5.02「退部!?」
あらすじ
「嘆願書って感じだよね……これ」砂川さん、残している1つの問題に目を遣ります。祭りの後は、嫌でも現実が眼に入るものな5話2節。
砂川を読む
Day
5/29
Time
15:15
Stage
紫上会室
【笑星】
「鞠会長、ジュース買ってきたー1㍑、一緒に飲もー!」
【鞠】
「要りません(←仕事)」
下剤とか盛られてるかもだし。
【笑星】
「ちぇ~……飲みたかったら冷蔵庫に入れとくから、勝手に飲んでねー(ごくごく)」
……まあそんな智略を練ってくる性格でもないし、現に今自分で飲んでるし、そんな心配は要らないんだろうけど。それなら何で私にそんな声を掛けてきたのかよく分からない。単に仕事を妨害してきたのか。それで仕事を盗もうとしてるのかもしれない。
まあ、体育祭の後処理はもう終わる見通したってるからやることないだろうけど。これが終わったら……文化祭。更に修学旅行の準備に着手していくことになる。
先入観に違わない、いずれも大掛かりな準備必須な巨大イベント。過去資料を見る限り、紫上会の1年間で山場に相当するだろう。
【深幸】
「笑星~俺貰うわー」
【笑星】
「オッケー。でも茅園先輩、紙コップとか非エコだよー。ちゃんとコップが食器棚にあるんだよー」
【深幸】
「お、マジか。そういや此処、宿泊環境ほぼ完備だったな……」
【笑星】
「麦茶も炊いて冷やしてストックあるから、どうぞどうぞー」
【深幸】
「笑星って結構そういう家庭的な気遣いできる系か?」
【笑星】
「んー……俺は全然そんなつもりないけど、俺ん家ビンボーだから、ナチュラルに節約心懸けてるかも。ねーちゃん、ストイックだし」
【深幸】
「……あの先生か……」
ということで繊細な私は今から吐血しそうなほど緊張してるんだけど、それをこんな信頼できない面子に任せた方が多量吐血できそうなので勿論仕事を渡すつもりはない。
【四粹】
「…………」
……ていうか緊張してる理由の4割ぐらいはもしかしたら自分の仕事を全うしている副会長の視線かもしれなかった。マジ見ないでほしい。集中乱さないでほしい。無理矢理集中するけどさ。
【鞠】
「はぁ……」
あぁー……夏休みも何か、ワケの分からない合宿が入ってるし……村田の様子も仕事上確認しなきゃいけないし、授業日は紫上会仕事で時間取れない分、休日は習い事の嵐……すなわち平穏な空を望む私の夏休みには大型台風がご滞在するのほぼ確定なのだった。
被害者面していいだろうか。先輩曰く「自業自得」らしいから控えた方がいいだろうか。
取りあえず仕事進めてよ。
【信長】
「……遅れました」
【深幸】
「おっ、待ってたぜー信長」
待ってない。
見遣る必要も無く、文化祭の土台の土台の土台を固める作業にカタカタする。
【信長】
「待たせてたか……?」
【笑星】
「どうせなら皆で確認しようと思ってさー。体育祭後初の、目安箱確認!」
【信長】
「ああ、なるほど。確かにイベント後のリアクションの多さにはいつもいつも驚嘆させられる。って……多いな……これ、もしかして去年超えしてませんか?」
【四粹】
「まだ正確に枚数を数えていませんが、恐らくは」
【信長】
「あの歴代で最も学園を騒がせたとすら云わしめた六角政権のリアクション数記録が早速塗り替えられるとは、流石会長だ……!」
【鞠】
「…………(カタカタ)」
それは嫌味かな。
ていうかその半分ぐらい、クレームめいたコメントなんじゃないのどうせ。
【笑星】
「それじゃ、内容、見ていこう! 仕事だ仕事だー!」
【信長】
「ちょっと待っててくれ、今アルスを立ち上げるから」
何か勝手に仕事始めやがった連中。
どうせ後で私が確認するのだから、無駄なんだということに気付いてないのだろうか。特に書記とか指が疲れるだけだ。それなら、野球部にでも顔を出していた方がよっっっっっぽど有意義だろうに。
【笑星】
「ふむふむふむ」
【深幸】
「へー……ほおぉおおおお……」
【信長】
「…………(カタカタ)」
【四粹】
「…………(←監視)」
どうせなら副会長もソッチ行っててほしかった。本当私にとって価値の無い連中め。
なんてことを考える私の過敏な思考も無価値だ。仕事だ仕事。
【笑星】
