7.06「分析せよ」
あらすじ
「つまり、20人を特定します」砂川さん、夜も働きます。3話で監視カメラや盗聴器を駆使していたことをここら辺で思い出しておくと役立つかもな7話6節。
砂川を読む
Time
20:30
Stage
砂川家 ダイニングフロア
【兵蕪】
「いただきます! 美味い!!」
パパは元気そうだ。今日もがっつり早食い。もっと咀嚼した方が健康には良いと思う。
一方健康な筈の私は3社と結構深めの打ち合わせをして、すんごく疲れている。きっとパパは遙かに多くの重鎮とビジネスしている、毎日ずっと。慣れの差は大きい。
【ババ様】
「鞠の家は食事もおっきいの。このテーブルのクソ長さ。団らんには寧ろ邪魔ではないか?」
【鞠】
「お偉いさん団体と食事会する為の長さです」
【兵蕪】
「ん? 何か云ったかい鞠ちゃん?」
【鞠】
「独り言です」
【汐】
「独り言が多いのはぼっちのステータスみたいなのでお姉ちゃん的にはノーサンキューです……」
ぼっちの偏見酷い。
でも私確かに独りでいる時間が圧倒的に多い。友達と呼べる人も居ないわけだし、ぼっちと呼ばれても割と納得してしまいそうだ。
【兵蕪】
「汐ちゃん、そういえば便秘治ったー?(←モンブラン咀嚼)」
【汐】
「ああ、覚えてくださってたんですねー。治りましたよーすっかり。もう毎日フィーバーですよー(←モンブラン咀嚼)」
【兵蕪】
「いいねえ若いとすぐに治って。歳を取ると、いちいち何かを治すのも大変だよー(←モンブラン啜る)」
【鞠】
「……………………」
なんて汚い会話だ、その発火剤扱いされる高級料理の気持ちにもなれ。シェフが聴いたら泣きそう――
【鞠】
「あ」
【市鴎】
「……………………」
……最高に沈んだ笑顔で厨房に戻っていった。
あとでフォローしとかないと……。
【ババ様】
「鞠や」
【鞠】
「何ですか」
【ババ様】
「鞠は団らんに参加せんのか?」
この汚い会話に参加しろと?
【鞠】
「嫌ですよ、絶対疲れますもん」
【ババ様】
「楽しそうではないか。鞠の父親は、ちゃんと優しいようじゃし」
【鞠】
「…………」
今朝のことでも思い出してるんだろう。
まあ、私は暴力してくる父親じゃなくて、心底良かったと思ってる。
それどころか財力もしっかりある。生活が苦しかったことなんて一度も無い。
私は特に、この家に対して文句はない。メイドがウザすぎるってことぐらいだ。
【鞠】
「……だから、何だというのか」
私の思考はそこで終わる。
あるなら、あればいい。なければ、ないでいい。
私の道は既に、其処にある。それで充分。先輩が来れば、もう完璧。
余計なことなんて、したくない。
【鞠】
「ごちそうさまでした」
【兵蕪】
「あれ、鞠ちゃん? 厨房の方でも行くの?」
【鞠】
「用事ができたので。お構いなく続けてください」
【汐】
「……は!! よくよく考えたら兵蕪様、この手の話題、鞠あんまり好きじゃないですよ!!」
【兵蕪】
「!!! し、しまったあぁあああああ鞠ちゃん待ってえぇええええ謝らせてえぇえええええええ!!!」
【鞠】
「お構いなくと云ってるのに……」
何故か逃げる羽目になった。
途中シェフを見つけて慰めまくったり、走りまくるメイドらの粗相を家政婦たちと一緒に片付けたりしながら、思う。
【鞠】
「正直、邪魔……」
疲れる。
「家族」というのは、他に誰かが居るというのは疲れる……。
Stage
砂川家 鞠の寝室
【鞠】
「……諦めた、かな」
抑も別に怒ってないのに。矢張り過保護なパパだ。明日もあるんだから早く寝ればいいと思う。
さて、自分の部屋に戻ってきた。
【ババ様】
「もう寝るか?」
私も早く寝たい気分ではあるが……その前に。
【鞠】
