7.31「我が家族」
あらすじ
「同じ釜の飯を食うぐらい、当たり前じゃないか」パパ様、己が家族論を語ります。作者は皆でお鍋形式がめちゃくちゃ苦手です。いっつも駆け引きに負けちゃう7話31節。
砂川を読む
Time
19:45
Stage
砂川家 ダイニングフロア
いつもの夕食となった。
……当初欲しかった情報は得られずに、だ。
【市鴎】
「k――」
【兵蕪】
「いただきまあぁああああああああああああす!!!(酔)」
【和佳】
「い、いただきます!」
【汐】
「いただきまーす♪」
【鞠】
「……いただきます」
今日も解説ができなかったシェフにフォローの眼差しを向けておく。シェフはいつも通り肩を落として厨房に引っ込んでいった。
【行】
「ふふっ」
私はそろそろシェフのヤケ酒に附き合わなければいけなくなるかもしれない。そんな予感がしていた。
それにしても今日のパパは一層テンションが高いようだった。既に酒入ってるみたいだし。これを抑えるのは至難の業だ。
【兵蕪】
「いやー今日はクレーム処理が大変だったんだよー!」
【汐】
「へぇ、そうなんですかー(←激食い)」
何でクレーム処理を社長がやってるんだろう。社長が出向くのは謝罪会見レベルの失態の時ぐらいじゃないのかな。
【汐】
「で、それでどうなったんですかー? 一峰の栄光に罅入りました?(←激食い)」
【兵蕪】
「いんやー全然。肝は冷えたけどねー。電話で話し合ってるうちに何か仲良くなっちゃって、お昼からお酒の附き合いしちゃったよー」
【汐】
「だから帰宅時点でもう泥酔してたんですねー(←激食い)」
それは果たして、会社としてどうなんだろう。
まぁ実にこの人らしいけど。
【和佳】
「…………お酒……」
【鞠】
「ん――」
何やら反応を示していた。
【鞠】
「どうしました。今の話で何か不快になりましたか?」
【和佳】
「あ、ううん、何でもないです」
【鞠】
「何でもない顔をしてないですよ。正直に云っていいです、何でも。貴方を非難する人は断じてこの場に居ませんから」
【和佳】
「鞠様……えっと……お酒」
【鞠】
「はい」
【和佳】
「お酒、飲む人は……怖くて」
【鞠】
「……なるほど」
多分あの父親を思い出してしまうんだろう。
【汐】
「はいパパ様ー、禁酒いっときますー?」
【兵蕪】
「ガハッ――!? ぐぅ……む、娘のためならば、私はぁ――」
おお、一気に大人しくなった。
これからこの子のこと最終兵器と呼ぼうかな。……あの姉に怒られるか。やめとこ。
【鞠】
「お酒の附き合いも必須なのでしょう? なら禁酒はしなくてもいいのでは。まぁもっと減らすべきだとも思ってますが」
【兵蕪】
「う~む……」
【鞠】
「この人はお酒入ってようが素面だろうが年中こんな感じなので、貴方が恐れてることはありません。仮に襲ってきたら貴方の姉の跳び蹴り1発で返り討ちにしましょう」
【汐】
「その時は楽しそうなので私も加担しまーす」
【兵蕪】
「は、ははは……汐ちゃんの一撃は洒落にならないなぁ……」
【和佳】
「……鞠様が、そう云うなら」
【鞠】
「なら、食事再開でいいですね。冷めぬうちに。じゃないとシェフが一層落ち込みます」
【和佳】
「はい……!」
……こんな感じでいいんだろうか。関わり方。
上手くやれてる感触全く無いもの。言葉並べてるだけだもの。
【ババ様】
「鞠は子どもを云い聞かせるのが得意なんじゃなー」
【鞠】
「……ババ様から見て、今のやり取りはどう評価しますか」
【ババ様】
「評価? 普通に良かったと思うがの。酒飲みはこの世にわんさかおるからの。家の中で遠ざけることはできても、必ずその誰かとこれから和佳は会っていくことになるじゃろう。和佳の経験を尊重する一方で、和佳の将来をも尊重する。それを即座にやるとは、大したものじゃ」
【鞠】
「…………」
先輩ならこういうこと云うだろうなってイメージしただけなんだけど。
まあババ様がOK出してるから、良しとしようか。
【和佳】
「……あれ?」
と、また何かが気になったみたいだ。忙しい。
【鞠】
「どうか?」
【和佳】
「えと……因幡さんは、一緒に、食べないんですか……?」
【行】
「ん……?」
彼女からして真っ直ぐ視線を向けた先に、広いダイニングフロアの壁にもたれかかり私達を眺めているプロさんが立っていた。
なるほど、確かにちょっと異様だ。
【行】
「ふふっ……これでも仕事中ゆえ。お気に為されず」
【和佳】
「……(こくっ)」
いや、景観に入ってるから気になるんだけども。
