5.22「破壊の一手」
あらすじ
「お莫迦ですねー鞠は。そんなの、決まってるじゃないですか~」砂川さん、入院ライフと洒落込みます。シャイな作者は病院の受付のシミュレーションに1時間かけちゃう5話22節。
砂川を読む
【鞠】
「補給完了、っと……」
完全復活には程遠いが、次何をするかの方針はついた。それだけで充分だ。
これ以上変な事を考えてしまう前に、手を動かしていたかった。
【鞠】
「……よし、全部あるな」
病院に運ばれるって決まって嫌な予感したから荷物一式まとめて持ってきておいてよかった。身体を起こしベッドに備え付けられた折りたたみテーブルを展開して、その上にいつものアルス達を広げていく。あと(これちょっと褒められたものじゃないが)紫上会の過去資料とか現在の紫上会作成途中資料とか。
要は仕事するのである。期限は待ってくれないのである。
【鞠】
「まずは文化祭……といきたいところだけど……その前に――」
とんとん。
【汐】
「失礼しますね、鞠ぃいいいいいいい!!!」
ノック音で扉の方を振り向いた時には既にメイドが私に抱きついてきていた。ちょっとは間隔を入れようよ。滅茶苦茶ビックリしたよ。
【鞠】
「悪化するので今すぐ離れてください」
【汐】
「おっと、それはいけませんね、これ以上鞠のリアル目汁を垂れ流しにするわけには……」
云い方。
【鞠】
「別に来なくていいって連絡の時に触れた筈なんですけど」
【汐】
「来なくていいなら私来ますよ?」
嫌がらせのプロだった。
【汐】
「お医者様から取りあえず保護者代表として話は聴きました。ああ……可哀想に……でも、眼帯姿の鞠も、なかなかグッド……」
この屑メイドめ。
因みにパパは今日大陸を渡ってるので暫く家には帰れない。なので私のお見舞いにも来ないだろう。
……だからといってこの人が保護者の代わりっていうのは、ちょっと、悲しかった。まあどうでもいいことではあるからこれ以上気にしないけども。てか仕事仕事……。
【汐】
「ところで……鞠、眼球破裂の原因は、殴られたとのことでしたが」
【鞠】
「まあ、その通りですけ――」
【汐】
「誰ですか?」
【鞠】
「はい?」
【汐】
「鞠を殴ったのは、誰ですか?」
【鞠】
「いや、うちの学生――」
【汐】
「名前は?」
【鞠】
「…………」
【汐】
「名前は??」
【鞠】
「……それ聴いて、何かするつもりですか」
【汐】
「え? あっはは、お莫迦ですねー鞠は。そんなの、決まってるじゃないですか~」
……一旦メイドに目を遣る。
【汐】
「ぶち殺します☆」
ニコニコ笑顔で病院に似合わない発言をした。
勿論却下である。
【鞠】
「紫上学園生の処罰は紫上会が決めます。余計面倒な真似を起こさないように」
【汐】
「鞠はそれでいーんですかー……(←貧乏揺すり)」
凄い地響き。下の階の人がビックリするからやめろ。
【鞠】
「まあ、ある程度の期間の停学はさせないと他の停学喰らった連中からバッシング受けかけないですし」
【汐】
「ぇ――退学させないんですか!?!?」
【鞠】
「そんなことより最優先で用意しなきゃいけないものがあるので」
作業を再開する。
うーん……やっぱり私自身の視野が狭くなってる確実に。慣れが肝心なんだろうが、どうも仕事効率がガクッと下がってる気がする。こればっかりは文句を云っても仕方無い。
【汐】
「いや、そんなの他4人に任せればいいじゃないですか。安静ですよ安静!!」
【鞠】
「安静を保ってるから問題無いし、これ以上信用のならない連中に委ねることをしたくないので」
【汐】
「…………」
【鞠】
「何ですか」
【汐】
「別に何でも。ただ……鞠は、紫上会でもそんな寂しいことを貫いてるんですね」
文句云ってんじゃん。
だって、仕方無いじゃないか。本当に、信用できないのだから。彼らは「敵」だ。あの場所に私の「味方」は居ない。
