5.37「いつだってここから」
あらすじ
「そんなもん――いっつも通りじゃないか!!!」魔王信長、笑います。観客の視点では、一番好まれるタイプだと思う紫上学園野球部猛威の準備な5話37節。
砂川を読む
「甲子園の魔物」。
これは生き物ではなく、諺みたいなものだ。
【紫上】
「ッ……!?」
【審判】
「ストライク! バッター、アウト!」
【信長】
「クッ――」
全國大会ともなると、集まる選手は皆ハイクオリティ、そのプレーもまたハイクオリティが安定しているのが通常であり、そこから観客は試合の行く末を予想する。
だが、その予想を悉くぶっ壊すような、本来なら絶対やらないであろう失敗をしてしまい、状況が一変するようなことが、何故か予選よりもこの甲子園という本舞台で少なからず起こるという。
【稜泉】
「ハッ――!(←ホームラン)」
【稜泉】
「フンッ(←ホームラン)」
【石山】
「……良い球投げてくるなぁ。でも、相手が悪かったなぁ」
【紫上】
「はぁ……はぁ……はぁ――!」
それはもう、「魔物」の仕業としか思えないぐらいな……。
【鞠】
「いや……これは予想の範疇か」
【深幸】
「…………」
【笑星】
「…………」
【四粹】
「5回が終わりました……13点差、です」
【鞠】
「見れば分かります」
電子掲示板を見ればって意味だけど。附いてこれてはない。ただ盛り上がる要素がこちらになさ過ぎて応援どもが困っていることは背中からグサグサ感じる。
アウトの条件はまだあんまり分かってないけど、ホームランは即得点っていうのは分かってる。で、稜泉学園のスーパーマシーン達はホームランを連発しやがったと。
【笑星】
「ここまで、打たれまくると……阿部先輩、心配になってくるね……」
【四粹】
「傾向として矢張り、予選よりも会場の規模も観客の数も、甲子園は圧倒的です……それに慣れている状態で出場する学生選手は数少ない。常人が感じることのないプレッシャーに、押し潰されないといいのですが」
この大舞台、活躍すればヒーローだが、失敗すればその醜態が全國に放送されて、記録にも残る。
で、今クラスメイトなあの投手は、いやうちの野球部は見事に醜態を晒してるわけだ。
「応援しに来た側のことも考えろ」的な気持ちでいるけどソレ云ったら後ろの方々にボコられそうだ。
【応援陣】
「「「ひゃっっはああぁああああああああああああああ!!!」」」
声を絞り出し、応援歌で盛り上がる彼らではあるが、心なしか、ちょっと悲痛入ってない?
【鞠】
「……はぁ……」
ああもう……暑い……五月蠅い、盛り上がらない、ほんとさ……。
終日をこんな空気に潰されるとか、冗談じゃないんだけど……。
【信長】
「……ふぅ……」
……6回が、終わった。
何とか無失点に抑えられたが……点差はまだ12点ある。
コールドゲームが導入されていたらもう終わってるぞ。分かってはいたが、矢張り圧倒的に強い。
【男子】
「ッ……先輩、飲み物です!」
【信長】
「ああ、ありがとう」
……存在の巨大な相手。大きいのはそれだけじゃない。
会場の大きさも。観客の数の桁も。
……プレッシャーも。
【野球部】
「「「…………」」」
初めて尽くし。戸惑い、叩きのめされている現実に……俺たちは屈していた。
【監督】
「阿部、ピッチング良かったぞ。その調子を120%で保て」
【男子】
「ッ……はい!」
【監督】
「攻撃、次は――松井、お前だ」
【信長】
「…………」
【監督】
「分かってるな?」
……何を分かっているのか?
それは、俺も分かっていて……だからこの質問に意味は無い。
俺にとっては、だが。
【信長】
「ふふ……」
【児玉】
「……松井?」
不意に笑ってしまった。
絶望に囲まれた野球部の皆が、俺を見る。
【信長】
「……あんな凄い奴らと闘えるだなんて、最高じゃないか……」
【男子】
「――! ……へへっ、こんな時でも、いつもの発作出んのかよ……!」
【男子】
「いっそ病気だな!」
笑う。それは、笑うさ。
何故か? それこそ、考えるまでもない。
【信長】
「凄まじい点差……格上の相手……ソレが、どうした!! そうだろ!!」
【野球部】
「「「おお!!!」」」
【信長】
「そんなもん――いっつも通りじゃないか!!!」
【監督】
「誇ることじゃねえだろソレ」
苦笑する監督。
だが、それだっていつも通り。
いつも通り、俺は笑う。皆も笑う。ならば――いつも通りこっからだ。
これこそが――紫上学園野球部、起死回生不敵の象徴。
【アナウンス】
「バッター――松井くん」
【児玉】
「ふっ……さあ、ぶちかましてこい、主役中の主役!!」
【信長】
「――行ってきます」
……さあ、油断してくれるなよ。
ここからが、本当の勝負だ。
【石山】
「……来たかよ4番……」
【信長】
「稜泉最強――お前の球を、打ち倒す!!」