「……こうして見ると、ファンレターってやつかな、結構多いね? さっすが玖珂先輩!!」
【四粹】
「え……手前、ですか……?」
【深幸】
「玖珂先輩は常時ファンレター――ラブレター殺到してるけどなー。彼女作り放題じゃないすかー」
【四粹】
「は……はは……」
【信長】
「だが、笑星と深幸にだって殺到してるじゃないか。特に深幸とか、会長とタッグで弄り回されてて凄いじゃないか!」
【深幸】
「グサッ」
【鞠】
「グサッ」
【笑星】
「あー……カップルリレーだねー……(←ジト眼)」
【深幸】
「やめろ見るなそんな眼で見るな。あと蚊帳の外なコメントすんな信長。お前のファンレターの量も相変わらずだろーが」
【信長】
「玖珂先輩の前には霞むが、嬉しい限りだ。できる限り期待に応えるようしなきゃな」
【笑星】
「松井先輩は彼女作らないの?」
【信長】
「現状メリットが無い」
【深幸】
「お前いっつもその回答だよなー……」
価値の無い、ボーイズトーク……というやつだろうか、そんなものに華を咲かせるモテ男たち。イヤホンでもして音楽聴いてた方が集中できるかな。でも私、BGM流すタイプじゃないんだよなぁ。
BGMというのは、流すもののタイプにもよるけど、実際作業効率を変動させる重大な要素だと理系な研究で既に導かれている。ボーカル曲とかだと音楽に意識を持って行かれ過ぎて逆に効率が悪くなりがちだが、主張の少ない音楽や自然音、ぶっちゃけてまとめると周波数が脳の働きを助けるのだそう。詳しくは知らない。
だからこの無音空間は聴覚においてもうちょっと温かみをプラスした方が人間という作業主体の回転率は大きくなるのかもしれないが、私は寧ろ無音な方が、湿り気の無い空間で自分の一手一指が研ぎ澄まされていく気がして、集中できている気がする。元々この頭は先輩みたいに優秀なわけじゃないから、無駄なものは弓を引くように消し去っていかないと、一つの作業すらまともにできなくなる気がする。
まあ単純に慣れていないだけともいうが。今度先輩に相談してみようかな。たわいもない話題として。
と、早速雑念に支配されてきていた頭をリフレッシュすると、余裕のできた聴覚がまた余計なものを拾った。さっきまで和気藹々としていた面子へと意識がいってしまう。今は随分、雰囲気が静かになっていた。
【深幸】
「……今日の議題があるとしたら、コレになりそうだな」
【笑星】
「うん……」
【信長】
「…………」
【四粹】
「何か、発見されたのですか?」
ずっと私の方を起立したまま監視していた副会長が、会議空間の中央、コメントペーパーの拡げられたテーブルへと向かう。
【四粹】
「……なるほど」
【深幸】
「体育祭の余熱に浸ってる暇は無いってことだ。アイツらにとって……そしてアイツらを応援する人達にとって」
【笑星】
「嘆願書って感じだよね……これ」
【四粹】
「確かに、まだ完全に解決したわけではありませんでしたね……野球部は」
【鞠】
「(ああ……)」
何だ、その話か。
いや本当なら既に解決している筈で、問題と認識するのすらおかしいのだけど。
【笑星】
「何か、頭下げてる感じの文章だね……これって野球部の人?」
【信長】
「……いや、違うな。野球部の大会を楽しみにしていた人達だ。ざっと見て、ほぼ全てが周りの人が宛てたものだ」
【深幸】
「で、相変わらず誹謗中傷一直線なのが野球部か……」
野球部は私に誓約書を渡さなかった。大会に出るためにやむなしと判断したガチの部活、公認じゃなくてもいいやと予算を諦めたクラブ、何にせよ各々の部は各々の選択をして、今ものびのび活動している。誓約書を提出した紫上学園公認の部活動については勿論、私は申請さえあれば他校との練習試合だろうが予算の相談だろうが何でも対応している。しているといってもまだ5月下旬なんだけど、これからもそうしていく方針でいる。これは別にどこもおかしいことはない。
しかし、そこに何故かケチを付けてきているのが野球部……だった集合体。彼らは私に誓約書を渡さないという選択をしたにも関わらず、野球部が公認の部活動から除外されたことを不当だと1ヶ月以上主張し続けているキチガイ集団である。
勿論、こんなものをまともに取り合っている暇は私には無い……無かった、筈なんだけど。残念ながら最近ちょっと事情が変わってきているかもしれなかった。
