7.42「失敗の結果」
あらすじ
「この感情は……未だ嘗て知りませんでした」砂川ファミリー、揃います。怒濤過ぎた全42節をもって7話を終わります。次は楽しい楽しい8話の到来。
砂川を読む
Day
9/9
Time
20:00
Stage
砂川家 庭
【鞠】
「……はぁ~……」
月曜日が終わった。もう夜だ。
……ちょっと休んだだけで、この新鮮な疲労だ。
【汐】
「鞠~、一応病み上がりなんですから、無理しちゃダメですよー」
だって、仕方無いじゃん、仕事が思った以上に積もってたんだから。
一連の事件は決着したけど……案の定、私は風邪を引いた。
あの豪雨の日は朝には雨はもう大したことなくなっていたけど、風は強かった。紫上学園は蛙盤区から登校している学生も多かったので、河川氾濫とか半端なかった蛙盤などの通学路を考慮し、休校判断を下した。勿論下したのは私だ。
右手も痛かった私は、なのでしっかり休養をとって何事も無かったかのように翌日登校してやろう、完璧な計画だった。1日で穴が塞がるわけないじゃん、という冷静なツッコミは10秒後にババ様から戴いたけど。
しかし私、風邪を引いた。それも咳が出るとかいう規模ではなくて、熱が出て身体の彼方此方が痛くてベッドから出るのも無理ってレベルのガチ風邪だった。結果、私はその週ずっとぶっ倒れていた。これは流石にダサい。
……で、元気になって土曜日には紫上会として顔を出したところ、
* * * * * *
【深幸】
「せめて状況報告しろやあぁあああああああ!!!!]」
* * * * * *
と、無傷で過ごせた面々に滅茶苦茶怒られた。そういえば素でこの人たちのこと忘れてた。
ってことで殆ど事前情報も無くいきなり副会長が登校してきて、家族旅行作戦で通してた人たち皆ビックリして、それで一騒動あったらしい。まぁ特に何か凄まじいアクシデントが発生しているわけじゃなかったらしいからよかろう。
因みに副会長の帰還は学園中が怒りもせず大喜びだったみたいだ。一方今日皆の前に私が姿を現したところ、随分盛り上がりの無いリアクションを誤魔化していたよ。流石に存在が大きいから無視はできなかったみたいだが、多分このまま帰ってこなければ、とでも思ってたんだろう皆。残念だったな、2学期もよろしくね敵どもめ。
何にせよこれで、副会長の生活のリターン含めて本当にやっと、落ち着いて文化祭や修学旅行の準備に取り掛かれる……と思ったんだけどね。風邪引いちゃったからね。
ぶっ倒れてる間、仕事などさせてもらえるわけもなく、事件に意識がいってあんまり進んでなかった先週以前の仕事、加えて先週の仕事が積み重なっていた。打ち合わせ系はしっかりやってたので私が呆然させられたのはすべき事務仕事の方。前回の入院で溜まってしまったのもあり私の注意意識は打ち合わせ系ばかりにいってたようだが、日頃で発生する数量でいえば圧倒的に事務仕事の方が多い。それを思い出した土曜日だった。
ってことでリハビリを兼ねた休日返上宿泊を発動し、この月曜日には何とか絶望的な状況は脱出できたのだった。
【汐】
「リハビリが過重になりがちなのはいけない癖ですよー」
【鞠】
「余計な世話です」
【汐】
「余計ではありませんとも。私は、鞠のメイドで、鞠のお姉ちゃんですから」
【鞠】
「……はぁ……」
それならば心配して当然と。……帰ってきちゃったよコイツ、とか思われるのも腹は立つけど、こうして心配されるのもやっぱりそれはそれで苦手で。
【汐】
「もう料理並べてるらしいですよ。このままダイニング行っちゃいましょー」
【鞠】
「せめて手洗いとうがいを」
ならば、私にとっては矢張り必要以上のモノ。それは不要で……
