6.20「呪われてる?」
あらすじ
「まあ……お前のことは、忘れようにも、な」砂川さん、教師に怒り心頭。お風呂入ったのアイスといったらやっぱりミルク味一択な6話20節。
砂川を読む
Stage
風呂屋 ロビー
【鞠】
「ど う い う こ と で す か 。」
皆が仲良くお風呂している一方、私は入らずロビーの自販機隣のベンチでアイス食べながら待機している教師を真正面仁王立ちで問い詰めてた。
先生にこんな食ってかかる態度、私史上初である。
【秭按】
「えっと……砂川さん? どうしてそんな、不機嫌オーラ全開で私を睨み付けているのかしら」
マジで分かってない素振りなのも含めてどういうことですか。いやホント、冗談じゃないんですけど。
【鞠】
「何故いきなり、私と副会頭がカップル化しているんですか」
【秭按】
「ああ、それ……」
それしかないでしょっ。
【秭按】
「……それは勿論、この有益な合宿の品質を損なわない為よ」
真面目な表情変えず、真面目な回答をすらっと返してきた。流石先生、いつだってクール。
冷静な人を相手に激昂したって負けは見えてるので、私も一旦落ち着くことにする。
【鞠】
「……合宿の品質を損なう、というのは副会長が女子に囲まれていた惨状のことですか」
【秭按】
「ええ。別に恋愛事を否定するつもりはないけれど、この合宿で一番重要なのは沢山の生徒会が互いを知り合うこと。しかしあの状態は玖珂くんばかりに意識がいって、広い交流に発展しないわ」
……まあ、その理屈は分からないでもない。ただ、
【鞠】
「それで何で私と副会長が附き合っている、という嘘を広める羽目に?」
【秭按】
「玖珂くんという最優良物件が既に誰かのモノになっていると分かれば、皆諦めるでしょう?」
【鞠】
「…………ふむ」
なるほど。
どうやらこの人、見た目通りといったら失礼だけど、恋愛には疎いらしい。
そんな簡単に諦められるんだったら、人類歴史はもっと清潔綺麗だったろうに。
【秭按】
「となると、玖珂くんの相手となるのは普通に考えて私か砂川さんとなる。しかし私は教師だから、倫理的な問題が横入してくる。つまり、砂川さん一択」
【鞠】
「来てない誰かでもよかったんじゃ」
【秭按】
「それだと証拠力に欠けるわ。しっかり諦めてもらう為には、現物を見せるのが効果的」
現物、全部偽りなんですけど。
あとそれつまり、自動的に私が注目されてしまうということだし。流石雑務のお姉さん、ナチュラルに私を貶めてくる。もしくは実は、この人も私のこと相当に嫌いなんじゃなかろうか。やっぱり3日も知らない島に連れてかれるの嫌だったのかな。
【秭按】
「まあ、そういうわけだから……合宿の秩序を守る為に、砂川さん、お願いね!」
【鞠】
「…………」
ああ……災難がやまない……。
もしかしたら体育祭で長距離走るのが決定した時よりも心的ダメージ大きいかもしれない。
――カップルの役をやれと?
よりにもよって、私が。先輩の居る私が。亜弥ちゃんの手前で。学園で最も油断ならない敵と、恋人を演じろと??
【秭按】
「……アイス、いる?」
【鞠】
「いりません……」
もう、風呂に入る気すら起こらない。
立ってるのも億劫になって、先生の隣にドカッと崩れるように座り込んだ。
【鞠】
「はぁ~~~……」
【杏子】
「ふふ……面白いことになってるな、砂川」
……そういえば、此処にもちょっと面倒臭い人がいたな……。
この堊隹塚先生ですら私服で来てるというのに、変わらずダボダボなジャージの上に白衣を纏った、結婚できない女性。
【鞠】
「美千村先生。私のこと、覚えてたんですね」
無駄に意外。
【杏子】
「まあ……お前のことは、忘れようにも、な」
【鞠】
「…………」
【杏子】
「しかし、私の記憶の限りでは、お前はこんなに目立つような奴ではなかった気がするがな」
【鞠】
「全くその通りですよ……」
ホント何やってんだ私ッ。
何で紫上学園外でも怨嗟の目で見られなきゃいけないのッ。
【鞠】
「……ていうか、抑も何でいるんですか」
【杏子】
「ん? 私がか?」
【鞠】
「真理学園が、です」
【杏子】
「……お前、聴いてなかったのか」
【鞠】
「誰からですか」
【杏子】
「お前の親父さん」
うん、把握した。
そういうサプライズとか要らないから、大事なことはほんっっっっっっとにちゃんと云って。
【杏子】
「……ん、砂川。ちょっとこっち向け」
【鞠】
「――?」
向け、と云われる前に既に顎を掴まれ無理矢理目線を上げられたんだけど。
え、何いきなり。
【杏子】
「……お前、左眼、見えてないだろ」
【鞠】
「…………」
何で分かる。眼帯越しじゃん。
【秭按】
「え――? 見えて、ない……?」
【杏子】
「眼球破裂を起こしたんだな……交通事故にでも巻き込まれたか」
だから何で分かる。眼帯越しッ!!
【鞠】
「……手違いで殴られただけですけど」
【杏子】
「お前今、どんな学園生活やってるんだ……」
【鞠】
「明日の報告会議でも聴けばいいんじゃないですかね」
【秭按】
「左眼のことについては今追及しますけどね」
あぁあああ面倒臭いことになったあぁあああ……!!
【鞠】
「余計なッ、ことを……ッ」
【杏子】
「普通そんな重傷学校側に隠すか? えっと……何て云ったか」
【秭按】
「紫上学園生徒会顧問として同行しました、堊隹塚と申します、美千村先生」
【杏子】
「ああそうだ、すまない、私は名前を覚えるのが不得意でな。で……この子の左目は、視力が完全に0というわけではないが、限りなく0に近い。実質的な意味でいって、失明している。これは眼球破裂の場合、高い確率で落ち着く手術結果だ。……何度か追加手術しているな、悪くない腕だ」
【鞠】
「十字羽大学のとこの病院ですけど」
【杏子】
「まぁ、お前ほどの身分になれば、妥当な病院だ。健闘虚しく、といったところだが」
【鞠】
「……目の処置は、もう終わってます。これ以上話を広げる価値はありません」
【杏子】
「確かにな。だが、砂川」
……美千村先生が、私の頭に手を優しく置いた。
【杏子】
「病というのは、呪いだ。形になるまで、目に見えない。いつ体内にソレが発生し、蝕み始めたのか、早急に掴み完全に駆除することは実際難しい。99%を殺しても、逃げた1%が命の柱を崩してしまうことだってザラにある」
【鞠】
「…………」
【杏子】
「一旦かかってしまった呪いを解くことは、極めて困難だ。――意味は分かるな?」
【鞠】
「……はい」
……手が離れた。
【杏子】
「なら……いい。身体を労れ、アイツのような真似はするな」
……私だって、そんな無理をするつもりは元々無かった。
ただ、私に向かって勝手にやってくるだけ。
――貴方たちだって、こうして私の前に再び現れたじゃないか。私を逃がさない、とでもいうのだろうか。
それはまるで――“呪い”のように。