5.20「嘘つき」
あらすじ
「……嘘つき……」砂川さん、ヤバいことになります。これでようやく折り返し地点かなってぐらいな5話20節。
砂川を読む
【深幸】
「頼むッ!!!」
【笑星】
「え――」
【六角】
「茅園……!?」
すぐそこで、戦いの行方を見守るだけだった会計が……私へと、頭を下げていた。
【鞠】
「は――?」
何を――何を、しているんだ?
【深幸】
「ずっと見てきたんだ、信長の野球を。信長の打ちに行く姿を。どんだけ野球に注ぎ込んできたかを、どんだけこの野球が信長にとって価値があるのかを、俺は、知ってる!!」
何を、考えてるんだ?
【信長】
「……………………」
【深幸】
「これが、信長の……紫上学園最後の夏なんだ、信長に野球をさせてやってくれ――会長!!!」
何で……何で!!!
【四粹】
「……完全に劣勢ですね」
【菅原】
「ええ。紫上会の一人が、野球部側に附いた……それでも押しのけたなら、これを紫上学園の文化を知らない世間がどう思うか……もっと傾向は強まる」
【六角】
「内部瓦解そのものも褒められたもんじゃねえからな。これはもう笑えねえぞ」
【笑星】
「鞠会長が……鞠会長がどんどん崖っぷちに……!? 何で、こんなことになってるの!! 俺たちはただ――」
親友、じゃないのか。
【鞠】
「貴方は、親友、なのでしょう……?」
【深幸】
「そうだよ、これまでもこれからも、生涯最高の親友だよ!!」
なら――どうしてそんな酷いことをする?
どうして親友を、掻き乱し踏みにじり苦しめる?
どうして親友が理解できない?
貴方なら、確実に分かってやれる筈なのに……どうして導けないッ!!
【鞠】
「ッ――そんな、そんな形状の無いモノで、押し通していいなら……赦されるなら、それはもはや、紫上学園ではありません! 勝者が罵倒され、敗者が踏みにじられる、そんな不当の暴挙を――紫上会会長が赦したら、この学園で一体誰が彼らを救えるのですか!!」
叫ぶ。
ざわつく。
記者たちには、勿論この論理をすぐには理解できないだろう。だが紫上学園で生きてきた学生なら、分かる筈だ。
何より、誰よりも貴方を救い出す――
【鞠】
「――え?」
――――――――。
――私は、もしかして。
ずっと――
【信長】
「――――――――」
独り、だったのか――?
【赤羽】
「……いい加減にッ、しろよ、この野蛮野郎ッッ!!!!」
異質な叫びが、意識を阻害する。反射的に会場の方へ向き直す、と……
頭を下げていた野球部の1人が立ち上がり、そして走っていた。
間違いなく、ステージへ向かって。
【笑星】
「え、ちょ、待って!?」
【男子】
「マズい――赤羽止まれ!!」
【児玉】
「赤羽ぁ!!」
【赤羽】
「何も悪くねえのにプライド捨てて野球部の皆が謝って、土下座までしてんだよ!! 何もかもテメエが悪いのにッ!!」
跳び、ステージに乗り、そして私へ。
【赤羽】
「悪いの認めねえで野球部ばっか罵りやがってェ――!!」
固めた拳を、引いた。
【鞠】
「(あ……私――)」
殴られる――
【赤羽】
「巫山戯んじゃねえぇええええええええ――!!!!」
その直感が役に立つことはなく――男子の渾身の拳が、私の顔に――
【鞠】
「ッハ――!?」
脳天が大いに揺れ、バランスの保ち方を忘れて、身体が崩れ落ちる。
その上に、男子が跨がり……襟を掴み強引に上体を起き上がらせ――また直感。
【赤羽】
「絶対、絶対認めるかこんな屑野郎をッ、絶対!! テメエなんか――」
【児玉】
「やめろ赤羽あぁあああああ!!?」
もう1発、来る。
【赤羽】
「死ねえぇええええええええええ――!!!」
【鞠】
「ッ――?」
当然の如く、激痛。思考なんか、保てるわけがない。
だが、違和感があった。グジュッ――っと音が、した、気が……何だ、この痛み、何だ……熱い。熱い、血が、吹き出てくるような。
自分がどんな状態になってるのか。抑もこの危機的状態を何とかしないと――まずこの男子の拘束から解放されないと――
色々、半反射的に身体は動いていたと思う、が――
【鞠】
「――?」
