7.35｢回想：穴無き椎名｣

　――物心がついていた頃には、もう僕は其処に立っていた。

　ならば、僕の居場所は、僕の世界は其処だ。

　沢山の大人が――家族ファミリアが僕を見詰めた。

　色んな人たちがいた。僕に優しく接する者たち。また厳しい者たち。僕が知れたのはその程度の違いだが、実際にはもっと沢山の違いや癖があっただろう。

　しかしそんな彼らの共通点を1つ、僕は知っていた。それは、頭――父さんのことを畏れていたということ。

　血生臭く、暗い世界。

　遅れることは赦されず、行き戻りする死と隣り合わせの世界。

　コレこそが――僕の家だった。

　働ける者にならなければならなかった。

　僕は、父さんの跡を継ぐからだ。

　だから、ずっと訓練の日々だった。

　如何に接近するか。如何に標的の息の根を止めるか。如何に撤退するか。

　幾百のケーススタディーを網羅し、復習し、身体に叩き込む。

　早く……辿り着きたかった。玖珂さんの領域に。

　認められなければ、ならなかったから。

　だけど。

　僕に、資格は不充分だった。

　玖珂さんはそう云ってくださったけれど、他の方々は違う。

　僕は、抑も「若頭」として彼らから認められていなかった。

　実務に必要な能力は素養されている。それでも。

　理由は、簡単だ。

　若すぎるから、だ。

　此処で最も大切にされているのは、「血の掟」。心血を共にしていない人間は組織員にはなり得ない。その重鎮などもってのほか。

　だから、僕は異例だった。

　僕が次代の「若頭」だと父さんは云った。だから僕は玖珂さんの教育を受けてきた。

　しかしその父さんの決定は、多くの彼らにとって不服だった。

　父さんは強い。だから誰もその決定を覆そうとはしなかった。だからといってそれは僕が認められることを意味しない。オメルタすら通過していない僕が、彼らから信じられるわけがないから。

　僕は、時間が過ぎるのを待つしかなかった。

　昼は地上社会で学園に通い……夜は若頭としての力を身につける。

　その繰り返し。それが僕の日常。

　僕の道。

　不満は無かった。

　父が望むなら。彼らに臨まれるなら。

　……中に、入れるならば。

　ただ、地上社会で1つ……予想していなかった出来事があった。

　今思えば、それは全く自然なこと。

　……人と関わるということ。

　友人ができたということ。

　特に何かをしたつもりはない。進んでコミュニティに参加した覚えもないい。ただ、それでもどうしてか……僕には、地上社会で友人ができていた。

　放課後までの、とても短い時間だけど、彼とよく時間を共にするようになっていた。

　それは予想外で、未知的で……

　僕にとって大事なのは……

　事実として。

　僕は……その明るい世界に。

　惹かれていた。

　彼との時間。

　友人と過ごす昼間の地上が、少しずつ……心地良いものだと。

　僕の――居場所は……

　事件が起きた。

　彼が、胸ぐらを掴まれた。

　殴られた。

　大人の本気の拳に、彼の生命の危険を感じた。

　――だからといって、だ。

　僕の培ってきたモノは、この昼の景観に、準備もなく、表に出てはいけないことだと僕は何度も復習した筈だ。

　それは違反だ。

　違反、なのだ。

　――僕は、違反した。

　僕は。

　「血の掟」に違反した。