6.44「回想」
あらすじ
「何処行こっかなー、デート」砂川さん、回想。今更ですが回想シーンの際の顔写真には若干モノクロを掛けております6話44節。
砂川を読む
* * * * * *
【???】
「何と、お姉さん……謙一くんと、デートの約束、しちゃったので~す!」
突然、そんなことを報告してきた。
【鞠】
「…………」
【???】
「……あれ? 反応が薄い。分かる、デート? D、A、T、E。デートなの」
【鞠】
「分かってますよ。アレですよね、微妙に凝った手の繋ぎ方をして狭い歩道だろうとエスカレーターだろうと関係無く2列歩行して周囲に態々痴態を晒すDQN迷惑行為でしょう」
【???】
「鞠ちゃんのデート解釈が偏見に満ち溢れてる……」
偏見なものか。周りからしたら本当に迷惑なんだから、そういうことされるとさ。
まして知り合いと知り合いがそんなことやってるの見せられるとか、勘弁してほしい。
【鞠】
「で……私を呼んだのは、そんなことを報告する為ですか」
【???】
「えー? 何か反応が悉く冷たいなー……此処に座って、やることなんて一つしか無いじゃない」
【鞠】
「読書」
【???】
「お茶会です♪」
抑も、この人は平常時の時点でそんなDQNカップルに相当する害虫っぷりを発揮してるのに。
最近はもっと、元気に行動してしまっているようだった。
【鞠】
「業務妨害に加えて職務怠慢ですよ。そろそろ虫が住み始めてもおかしくないんですから」
【???】
「大丈夫、学校司書さんが図書館経費使ってこの一帯しっかりクリーニングしてくれてるから」
【鞠】
「再発防止の方法がこの上なく明瞭なのに何で誰も止めないの……」
【???】
「だって私、此処のヌシだから」
特変に劣らない傲慢。いつも偉そうで、でも威張ろうとしても身長が足りなくて。
【???】
「あ、鞠ちゃーんこのビン開けてー……! フタかたーい……」
あと非力で。弱音は案外簡単に吐いて。
【鞠】
「はぁ……どうぞ」
【???】
「これで、共犯だね♪」
【鞠】
「仕事戻ります」
【???】
「待って待って待ってお姉ちゃん置いてかないで(泣)」
表情もコロコロ変わって、本当子どもっぽくて。
【???】
「それでは、この私、お姉ちゃんのデート約束こぎつけ成功を祝って、かんぱーい!」
【鞠】
「これはお茶会なのでは? その音頭合ってます?」
本当関わっているだけで恥ずかしくなってくる「お姉ちゃん」。
【鞠】
「そういう理由での乾杯なら、先輩1人でやればいいじゃないですか」
【???】
「そんなの寂しいでしょー。もうすっかりヌシ主催のお茶会は繁盛モノになったのだから、今更オンリーでやるのはねー」
【鞠】
「繁盛って、マックスで4人じゃないですか」
【???】
「だねー。皆、気味悪がってるもんねー。図書館でパーティーしてるコイツら頭おかしくねって感じで」
【鞠】
「仕事戻ります」
【???】
「待って待って独りにしないで(泣)」
溜息をついてその辺の椅子と机で作った会場に座り直す。
既に主催者はパクパクと、可愛らしい模様のテーブルクロス……いや、ただのハンカチに広げたお菓子を食べ始めていた。
【鞠】
「……再三云ってますけど、食べ過ぎじゃないですか? 糖尿病で世界記録でも狙うつもりですか?」
【???】
「ぜーんぜん。美味しいから、食べる。当たり前でしょー♪」
【鞠】
「先輩に怒られても、知りませんよ。この前だってライジングサンのシュー禁止されたばっかなんですから」
【???】
「謙一くんのシュークリーム、美味しいんだけど甘さ控え目になってるんだよねー」
【鞠】
