6.22「伝承」
あらすじ
「邪魔をする「悪魔」を殲滅せねば平和にならない。では「悪魔」とは何者か」砂川さん、続・子どもとお喋り。頑張って読破してくださいな6話22節。
砂川を読む
【ババ様】
「この島には「天使」が住んでいる――なんてことを、云う輩が居たんじゃ」
【鞠】
「…………」
開幕から胡散臭い。
【鞠】
「ミマキはどこにいったんですか」
【ババ様】
「そのミマキじゃ。ほら、外界には恋のキューピッド、なんて表現があるんじゃろ」
【鞠】
「ミマキ=恋のキューピッド、ですか」
まあ、その解釈は分からないこともない。やってることは縁結びで、どちらも同じような感じだ。
……ただ、ババ様の説明の仕方に違和感を感じた。それを指摘する間もなく、ババ様はどんどん語る。
【ババ様】
「しかし、ミマキの息吹は縁組みに限らぬ、この天使の力の本当の解釈は……人々の関係を、平和的に結びつけるものだ、と」
【鞠】
「…………」
頭痛くなりそう。あと眠い。
【ババ様】
「この島は、ずっと平和じゃった。外で蔓延る、窃盗も、誘拐も、殺人も、この島では起きん。この島には、天使が宿っておるからじゃ。では、外界では? 平和とは云いがたい、混沌とした歴史が続いてきたそうじゃの」
【鞠】
「まあ、そうですね」
【ババ様】
「ミマキという天使のもとに、人々は正しい関係を結ばれ、その世界は争いを生まない。しかし、天使が存在するというのに、世は争いが絶えず、人々に不幸が植えつくのは何故じゃ? 何が、人々に不善な関係を作り、争いへ導く?」
【鞠】
「はい?」
【ババ様】
「……そういう、存在がどこかに在るからだ、とな」
うーーん、ぶっ飛んだ。
伝承というから予想はしてたが、いきなり来たな。
【ババ様】
「ミマキという「天使」と、同格の存在がどこかにいる。平和であることを望んでいるのに、人々に不善な関係を結び、時限崩壊へと誘うもの。そんなものは、まるで「天使」と正反対で――まさしく「悪魔」とでも表現しておくべきじゃの」
【鞠】
「……悪魔」
【ババ様】
「ミマキとは、一体どういう存在なのかの。何の為に存在しているのか。人々に使役される為に? 或いは、人々を使役する為に? 鞠は、どう思うかの?」
昔語りだった筈なのに、聴講者に質問がとんだ。
【鞠】
「どうって……抑も私、ミマキの実存を受け入れてるわけじゃないんですけど」
【ババ様】
「ミマキはおるぞ。鞠も、この島に肌で関わるというなら、必ず思い知るじゃろう」
【鞠】
「えー……」
何か怖い……。
【鞠】
「……居ると仮定して。ミマキが人界に影響を与えている具体例はただ一つ、縁結びっていう人々にメリットのあるものだけでしょう。一方人々にデメリットを与えていないなら、それはミマキに人格が備わっているか否かにかかわらず、人々に使役されている便利な存在じゃないですか」
【ババ様】
「面白い考え方をするのー」
別に、大半の人が落ち着く結論だと思うけど。
この島の守りヌシに限らず、どこの宗教だって、結局人々に便利に使われてるじゃないか。夥しいお願い事。嘆きや理不尽の最終的な行き先。人格ある者として扱われておらず、単なる捌け口。いっそ奴隷に近いんじゃないか。
【鞠】
「……貴方は、どう思ってるんですか」
【ババ様】
「おおかた、鞠と同じかもの」
えー、ズルい。
【ババ様】
「……人に使役する存在。じゃが、人が使うには、天使も悪魔も、大きすぎる存在……ワシはそう思っとるの」
【鞠】
「何か、パッとしませんね」
【ババ様】
「話を戻すかの。「悪魔」は、人々を争いや滅びへと導くもの。何かに人は手を出して、それ経由で「悪魔」は人に寄生する。人の脳に、魂に、息を吹きかける」
【鞠】
「もろ寄生虫じゃないですか」
2人でしっかり野菜を水で流し洗いしながら、会話が続く。
【鞠】
「というか……結局今、何の話がされてるんですか? 聞いててワケが分からなくなるんですけど」
【ババ様】
「解釈じゃよ。とある一部の人間たちが導いた、「天使」ミマキ説、そしてこの説から予想される対照なる存在「悪魔」の。この語り手たちの目標は、この「悪魔」にあった」
【鞠】
「目標……?」
