6.27「惚れ薬」
あらすじ
「お茶感覚でグイッといくもんじゃないぞ」砂川さん、トドメの災難クアドラプルコンボ。ギリギリR-18ではないと判断しております6話27節。
砂川を読む
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7:00
【鞠】
「この島は、ヤバい……」
【ババ様】
「洗礼を浴びたようじゃなー。愉快愉快」
【鞠】
「何も愉快なことなんてないです……ッ」
人の災難を笑うとはなんて酷い子だ。怒りたいけど、そんな気力ももう無かった。まだ朝なのに。
台所で朝食の準備もできずに椅子に座り尽くしていた私の髪を、後ろからババ様はドライヤーで乾かしてくれていた。正直不安でやらせたくなかったけど、また勢いに負けた。
思いの外しっかりやってくれていてここだけは安心。
【ババ様】
「ほれ、睡眠とシャワーの前後には水分補給をしっかりじゃ」
あと、お茶を入れてくれた。確かに喉は渇いていたので有難くプラスチックのコップを受け取る。
【鞠】
「……どうも」
飲んでみた。私はお茶よりコーヒー派だけど、我が儘は云えない。郷に入っては、というのをそこそこ考慮してのことだ。
……苦い。無糖コーヒーとは別軸の苦みだ。朝からコレはちょっとキツいなって感じ。私の環境適応力もたかが知れている。
まあそれはいいとして……。
【鞠】
「さっき、洗礼、って云いましたよね……? どういうことですか?」
【ババ様】
「ほや? 変なことを訊くのー。何度も云ってるじゃろー、この島はミマキの息吹に包まれとると」
【鞠】
「…………」
まさか……この早朝一連のコンボ?
【鞠】
「いや、ちょっと、私の思ってた縁結びと違い過ぎるんですけど。酷いハプニングだったんですけど。ここが都会で私が面倒臭がりじゃなかったら訴訟も有り得ますよ?」
【ババ様】
「いわゆる、ラッキースケベってやつじゃの!!」
どうしてこの島にそんな先進地域のマイナーな言葉が定着してるの?
【ババ様】
「深い関係になるには、裸の付き合いが手っ取り早いじゃろ?」
【鞠】
「……それを、矯正する空気がこの島にあるってことですか」
【ババ様】
「理解が早いのか遅いのか分からんの」
勿論理解はしていない。
だけど、身を以て3連コンボを喰らったので、疲れた心が何らかの因果を疑いたくなるのも自然。
この島には、ただ吸って吐くだけの受動的な概念ではない空気が存在する。私たち人間の展開を、押し動かすほどの何かが……。
【ババ様】
「恋愛に限れば、嬉し恥ずかしなハプニングを複数回通して、何だかんだで急接近! 訪れた外界の人達からも感謝のお便り多数、圧倒的な実績じゃ。ほい、お茶もっと飲めい」
【鞠】
「……どうも。見境の無いキューピッドが矢を討ちまくってるってことですか。コレ、あまり世に広めない方がいいと思います」
【ババ様】
「何故じゃ?」
【鞠】
「恋愛ではなく、そういうハプニング自体を求める野蛮種が集まるかも知れないでしょう。それに……縁結びと云えば聞こえはいいですが、実績のありすぎるそれは最早出会い系と解釈されます。この島に来れば、男女関係が作れるって」
【ババ様】
「心配ご無用じゃ! 云ったじゃろ、ミマの力……天使のような、悪魔のような力というのは、人の支配しきれるものじゃない。このミマに築かれたミマキ様はあくまで純粋な縁結び。一生関わっていく、そんな大切な関係を応援するのみじゃ。そこに邪は混じっておらぬ。故に邪な精神に、ミマキの力が呼応することはない」
【鞠】
「……ワケ分かんないですやっぱり」
昨日の話だって全然整理がついてないのだから。
結局ミマキなる不確定な存在、「天使」や「悪魔」といった推測上の存在と、私たち人間との関係性はどう落ち着いているのか。どうなり得るのか。
考えたくもない、超越的なお題だ。
【ババ様】
「まあ、考えずとも自ずと理解が染みてこよう。それよりもほれ、もっと飲めい」
【鞠】
「…………」
3杯目をいただく。一口目の印象は微妙だったけど、慣れると結構、飲めるもんだ。決して飲みやすくはないけども。
【ババ様】
「……さて、こんなもんじゃろ」
【鞠】
「ありがとうございます」
……結構長い時間、ドライヤーを浴びていた所為か、身体は夏らしくポカポカだった。
【鞠】
「そろそろ、朝ご飯の用意しないと――」
立ち上がろうとした。
【鞠】
「――?」
が、力が上手く出せず、上がりかけたお尻がまた椅子に着いた。
【鞠】
「え?」
……何、今の。
別に、立てないわけじゃないのだけど……何だか、これ、リラックスのし過ぎっていう感じで……
【鞠】
「……ッ……ハァ……ハァ……――?」
でも、呼吸は大きくて。熱くて――
【ババ様】
「……ふふふ……」
【鞠】
「――ババ様?」
そんな、突然おかしくなった私の様子を見て……ババ様はいきなり、笑い出した。
【鞠】
「え、何ですか……? 笑ったりして」
【ババ様】
「ところで、あの玖珂四粹というイケメンくんの彼氏役をすることになったそうじゃのー?」
私の疑問完全無視。別の話題を投げてきた。
【鞠】
「ッ……な、何でそれを」
【ババ様】
「昨日男子たちは何か会議しておったからのう。盗み聞きしておいた」
ハッキリ云うな。
【鞠】
「ハァ、まあ……合宿の、体裁を保つ為にっ、渋々……」
【ババ様】
「その作戦、微少ながらババ様も手伝ってやろうぞ!!」
【鞠】
「いえ……ッはぁ、い、要らない、です……!」
絶対余計な事しそうだし……いや、それより、私の身体が、おかしいんだけど……!
