5.38「叫べ!」
あらすじ
「ホームランのひとつでも、打てえぇえええええええええええええええええ!!!!」砂川さん、ここにきてまた災難が炸裂。冷静に考えて試合一時中断も辞さないレベルかもな5話38節。
砂川を読む
【アナウンス】
「バッター――松井くん」
7回……紫上学園の攻撃。
現在、1対13……こういう大差がつく試合は別に珍しくはない。予選ではコールドゲームが採用されているから10点差がついた瞬間ゲーム終了となるが、この全國大会ではそれが無いから、単純な論理上では点差は無限に広がりうる。
が、ここは全國大会。どこも猛者であり、そんな点差を赦すはずもない。たいていは接戦だ。それでも毎年、凄まじい点差で大敗する学校がある。何が原因なのか、確定的なものはなく……それら全ては括られて、「魔物」と定義される。
……点差を見ると、俺たちは今まさにその魔物に襲われている状態、ということになるのかもな。
【信長】
「……だからなんだ」
こんな思考に意味は無い。試合の行く末に興味は無い。
ただ、これは勝負。俺が待ち望んできたもの。
どちらかが勝ち、どちらかが負ける舞台。
俺は――勝ちにしか興味が無い。
【信長】
「逆転勝ちほど、気持ちの良いものは無い!!」
【石山】
「……良い顔すんじゃん、4番」
石山が構えた。
……来る。
【信長】
「必ず……捕らえる!!」
来る!!!
【石山】
「――っは!!!」
【信長】
「ッ――!!!」
打て、俺えぇえええええええ!!!
【石山】
「……!!!」
捕らえた――後は前へッ。
【信長】
「ッッ……ッッッ――」
ッ……バットを、前にいかない……何て威力だ、鉄球が砲弾で撃たれたんじゃないかと思うほどだ……!
【信長】
「クッ――!!?」
しまった――ボールが前に飛ばない……というか、後ろに――
【鞠】
「――え?」
と無力な声を出し切れたかどうかも疑問な速度で私の意識、4秒ぐらい飛ぶ。
で、4秒後に凄まじい痛みにぶっ倒れて悶える!!
【四粹】
「ッ――!?」
【笑星】
「う、うわーーーー!? 豪速ファウルボールが一直線に会長の顔面に命中したーー!?」
【深幸】
「会長!? おい、会長しっかりしろ! 死ぬな、会長おぉおおおおおおおおおお――!!!」
う、うるせえぇえ……けど悶えながらも状況理解した……!
あの、石山とかいう殺人硬球射出マシーンと逆転のプロフェショナルがぶつかり合ったエネルギーが何故か私に飛んできたんだ……!
後ろに飛んできたんだから、投手のエネルギーが若干勝って、方向ベクトルが変わった残りのエネルギーが私に――
私に……
【鞠】
「負け……てんじゃねーか……」
【四粹】
「会長っ、救護室に――」
何で……私に飛んでくるんだあぁあああああああああ!!!!?
【鞠】
「――書記いぃいいいいいいいいいいい!!!!」
【信長】
「ひぃっ……!?」
【石山】
「おお、生きてた……」
【四粹】
「――会…長……?」
鼻血思いっ切り出てるけど、構わず立ち上がる。
【笑星】
「あぁああヤバい……またガチギレしてるぅぅぅ……」
全くもってメリットの無い時間……愛校心が泣いてる空気と炎天下に囲まれたこの生き地獄……っ!
【深幸】
「お、おおお落ち着け、落ち着けッな!?」
私のイライラ、遂に大噴火――!! まじいい加減にしろ!!
【鞠】
「私に嫌がらせしてる暇があるなら――ホームランのひとつでも、打てえぇえええええええええええええええええ!!!!」
【信長】
「……あとで、殺されるな……」
俺は一体、何度あの人を怒らせたら……
【信長】
「――なら、せめて……な」
忘れるな。
此処には――会長が来ている、ということを。
【鞠】
「打てえぇええええええええええ書記いぃいいいいいいいいいい――!!!」
……聞こえる。
俺なんかよりも遙かに強くて、遙かに先を視ているであろう絶対的強者の声が……俺の背中を、突き刺す勢いで押してくれているような。
これは――この勝負は、俺だけのものじゃない。
野球部も居て、応援してくれる皆も居て。
そして会長が居て。
【信長】
「貴方にこれ以上、泥を塗るような様は――俺自身が、赦さない!!」
相手を見据え――構える。
【石山】
「……ここに立って、これを云うのはいつぶりかなー……初めて、かもな」
明瞭な、最強の投手。
【石山】
「いざ……勝負――!!!」
最強の投球が、迫る――!!
【信長】
「はあああぁあああああああああああああ!!!!」
今度こそッ。
完璧に――捕らえる!!!
【石山】
「ッ!!」
【信長】
「ぐ……ぬおおぉおおおおおおおおおおおおおおおお……!!」
押せ……!!!
【信長】
「おおぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお――!!!」
押せぇぇ……!!!
【鞠】
「打てえぇええええええええええええ――!!!!」
【信長】
「飛べえぇえええええええええええええ――!!!!」
――一閃。
青空に……。
ボールが飛んだ。
【紫上学園陣】
「「「おおおぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
――私でも、ちゃんと分かる。眼で見たというより、全身で感じたような……直感みたいなものか。
兎も角、確信。これはホームラン。
たった1点だが、1点どころじゃない価値があるのだと。
【鞠】
「はぁ……はぁ……」
【笑星】
「や、やったああぁああああ松井先輩凄えぇええええええでも会長大丈夫ぅうううう!?!?!?」
【深幸】
「石山からホームラン獲りやがったッッははははッ、救護室行けや!!!」
【鞠】
「残りますよ……残ってやりますよ、応援してやりますよ、仕事ですからねー!!!」
【四粹】
「……会長、せめて鼻血を……」
盛り上がってる、というわけではないんだけど。断じてこの蘇った活気に呑まれてるとかじゃないんだけど。
ヤケというかさ。
ここまで酷い仕打ちをしてくれやがったんだからさ。連れてきた分、何か私に得を渡せという話だから……。
【鞠】
「野球部――稜泉を殲滅しろおぉおおおおおお!!!!」
【笑星】
「会長、それは物騒!! それは抑えとこ!?」
【深幸】
「……ほんと……凄えよ、お前は――」