部外者が口を出してきている……これに対しどう動くか、これは確実に野球部に対して同様なものにはならない。何かしら考える作業が必要になってしまったということなのだ。
【笑星】
「甲子園の予選って、いつなの?」
【信長】
「7月の上旬から中旬だ。エントリー〆切が、6月の28日……あと1ヶ月なのもあって、皆急いでるってことなんだろうさ」
【深幸】
「なんだろうさってお前、他人事じゃねえだろ……ほら、そこに会長居るぞ、アイツの首を何とか縦に振らせれば皆万々歳だろ。俺も手伝うぜ」
【笑星】
「それが最難関なんだよねー……」
……そう、野球部は現状決して無力なわけじゃない。野球部のトップである部長は無力だが、そこにいる書記は違う。この人は紫上会の役員なのだ。
私は一切引くつもりは無いが、この人に本気で駄々をこねられると流石にガン無視というわけにもいかない。野球部連中もその応援をする奴らも皆、それを理解しているから諦めていないとすら考えられる。
ああもう、結局作業が捗らない。
【信長】
「……………………」
【深幸】
「……? 信長?」
【笑星】
「松井先輩……どうしたの? 何か……変だよ?」
【信長】
「……いや、何だかな。云い淀む理由は無い筈なんだけどな」
そんな、文脈。
自然と私までもが引き寄せられていた話題の渦中。
野球部の希望の星というべき書記は、しかし――
【信長】
「俺、野球部を辞めた」
――この場の全員の思考を吹き飛ばす発言を苦笑混じりに放った。
【鞠】
「…………」
【深幸】
「――――」
【笑星】
「…………え……?」
【四粹】
「……辞め、た……?」
野球部を――辞めた?
【信長】
「はい。退部しました。といっても、既に野球部は野球部じゃなくなってたから、手続きとかは何もしてないけど……システム上問題は無いだろうし」
【深幸】
「――冗談……じゃねえのか?」
会計が、今まで聞いたことのないほど、言葉に詰まって親友と会話している。
間違いなく動揺している。アイツにとっても、この発言は大きな事件だということ。
実際……私もそう感じている。
【信長】
「こんなタチの悪い冗談を云うセンスは持ってないよ。本当だ。今朝、キャプテンたちに伝えた」
【深幸】
「はぁ――? 何だよ、ソレ……どうしていきなり!」
【笑星】
「そ、そうだよ! 先輩、めっちゃ野球部の星だったじゃん! 野球、頑張ってきたんでしょ!? それを、途中で辞めるなんて……」
【信長】
「俺は、遊ぶために野球をやってるわけじゃないからさ。試合をしない野球部は……俺にとって最早野球部じゃない。だから居ても仕方無い……俺には他にもやることがあるんだから」
【深幸】
「――だから諦めるってか!!」
会計が、静寂を突き破る、暴力に近い荒声を発する。
怒り……いや、焦り、だろうか。
【深幸】
「らしくねえよ、早計過ぎる! 見ろよ、目の前に現状ひっくり返すキーマンがいるだろうが!」
【鞠】
「…………」
【深幸】
「俺の知ってる、お前なら……まだ諦めねえよ! チャンスがあるんだから!!」
【信長】
「……深幸……」
【四粹】
「それに、仮に……といっても本来の形ですが、今年度の野球部が甲子園にエントリーできなかったとしても、松井さんにはまだ3年の夏があります。来年度しっかり誓約書を出せば問題は無い筈です」
【笑星】
「そ、そうだよ……! 何で、いきなり退部だなんて……」
【信長】
「……確かに、極端に見えるかもしれないな」
周りの反論を聞いて……彼は、小さく笑っていた。
それがどういう意味なのかはよく分からなかったけど、ただ……撤回をする気は無いのは感じた。
諦念の笑み、なのだろうか。
【鞠】
「(……いや……)」
何か、それとは違う気がした。
【信長】
「確かに……来年もある……筈だったんだがな」
【深幸】
「……信長?」
【信長】
「すまない、深幸。皆。もうひとつ、云わなきゃいけないことがあるんだ」
【笑星】
「え……な、何? まだ衝撃の一言控えてるの?」
【信長】
「そう溜めるほどのことではないんだがな」
私の考察は全然間に合わないまま。
書記は自分に関することをもう一つ告白した。
【信長】
「俺、今年度末に毘華に引っ越すことになったんだ」