6.21「1日の終わり」
あらすじ
「島を包む、幸福の結び手の吐息は、この島の人間を安心させておるのじゃ」砂川さん、子どもとお喋り。なかなか面倒臭いお題が次回まで続く6話21節。
砂川を読む
Time
21:30
Stage
ミマ町村部 民家
【鞠】
「……ということです」
一日目終了。最高に疲れた。
ただ、明日の方が何か疲れそうなので早めに寝たいところだ。取りあえず卓袱台を囲んで面々にさっき仕入れた情報を教えておく。なお、堊隹塚先生は顧問という括りで別のところに宿泊している。美千村先生に捕まってなきゃいいけど……あの人の酒癖半端ないし。
ただ酔ってなくても堊隹塚先生は迷惑なことをしてくれた。勿論、例の偽造カップル作戦のことである。
【笑星】
「……姉ちゃん……流石、姉ちゃんだ……」
弟は随分ドン引きしてるようだった。
【信長】
「しかし、先生の云うことも一理ある。玖珂先輩もあんな目に毎回遭っていたら可哀想だし……」
【四粹】
「……手前のことは構わず、と云いたいところですが……合宿全体の空気に関わるとなると、無視はし難いのですね。すみません……手前が同行した所為で……」
【深幸】
「先輩が俺たちと来たのは何の間違いでもないっすから。ほら、俺としてはまた先輩独特の煌めきを目撃できたって感じだし……ただ」
【四粹】
「……ただ?」
会計、私と副会長を交互に見比べる。
【深幸】
「正直……これ、カップルに、見えるかぁ……?」
そして諦め純度80%超えの質の高い溜息。
そういう不満は私が漏らしたい。
【笑星】
「ていうか、鞠会長と、玖珂先輩、カップルじゃないんだしッ……そう見えないのも仕方ないしッ」
雑務にいたっては見慣れない不機嫌オーラを撒き散らしていた。
一番不機嫌なのは私だというのに。
【信長】
「ま、まあ、フリ、だからな。誤魔化していくしかないさ。こういうのは……深幸が一番詳しいんじゃないか?」
【深幸】
「は? 俺? 何で?」
【信長】
「どんな話題でも柔軟に附いていけるじゃないか。恋愛ものにおいても適応力があるんじゃないかと」
【深幸】
「……んー、まあ? 提案ぐらいはできるかもしれねえが……しれ、ねえが――」
【信長】
「ん?」
【深幸】
「(先輩の為とはいえ、ソレは一種の拷問だろうが親友……ッ!)」
かっなーり、嫌そうな顔してる。
よっぽど私が仮でもこの人と寄り添う流れなのが辛く苦しいらしい。
【鞠】
「……はぁ~……」
だから、全てにおいて災難なのは、私だってば……。
Stage
台所
【鞠】
「……ガスのコンロ、使ったことないな」
引き続きミーティング……具体的には偽造カップル作戦について色々意見を出してる男子たちから離れて、私は台所に出ていた。
暫く実りがありそうな気配無かったので、何かあったら共有するってことで私は別のすべきことを独りの時間欲しさに請け負った。朝食の下ごしらえである。
何も食べるものが無いという面白い事態に備えて10秒メシ的なものは念のため持ってきておいたが、ちゃんと運営側から米や食材を貰った。これで何とか大事な朝食は粗末にならなそうだ。
昼食や夕食は運営側が勝手に用意して親睦会の一部とするので、各生徒会各々が準備すべきは朝食だけ。3食の中で最も私が重要視しているのが朝食だったので、そこは良かったって思う。しじみ汁が無いのは結構辛いし。
【鞠】
「さて……」
取りあえずテキトウに野菜とかゲットしただけで、まだ何を作るかとか明確には決めていなかったりする。米とサラダは確定。
あとは卵、魚で……肉は使わないでおこう、明後日にとっておく。果物はキウイでいこうかな。
魚はアジを貰ったので……おろしてから揚げにでもしてみようか。粉も貰ったし。
【鞠】
「下ごしらえするのは……アジ、ピーマン、ブロッコリー、カボチャ、アスパラ……あとお米もやれる――」
【ババ様】
「何やっとるんじゃ?」
……いつの間に。全然気配無かった。
ていうか時間ッ。家帰ろうよ。
【ババ様】
「今は此処の家主じゃからの! どしどし、頼ってくれていいぞー!」