自分が何か行動を起こそうとするよりも前に、突然男子の身体が消えた。目はまだ開けてない。けど拘束してきた身体が消えて軽くなったから、彼がいなくなったのだと理解する。
その理解の直後、いや同時くらいか。
【赤羽】
「グハッ――!?」
強い打撃音。何かがこの床に打ち付けられる音。そして咳き込み苦しむ人間の音。
男子が投げ飛ばされたのだと、解放されて咄嗟に戻ってきた思考が推測した。
【四粹】
「――紫上会へ暴力を振るうのは、論外です」
【鞠】
「グッ……ッ……」
目を、開けようとする……けど、そこで初めて、私は左目を絶対、開けたくない自分に気付く。
この覆っている手を、離したくない自分にも。
【鞠】
「目を、殴られたのか……」
右目は無事……だよね……ゆっくり、開ける。
今、一体どうなって――
【鞠】
「!!」
【赤羽】
「ッグアアァアアアアア――!!??」
視界を半分復帰させたと同時、目の前の組み伏せられた男子の断末魔の叫び。
【四粹】
「――――」
見たことの無い、気迫ある顔した副会長が彼の関節を強烈に取り押さえていた。
骨が折れる――そんな悲鳴だ。
【鞠】
「ッ副会長、やめなさい!!」
【四粹】
「――よろしいのですか」
冷たい目だと思った。
とても、全学生から信頼されている人とは思えないものだった。
いつもの構造的なものじゃなくて、極めて本能的な意味での、脅威。
【鞠】
「紫上学園学生の暴力は、紫上会の処置によって応じます……!」
【四粹】
「――承知、しました」
副会長が、彼を解放した。
それでも、起き上がってこれないほどに……あの数秒で痛みを味わったようだ。
【鞠】
「…………」
私は、起き上がらないといけない。
それから……痛みに悶えながらも体育館を、見渡す。
全員が、呆然としていた。当然だろう。
【野球部】
「「「――――」」」
【鞠】
「野球部の、誰でもいいです……彼を回収、してください」
【児玉】
「…………はい……」
ああ。
絶望だ。
この呆然は、どうしようもなく、絶望の表れだ。
【鞠】
「……………………」
だけど。
誰よりも、絶望していたのは――
【信長】
「――――――――」
【鞠】
「……時間、ですね。これにて、会見を終了します。学生はすみやかに退出し…授業に備えること」
【深幸】
「ッ……ま…待ってくれ会長、野球部は――」
……階段を降りようとした方向に、会計が走ってきた。
ああ……泣きそうな顔、してる。でも、仕方無い。これはもう。
【鞠】
「……ラスト1分を見ていた誰もが理解してると思いますが。野球部の誠意が……虚と化した瞬間を見ていたなら」
【深幸】
「……………………」
【鞠】
「貴方がたの申請自体は、無論受理します。それに対し紫上会がどんな処置を下すかは……後日、早ければ翌日にでも代表者に伝えます。以上」
会計が、膝を着く。
これで……決着。
【鞠】
「ああ、それと記者の皆さんには……ちゃんと、今回の会見の経緯を解説いたしますので、少々お待ちください……」
痛い。
視界が、歪んでる。
左目開かない。
たった5,6段の階段を降りることすら怖い足取りで、降りきって。
【鞠】
「……早く教室に戻れって云ってるのに」
誰も、退出しない。
そうする気力も無いんだろう。
その気持ちは、私も、分かると思う。
……私だって……最悪だよ。
【鞠】
「……何が、勝負を崇拝ですか」
【信長】
「ッ……」
【鞠】
「野球をしたい、って……思ったんでしょう――?」
【信長】
「――――」
答えられない。ずっと黙ってる。
でも、顔見れば、一目瞭然だ。
最悪だ。
最低だ。
【鞠】
「……嘘つき……」
――私は、待たせている記者たちへと、歩いて行った……。
【四粹】
「会長、手伝いいたします――!」
【六角】
「保健室行った方が良いんじゃねえのか……? 兎も角、俺たちも手伝うぞ菅原!」
【菅原】
「だね。ちょっとコレは、お金使ってでも黙らせておかないと……」
【笑星】
「……茅園、先輩……?」
【深幸】
「……ッ……ッッ――」
【笑星】
「ま……松井先輩――」
【信長】
「……………………」
【笑星】
「――何だよ……何だよ、この……終わり方――何でッ、こうなるんだよおぉおおおおおおおおおおおおお――!!!??」