前提として私は先輩みたいに秀でていない、強くないのだから……これ以上大ダメージを喰らうわけにはいかない、油断してはいけない。
【鞠】
「作業の邪魔です。家に帰って下さい」
【汐】
「ちぇ~……分かりました、ご主人の命令は絶対ですから~……寂しい晩ご飯が待ってるなぁ~……」
私の命令を5割ぐらいの統計確率で無視ってるメイドは今回は大人しく帰っていった。お見舞いに来たんなら、食べ物とか持ってこい。
……作業に戻る。
こんこん。
作業できない。
【鞠】
「はい(イライラ)」
【宮坂】
「失礼するよーお嬢さん」
開幕ウザい学園長。夜におっさんが女子訪ねてくるって結構ヤバくないだろうか。
あと、副会長……それから、確か野球部の部長だよね、部長が入ってきた。
【鞠】
「ちょ……時間帯そろそろ……」
【宮坂】
「ああ大丈夫、彼らは私が家に送るからね。大人がいるから問題無しさ」
病人を訪れるタイミングは問題無いのだろうか。まあいいけど。
【宮坂】
「それにしても……誰も居ないのか。父親は?」
【鞠】
「……出張ですから、帰って来れません」
【宮坂】
「父親としては最悪だな、アイツは」
そう笑う学園長。
今の発言、不自然なものを感じたが、すぐ納得した。話題にするほどのことではない。
ていうか私としては早く帰ってほしいので、そちらの話をただただ待つ。
【宮坂】
「身体の調子はどうかな? 学園はまずソレを確認しなければいけないのだよ。会長が入院というのは非常に大きなニュースだからだ」
つまり何日間、私の顔を見る心配が全く無いのかを皆知りたいのか。ブレない。
【鞠】
「その辺はお医者さんが説明してくれるのでは」
【宮坂】
「まあ病院から報告は戴いてるのだがね。本人からも聴いておくと私も具体性をもって納得できるだろう?」
【鞠】
「……そう長くはならない筈です。様子を見て手術を追加するかもしれないので、日数は現時点では分かりません。最善を尽くすらしいから、途中退院は難しそうです」
【宮坂】
「途中退院なんて赦そうものなら、学園も病院も沢山の人が飛ばされるな」
こういう時、財閥令嬢の身分は困るものだ。本人の意思そっちのけで世界がめまぐるしく変わる。
背負った覚えのない責任が私にはあるということ。勿論、従う他ない。こうして仕事を進められる最低限の環境が揃っているなら、寧ろ学園生と会わずに済んでいっそ快適かもしれないし。
まあ今こうして凄くシリアスな雰囲気漏れてる学園生と顔を合わせてるんだけど。
【鞠】
「えっと……あの後、どうなりました」
【四粹】
「特に大きなことは何も。ただ、会長に暴行を加えた赤羽大牙さんには臨時処置として一旦自宅謹慎を与えました。正式の紫上会処置は、会長が下されるかと考えましたが、良かったでしょうか」
【鞠】
「赤羽……ああ、そういえば初見じゃなかったか……」
確かいつだったか正門前で私を待ち伏せしてた男子だ。
すっごい気性の荒さ。ああなるともう獣だ……。
【児玉】
「――申し訳、ありませんでした……」
赤羽という男子の話題になって、野球部部長が力無く頭を下げてきた。深い。90度を超えてる。
まあ、奴も野球部所属であるから、その責任者たる部長が責任を取ろうと動くのは当然のことだ。しかし、流石に堪えている。もう野球部もボロボロだ。
【児玉】
「赤羽は……正直、野球部でも素行が良くない1年で、考えが浅いまますぐ手を出しがちでした。これまでも、紫上会の厄介にはならずとも、何度か他の学生とトラブルを起こしていました」
【宮坂】
「教員を殴った事件は私も耳にしているね」
何故紫上会が処理してないソレ。本当、私が来る前の紫上会ちゃんと仕事できていたのかどんどん心配させられる。
【児玉】
「ただ、決して悪い奴じゃない、って俺は思ってます。何より、野球部を大切に思っている。だから……今回は野球部を思うばかりに、こんな過ちを……」
【鞠】
「……………………」
