5.39「怪物」
あらすじ
「「決勝で闘いたかった!!!!」」魔王と龍撃、大一番の一騎打ち。己の力を出し切って叫べる時間というのはとても大切だと思う5話39節。
砂川を読む
【信長】
「――っははははははあぁあああああああ!!!」
【野球部】
「「「松井――!!!」」 「「「松井先輩――!!!」」」
大舞台、感じたことの無い規模の歓声の中を一周して、皆のもとに戻ってきた。
コレが――俺の役目。
【信長】
「どうだ、甲子園だろうが何だろうが、俺たちはいつも通り――紫上学園野球部だ!!」
【児玉】
「まったくその通りだ!! さあ皆、俺たちの真骨頂を……あの優勝候補どもに見せつけてやるとするか!!」
【野球部】
「「「うおおぉおおおおおおおおおお!!!」」」
逆転の道を――切り拓く。
そして皆と、走る。もはや誰にも止める余裕を与えることなく一気に――ッ!
【紫上】
「ッァァアア――!!!(←ヒット)」
【石山】
「グッ――マジ、かよ……!」
【紫上】
「おんどりゃあぁあああッ!!!(←ヒット)」
【紫上】
「とらあぁあああああ――!!!(←ヒット)」
【紫上】
「打たれたら捕りゃいいんだよ!!」
【紫上】
「松井――!!」
【信長】
「もう1点も、くれてやる気は無い!!」
【紫上】
「ッ――ゥオオォオオオオ……!!! いっつー……!!」
【笑星】
「お……おぉぉおおおおお……!!!! 阿部先輩、ヒットをノーバウンドキャッチした!? 素手で痛くないの!?」
【深幸】
「す……凄え……何て試合だ……」
さっきまで、試合の行く末など誰から見ても検討がついていただろう。
だが――それは時に、魔物が好き勝手に食い散らかす。
他人の気持ちを、懸けてきた思いを考えず。自分の純粋に思うがままに……飽くこともなく、貪り尽くし、整然とした舞台を滅茶苦茶にする。
【四粹】
「7回が終了して、紫上学園は7点を入れました……一方稜泉の攻撃を、1点も入れさせることなく。こんなことが……」
【深幸】
「舐めちゃいけねえよ玖珂先輩! 信長はいっつもこうだ!! 俺らの想像をぶち壊すようなプレイをして、勝ちを捥ぎ取る!! 漫画みたいなことを何度も現実に起こす奴だ……そんなアイツの姿を、俺はこの場所で見たかったんだ――!!」
【笑星】
「アッチの完成野球もすっかり乱れちゃってるよ!! これなら、逆転できる!! いっけえぇええええ!!!」
【四粹】
「……松井さん。貴方は本当に、恐ろしい方だ……それに――」
機械仕掛けも貪り砕き、時速170km程度の砲弾の存在感をも切り裂き殺す。
「甲子園には魔物が棲んでいる」。
魔物に狙われたのは――敵の方だったのだ。
……ていうか。
【鞠】
「喰らい尽くせ、書記ぃいいいいいいいい――!!!!」
魔物は貴方なんじゃね。
【信長】
「……………………」
……遂に。
9回表――点差、1点。
逆転する最後のチャンスだ。
いけるかどうか。流れはどちらに傾いているか。そんな分析は無意味に等しい。
大事なのはその時、その場に立つ者その一点なのだから。
【アナウンス】
「バッター――松井くん」
【応援陣】
「「「おおぉおおおおおおおおおお――!!!」」」
【信長】
「…………」
【石山】
「…………」
機械仕掛けの完成野球。
そんな呼ばれ方をしているが……冷血で意思を持たない連中なのか? こう実際に相見えて、それは全くの間違いなのだと分かった。
勝ちたいから、絶対に優勝したいから、その為に守備を徹底した。敵の威勢を挫き、その隙を衝き点を奪う。いっそ獰猛な獣。
つまりは、俺たちと同じというわけだ。
【石山】
「……魔物め」
中でも……アイツは、凄い。
お互い追い込み、追い込まれている完全逼迫した戦況の中、背中を見せることは赦されず命を喰らい合うことが逃れられない究極のやり取りの中、
アイツは――笑っていた。
【信長】
「ふふ……はははは」
……人のことは云えない。
俺も相当、おかしいのだから。
【男子】
「はぁ……はぁ……――頼むぞ、松井……」
【男子】
「これで逆転だ……!!」
相手が俺を警戒するのは当たり前だ。
そしてそれをこちらが警戒するのも当たり前。
だから、皆が俺を護ってくれた。俺へと繋げる為に――2アウトを取られながらも、満塁。
……最高の、状況だった。
【石山】
「けどな……そのまま大人しく喰われるほど――」
【信長】
「――!!」
【石山】
「――俺は……俺たちは諦めは良くないんでね……!」
【審判】
「……ストライク!!」
見えなかった。
ただでさえ勘任せで捕らえ気合いで殴り飛ばすしかない豪速球は、更には速くなっていた。
【石山】
「はぁ……はぁ……ッ――」
180kmか。もしや200kmか。
速度よりも怖いのはその火力。正直、俺はもう腕にあまり力が入らない感じだ。果たして今の俺が、この魔球を殺すことができるのか?
……それは、相手にも云えることだろう。
【石山】
「ッとらあぁぁあああ!!!」
【稜泉】
「ッグ――!?」
【審判】
「ストライク!!」
キャッチャーの呻き声が聞こえた。彼の魔球をずっと受け続けたその腕も、悲鳴を上げている。
そして、そんな魔球を投げ続け、今更にその限界より先を投げようとしている奴だって……。
【石山】
「はぁ……はぁ……はぁ――」
こんな極限の場所に立っていて……俺は、確信していた。
【信長】
「ふふ……ふふ、うふふふふ、あははは……」
【石山】
「――!」
【信長】
「はははは、あははひゃひゃひゃひゃひゃ――!!!」
【石山】
「――……ククッ、あっはははははは――あはあはははははは!!!」
ああ――俺は、この瞬間の為に、勝ってきたんだ、と。
時間を捨て、勝負にばかり意識を向け、それ以外の感情に目も暮れず、沢山の人を巻き込み振り回し、深幸に、母さんに父さんに、野球部の皆に迷惑をかけ、会長を傷付けて。
そうして、辿り着いた――この時間この場所で。
【石山】
「お前とは――」
【信長】
「お前とは――」
勝敗を決すこの数秒の為に――!!
【石山&信長】
「「決勝で闘いたかった!!!」」
このバットを振るう為に!!!
【石山】
「うらああぁああああああああああ――!!!」
【応援陣】
「「「いけえええぇえええええええええええ――!!!」」」
【鞠】
「打てえぇえええええええええええ書記いぃいいいいいいいいいい――!!!」
【信長】
「――はあぁああああああああああああああ!!!」
――かきーーーーん……。