Stage
砂川家 ダイニングフロア
【鞠】
「……ただいま帰りました」
この現実は、私の「失敗」の結果なんだろう。
【和佳】
「鞠様! お帰りなさい!!(←走)」
【冴華】
「こら、無闇に走り出さない。危険ですよ、食べ物を落としたりしたら勿体無いでしょう?」
【和佳】
「あう、ごめんなさいお姉ちゃん……」
【兵蕪】
「鞠ちゃあぁああああんお帰りいぃいいいいい――!!(←走)」
【冴華】
「走らない!! 和佳が真似をしてしまうでしょうッ!!」
【兵蕪】
「はい……ごめんなさい冴華ちゃん……」
うーーん、実に混沌。
ただでさえ騒がしさに割と頭を悩ませてたこの場所が、グレードアップしてしまった。ていうかあの姉、既にパパの扱いのコツを掴んだようだった。流石である。
【行】
「ふふっ……不思議な光景ですね」
【鞠】
「帰ってきてたんですね」
彼女は端っこに立つのではなく、パパ達と同じく、テーブルを囲む椅子に着席していた。
【行】
「はい、正式な形で。日曜日に到着いたしました」
スーキュアの事件は、地下社会全体でも騒ぎになったらしく……どんな影響が発生するか分かったものじゃない、らしい。
なのでファーストクライアント、つまり先輩だろうけど、「朧」は引き続き砂川家の傭兵として中央大陸に滞在することになったとのことだ。で、彼女は此処で寝泊まりすることになったと。
……パパは約束を果たしたといっていいのかな、これ。
【四粹】
「――以上、本日の晩餐でございます」
そして、もう1人……。
【四粹】
「御館様のご意向により本日は、複数の祝いごとをまとめたパーティーコースとさせていただきました」
シェフの解説の機会を知らずに根から奪ってしまっていた、新たな従業員。
完全ではないがシェフや家政婦たち同様に、この巨大な家で寝泊まりしていくことになる、執事。
【汐】
「おお、いつもを100%とするなら、今日は120%の本気で来てますねーシェフさん!」
【ババ様】
「今頃シェフは厨房から出るまでもなく落ち込んどるじゃろうな!」
【鞠】
「……後で本人から直接お話を伺わないと」
新品の漆黒に身を纏った、長髪の執事姿。学園で写真をばらまいたら何人か卒倒するのだろう。
ドン引きするくらい、様になっている。絶対新米のオーラじゃないもんこれ。
【和佳】
「祝いごと?」
【四粹】
「冴華お嬢様の退院祝い、和佳お嬢様の復学祝い、」
【冴華】
「お嬢様……玖珂さんからそう云われるの、凄い火力ね……」
【四粹】
「鞠お嬢様の治癒祝い、因幡様の滞在決定祝い、汐さんと鞠お嬢様の姉妹締結祝い――」
【鞠】
「待ちなさい、ソレはおかしい」
【汐】
「いやいや、右手の誓いが何よりの証拠ですから!」
【鞠】
「勝手に乱入してきた癖に……」
【四粹】
「それと……恐れながら、玖珂四粹の、入職祝いも含めてくださいました」
【行】
「面白い終着へと結ばれましたね、お嬢」
【冴華】
「一体何がどうなって、玖珂先輩が此処の執事になることになったのか、未だに把握できてないのですけど……」
【和佳】
「四粹さん、かっこいー……♥」
恐ろしいことに、執事に心奪われかけてるあの子がこの家に来てからなんとまだ2週間経ってない。
経たないうちに、晩ご飯を囲む人数が2倍以上になってしまった。
それ全部……私の選択した結果だった。
【兵蕪】
「四粹くん、矢張り執事服似合ってるねー!! 様になっているよー!!」
【四粹】
「勿体無きお言葉。それに恥じぬよう、これより玖珂四粹、全身全霊を以て――」
【鞠】
「ん……」
【四粹】
「――生涯懸けて、鞠お嬢様の側を歩かせていただく所存です」
