6.32「デートな会話」
あらすじ
「貴方が、望むイメージがあるというなら……私はソレに合わせる義務がありますね」砂川さん、四粹くんと歩きます。その間、懐かしい彼女の現在に思いを馳せます6話32節。
砂川を読む
【鞠】
「…………」
【四粹】
「…………」
自然公園部を、特にあてもなく歩く。
見た目完全に森で、あてもなく歩くとか自殺行為に見えるけど、しっかり案内板とかレールとか刺さってるので、それに従うよう心懸けていれば迷子にはならないだろう。
この道も中央公園に繋がってるみたいだから、まあそこにゆっくり着くとしよう。
【鞠】
「…………」
【四粹】
「…………」
因みにこれ、2人で歩いてるんならデートみたいなものじゃね? と思ったりもするが、誰も居ないのを良いことに手すら繋いでないのでとてもそんな風には見えない。
まあ、誰も居ないしね。気まずさはあるが、大多数に注目されてる状態よりはマシだった。
【四粹】
「……会長」
葉っぱと土の軟らかさを足に感じながら僅かな斜面を登っていたら、隣の副会長が話し掛けてきた。まあ、あちらも気まずかったのだろう。
【四粹】
「仕事の方の話、なのですが」
【鞠】
「…………」
本当、上手だなって思う。
たわいもない話というのをされるよりは、事務的な会話の方が私としては気が楽。それを分かっているんだろう。
【鞠】
「何ですか」
【四粹】
「……停学処分者のことです」
停学処分者。
4月にめっちゃくちゃ出したけど……現在、その状態の学生は2人だ。
1人は赤羽。甲子園が終わってからすぐに謹慎期間に入らせた。できるだけ早期に片付けて、次の甲子園までの時間を作るようにした方が奴の不満も僅かながら少なく済むだろうという判断。夏休みの間にも反省文とか色々テキトウな課題を与えておいたので、彼がそれを全てこなせたなら10月初めにも早期復帰ができる。もうここまでやってあげてるんだから感謝の一つぐらいしてほしいものだ。
……で、もう1人が。
【鞠】
「彼女の方、ですか」
【四粹】
「はい……個人的にも、気になっていましたので。六角さんも情報を欲しがっていますし」
【鞠】
「不当に情報を、漏らすつもりはありません。如何に前会長であろうとも」
【四粹】
「無論承知の上です。手前から一般学生に情報を漏らすつもりはありません。……ただ、紫上会の一員として、手前は知っておくべきかと」
情報、か。
まあぶっちゃけ……情報なら割と鮮明なものがある。
あの人の家、行ったし……。
* * * * * *
【冴華】
「…………」
【鞠】
「…………」
折角先輩と会えて、テンション上がってたのに……。
何でこの人と会わなきゃいけないんだ。こちらについてはだいぶ前から予定にあった分、世の理不尽への怒りが振り切れない。
仕事なんでやりますけどね、しっかりと。
【冴華】
「…………」
村田冴華――かつて紫上会の雑務を担当し、仲間に多大なご迷惑をお掛けしまくってた六角政権を支えた1人。実際かなりの信頼を得ていた人物。
しかし、私が知っているのは、自分が強者であることを良いことに、弱者を虐げ弄ぶことを厭わない残虐な性格の女。
先輩が評価するほどの、強者――
【冴華】
「…………」
――その様子は、今、彼女のどこからも見られなかった。
ぶっちゃけもう別人だった。
【鞠】
「貴方は……本当に、村田冴華ですか――?」
【冴華】
「そうですけど……何か、違和感でも」
【鞠】
「違和感というか、私の記憶しているイメージとだいぶ違うんですけど」
【冴華】
「貴方の私に対する印象など、私にはどうでもいい……いや、違うか」
【鞠】
「……?」
【冴華】
「貴方が、望むイメージがあるというなら……私はソレに合わせる義務がありますね」
静かで細い声が、理論を語る。
勝者の理論。敗者の摂理。
……お嬢様ぶって、自信にも溢れていた声だった記憶があるんだけど。
【鞠】
「別に、私とて貴方がどんな人であろうと、どうでもいいです。私に危害を加えないなら」
【冴華】
「私は、貴方の、敗者です。貴方に、従います」
書記みたいだな、と思った。
……もしかしたら、私の言動によっては書記も、この人のようになってしまう未来があったのだろうか。
好きなように、とは云われたが……改めて恐ろしい行為だと思った。先輩は、ずっとこういうことをしてきたんだ。
この先、私にそれをやる勇気は、私にあるんだろうか?
