4.06「楽しいの?」
あらすじ
「その発想全てが、私には、要らない」砂川さん、集会でもボッチ。新キャラが登場しますので、キャラページもご参考にどうぞ4話5節。
砂川を読む
Day
5/7
Time
14:30
Stage
5号館 体育館
【信長】
「――それでは、白虎チーム、ミーティングを始めます」
【白虎】
「「「うおおぉおおおおおおおおお!!!」」」
本日の5限は特殊だった。
取りあえず体育館には、白虎チームが結集していた。
【鞠】
「紅組とか青組とかでいいじゃん……」
無駄に格好付けて恥ずかしい。まあ体育祭の正式名称の時点で最強に恥ずかしいから今更と考えるべきか。
で、体育祭はどうやらAB学生が朱雀、青龍、白虎、玄武の4チームに分かれて競技に挑み、得点を稼いでいく形式らしい。チーム分けはクラス単位でされていて……例えばA等部の2年はD組とG組が白虎だ。だからD組の私や書記と、G組のチャラ男が同じチームになっている。
ちなみに自分たちは体育館を占有しているが、他のチームはグラウンド、ホール、食堂をそれぞれ使ってミーティングしている。食堂を引いたチームは多分今頃人口密度で士気が下がっていることだろう。
逆に体育館は寧ろ広すぎるくらいなので、私は悠々と壁に寄り掛かって体育座りしてながらステージで指揮をとる書記らを眺める。
【信長】
「まずは、白虎チームを先導していく立場の者を紹介します。団長、お願いします!!」
……一人、階段を昇り、ステージに。
女性だ。ちょっと意外。
【団長】
「――今回、白虎チームのキャプテンをさせていただくことになりました、菅原です。よろしく」
【白虎】
「「「うおぉおおおおお……!!!」」」
【鞠】
「……?」
私は全然知らないが、どうやらあの美人は有名らしい。美人だからだろうか。
【菅原】
「今度は私の方から、副団長を紹介いたします。まず、現紫上会書記であり、野球部のエースでもある、松井信長くん」
【信長】
「不肖ながら指揮させていただきます」
【菅原】
「それから、現紫上会会計であり、ダンス部のエースでもある、茅園深幸くん」
【深幸】
「うっす! よろしく!! 勝ちにいこうぜ!」
【菅原】
「それからB等部からは――」
【鞠】
「……ほっ……」
あの2人選ばれてるから嫌な予感が掠めたけど、どうやら私は呼ばれそうにない。
まあ当然といえば当然だ、ああいうのは信頼されていなければ指名されない。あと私既に仕事いっぱいだし。
【菅原】
「……今回のチーム編成は、それぞれのチームに強力な人材がばらけている、そんな印象を覚えました。特に玄武チームには、運動部でもひときわ結果を出している面々が多く、あの六角元会長までいます」
【信長】
「……あの人の運動神経はどうかしてるからなぁ……」
【菅原】
「が、しかし。この白虎チームも、決定的に劣っているわけではないでしょう。副団長2人もまた相当な実力を持っています。それに――」
……ん?
壁で体育座りしてるだけの私に突然視線が……
【菅原】
「――あの現会長まで、いらっしゃいますから」
【鞠】
「ッ……!?」
何故、話題に出す!!
【学生】
「おいおい……大丈夫かよ、カンニング会長……」
【学生】
「ていうか長距離やるんだろ……? びりっけつ叩き出しそうなビジュアルしてんぞー……」
ほら、ぼやかれる! あの団長もれっきとした敵ということか……。
【鞠】
「はぁ……」
【菅原】
「無論、皆さん一人ひとりの力を信じています。この体育祭で大事なのは、個人が作る勝利の空気と、それに乗っかる全員の協力、です。それを最も理解しているのは六角でしょうが……そんな彼の軍勢を倒したとなれば……それは最高の肴となるでしょう!」
酒飲みたいのかな。
【学生】
「「「うおぉおおおおお!!!」」」
何回叫ぶんだろうこの人たち。
【菅原】
「以上、私からの話は終わります。松井、よろしく」
【信長】
「はい。では、今からチーム対抗種目の参加者を決めます!! 決めるのは、地獄襷リレー、ダンス応援、紫上最強カップルリレーです!!」
【鞠】
「…………」
取りあえず私のことは忘れている感じだ。精鋭を探し出し、配置する作業に入っている。
一応確認と承認の作業済みなので、それらがどういう種目なのかはざっくり理解している。
地獄襷リレーは、10人規模のリレー。ただ指定距離が等間隔ではなく、後になるにつれて100m増えていくという。最初が100m開始だから、アンカーマンはなんと1km走らされる。
そんなリレーが4回行われる。つまり、合計40人を出さなきゃいけない大きな種目。
【深幸】
「ダンスリーダーは、俺が担当することになるかな。よろしく!!」
どうやらダンス部らしいチャラ男が指揮っていくダンス応援は、まあその名にあるようにダンスすることになる。チーム毎のダンス披露で、観客が一番盛り上がったチームが勝利ということになる。
【菅原】
「取りあえず……この中でカップル、挙手」
それから、あれは奇天烈な質問をしているわけでなく、紫上最強カップルリレーという莫迦みたいな種目。男女ペアとなって二人三脚をし、500mの障害物込みのコースを走るという伝統種目だ。これで恥かいたカップル、破局とかするんじゃないかな。大丈夫かなこの伝統。
チームで2ペア出さなきゃいけないらしいが……どうやらあの挙手の様子だとペアは足りそうだ。
【鞠】
「何にせよ、私には出番は無さそう……」
長距離走と、紫上会として出なきゃいけない種目……2つ出れば終わりだ。