【ババ様】
「この「天使」の力をふんだんに利用することができれば、世界平和に応用できる。じゃがその前に、邪魔をする「悪魔」を殲滅せねば平和にならない。では「悪魔」とは何者か、これを知りたかったんじゃ」
【鞠】
「悪魔の殲滅……」
何か、おどろおどろしい流れになってきた。
【ババ様】
「これらの人々は、「悪魔」そして「天使」が使役され人界に影響を及ぼしたなら、必ずその痕跡が人界の何処かにあると考えた。……鞠なら、まず、何を調べるかの?」
【鞠】
「…………」
また質問。
そんなこと、私は生涯考える筈もないのに。
……仮に私がその仮説を支持し、その証拠を見つけようと何かを調べるとするなら……まず、何を標的にするか。
――人道とか倫理とか、そういうものを一切考慮しないなら。
【鞠】
「疑いのある人間を観察するでしょう。この島の人間だったり、戦犯だったり」
【ババ様】
「語り手たちもそう考えたそうじゃの」
嬉しくない。
【ババ様】
「「悪魔」は人に寄生する。ならば、人の体内に必ず、「悪魔」が居る、居た筈じゃ。だから、沢山の目星の腹が開かれた」
【鞠】
「…………」
結果としてはなんか魔女狩りになってるなぁ。合ってるかな、この喩え。
食材を扱っている中でしたい話ではない。
【ババ様】
「一応、考察の目星もついたそうじゃ。聴きたいかの」
【鞠】
「全然」
【ババ様】
「霊素体じゃ」
全然って云ってるのに!
【鞠】
「……霊素体?」
【ババ様】
「知らないかの? 都会の人間なら寧ろ知ってて当然だと思っておったが」
【鞠】
「知りません。初めて聞きました」
【ババ様】
「ふーむ分からんものじゃの……まあよい、要するに――」
【鞠】
「……!」
急激な冷えを横から感じた。
見ると、ババ様の水に濡れた手がとげとげとした不細工な氷塊に包まれていた。
【ババ様】
「コレじゃよ」
【鞠】
「……もしかして、“霊結”――?」
“機能”すら探求が気怠くて護真術の確立を怠ってる私が詳しいわけもない分野じゃないか。
ていうかババ様、“霊結”お上手。アレって確かめちゃ難しい技術だったような。
【ババ様】
「“霊結”と称される非科学現象は、マナに加えて霊結素……霊素と云った方が分かり易いの、それらを操作することで発動されるもの。すなわち、霊素もまた世の根源要素が一つ」
【鞠】
「どちらも根源要素じゃないかってこと以外、全然分かってないですけどね。マナと霊素、その違いは何なのかすら、学者も答えられないって聞きます」
【ババ様】
「何じゃ、知っとるじゃないか」
【鞠】
「その程度の知識しかありませんし、霊素と霊素体っていうのは別なんでしょう?」
まあ、何となく予想はつくんだけどさ。
【鞠】
「……霊素の塊ってことですか」
【ババ様】
「或いは、霊素を撒き散らす、霊素の親要素。実体の無い、人間の想像する神のような個体。意思を持つ精霊、なんて丁度いいかもしれんの」
【鞠】
「そんなこと云われましても」
まあ、実際天使とか悪魔とかって神に近い存在じゃないのっていうイメージはあったけど。
多分明日になったら忘れてそうこの話。
【ババ様】
「霊結使いというのは、タチの悪いことで有名らしい。他者とは一線を画す感性と、狂気じみた思考を持っておる。案外、芸術家にも多いようじゃな、“霊結”が人並み以上に上手という輩は」
【鞠】
「貴方もその仲間かもしれませんね」
【ババ様】
「そうかものー」
聞いたことはある。人間の実用できる技術において、万気相や“機能”に使われるマナの扱いは誰でも、この私であってもできるものだけど、“霊結”に使われる霊素を駆使できる人というのは実際一握り程度だと。
前者が武器を使った技術であるならば、後者は「魔法」を使った技術。それぐらい大きな違い。
私からすれば誰でも持っている“機能”というもの自体、もう魔法みたいなものなんだけど、ガチの「魔法」というのが確かに存在するみたいで、それを扱う者はたいてい歴史では狂人だったり殺人鬼だったり、兎に角友達になりたくないような言動を素で繰り返す変態ばっかだとか。
そういえば、特変にもそういう人が居ると云えば居るな……ん、先輩含めて皆そうか?