【鞠】
「なら、貴方に求めることはあと一つのみです。貴方には引き続き、反省の生活を科します」
【冴華】
「…………」
終わらせた敵のその後、なんて私は別に見たくない。
この人のような趣味を、私は持ち合わせていないのだから。
……それでも責任というのがあるんだろう。少なくとも先輩や私のような、上に立つ人間には、少しの間、後ろを振り返る義務が。
【冴華】
「邊見くんを、落とす気なんて……無かったんです。今思えば、貴方に対して私は勝ち目が無かった……それは明瞭だったのに、それだけは受け入れたくなくて……」
【鞠】
「…………」
【冴華】
「あの座は、とても甘美なものでした。六角さんの無能さには呆れ返りましたが、私は公式に、紫上学園の上級の人間だった。どんなことをしてもいい、そう思うと……私は、自由に、なれた」
【鞠】
「……自由?」
【冴華】
「私は、自由になりたかった……私に必要なものだった……そう思ってたから、絶対貴方に、紫上学園に来たばかりの貴方なんかにあの場所を譲りたくはなかった――その思いのままに、やりました。堊隹塚くんを陥れ、邊見くんを突き落とし……果てに、全部失った。何も得られなかったのだから、2人はやられ損でしかありませんでしたね」
初めて私が、私のために、明確な意思で壊し落とした相手。
彼女が変わったというなら、その原因は間違いなく私にある。
私はそれを理解する義務を持たない。だが、評価はしなくてはならない。
果たしてこの人を、復学させていいのか?
この人を、この惨状のまま?
【冴華】
「停学すると、流石に堪えますね……反省、あるいは後悔をせざるを得ません。何であんな、余計なことをしたんだろうと。たとえ紫上会の座を手放すことになっても一般学生であれば、ある程度の恩恵は獲得できた。それを甘んじて良しとすれば……」
【鞠】
「……後悔をしてるなら、まあそれでいいです。堊隹塚笑星も邊見聡も、ついでに私も、貴方に対して謝罪を求めていません。問題なのは貴方がまた4月のような事件を引き起こす意思を有しているか。貴方が現紫上会を崩壊させんとする思惑があるか。紫上会はその確認をしなければなりません」
【冴華】
「……随分、上手くやっているみたいではないですか。少なくとも六角さん以上には」
【鞠】
「何故貴方が私の会長としての活動について情報を持っているんですか」
【冴華】
「メールでやり取りをしているんですよ、松井と。特に私から求めたことはないのに……お節介な男です。私は彼と、彼らと仲間意識を共有したことなど一度もないのに」
【鞠】
「なるほど……勝手に私の情報をあの書記は」
【冴華】
「一応云っておきますが、彼は貴方を高評価しています。彼の意図はどちらかといえば、私にクーデターの意思がまだあるなら、それを無くそうというところにあるかと。私が貴方のことを認めればクーデターをする意味もなくなる、そう考えてね」
【鞠】
「……実際はどうなんですか」
【冴華】
「どう……とは?」
【鞠】
「貴方は私が紫上会会長としての器があると評価したなら、クーデターをしなくなるんですか? いや……もっと正確に云えば、クーデターをすることの意義が一つも無くなるんですか?」
【冴華】
「……それを問う、意義は?」
【鞠】
「紫上会の質問です。ごねることなく回答してください」
……クーデターを起こす意思や意義はあるのか。これは、確認しておいて損はないだろう。この人は非常に危険な積極性を持つ。
私としてはもう何度もお宅訪問とかしたくないので、早めに復学させたいんだけど、安易に復学させてはいけない相手とも認識している。
だからしっかり見極めておきたい……というのも、あるんだけど。
実を云えば、私は純粋に、気になっていた。