あとついでに、この人の性格と言動がちょっと狂ってきてるのも多分、私の所為だった。
【和佳】
「お……おおおおお……!」
【冴華】
「玖珂さん、愛が、いきなり重い!」
【行】
「案外肉食系男子なのかもしれませんね」
【汐】
「愛!! 四粹くん、家族になるのはいいですけどッ、それ以上の関係へと歩くおつもりならこのお姉ちゃんと――」
【兵蕪】
「このパパを倒してからなってもらおうかあぁあああああああああああ!!!」
【鞠】
「五月蠅い。食事が冷めます。シェフが泣きます」
【兵蕪&汐】
「「すいませんでした」」
……夕食はこれからずっとこんな感じなのかな。また倒れそう。
【鞠】
「……貴方も、変な事を表明しないでください。何か決意してるのは分かりますけどせめて胸の内に秘めておけばいいのに」
隣の椅子に座った執事に文句。
【四粹】
「申し訳ありません……その、どうすればよいのか、まだ慣れていなくて」
慣れてない。
その辺も、この人ならではの路程だから持ち得る感覚、なのだろう。
でも、何だろうな。
【鞠】
「……それは、分かるかも知れないです」
【四粹】
「え?」
【鞠】
「私も、慣れてませんから」
【和佳】
「鞠様と四粹さん、並んでるとすごく、綺麗だな~~……ね、お姉ちゃん!」
【冴華】
「そうね……とんでもない2人ね……学園が荒れるわね……」
【兵蕪】
「ぐぬぬぬぬぬ……謙一くんといい四粹くんといい、鞠ちゃんの男知人はどうしてこう、完璧な上に距離が近めなんだ……!!」
【行】
「家に上げているのだから距離が近くて当然では?」
【汐】
「四粹くん……お姉ちゃんが、お姉ちゃんがまだ認めてませんからねー……執事服似合いすぎ、しゃーー!!」
“家族”の光景に。
【鞠】
「ワケの分からないメイドの提案に呑まれてこんなワケの分からない景色の一員になってないで、もっと別のことをやればいいのでは」
【四粹】
「……それでは、お嬢様と離れてしまうではないですか」
【鞠】
「えー……依存、ですかまた……」
【四粹】
「そうかもしれません。ですが……僕は、本当にこうしたいと思っている。貴方の道を歩みたいと焦がれている。この感情は……未だ嘗て知りませんでした」
あ、ちょっと笑った。
社交辞令とかじゃなくて……本物に近いんじゃないかな、ってやつの。
【鞠】
「……以前とは、まあ確かに、雰囲気は違いますね」
立ち振る舞いは大して変わってないと思うんだけど……不思議と、明るくなったような。
【四粹】
「……これが――家族、なのですね」
【鞠】
「鵜呑みにしない方が良いです。その概念、ものっそい多義的なことをこの2週間で嫌と云うほど思い知ったので」
子どもが何処までも道具でしかない家族もいれば、右手に穴を開けて血で染め合って信じ合う家族もいてさ。
……そして今目の前にあるのは、
【兵蕪】
「さあ、本当にもう食べようじゃないか! 市鴎に泣かれる前に!!」
共にご飯を食べる家族。
【鞠】
「――「家族」は結果でしかない」
【ババ様】
「ん?」
【鞠】
「何でもありません」
思考は終わり。もう暫くこのことについて考えるのは止めようと思う。
【鞠】
「私の道を阻害することだけは、しないでくださいよ。それ以外なら……まあ、基本は言及しないつもりなので」
【四粹】
「承知しております。お嬢様は、お嬢様の道をお進みください。僕は……貴方の姿を、見続けますから」
うーーん悪気が無いのは分かるんだけどどうしてもヤバい感じに聞こえちゃうなぁ……。これも考えるのやめていいかな、いいよね、いい加減料理冷めちゃう。
合掌。
【鞠&四粹】
「「いただきます」」
前菜のスープをスプーンで掬い一口。
…………うん。
【鞠】
「美味しい」