるか、巡回します」
正直怖いのとかあんまり得意じゃないんだけど……此処は随分大規模な設営をしてるだけあって、何か事故が起きたらその規模も大きいと想像するから、ちゃんと自分の眼で見ておきたいとは思う。勿論業者さんと連携してのことだから、安全面も保証されている筈ではあるけど……。
前に「爆弾使いたい」とか変なこと云ってきた団体なので、割と厳しく見ていくつもりだ。
【男子】
「はい客票2枚いただきましたー。どうぞ出口まで頑張ってーー」
受け付けを済ませて……奥へと入っていく。
そしてすぐに暗闇に包まれた。
【鞠】
「……うわ」
更に……足に土の感触。
グラウンドだから当然でしょ? と思うかもだが、それにしてもこの地面は柔らかすぎるように思えた。砂というよりは泥だ。つまり持つべき感想は寧ろ、此処はグラウンドじゃなかったっけ? だ。
でだ……出口を目指せということだけど、暗くて壁が何処にあるのかも分からない。これはもう既に迷子と云っても過言じゃない。
【信長】
「……会長」
【鞠】
「……!」
手に感触。
温かさに右手が包まれた。手を、握ってきたんだろう。
【鞠】
「な、何ですか……?」
【信長】
「……離れないように、しましょう。うちのクラスは相当張り切ってましたから」
【鞠】
「……怖いんですか」
【信長】
「正直、嫌な予感しかしないですね。会長は」
【鞠】
「それについては同意です……」
暗闇というのは感覚を奪う。
だから手を繋ぎ一緒に歩くことで感覚を失わずに歩いて行ける。悪くない一手だとは思う。
ただ……ちょっと、小っ恥ずかしいというか。誰も見てないとはいえ……。
【ババ様】
「ふふ~、右手の安心感パないのー鞠」
いや1人見られてる。普通に恥ずかしい。見られたくない。内装を見たいと思ってたけど全然見れないので早く出たい。
【鞠】
「というか、お化けの気配が全然無い――」
【???】
「がしっ」
【鞠】
「!!?!?」
――気配ッ!!
いや気配どころか、足掴まれた!!
【鞠】
「ひゃ――!?」
【ババ様】
「ぎゃあ!?」
【信長】
「ッ!?」
足を縛られたなら立ち止まらざるを得ないが、すぐに走り去ろうと反応してしまうのは最早自然の行動。
その所為で当然私はバランスを崩し……思わず書記の方へと倒れてしまう。
【信長】
「ぐ……!」
いきなりのことに書記も体勢を保てきれず、結果2人で地面に転がってしまった。
【鞠】
「なな、な、何ですか?!」
【信長】
「会長、どうかしましたか!?」
【鞠】
「何かが私の足に――」
【信長】
「足……?」
と……突然ライトがついた。
私の足下に。
【???】
「――うらああぁああああああああああああああ!!!!」
……お化けが。
腐食したお化けが柔らかい地面から生えていた!!
【鞠&信長】
「「ぎゃあぁああああああああああああああ!!!!!」」
足をその腐食した手から引っこ抜いて、すぐ逃げようと思った……が!
【???】
「うがあららああああ」
【???】
「がららあああああああ」
周囲の地面から、更に数体のお化けが発芽して!
私と書記を、囲む!! 逃げ場が無い!!
【鞠&信長】
「「ぎゃあぁああああああああああ!!!?」」
競り寄ってくるお化けたちを必死に、必死にッ振りほどいて、何とか立って、走り出す!
もう感覚とかも気にしてる暇は無い、兎に角逃げて!
でも……何処も彼処も暗闇で!!
当然今どこにいるのかも分からなくて!!
【鞠】
「ど、どこ、どこですか出口はぁ……!!」
【???】
「うぅううううううううう……」
【???】
「ニガサナイ……スナカワ、ニガサナイ……」
【???】
「オマエ……ミチヅレ……がららああああああああああ――!!」
色んな、色んな声が遠くに……いや、近く……? もしかしたらすぐもう其処に居るのかもしれない、でも見えない、走って、逃げるしかない。
でも……逃げても、逃げても逃げても逃げても! 暗闇が続く、声が蔓延る、逃げても逃げても……逃げられない――!!
【鞠】
「書記っ、書記!! 何処ですかぁ!!?」
【???】
「「「があらあああああ――!!!」」」
【鞠】
「ッ!!?」
もさもさもさ。
足下が……若干盛り上がる感覚。
【鞠】
「――!!!」
もう、何も考えられない!! 総てがワケ分からず……自分がその時何を口走ってるのかも分からず、走って、叫んで、惑い続けたのだった――
【鞠】
「どこ……どこ、書記ぃいいいいいいいいい――!?!?」
……………………。
【安倍】
「いやぁー、どうだったぁウチのお化け屋敷?」
【鞠&信長】
「「封鎖しろ!!」」
五体満足で青空の広がる世界に帰れたことに、そして普通に景色が見えるということに感謝すら浮かび上がる。大切なものというのは失われた時よく痛感できるものだ。
でも2D、お前達は許さない。
【信長】
「お化け屋敷というから前後左右を気にしてたが、まさか地面から来るとは思わなかったぞ……本気出し過ぎだろお前ら……」
【安倍】
「そんなに怖がってくれて、訓練を重ねた甲斐があったよー」
一体どんな訓練をしたんだろうあのゾンビ隊は。
【安倍】
「ってことでハイクオリティなうちのお化け屋敷に是非とも2人ともVIPよろしくねー」
【信長】
「まあ、考えてはおく……」
【鞠】
「絶対渡さない……」
【安倍】
「ケチ会長め」
もう1回云うけど、絶対許さない。
【安倍】
「あ、そうそう、はい瞬間写真」
【信長】
「え、写真?」
【安倍】
「ほら遊園地のアトラクションとかであるでしょー絶叫ポイントで写メっときましたよーみたいな」
【鞠&信長】
「「……!?」」
【安倍】
「ぬふふ……松井も会長も最高のリアクションだったぁー! いやー良い物見れたー!! プロデュースして良かったぁー!!」
もう……1回、云ってやる……。
絶対許さないからなぁあああああああ!!!