【ババ様】
「じゃから、目星を付けるのは容易かったそうじゃ。島の人間を捕らえることは、ミマキが赦すはずもない。じゃから「悪魔」の息吹に冒された者たちを……次々と捕まえ、腹を割き、体液を調べ、時に反撃を受けて……それを繰り返して、見つけた」
【鞠】
「……見つけた、とは?」
【ババ様】
「先の結論を。「悪魔」なる存在は、霊素体。ならば、霊なるものには、霊なるものを以て。それが可能となれば、「悪魔」を殺す武器となる。また「天使」を操作する希望にも」
【鞠】
「それで、ミマキの力を無理矢理外界に押し拡げて、世界平和でハッピーエンドですか」
まぁ、狂ってるよね。
そういう発想をする人はもう既に何かに取り憑かれてるんだと思う。
【ババ様】
「「悪魔」は、人に寄生して人界に干渉する。その人間ごと殺す為には、「悪魔」の純然たる“霊結”に対抗できる力が無くてはならない。その武器を大量生産する為に、語り手たちは苦労しながらも憑かれ人を捕らえ、研究材料とし、調べ続けた。調べて、調べて、材料が事切れる直前になったら次の人間を捕らえて、調べて、調べて、調べて――」
【鞠】
「…………」
【ババ様】
「――ってことで、めでたしめでたし」
【鞠】
「……えっ。終わり!?」
どの辺がめでたし!? 打ち切りにしてももうちょっとまとめようよ!
【ババ様】
「いやー楽しかったのー! 鞠はしっかり話を聞いてくれるからのー」
【鞠】
「……何か、損した気分です……」
【ババ様】
「何、鞠がどう思うかは分からんが、損はさせんよ。これは鞠にとって有益になるやもと思ったから話してみた」
【鞠】
「何で、今のが私にとって有益な話になるんですか。私はオカルトに全く興味はありませんし、将来天使やら悪魔やらを捕まえるビジネスをするつもりもありませんけど」
【ババ様】
「……そうじゃなぁ。ワシの、勘じゃ」
【鞠】
「勘って……」
【ババ様】
「――鞠は、素質がありすぎるからの」
……どういうこと。
何の素質……もしかして、
【鞠】
「何か勧誘されてます、私……?」
【ババ様】
「いんや。ああでも、ある意味そうやもしれぬの」
【鞠】
「どっちですか……絶対誘われませんよ。私は普通の人間です、歴史上に名の残らないモブキャラですから」
【ババ様】
「人間の力など、精霊の規模の前には虚弱よ虚弱。此処は、ミマキの支配する島じゃ……ミマキの息吹の下――」
【鞠】
「ッ!」
少女の持った包丁の刃先が、私の眼と鼻の先で止まる。あっぶな。
【ババ様】
「――思い知る。一人ひとりの想いが、風となり吹き荒れる、見えず聞こえぬ本当の世を」
怖い。この子、本当に怖い。島の人達って、もしかしたら皆こんな感じなの?
縁結びの島……ずっと平和だったというこの島にも、闇が潜んでいるのではないか……そんなことを思わせられた、価値の分からない時間だった。
…………。ただ。
私は、彼女の熱の入った昔話を聞いた後も、どこかでこの島を舐めてかかっていたんだ、というのは後になって分かった。
そう。
この島は――ヤバいのだ。