【鞠】
「は、はあ……」
まあこの島、戸締まりしないくらいだから子どもを誘拐する事件なんか起きないのだろう。
そこそこ複雑な人間社会で育った価値観は、この島では通用しないことだってあるということ。考えないでおこう。
【ババ様】
「で、何しとるんじゃ?」
【鞠】
「朝食の下ごしらえですけど」
【ババ様】
「ほー……鞠は料理ができるんじゃなー」
【鞠】
「というよりは幾つかパタンを覚えてるだけです。料理ができるわけじゃありません」
【ババ様】
「よく分からんが、作れるなら料理できるってことでいーじゃろ?」
【鞠】
「本当にできる人は、縦横無尽に作っておいてマトモに仕上げる人のこと指すと私は考えてます」
【ババ様】
「鞠は気難しいのー」
料理上手なんて、先輩の隣で云われたらそれはもう嫌味にしか聞こえないから、私は料理上手じゃなくていいし。
【ババ様】
「……ところで、それは何じゃ?」
ババ様は貰った食材の隣に置いていた2つの容器に興味が移っていた。
【鞠】
「携帯用炊飯器です。念のため私が持ってきたもの」
【ババ様】
「炊飯器、聞いたことはある。米炊くやつじゃ。しかし、そこに米鍋があるじゃろ」
【鞠】
「私、米鍋という概念をあんまり知らないので」
手堅く、私は慣れを選択する。
この小型炊飯器はバッテリーを内蔵してて、少なくとも1回は独立して米を炊くことができるという優れもの。まあこの家は電気が通ってるので、普通に電源借りて使うけども。
1つだけだと確実に5人分足りないので、もう1つ仕入れてきた。大食らいがいるとこれでも不安だが、文句は云わせないってことで2つで妥協。ていうか抑も何で私が彼らの分まで作らなきゃいけないんだ、って疑問もあるにはあるけど、そこを穿るのも面倒なので、ここでも慣れを選択した。
【ババ様】
「ほ~~~、やっぱり都会はハイテクじゃの~~」
【鞠】
「……私は寧ろ、この島に電気が通ってて驚きましたけど」
電波は無いのでアルスの能力は大幅に制限されるが、即座に明かりをつけられて、加熱ができるというのは高度な文明だと思う。それがないという私の島のイメージは極端なのかもしれない。
【ババ様】
「先進地域がグレイシャの開発に来てから、一気にこの島の生活は便利で豊かになった。感謝感謝じゃ」
【鞠】
「……これも私の偏見ですが、勝手に来られて勝手に開発したいとか云われたら普通、反発しませんか? 地域民精神っていうやつです」
【ババ様】
「また難しいことを云い出しおった。都会の人々は考えすぎじゃ」
そんなことはないと思うけど。大輪大陸とか、地域の合併化の話が生まれたら十中八九デモが起こってるし。例えば優海町だって、資源の豊かな、生産性の溢れる地域……だった。誰もやろうとはしないけど、開発するとなれば実際価値は可成りあると思う。南湘エリアの活気も復活するだろう。まあ、優海町に移り住みたいなんて思える人がこの先出てくるとは思えないくらい、もう風評が確立してしまってるからこの仮定は無駄だ。
なんてことを思いながら、お米を洗って、それぞれ別のコンセントに繋いだ2つの炊飯器にセット。タイマー設定で朝炊けるようにして、これでお米は終了。
【ババ様】
「この島には、ミマキなる守りヌシがおる。島を包む、幸福の結び手の吐息は、この島の人間を安心させておるのじゃ」
【鞠】
「……宗教の意義といえば第一にソレですからね」
【ババ様】
「じゃから、沢山の人が外から来ようが、沢山の物が島に上陸しようが、何の心配も要らない。ミマキの吐息の下で、あらゆる出会いは幸福に結ばれるゆえに」
【鞠】
「……その発想は、正直理解しがたいものですけど……」
私には、宗教の価値というのは体感できていない。可成りの時間を、あの学園で過ごしてきたにもかかわらず……いやあそこはM教主義の皮を被ったブラック組織か。
