5.09「取材?」
あらすじ
「実は、野球部の方にテレビの方から取材要請が来てるんだよ。去年もあったが」砂川さん、職員室を通ります。通るだけで9節が終わりますがまっっだまだ5話は続きます。
砂川を読む
Time
15:15
Stage
職員室
【信長】
「会長、この通りには慣れましたか?」
いつも通りのルートで紫上会室に移動していたところで、隣の書記がそんなことを云った。
【鞠】
「……通り?」
【信長】
「花形通りって云うんですよ。ほら、職員室を縦断しているようなものですから。学生はまず絶対通らないですし、俺は成り立ての頃は無駄に緊張したんですよ」
【鞠】
「……まあ」
職員室縦断は確かに勇気が要る。紫上会である以上怒られる心配は殆ど無いのだけど、それでも繊細な私にとっては職務が無ければ単なる罰ゲームでしかない。
花形って呼ばれるということはどうせ紫上会との結びつけなのだろう。実質、紫上会でなければ職員室の中を堂々と歩けないのだから。
【鞠】
「しかし、貴方も緊張するタイプですか」
【信長】
「深幸とは違うんですよ、残念ながら。というか、学生が本来入っちゃいけない空間ですから……俺、社交性ありませんし」
いやそんなことはないと思うけど。
……………………いや。
そうじゃない。これはつまり、
【鞠】
「貴方の人気っぷりは勝負の副産物ということですか」
【信長】
「……嬉しいです。本当に、俺のことを分かってくれる」
ここまでくると、何かもう面白く思い始めてくる。
何なんだこの人は本当。
【鞠】
「…………」
ていうか……そうやって笑いかけてくるの、やめてほしい。言葉に詰まるから。
まあ、抑も会話しなければいいんだけど。何で今、私はナチュラルに会話してたんだろう。
一応、この人だって敵――
【???】
「会長、ちょっといいか?」
【鞠】
「ん……?」
と、今は流石に慣れた花形通りを歩いていたら、一人の先生に声を掛けられた。普段誰も私と話そうとなんてしない癖に。
で、この人は……初接触だろう、多分
【監督】
「野球部顧問、野島だ。元、と付けるべきだろうが」
【鞠】
「…………」
……野球部のドン、か。見た目通りじゃん。
【信長】
「……監督……」
【監督】
「……松井にも色々訊きたいことはあるんだが、お忙しい身だろうからな、用件を限定して少し時間をお借りしたい」
【鞠】
「っ……何でしょうか」
私は一歩前に出て、書記の斜め前に立った。
……まるで、顧問と書記の間に立つように。
【監督】
「実は、野球部の方にテレビの方から取材要請が来てるんだよ。去年もあったが」
【鞠】
「……なるほど」
昨夜の番組を思い出す。多分、あんな感じのものだろう。
甲子園シーズンに合わせた野球部インタビュー……メイドの云っていた通り、どうやら紫上学園の野球部の強さもマスコミのネタとして相応しいようだ。
ただ、過去資料にはそんなこと一切書かれてなかった。本当、前年度紫上会は特に文書整理がなってない。
【監督】
「中央放送局やTVスポからお願いされてきてんだが、紫上会側で処理してくれんかね」
【鞠】
「……処理も何も」
抑も野球「部」なんて無いのだから、自動的にアウトだということはさっきの自己紹介から考えてもこの人は分かっている筈だ。紫上会に報告するのは記録漏れ回避として正しいが、分かりきっている答えだ。電話応対ぐらいはソッチでやってもいいじゃないか。
にも関わらず、どうしてその是非を紫上会に渡すのか。
【監督】
「…………」
簡単なことだ。嘆願書みたいなコメントペーパーを寄越した連中と同じく、この監督も野球部の件を考え直してほしいという考えでいるのだろう。
だけど紫上学園では、教員は学生同様に紫上会へ訴える力を持たない。多分世間一般の学校施設としては異例な文化だ。
だから、コレを利用して、足掻きとした。流石に紫上会に無断で取材OKという暴挙には出なかったようだけど……確かに学園外の力を使われるのは面倒だ。
【鞠】
「無論、不許可です。今年度の野球部は部活団体ではありませんから、野球部としてテレビに映り視聴者を騙すようなことがあれば、それこそ紫上学園に無駄な非難が殺到しかねません」
【監督】
「……ま、そうだわな」
それを分かっていたから、無断承諾を避けたのだろう。この人はちゃんと大人しててよかった。人は見かけによらない。
【鞠】
「折り返しで返答するよう云ってるのですよね。なら、それは顧問に任せます」
【監督】
「……承知した」
落胆の息を吐きながら、監督は去って行った。本人としても見えていた結果だろう。
【信長】
「……その、会長」
【鞠】
「行きましょう」
目と鼻の先のエレベーターに視線を戻し……歩き出す。
【信長】
「……はい」
書記も、後ろから附いてくる。
……………………。
【鞠】
「(何で、私……前に?)」
自分の取った細かい所作に自分で疑問を抱きながら、エレベーターを待った。