朝ご飯、準備しなきゃなのに……いくら下ごしらえを多少済ませているからとはいえ、椅子にずっと座ってたら完成するわけもない。だけど、とても、この湧き上がってくる気分は……朝ご飯を作るという意思と、噛み合わない……。
何で……。
何で、今、こんなモノがッ――?
【ババ様】
「というかもう手は打ったがの」
【鞠】
「……は?」
【ババ様】
「要は問題となるのは、四粹くんの彼女としてのオーラを出せるかどうか、これじゃ」
【鞠】
「いや、まあ、んっ、雰囲気作りしてかなきゃっていうのは、ハァ、認識して、ますけど――」
【ババ様】
「なら彼の女として充分の価値があると、周りに知らしめてやればいい!!」
【鞠】
「云い方が、邪ッ!!」
……って会話はしてるけど、ちょっと、正直意識も変で。気絶するとかじゃなくて、思考がまとまらないというか半熟というか。
熱にうなされる感覚に近いようで……やっぱり遠くて。でも、熱い。全身が、湧き上がるように。
【ババ様】
「ということで、ババ様特製の、惚れ薬を使う! コレで鞠は周りから惚れられまくるような最高の女として周りから見られて、四粹くんがいち早く鞠をゲットしたんだってことで深い納得を得られるじゃろ。優良物件は優良物件と乳繰り合う、コレが優生思想の世の傾向じゃ」
【鞠】
「縁結びの話とッ、矛盾してませんかッッ!!?」
発想がどことなく卑猥――ってちょっと待て。
もう、手は打った――?
つまり、もう私は……惚れ薬なる謎いモノを服用している、ということなのか……?
【鞠】
「ッ――ま、まさか……!!」
蕩けたような視界、震える身体で、手に持っていたコップを見る。
もう、空になったコップを――
【ババ様】
「……何ミリリッター、飲んだかの?」
【鞠】
「な……なな、な……」
何てことをぉぉおおおおおおおおぉぉぉ!?!?
【鞠】
「な、何を、飲ませたんですか……!! わた、しは今、一体どういう状況、なんですか……!? この、身体の妙な温かさはっ……」
【ババ様】
「無論、惚れ薬の効果じゃの。まあ簡潔に云えば、服用者の性欲を爆発させるんじゃ」
【鞠】
「ソレッ……!? 惚れ薬っていうか、媚薬ってやつじゃ――」
【ババ様】
「失敬な、惚れ薬じゃ」
いや媚薬でしょ!!?
【鞠】
「な……何で、媚薬なんか、飲ませ、たんですか……っ!! はぁ……今から、ぅ、普通に沢山の人に会うんッ、ですけど……!!」
【ババ様】
「惚れ薬じゃ。男女関係無く、思春期の学生は基本、本気で発情しとる女子を見たら誘発されるもんじゃろ? そうなったら嫌でも魅力的に思ってしまうもんじゃ。つまり――鞠の価値を、認めざるを得ないのじゃ!!」
【鞠】
「凄まじく邪!!!」
【ババ様】
「心配せんでも健康を害するものではない。薬じゃから過剰摂取は目的外の事態を引き起こしかねんがの」
【鞠】
「……3杯、は?」
【ババ様】
「……まあ、ぶっちゃけ、飲み過ぎじゃな。お茶感覚でグイッといくもんじゃないぞ」
しょっ引きたい!!
【ババ様】
「適量なら、発情といっても見た目分からなくて、ただ何か魅惑されるような空気漂ってるー、ぐらいの効果になるんじゃがの、この媚――惚れ薬は」
【鞠】
「今ッ! 絶対媚薬って云おうとした……ッ!!」
ああ、足腰がしっかりしない、脈を打つように全身に届く、熱のある息吹が私の精神を溶かしにかかるかのようだ……。間違いなく過剰摂取……モロに媚薬の過剰摂取……。
【ババ様】
「まあ組織のリーダーっぽい風格がどうにも鞠には欠けてるようじゃからのー。それを考慮した結果のババ様の匙加減じゃ! これできっと、プラマイゼロ!!」
【鞠】
「用法守らなきゃ薬は、リスク一直線なんですが……ッ! クッ……朝食、用意しないと…ん…休んでる時間も無いなんて……ッ」
【ババ様】
「時間といえば、摂取量から考えて効果切れるの明日の夕方ぐらいじゃな」
合宿終わるまでこの状態かい!!
【ババ様】
「なに、関係していくコツは、大胆に行くことじゃ! 聖なるミマキの結びの息吹が、コミュ障な鞠を導いていくことじゃろう。気張るのじゃー!!」
ミマキ関係無いッ意図的な工作じゃんかあぁあああ!!!