一応、意義を理解しているつもりではいる。宗教は人類歴史の中で忘れ去られることなく、それどころか常に大きな存在として全國のあちこちで生きてきた。昔は、今の世よりもずっと「死」というものが身近にあった。身近にあるというのに、分からない。今は生きているというのに、数秒後には死へと自分が沈んでいるかもしれない。死とは何なのか、そこで自分はどうなるのか? 底の尽きることのない恐怖を煽る究極の疑問――それに答えたのが宗教だった。ある意味で、死を克服する理解。それは全てにおいて苦しい生を強いられた人々にとって得ておきたいものだった……だから宗教なる思想は、人々に受け入れられ、また一握りの有力者たちに利用され、或いは隔離されて――
現代は、それまでの時代とは事情が違う。何より科学的な探求が発展して、「死」に対するアプローチは医学を中心にして「生」を観察することによって経験を積まれた。人々の平均寿命は物凄く延びたし、死の日常における自身との距離は、遠ざかったと思われる。だから、差し迫るほどの宗教の需要は減ったと考えられる。
……まあ、それでも死を、そしてその先を知ることはできずにいる。そして衣食住の観点で生きるということが楽になってきた現代では、人々はより良く生きようとする。生きるか死ぬか、ではなく、どう生きる、という誰にも完全な解答が用意できない永久課題を強いられるようになったのだ。
宗教は、それぞれ正解を用意し、そのチャート通りに生きるよう人々に推奨する。宗教は、人々にとっての攻略本だ。だから現代においても必要不可欠級の概念。
……まあ、私はそういう哲学めいたことを考えるのは好きじゃないし、何より必要ではない。私が欲しいものはもう現実に揃っている。だから余計な事はしない。これが、私が既に持っているチャート。
【鞠】
「平和ボケをしているのは分かりましたが、人々の意思関係無く、外部から来る人達はそれぞれの思惑を持って上陸してくる。中には……貴方たちの幸せを壊しかねない、身勝手な目的を持っていたかもしれない」
【ババ様】
「確かにの。ミマキの息吹は、寄せるべき縁を寄せるが、寄せるべきでない邪なモノを寄せることはせぬ。しかし、邪なモノを裁き排除することを、ミマキはせぬ。実際、いつも平穏であったわけではないの」
【鞠】
「はあ……」
【ババ様】
「その分、人々は常にヌシへと祈りを捧げるのじゃ。穢れほつれてしまった結びがあるならば、浄化し結びなおしてくだされ、とな」
……実際、そういう文化なんだろう。やってるんだろう。
しかしただそれだけの理解。文化の存在を認識できたとしても、その先――納得をすることは、私にはできない。
だって、不確実にも程がある。祈りというのはやることやった後の最後の足掻きだと思ってる。
文明の違いは、大きな隔たりに等しいとこの時痛感した。因みに今、アジを三枚下ろしにする作業に入っていた。
【鞠】
「都会人には、なかなか馴染まないことなのかもしれません」
【ババ様】
「縁結びは結構人気じゃと聴いてるがのー。観光客も案外いるぞ」
【鞠】
「それは理解しないまま縁結びというシステムを利用しているだけです」
【ババ様】
「かもしれないのー! でも島は儲かるのでウェルカムじゃ!!」
【鞠】
「……その動機はどう見ても宗教的じゃない」
【ババ様】
「しっかし、鞠は他のと違って、素質があると思うがの」
【鞠】
「素質……? 何の、ですか」
【ババ様】
「科学ではなく、神秘に身を委ねる素質じゃ」
何か胡散臭いこと云い出した。
【鞠】
「…………何故」
【ババ様】
「さあ、何でじゃろーな」
【鞠】
「はぁ……テキトウですか……」
【ババ様】
「確信してるのは確かじゃ。そうじゃのー……このババ様がひとつ、このミマ島でも全くという程認知度の浅い伝承……考察と云ってもいいかもしれんがの、語ってやろう」
【鞠】
「いや、いいんですけど……下ごしらえしてますし……」
【ババ様】
「すぐ終わるから心配無用じゃ。金は取らんし、損失も無い。ワシはもっと鞠と喋りたいんじゃー」
ああ……何で最近子どもに懐かれるかなぁ、私……。
そして中でもぶっ飛んで掴みようのない物知り少女が、私に一つの伝承を語り出す――