本当あの会見、あの場の誰一人として得をした人が居ないようだった。
私の想定をぶち越えた、惨憺たる結末。それに心傷付けられたのは当然私だけじゃない。野球部にとっても相当ショックだったのは流石に私でも分かるし、同情の念すら少し湧いてくる。
まあ……だからどうするっていう話でもないけど。
【児玉】
「赤羽はれっきとした自分たちの仲間です。野球部の一員だから……責任は野球部で、負います。どんな処分も……受け入れます」
【鞠】
「…………」
野球部の総意。
総てを諦めることへの覚悟。
彼らの現実味を帯びていた希望を、一瞬にしてぶち壊したたった一人の不良の為に、立ち上がる道を捨てると云う。あんな獣に、そんな価値があるのか? 私には、その仲間意識は到底理解しがたい。
……彼なら、分かるんだろうか。
【鞠】
「まあ、分かってるとは思いますが、活動自粛をさせないと寧ろ紫上会が叩かれるでしょうから、それは覚悟してください。赤羽については確実に謹慎処分でしょう」
【児玉】
「ッ――た、退学では、ないんですか……!」
メイドと同じリアクションだった。大袈裟な。
【鞠】
「女子の顔面に2発入れた、ってだけで退学は流石に感情的でしょう。私が死んだわけでもないし」
【四粹】
「……しかし、会長は入院することになりました。学園の核たる紫上会にも重大なコスト増加を強いた彼には、重罪を敷くべきだと手前は考えますが」
【鞠】
「え……」
何か怖い。
……何で副会長、そんな怒ってるの? そういえば奴を拘束した時も、何か別人みたいになってたし……だいぶ物静かで暴れるという発想を持たない人だと認識していたばかりに、この豹変ぶりはちょっと異常に思える。
とはいえ、私の意思を尊重する……役目に留まるところは変わらないようだから、問題では無いのだろう。
【鞠】
「部長曰く紫上学園が大好きな彼からしたら、学園に行くことを禁止される時点で恐ろしい罰です。それに……本当に恐ろしいのは、復学してからですから」
【四粹】
「……自業自得、の範疇だとは思いますが」
【鞠】
「なら、それで構わないでしょう。特に指示するわけではありませんが、野球部も彼の面倒を見ること。これで矯正して少しは丸くなってくれることを期待しておきます。ていうか今彼の処分とかどうでもいいので」
それよりも、だ。
【鞠】
「あの場で云ったように、今日の野球部の嘆願に対する回答は、具体的な貴方たちへの処罰と共に明日にでもまとめます」
【児玉】
「ぇ……」
何を呆然としているのか。
【鞠】
「無論関係無いとは云いませんが……それとこれは別でしょう。多分部長である貴方に何らかの方法で届けるので、まあ留意しておくように。以上」
【宮坂】
「……ほう……では、そろそろ我々はお暇いたそうか。人生何とかなるもんさ、そう簡単に紫上学園は崩れない。君も、安静第一でな」
【鞠】
「……どうも」
3人は部屋を出て行った。すっごくどうでもいいことだけど、VIPルームって部屋プレートには気にならなかったのかな。そこに寝泊まり強制されている私、結構恥ずかしいんだけど。
【鞠】
「……はぁ~~~~……」
多分、今日はこれで誰とも会わないだろう。激動だった今日が終わるような感じ。溜息が長く深く続く。
まあ終わりにはしないけどさ。再び、テーブルに広げた仕事空間に目を戻す。
【鞠】
「……自由に叩きのめせたなら、どんなに楽だったか」
多分先輩に任せたら、戸惑い無くそうしていただろう。圧倒的強者の権利で。勝者の理で。
だから――私にだって、それをやる権利が、ある。
【鞠】
「……まさか、私がこんなことを、するなんて」
自分の望むままを実現する、一手。
何も無いところを壊し、道を開拓する。妨げる山を瓦礫を砕いて飛ばし步み続ける。
そんな概念を私は知っている。それを何と云うか……それはこれまで私には、一度も縁の無かった野蛮な祭り。
【鞠】
「――特変破り」