どうして、この人はあそこまで私を認めなかったのか。勝者の理論を無視してまで真理学園を嫌悪せずにはいられなかったからなのか。そんな私に敗北してしまったから、こんなに窶れたのか。
知ったところで私の道に変化なんて無いだろうけど、私が紫上会に入ることになった最初の原因を、私は正確に説明できるようにしておいた方がいいと、思ったのだ。
……まだ、堅い。多分、もっと純粋な言葉の選び方があると思う。けどそこから先は私もよく分からないし。分からなくてもいい。
兎も角今はこの人の言葉を待つ――
【???】
「やめて……!」
【鞠】
「ん……?」
――つもりだったんだけど、この人じゃない声が、後ろから聞こえた。
【女の子】
「お姉ちゃんを……虐めないで……!!」
いわゆる子ども部屋で、面談をしていた。だからどう足掻いたって視界にはこの部屋の物が入ったし、そこからこの部屋で過ごす人間像というのもイメージしてしまう。
そのイメージに、丁度この女の子がぴったり嵌まった。正座していた私が少し水平線よりも上を向いた程度で目が合う。まだ、C等部の低学年ぐらいだと思うけど……。
「お姉ちゃん」って云ってたから……この2人は姉妹なんだろう。
【冴華】
「和佳……! 入っちゃダメって、云ったでしょう……!」
【和佳】
「だ、だって……お姉ちゃんが、お姉ちゃんが虐められて――」
【冴華】
「違いますよ、この人は私達の学園の……A等部の、偉い人なんです。わざわざ私に、会いに来てくれたんですよ。だから――」
【和佳】
「偉い、人……ッだったら!!」
【鞠】
「――!」
突然肩を掴まれ揺さぶられる。
女児って感じの力なので脳天がぐらぐらするほどではないけど、女の子の顔が目の前に。
【和佳】
「お願いっ!! お姉ちゃん、復学、させて――!!」
だから嫌でも思う。
――何でこの子はこんなに焦ってるんだ、と。
【冴華】
「和佳!! ――ッ!!」
いきなり暴挙に出た妹を止めようと立ち上がった……んだろうけど、その身体のバランスが崩れた。
【和佳】
「お姉ちゃん……!?」
それを見て、私から離れて妹は、立とうとした筈なのに脚をべったり床に着いた姉に走り寄る。
……右足首を押さえている。
【鞠】
「怪我、してるんですか? だったら、正座なんてしてなくてよかったのに」
【冴華】
「……すみません。平気、です……」
私は、気づき始める。
【和佳】
「……お姉、ちゃん……何、この痣……和佳、知らない……」
【冴華】
「和佳……リビングの方、行ってて。お姉ちゃんはまだ、この人と話すことがあるんです」
人間の価値観は、その育った場所の環境でほぼ決まる。
ならば……この村田冴華という人間の独特な価値観は、勝負事が大好きな紫上学園だけじゃない。
この村田家でも、形成されたのではないかと。
* * * * * *
【鞠】
「……今のところは、最速で復学させるつもりです」
【四粹】
「2学期の開始に合わせるんですね」
3ヶ月も停学させたのだから、学生にとっては結構なダメージだろう。被害者たちがそれ以上を求めていないわけだし、目に留めるべき文句は無い筈。
ただ寧ろ、私は彼女の精神状況を考慮すべきかと思ったぐらいだけど。何かしらのケアをしてから復学させないと、変貌具合が注目されてしまって変な事案起きるかもって感じに。
……その辺、妹さんにそれとなく相談してみたら「なおさら早く復学させて」の一点主張だった。
一応「仕掛け」はしておいたから後は様子見だけど……もう私は察しが付いている。
【鞠】
「はぁ……」
こういうのって……今更だけど、大人がやるもんだよね……。
学生のアフターケアを学生がやるって、流石におかしくない?
【四粹】
「……よければ、手前が代わりますが」
【鞠】
「いいです」
……帰ったら、本腰を入れて調べて、考え出さないと。
「村田冴華をどうするか」を――