5.40「MVP」
あらすじ
「ああいう時のアイツは、俺でも附き合いきれん」紫上会、その日を終わりとします。叫んだ後の怖いくらいの無音感だって大切にしたい5話40節。
砂川を読む
Time
19:00
Stage
櫻眼区 アラウンドエリア
……甲子園3日目のプログラムが終わった。
猛暑を越える、熱狂。声を出し切った観客たちは皆それぞれの感想と疲労を抱いて帰っていく。
静かになったあの場所は……また明日から、熱狂に包まれるのだろう。
【深幸】
「ま、今日ほど盛り上がることはねえだろうけどな」
……兎も角、終わった。
だから俺たちも帰路に着くべきだ。体力には自信あるんだが、この疲労感はヤバい。
しかしながら俺たちはまだこの場所を歩き去らない。一応、待っておこうと決めたのだ。
あの莫迦を……。
【笑星】
「だからすぐ手当て受けろって云ったのに……」
【四粹】
「……結局、会長が一番声を出してましたね……」
ただ連れて来られただけで、応援する気なんて微塵も無かった筈なのに。
ボールに顔面ヒットした瞬間、突然応援しだして……ていうかあれ最早脅迫だった気がする。悪酔いした時の迷惑なおっさんみたいなこと口走ってたような……。
アイツのことはまだまだ分からん。
【笑星】
「眼、大丈夫かな……ダイレクトヒットしたわけじゃないにしても、眼帯外してないとこみるとまだ病み上がり時期なんだよね」
【深幸】
「そもそも、左眼の容体教えてくれねえからなぁ」
……俺たちを信頼していないということ。俺たちは「敵」だということ。
今回、野球部の一件によって、その溝のある距離は果たして、どう変動したんだろうか。
俺たちの予想は……もっと隔てが大きくなったとしている。何故なら、俺以上に嫌われてしまった信長に、俺たちは味方しているから。そうなる以前に、信長の敵にまわり、会長を病院送りにしたあの会見を引き寄せたから。
……だから、ずっと疑問ではあった。何でアイツはあんなに、信長を応援したんだろう。今、アイツと信長の関係がどうなってるのか……それすらも根気強く観察していく必要があるんだろうか。
【四粹】
「……随分と記事になってますね」
【笑星】
「あ……ホントだ、これは暫く俺たちの鼻も高いかも」
玖珂先輩がアルスを操作していた。笑星がその画面に釣られている。
甚だ暇であるから、俺も2人側にまわって関心を持つことにした。
【深幸】
「うお……」
ニュースアプリで、最新の記事が並べられている。
で、中でもピックアップされている記事のサムネイルに、見知った姿が映っていた。
【深幸】
「いよいよ信長も、全國に知られるようになったか……」
甲子園は、非常に注目を集める。プロ球団もめちゃくちゃ注目している。ドラフト会議で選ばれまくる奴はほぼほぼ甲子園出場者。野球選手として人生を歩むというなら、別にその道しかないというわけではないものの、甲子園を目指すべきなのだろう。
……アイツがプロ野球の話をしてるところを見たことないが、まずアイツは目を付けられてるに違いなかった。
【深幸】
「なんてったって、MVPだもんな」
数日にわたって開催される甲子園ではその各日のMVPなる選手を大会本部が決めている。
俺もそういえばそういうのあったなぐらいの知識しかないが、要するにその日一番輝いてたヒーローに贈られる賞だ。実際観ていた俺たちは皆納得する。
無敗のピッチャーだった石山から幾度も点を奪い、稜泉学園の圧倒的優勢をぶち壊した我らが紫上学園のエースが、ここでも石山を押さえてたった一つの枠を勝ち取ったのだ。
普通にスカウトとか来るだろうな。てかアイツと一緒に帰れなさそうな理由の半分は現在既に沢山の大人に囲まれて対応に追われてるからなんだが。このニュースの嵐から考えて、紫上学園もこれからもっと有名になって忙しくなるかもしれない。
強豪校――紫上学園野球部。
今アイツらは、何をしているんだろう。どんなことを、話してるんだろう。
【信長】
「……あれ、まだ帰ってなかったのか……」
【笑星】
「あ……松井、先輩」
ニュース画面から視線を上げると……本人が立っていた。
もっと時間が掛かると思っていたばっかりに、少し不意を衝かれた気分だった。
【笑星】
「えと……お疲れ様」
【信長】
「ああ、ありがとう……流石に、疲れたよ……特にMVP発表式の後から」
【深幸】
「どんなことやってたんだ?」
【信長】
「全く知らない人と、可成り長い会話を強いられた……名刺の受け取り方をもっと学んでおけばよかったと後悔すらしたよ」
勝負事の後にはよく見られる信長の脱力感が今日のは、俺が知る限り一番燃え尽きた感がすごかった。
疲れも異常に溜まってるんだろう。
【笑星】
「他の野球部の皆は?」
【信長】
「もうじきに来るよ。俺のことを待っててくれたみたいで……それで俺が帰路に一番乗りしてるのは流石にまずいかな」
【深幸】
「んなことねえよ。自由に振る舞え、今お前は偉そうに振る舞うのが世間的にも赦される状態なんだからな」
【信長】
「村田みたいなことをするのは慣れてないんだがな」
笑い合うが、随分疲れた笑いだ。
それに……こいつの性格からして。
【信長】
「じゃあ……お言葉に甘えて、先に帰らせてもらおうかな」
【深幸】
「ああ。俺らは一応野球部とも顔合わせようと思う。応援陣代表みたいな感じでな」
【信長】
「分かった。……深幸。笑星。玖珂先輩」
【笑星】
「ん、なーに?」
【四粹】
「はい」
【信長】
「……本当に、ありがとうございました」
……信長は、独りで櫻眼の……
この巨大な舞台を、去って行った。
【笑星】
「……茅園先輩は一生の親友なんだから、一緒に帰ってもよかったんじゃ?」
【深幸】
「無理無理。ああいう時のアイツは、俺でも附き合いきれん」
声をかける必要はない。アイツは今の時間をも、愛しているのだから。
……親友とて他人。それも、価値観が結構違う変人。共有できる限界は確かにある。
【深幸】
「……お疲れさん」
それでも約束は変わらない。
明日から、俺たちは再び共に、歩いて行く。
【四粹】
「――会長」
【笑星】
「え……?」
遠くなっていく信長の背中を眺めていたところ、玖珂先輩が逆に近付いてくる存在に気付いた。
いや、正確には歩く方向にたまたま俺たちが居たってだけなんだろうが……やっと来た。
【鞠】
「…………」
【笑星】
「あ、会長! ガーゼ増えてるけど大丈夫?」
【鞠】
「……これが大丈夫に見えますか……」
【笑星】
「見えない……」
まあ、こればっかりは完璧予想できてたけど、会長は恐ろしく不機嫌だった。無理も無い。
【鞠】
「……二度と甲子園など行くものか……」
鼻柱あたりにガーゼを貼られた会長は恨めしやな言葉を呟きながら、そのまんま帰っていった。
【深幸】
「……アレの隣を歩くのは、骨が折れるわなぁ……」
俺や信長は……果たしてアイツに赦される時が、来るんだろうか。