6.24「寝相悪い」
あらすじ
「まだ……シャワー、入ってない、のに……」砂川さん、災難に見舞われます。作者はお腹を冷やしやすいのに暑いの嫌いでほんと一年中困っちゃう6話24節。
砂川を読む
散歩が終わった。宿に帰ってきたところで、ババ様はいつの間にか姿を消していた。多分、家に帰ったんだろう。自由である。
野郎達の声は聞こえない。多分、もう寝たんだろう。船旅で皆疲れてるのだ。ババ様にトドメ刺されて私も今最高に眠い。
銭湯には入ってなかったので、シャワーを浴びて私も眠るとしよう。湯船は、いいや張らなくて。ああ、やっと1日目が終わるぅ……。
【鞠】
「でも明日は何か、もっと大変そう――」
外に面した縁側を通ろうとしたところ、障害物が。
【深幸】
「――――」
【鞠】
「え……?」
……死んでる?
【深幸】
「ぐぅ――」
いや、寝てるだけだ。
電気がついてる気配も無いし、私の機嫌を損ねたくない的なことも云ってたし、予想通り皆もう寝てるんだろう。
ただ、どうしてこんなところでこの人は寝てるんだろう、ということになるけど。
【鞠】
「寝相わっる……」
……しかし、男子寝室からここまで寝転んできた、というのは幾ら何でも流石に無理がある。それよりは、この場所で寝転んでそのまま寝落ちしたと考えた方が自然だ。ステージ上で寝る人だしコレ。
それに……一応真夏だというのに、この島嶼群付近は気温が涼しめ。20℃ちょっとってところだろう。そこにこの夜風……エアコンの代わりとしては充分過ぎる。リゾート開発したくなるのも少し納得する環境だ。
元々この民家が町から離れて丘の上に建ってるのもあり、直で海や森を通った夜風が届く。それを最も堪能できる場所が、この縁側ということになる。
【深幸】
「ぐぅ」
【鞠】
「…………」
というか、懲りないなこの人は。独り暮らしはできなくないにしても、健康管理ができないタイプだ。
だから、風邪引くってば。
【鞠】
「明日の作戦のフォロー要員、だし」
仕方無い。
私用の寝室の押し入れから、余りの薄毛布を引っ張り出してきて……縁側に戻る。
【鞠】
「…………」
そして、会計にそれを掛けようとして――
【深幸】
「…………」
――不意に、思い出した。
* * * * * *
【鞠】
「その調子じゃ、体育祭で恥ずかしい思いをするのは寧ろ貴方じゃないですか?」
【深幸】
「ッ――い、云いやがったな、テメエ……」
【鞠】
「貴方のキラキラ基準はよく分かりませんが、ダサい奴は流石に煌めかないでしょう? 精々、ダンスでドジを踏まないよう祈るといいです」
【深幸】
「うっせ! お前なんかに煌めきをコメントできるかよ! お前なんかより、信長と菅原先輩の方が煌めいてる、凄いんだからな!!」
【鞠】
「貴方自身が勝負しなければ貴方は煌めかないものでは」
【深幸】
「俺は元からそんなものねえからいいんだよ」
【鞠】
「……は?」
【深幸】
「だけど、信長たちは違う。俺とは違って……ヒーローになれる、違う住人だからな。だけどそんな凄え人たちが、凡人でしかない俺の力を必要としてくれる。近くに居ろと云ってくれる。なら、俺はその人の助けになりたいし、近くでその人を見ていたい。悪いか!」
* * * * * *
【鞠】
「(何で、このタイミングで……)」
……この人は、客観的にみて、相当懸命に頑張っている人だと。
その理由はただただ「懐刀」でありたいから。気に入っている人物を後押しすることに全力を尽くす、変人。
負けず嫌いなところも見た。けどそれは、書記とは異なりまず他者がいる。皆と望む勝利に、価値を見出す。その為ならば――
* * * * * *
【鞠】
「わ、私がコレに出てやる義理は……」
【深幸】
「――頼む!!!」
【深幸】
「お前しか居ないんだよ……!!」
【鞠】