「健康志向だからでしょう。ヌシ先輩のことを気遣ってるんじゃないですか。それを無下にするつもりですか」
【???】
「ふふっ、鞠ちゃんは本当に、先輩想いなんだねー。それとも、お姉ちゃん想いかな?」
【鞠】
「日に日にブクブク太っていく姿を眼前で観察させられるとか堪ったものじゃないんで」
【???】
「待って鞠ちゃん、お姉ちゃん太ってないよね、まだビジュアル丁度良い感じだよね?」
ほんと、これだけ食べてて何で太らないんだろうこの人。
ちょっと、羨ましい。
【???】
「……何処行こっかなー、デート」
【鞠】
「え?」
何か、突然変な事を云い出した。
ある程度状況を把握している私からすると変って云うに値する。だって、
【鞠】
「明日、じゃなかったですか?」
【???】
「うん、明日ー」
【鞠】
「……誘ったのは?」
【???】
「お姉ちゃん~」
そりゃそうだろう。
先輩がこの人を誘う、誰が見ても正当って思えるような理由は、今はまだ無い筈だから。
……なのに。
【鞠】
「誘っておいてノープラン……?」
【???】
「このままだと謙一くん任せになる未来が見えるんだよー……流石に、お姉ちゃんの威厳がね、それについては黙っていられないかなって……」
この人のありもしない威厳とやらがいつ黙ったって云うんだろう。
いや、それよりも黙ってちゃダメなのはその立ち位置だと思う。この人本当、ダメ人間。
【鞠】
「……………………」
【???】
「蔑む眼やめてー……。分かんないんだよ~、デートしたいしたいって思ってたけど、具体的にデート何やるかって云われたら実はあんまり考えてなくって」
【鞠】
「じゃあ考えなさい」
【???】
「考えたよー、2時間ぐらい……それで、もう諦めた」
諦めんなよ。
【???】
「だから、お願い鞠ちゃん~! 知恵貸してー、明日どんなこと謙一くんとすればいいかを、ね? お姉ちゃんの割と真剣なお願い~……」
【鞠】
「最高に、ダルい……はぁ~~もう……」
【???】
「えへへ、ありがと~!」
理不尽な時間の拘束に軽く項垂れていた頭を、立ち上がって前傾になり、ギリギリの距離でなでなでしてくる。
【???】
「んぐぐぐ……鞠ちゃんはっ、優しい子だね~……!」
【鞠】
「……行儀、悪いですよ」
というか、危ない。
手のひらに頭突きするような感覚で押して、無理な姿勢を終わらせる。
【???】
「おっとっと。えへへ……鞠ちゃん、可愛いな~」
【鞠】
「ヌシ先輩は、気持ち悪いです」
【???】
「照れちゃって~」
先輩は、笑う。
何て静かで、且つ無邪気な笑い方をするんだろう、と思うことが少なくない。
【???】
「幸せだなぁ」
【鞠】
「……?」
【???】
「格好良くて何でもできちゃう弟と、可愛くて優しい妹がいて……こんな幸せなお姉ちゃんは、世界中探したって、他には居ないよねー――フースイ」
……何か突然、欠伸をするように何かを呟いた。
【鞠】
「フースイ?」
【???】
「――あぁ……ううん、何でもないよ。鞠ちゃんにも、この甘くて美味しい気持ち、お裾分けできたらいいのになぁ~って。そしたら御礼も節約できるもんね」
【鞠】
「そんなの貰ったら絶対胸焼けするに決まってます。要らないです。自分でちゃんと消化してください」
幸せという感情は、正直よく分からない。
私の道は、既に確立されている。何処をどう歩けばいいのか、その指標は既に与えられているのだから。私はただ、その通りに進んでいけばいい。それが乱れるようなことは、したくない。
……だけど。思うことは、ある。お姉ちゃんは私の事など全く気にも介さず、勝手に壊そうとしてるけど。
――この時間がこれからも続けばいいのに、なんて。
* * * * * *