しかしこの人の仕事の妨害すると自分たちの身が危ないから仕方無い。
【兵蕪】
「悪いね、私達だけ優雅に食事をしてしまって」
どの辺が優雅なんだろう。
【兵蕪】
「今回の件が収まったら、ゆっくり一緒に酒を交わそうじゃないか」
【行】
「お構いなく。既に契約に無い賄いを我ら一同数多く戴いていますので」
【兵蕪】
「あの程度、気にすることないだろう? 家族なのだから」
……………………。
【一同】
「「「は?」」」
唖然。
またこの人とんでもないこと口にした。
【行】
「……えっと」
【兵蕪】
「この家に居る者、共に働いている者、皆――私にとっては家族。私はそう思いたい。なら、同じ釜の飯を食うぐらい、当たり前じゃないか」
【汐】
「……兵蕪様、頭にアルコール染みてます?」
【兵蕪】
「寧ろだいぶ醒めてきたよ。和佳ちゃんのお陰かな?」
【汐】
「素面でその発言ですか」
ほんと、当たり前のように云う。
本当にこの人にとっては当たり前なのだろう。
【兵蕪】
「行ちゃんは、そういう附き合いは苦手かな?」
【行】
「……家族論、とは違うのでしょうけれど、私は家族といったら、シナのような組織論に近い意味で関わってきましたから」
【兵蕪】
「そうなのかぁ。怖い世の中だねぇ、どうしてそう、皆啀み合って、読み合って、攻撃し合うのか……こうやって皆一緒にご飯が食べられたら、その方が良いだろうにねぇ」
【行】
「無理ですね。人類は増えすぎました。食物など物資が足りません」
【鞠】
「あの。食事中にする話じゃないと思います」
【兵蕪&行】
「「確かに」」
結局、この日の夕食もパパに振り回される私達だった。
Time
20:45
Stage
砂川家 リビングフロア
……で、パパに振り回されるエピソードはこの日、もうちょっとだけ続く。
【兵蕪】
「いけー、ナミダー!! 皆と協力して――あ、今日も協力する気ないナミダ!! 寧ろ敵対していくいつものナミダ!! 転換するんだナミダー!!」
【和佳&鞠】
「「…………」」
【行】
「キッズアニメというのは大人も視聴するものなのですね」
【汐】
「パパ様ー、娘たちが軽く引いてますよー。鞠にいたっては頭抱えてます」
いや、私を今苦しめてるのはパパじゃなくてフラッシュバックする体育祭の悪しき思い出なんだけど……。
【兵蕪】
「いけー! ぶっ倒せナミダー!!」
【汐】
「パパ様ー、さっき戦い合うことディスってませんでしたー? 矛盾してません?」
【兵蕪】
「ん? いやいや、絶対悪は倒されるべきだろう」
【汐】
「んー流石の私もちょっとストレス溜まってきましたねー」
パパの論理的思考は独特なのかもしれなかった。
【汐】
「じゃあ、行ちゃんとか敵じゃないですかー」
【行】
「ふふっ、私は表社会の尺度で測るなら確実に悪側ですね」
【兵蕪】
「確かに、人に暴力を振るう仕事は、認められるべき仕事ではない。だが君たちは結局、仕事でやっている。仕事でなければ、その力で人に危害は加えないのだろう? ……なら、叩くべき絶対悪は他にいる」
【行】
「クライアント、ですか」
【兵蕪】
「需要を滅せば、そんな仕事も無くなるだろう? そうだなぁ……当面の目標は、それでいこうか!」
【行】
「はい?」
【兵蕪】
「行ちゃんが毎日、私たちと一緒に晩ご飯を食べる! どうだい、何も暗いことなんかない、難しくもない、素敵だろ? どうかな、和佳ちゃん?」
【和佳】
「え!? え、えっと、そんなの……いきなり云われても和佳――」
暴投すぎる。
【汐】
「もうちょっと分かり易いコミュニケーションから始めましょうよパパ様ー。今のところ和佳ちゃんのパパ印象、テンションの高い変態ですよきっと」
【兵蕪】
「はははは! なら、鞠ちゃんとお揃いだな、和佳ちゃん!!」
【鞠】
「笑ってる場合ですか」
確かちゃんとした親を目指すんじゃなかったっけ。
……考えているようで考えてないのか。考えてないようで考えてるのか。
どこまで本気なのか。分からない。
私はこの人のことをあまり知らない。だから矢張り、分からない。
【汐】
「……そうだ鞠、行ちゃん、ちょっと」
【鞠】
「ん……」
【行】
「はい」
メイドが私達だけを呼び出し、リビングを出るよう誘う。
【和佳】
「え……」
【兵蕪】
「どうかしたのかい?」
【汐】
「事件の方で、ちょっと話し合いたくて。すぐ戻ってくるので、待っててください和佳ちゃん」
【和佳】
「……(こくっ)」
事件……もう情報共有は副会長の家で済ました筈だけど。何か思いついたんだろうか。