そうと分かれば、少し寝てようかな……
【???】
「――こんにちは」
【鞠】
「…………」
目を閉じ膝に埋めた顔を、戻す。
さっきは遠くのステージに立っていたのに、団長さんが私の目の前に立っていた。ちょっとビビる。
【菅原】
「……砂川会長は、あまり体育祭に気乗りでないようね」
【鞠】
「……興味が無いのは確か、ですね」
体育座りは崩さず……警戒する。
自分を見下すこの先輩が、一体何を考えているのか。
【菅原】
「……そう警戒しなくても。私は別に貴方を退けようという立場にはいません」
……隣に座ってきた。
え、面倒臭い。
【菅原】
「私のことは、御存知?」
【鞠】
「……いえ、すみませんが、全く」
【菅原】
「でしょうね。じゃあ自己紹介をさせていただきます会長」
……クールビューティーなイメージがあったが、厳格なのかくだけてるのか、よく分からなくなってきた。ていうか何で自己紹介してくる。さっきやってたじゃん。
【菅原】
「前年度紫上会会計の、菅原二葉と申します。以後、お見知りおきを」
【鞠】
「……紫上会」
――そうか、だから皆知っていたのか。知ってて当たり前だろう。私も紫上会がどれだけ目立つ存在か、過去の文書を読んでいて流石に分かってきた。
さて……この人はつまり、私のことを、紫上会における先輩としても評価できる存在ということになる。うっわ、厄介。
【鞠】
「何の御用ですか」
【菅原】
「特に何か大事な用があるわけではなくて、ただ一度は貴方と対面しようとは考えていました。二つの理由でね」
【鞠】
「…………」
【菅原】
「一つは、伝統……というと堅いですね、文化みたいなものです。自分たちの全うしてきた紫上会を引き継いだ人達が、どのような人達なのか。それを皆、知りたがるものなのです」
【鞠】
「会計の跡を継いだのはあそこのチャラ男でしょうに」
【菅原】
「そうね。だけど……一番気になるのは、矢張り会長でしょう? 六角という破天荒な会長の跡を誰が継げるんだろう、と。正直心配しているんです」
【鞠】
「私はその六角という人も知りませんし、知る必要も感じていませんが」
【菅原】
「そのようですね。一応、玖珂や松井から話は聞いているんです……貴方の、やり方を」
……副会長はしっかり監視役として皆の頼りになっているということだ。ムカつく。何を報告してくれちゃってるんだろう。
【菅原】
「どうして、一人で全てやってしまっているの? 少なくとも、玖珂と松井の実力は私も理解しています。信頼に値すると」
【鞠】
「それは貴方の尺度でしょう。私からすれば全員「敵」です」
【菅原】
「……その敵意は、本物なの」
【鞠】
「どう解釈してくれても構いません。ただ、私には必要の無いもの。それだけです」
【菅原】
「そんな生活をしていて……楽しいの?」
……これまた、変化球を打ってきた。面倒臭い。帰りたい。色んな意味で帰れないけど。
【鞠】
「さあ。楽しかろうが楽しくなかろうが、どうでもいいことです」
【菅原】
「そう? 貴方の我が儘に、振り回される紫上学園のことを考えてほしいとは思うけど……それ以前に貴方は、その我が儘によって貴方自身が、幸せになっていないなら……それは一体誰が得をしているの――」
【鞠】
「それも、貴方の尺度でしかないでしょう。その発想全てが、私には、要らない」
【菅原】
「――――」
楽しさなんて、要らない。
余計なものは嫌いだ。ホントに。
【菅原】
「……そんな考え方をする人は、初めて見た」
【鞠】
「…………」
【菅原】
「六角はね、皆が楽しい紫上学園を本気で目指した。学生も、教員も、保護者も、関係企業も。一度決めた「皆」を妥協しようとはしなくてね。それに私や玖珂は振り回されたわ」
【鞠】
「…………」
【菅原】
「……六角の意思は、六角一代で潰えるのね……」
ぼそり、呟きが聞こえた。
多分私に伝えるつもりはない、ただ自然発生したものだったろう。随分、寂寥が詰まった。
【鞠】
「私は紫上学園の人達の喜怒哀楽など知りません。故に楽しみたいなら、楽しめばいいじゃないですか。紫上会が居るから楽しめる、なんてことはないでしょうから。気に入らない紫上会のことなんて、忘れてたって生活できるんですから。この体育祭だって、体育祭実行委員がいれば開催できる。紫上会はただその準備を完成させればいい。笑顔になるのに、紫上会は必要条件ではないでしょう」
【菅原】
「……なるほどね」
【鞠】
「分かっていただけましたか」
【菅原】
「単なる独裁欲じゃなくて、貴方が本気で貴方含め紫上学園のことがどうでもいいのだということだけは分かった。取りあえず、収穫はありました」
分かってなかった。まあどうでもいいからいいけど。
【菅原】
「引き続き、玖珂や松井を通して、個人的に貴方のやり方を見させていただきますね、会長」
【鞠】
「…………」
団長が立ち上がった。どうやらステージの方に戻るようだ。
……だいぶ時間が削られてしまった。睡眠は……できなそうだ。
【菅原】
「……ああ、もう一つの理由ですが」
【鞠】
「……?」
【菅原】
「村田の件は……ごめんなさい。あの子を矯正できなかった、前年度紫上会の落ち度もありますから」
【鞠】
「……アレは矯正できる種じゃありません。手遅れです」
【菅原】
「そうね。私も、そう思ってた。だから……貴方がやってくれて、助かったとも思ってる。貴方にやらせてしまって、とも」
今度こそ、立ち去っていった。
……取りあえず、私も分かったこと。
【鞠】
「あの団長、かなり、苦手……」