「いえ。確認すべきことがあるので」
勉強机の上にアルスを全部並べる。いつもの作業フォーム展開。
但し、今は全てマルチディスプレイ状態で、やるべき作業も一つ。
【鞠】
「テレビでも使えばもっと見やすくなるんだけど……」
リビングでこれやってメイドに見つかると、面倒そう。普通学生がやることじゃないし。
【ババ様】
「これは、何のテレビじゃ?」
【鞠】
「学園に設置している、監視カメラの映像です。それも、昨日から今日にかけての」
【ババ様】
「かんしかめら」
【鞠】
「泥棒とか悪いことをする人を映しておく防災アイテムです」
設置されている数多のうち、6つの目安箱を設置している廊下を映してるカメラだけを検索し、データを画面に表示する。
夏休み、暇な雑務は登校時に必ず目安箱をチェックしてから、紫上会室に行く。
つまり、おかしなリアクションペーパーが入れられたのは、前日雑務がチェックした後の朝9時頃から、本日雑務がチェックした朝9時頃まで。
この24時間の間で、何者かが今回の犯行をした。
【鞠】
「……もっと分割するか」
アプリを弄り……取得した映像データの表示設定を変える。
6機のアルスそれぞれの画面に監視カメラ1機の映像を映すとして、更に前日朝9時、前日午後3時、前日午後9時、本日午前3時時点から再生する4分割画面に変更。
合計、24画面を早送りで見ていく。流石にこれは眼がやばい。
【ババ様】
「目まぐるしいのー」
【鞠】
「確かに気圧されるけどぶっちゃけ変わり映えしませんよ」
夏休みなわけだし、その間学生と紫上会は直接接触していない。だから意見は作られないし、わざわざ登校して目安箱に投函するなんて人も稀有。
【鞠】
「今日確認した投函数は、問題のアレを含めても20枚。つまり、20人を特定します」
設置してる監視カメラは張り切って投資したのもあり、矢張り良い画質。これなら、顔もしっかり分かる。
それに他19枚は規定通りしっかり名前が記入されている。
つまり――この捜査だけで犯人は特定できる。
【鞠】
「何事も、早期駆除が大切……ふふふ」
【ババ様】
「鞠、顔笑えてないぞよー」
だって笑ってないし。
……………………。
【鞠】
「……………………」
【ババ様】
「……鞠ー、飽きたぁー」
私だって飽きてる。
かれこれ1.5時間ぐらい眺めてる。
15人は特定したので、あと5人……標的が映ったところで全て一時停止し、手元の顔写真資料と名前が書かれたリアクションペーパーで誰かを特定して、再開。これの繰り返し。変わり映えのない廊下ばかりを眺める。
苦行の一言に尽きる。
【ババ様】
「そもそも、夜中は皆寝てるじゃろー」
【鞠】
「まあそうなんですけどね」
深夜になれば間違いなく学園は閉鎖されている状態。強いて学園に滞在できる学生が居るとすれば紫上会の人間ぐらいだが、それでも深夜になるとエレベーターが使えても他の校舎への扉は全部施錠されているわけで、基本的に侵入は不可能。
だから深夜とか分割してでも見る必要無いんだよね。
【鞠】
「そう……思ってはいたんだけどね――」
【ババ様】
「お? おおお?」
――こういうことがあるかもしれないから、念には念を入れなきゃいけないわけだ。
【ババ様】
「これ、何時じゃ?」
【鞠】
「今日の、午前2時33分……ガッツリ深夜に侵入してる」
【ババ様】
「暗くて顔見えにくいのー」
【鞠】
「フィルターをかけます」
不審者を映した映像をアルスいっぱいに拡大して、主機のアルスでフィルター操作をかける。
光量を増やして、画面を明るくしていく。
少しずつ、顔を――
【鞠】
「――え?」
――まさか……。
【ババ様】
「鞠?」
【鞠】
「どうして、この人が――?」