5.04「喧嘩」
あらすじ
「やっぱり、根本的なのは、紫上会と野球部の対立だよね」砂川さん、学園の不穏に考えを巡らせます。
砂川を読む
Day
5/30
副会長の予言は見事、翌日から的中していた。
流石ファンレターなんてものをめっさ貰う2人の喧嘩ともなると、学園規模のニュースになっちゃうわけだ。
学園はすぐ騒然としていた。
【男子】
「あんな不機嫌な茅園、初めて見たぞ……正直怖えよ……」
【女子】
「松井くんは、どっちかというと落ち込んでるような……沈んでるような。何だろ、今一体何が起きてるんだろ……」
【男子】
「まぁどうせあの会長が関わってるんだろうけどよ」
私は関係無いッ。
と声を大にして云いたかったが、実際よく考えてみたら関係無いと云いきれるわけもないので、私はただただ不機嫌になるしかなかった。
ということで不穏な時間をやり過ごし……
Stage
紫上会室
【鞠】
「💢💢💢💢」
【笑星】
「ああ……ここにも凄く不機嫌なお人が……」
【四粹】
「ははは……」
雑務は不機嫌というよりは草臥れているようだった。
当事者2人と私に事情は訊けないだろうから、残るこの2人にしわ寄せがいったことだろう。仕事できてよかったね雑務。
しかしこんな空気を長期間纏わせていてはいずれ私への非難に繋がるんじゃないだろうか。そういう巫山戯んなって理由でもあの2人には早く仲直りをしてもらいたいが……。
【笑星】
「一応、挨拶回り……ていうか今日一日の中で滅茶苦茶沢山の人から意見貰ったんだけどさ、世論ってやつ? 茅園先輩側に激しく傾いてるっぽかったよ」
【四粹】
「手前も、そう感じました。規律に従い紫上会の処理を尊重する松井さんの考え方は確かに彼らしいかもしれないけども、その結果彼の貴重な晴れ舞台が失われるのは嫌だと」
【笑星】
「そうそう、そんな感じ! 皆、松井先輩の甲子園での活躍を期待してるからさ」
私は全然野球に興味は無いんだけど、抑も甲子園って学生野球の全國大会の名称だったような。そんな出場できる前提で皆考えてるとかヤバくないか。
それだけ、彼の人気は凄い……と解釈しておけ、ということだろうか。まあ、その疑問は全くどうでもいい。彼らにとって重大なのは、野球部が甲子園の予選のエントリーすらできないという話以前に、書記が野球部を辞めるというある種の暴挙に突然出たこと。
その理由は、彼の最大の親友らしい会計ですらも分かりかねている。つまり誰も分からないと思ってよさそう。だからこんなに混乱している。
当然、私にも分かるわけがない。しかし考えなくては進展しない。そして考えることは、そんなに難しくない――構造が何処にあるかは取りあえず明白だから。
【笑星】
「やっぱり、根本的なのは、紫上会と野球部の対立だよね。実質的には紫上会というか鞠会長オンリーだけど」
まあ、その通りだろう。
実力試験という正当な過程で私は今年度の紫上会会長に就任する羽目になり、不安過ぎる学園生たちの解消妥協策が発動して、本来邊見が雑務、現雑務が副会長として就任する筈だったところを、副会長に3年の現副会長が学園中の推薦のもと特別就任することになった。私の仕事を監視するという特殊な目的を背負って。
しかしこの人が立ち上がったにもかかわらず、代わりにやるなよと実質云われてる異例な不信任騒ぎが紫上会団体公認誓約書を中心にして多々起こった。
その先導に居たのが――野球部。確かに私へ向けた罵倒の勢いは彼らが一番凄かったと思う。野球部の人数結構凄まじいのもあるが……ていうか寄って集って女子1人に罵詈雑言って改めて考えても野蛮。
そんな奴らに謙る理由が私には全く無いので、「誓約書を期間中に提出しなければ公認団体としての登録を抹消する」という前例があるどころか毎年注意公言されている筈の論理的な処理を紫上会として実行し、提出した大半の団体は前年度同様に公認団体としてキープしたし、提出しなかった野球部は学園公認じゃなくなった。
結果、野球部の全國大会――甲子園の予選大会に出場する為に必要な書類完備に必須な学園公認の野球部であることの学園側の証明を野球部は受けられなくなった。この展開が現実のものとして本当に迫っているのを見かねて周りの人が野球部そっちのけで頭を下げ始めた、といったところだ。野球部からの嘆願は聞いたことがない。
【笑星】
「悪いのはどっち……っていうのは、今更な議論なんだよね。でも、野球部が意気地になってたのは間違いないよ。鞠会長、独りで全部やっちゃうぐらい優秀な会長なのに……」
【四粹】
「……それに気付けたとしても、手遅れだったでしょうが。それでも甲子園への出場を考えたら、彼らの選択が正しかったとは、云い難いです」
【笑星】
「因みに鞠会長、野球部を赦すっていうお考えは――」
【鞠】
「赦す赦さないの問題じゃなくて、システムに従った処理ですから」
【笑星】
「ですよねー……じゃあやっぱり、野球部の方を何とかするしかないかー」
いや、今更頭下げられても公認復帰とかするつもりないけど。過去の野球部も一度、同じ流れで誓約書不提出で甲子園予選にも出なかったっていう記録があるし、これは正しい処理に違いない。
そこを考えたら……書記はどう足掻いても、もう紫上学園野球部として公式試合に出ることは叶わない。彼の夏は始まる前から終わってるようなものだ。いや、転校先で野球すればいいとは思うが。
ただ……
【笑星】
「よっしゃ、会長行ってきまーす!」
【四粹】
「同行します」
それでも、気になることは、ある。
【鞠】
「……作業の続き、しよ」
事務的な処理をしながら、本気のスピードの為の思考回路は別のものに使われていて……
* * * * * *
【信長】
「俺は、お前の望む俺にはなれなかった。俺も、これまで俺が望んできた俺を手に入れることはできなかった。だけど……現状は、決して悪いものじゃないって、俺は思ってる」
【笑星】
「ど、どういうこと? だって野球部無くなっちゃってるんだから、少なくとも先輩は辛いじゃん……?」
【信長】
「勿論、全然堪えないと云えば真っ赤な嘘だよ。だけど……それよりも、俺は、紫上会書記であることを、誇りたいんだ。今、俺にとって一番守りたいのは、コレなんだ」
* * * * * *
……あれは、どういう意味だ?
書記がどうなるか、なんて私には甚だどうでもいいことではあるけど……客観的にみて、あの人の価値基準はおかしくないだろうか。
だって、今年度のこの場所で、彼はどんな仕事をしている? まともに活動しているか?
否。
去年やっていたであろうことも総て、今年は私がやる。だから彼にまともな仕事は有り得ない。
なのに――
【鞠】
「……書記なのを誇りたいって」
莫迦じゃないか。
今の自分の紫上会としての価値は、端的にいってゼロみたいな状態じゃないか。それだったら会計が主張していたように、まだ一万歩譲ってチャンスがあるかもしれない野球部での夏に一点集中した方が彼にとっても周囲の皆にとっても価値があると、誰でも考える筈だ。
だが書記は、今年度の紫上会にいることを、書記であることを重視する。
【鞠】
「勝者であることを?」
だが……体育祭で見せたアレを思い出す。
彼は……2位で満足するタイプなのだろうか?
結局のところ彼は私には敗北しているということではないか?
【鞠】
「それを――誇る――」
……………………。
まさか……。