「んなわけないでしょ、白虎チームどんだけ居ると思って――」
【深幸】
「こんな絶望的な状況をぶっ飛ばせる奴なんて――砂川しか居ないんだ!!」
【鞠】
「……貴方……」
* * * * * *
【深幸】
「頼むッ!!!」
【笑星】
「え――」
【六角】
「茅園……!?」
【鞠】
「は――?」
【深幸】
「ずっと見てきたんだ、信長の野球を。信長の打ちに行く姿を。どんだけ野球に注ぎ込んできたかを、どんだけこの野球が信長にとって価値があるのかを、俺は、知ってる!!」
【信長】
「……………………」
【深幸】
「これが、信長の……紫上学園最後の夏なんだ、信長に野球をさせてやってくれ――会長!!!」
* * * * * *
嫌いなはずの、私にも何度も頭を下げてしまうし。
カップルリレーなんかでも私と組んで――
【鞠】
「ヤバっ――」
思い出したくもないこと、自分で思い出してどうする――思わず眩暈が――
【鞠】
「……ッ……?」
ギリギリ踏み止まった――気が、したんだけど。疲れからだろうか。
バランスを崩した。膝を着きしゃがみ込んだ状態から、更にふらついて……
【鞠】
「――ッ!!」
会計の身体に落ちる――寸前で、先に手を着いて顔や身体の落下位置を変える。
ギリギリ、会計の真横。変な起こし方をせずに済んだ。
【鞠】
「……な、何してるんだ、私は……」
老人か。……老人に失礼かな。何かに半強制的に膝を崩された……そんな感触があったけど、兎に角疲れてるんだ、うん。
早くシャワー浴びないと。立ち上がろうと――
【深幸】
「――――」
――して、力を入れた腕が、掴まれた。
手を……いや、腰を。
【鞠】
「ぇ――」
「?」となった私は、一時停止した。
そのまま……仰向けに寝てた会計が、寝返りを打ってこちらへ転がるのを眺めながら……
腰に回った彼の左腕で、私は引き寄せられた。
【鞠】
「ッ――!?」
もっと云うなら、抱き寄せられた!
【鞠】
「ちょ……何を!」
【深幸】
「ぐぅ」
【鞠】
「…………」
まだ、寝ている。結構音を立てたが、眠りは深いようだ。
どうやら私は、この会計の寝相の悪さに巻き込まれてしまったようだ。
……状況把握はいいんだけど、問題は、全然この腕、振り解けないってこと。
【鞠】
「ぐ……何で、こんな力、強いんですかっ……寝てて」
ちょっとこれ、抱き枕扱いされてる気がする……男の圧迫に体勢の悪いか弱い私が勝てるわけもない。腕を振り解こうにも全く手応えが無い。
【深幸】
「ん……かわ――」
【鞠】
「え」
超絶目の前の会計が、何か呟き始めた。
【深幸】
「砂…川……」
【鞠】
「ッ!?」
【深幸】
「まじ……かわ――す――ぐぅ」
【鞠】
「…………」
……寝言だった。寝てるんだから当たり前だけど。
ていうか、私? 今この人、私の夢とか見てるのだろうか。何それ怖い。
もしかして夢の中で、私は会計に散々虐められてるんじゃなかろうか。現実だといっつもダサいわけだし……いや、この人の夢とか、どうでもいいから早く解放されたいんだけど。
こんな暑苦しい――
【鞠】
「……?」
いや……私の温度感覚的には、悪くはない……。
思いの外、ここ涼しい。全裸で転がってたら風邪は確実、凍死だって見えてくるかもしれない。このひんやりした風は間違いなく睡眠時には涼しすぎるが……私が持ってきたこの薄毛布に……会計との密着で、何か、丁度良いぐらいになってるようだった。
…………。
【鞠】
「ぁ……」
ヤバい。
【鞠】
「まだ……シャワー、入ってない、のに……」
会計の……目の前なのに。
【鞠】
「(何もやれることが、やることが、ない……)」
つまり。これは――もう、布団に入ってしまったのと。
【深幸】
「ぐぅ――」
【鞠】
「…………――」
同じなのだと。
身体が、錯覚したのだ――