4.22「勝負脳」
あらすじ
「ヤベえ、驚きもしねえわ俺……」砂川さん、成果を見せる時。そして書記信長くんの素顔が垣間見れます4話22節。
砂川を読む
【信長】
「1位は――俺だろ!!!」
【鞠】
「……!」
【司会】
「ま、松井くんが砂川会長を、引き離していきます!! 松井くんも全力疾走に近い走りで残り2000m以上を挑みます!!」
【汐】
「……強敵ですね、松井くん。でも、それよりも鞠が可愛いぃいいいいいいい(←撮影)」
【宮坂】
「去年の長距離覇者である松井くんは更に実力を上げて立っている……そう易々と1位はくれないと思うがね」
【汐】
「さあ、それはどうでしょう? 毎日タイヤを引き摺り回してるなら別でしょうけど」
【宮坂】
「……タイヤ?」
会場が響めく。そりゃそうだ、長距離走にあるまじき全力疾走対決。それは短距離でやれって話だ。
だが、アイツは長距離だからこそ、あの全力疾走を殲滅の業として振るえる。運動部の全力疾走には流石に勝てないが、ソレさえ封じれば圧勝できる。
誰もあの身体に、そこまでの力が入ってるとは思わないだろう。その力とは何なのか。体力? 俺はちょっと違うと思う。
【深幸】
「根性……だとちょっと足りねえ気がすんな」
あれこそが、全霊をかける、の代名詞だと俺は感じた。今走っている姿じゃなくて、今に至るまでの、毎日のアイツの疾走姿だ。
「負けるわけにはいかないから」。
単純で、消極的ともいえるこの動機で――いったい人はどこまで頑張れる?
【信長】
「ッ――!!!」
1人、俺は知っている。「負けたくない」、ただその理由で今まで強者として皆の上に君臨してきた、男を。
【観客】
「もう何周差が出来てるんだよ、3位以下と……」
【観客】
「でも、この様子じゃ1位はあの松井だな……」
【観客】
「すっげえ、連覇すんのか……」
アイツの武器は、運動部としても最上位な、桁違いの速度……ではない。
何より凄まじいのは、気合いだ。勉強も、野球も、何事もやりまくればそのうち何らかが下降していく。俺ならまず飽きる。ヤル気が減っていく。研磨が減っていく。だがアイツにはソレが無い。寧ろ――上昇させていく。
無尽蔵の気合いで、雑魚を圧倒し、強敵に対しても幾度逆転していく。その不撓不屈の逆転力こそがアイツの背番号4番たる所以。
【深幸】
「……けどな、信長」
ホント、悪い。本来なら俺は一途にお前を応援するべきなんだけど。
【観客】
「ッ……!! お、おい!?」
【観客】
「……ウッソだろ……?」
俺、何となく、想像が止まらないんだよ。予想しちまうんだ。こんなこと、一瞬でも思いたくなかったけど、何となくこういう未来が見えちゃったんだよ。
【司会】
「ッ――!! 砂川会長が、松井くんとの距離を少しずつ縮めています!!!」
信長だって、完全じゃないと。
【信長】
「ッ……ハァ……ハァ……――!!」
完全とは、玉座に君臨するに相応しい、強者中の強者の持つべき絶対的力。
と、したなら……俺たちはあの実力試験の時に、思い知らされた。
【司会】
「松井くん、砂川会長、残り1000mです!!」
【鞠】
「フッ……フッ……――!!」
より完全に近い、規格外の化け物がこの世に居るんだと。
【深幸】
「……ヤベえ、驚きもしねえわ俺……」
だって予想していたんだから。今まで毎日見てきたんだから。
信長を誰よりも理解している俺が、毎朝、毎夕アイツの背を追い掛けたんだから。
嫌でも――分かっちまう。
【司会】
「残り500m――ッ……!!!」
【信長】
「ッ――!?」
【鞠】
「…………」
【司会】
「砂川会長が――松井くんを、抜かしました!」
どっちが勝つか、なんてさ。
【信長】
「負け――るか――!!!」
【司会】
「松井くん、更に速度を上げてきます!!」
押されて、それを良しとする信長じゃない。その時は自慢の逆転力で以て押し返す。
が……距離は引き離されることを阻止するばかりで、開いていく。
ソレを見てしまえば、初見の観客たちも嫌でも分かってしまうだろう。
誰が勝つか。誰が負けるか。
【司会】
「――ゴールしました!!! 1位は――」
……ほんと、ムカつくわな。
【司会】
「白虎、砂川会長です――!!!」
【鞠】
「ッ……ハァ……ハァ……」
……キッツ。
でもまあ、タイヤ引いて3000m走り回るのと比べたら、めちゃ楽なのを身体が覚えてる。だからこの辛さに対し、私の魂は何も悲鳴を上げない。
先輩直伝の短期トレーニングは、見事成功してくれたようだった。
【学生】
「い、1位こちらに座ってください」
【鞠】
「…………」
未だ熱戦を繰り広げているのであろう円周から内側に抜けて、「1位」の旗の下に座らされる。座る前に足伸ばしておこう。
と……
【信長】
「…………」
2位も来た。
……普通に速かったな。しかも規格外だ。何もかも無能というわけではなさそうだ。
【学生】
「では、こちらに……」
【信長】
「…………」
書記は2位の旗に座らされて――
【信長】
「――クソッ!!!」
【鞠】
「――!?」
【学生】
「えぇ!?」
――いきなり叫びだした。
【信長】
「クソッ!! クソッ!! クソッ!! クソオォオオオオオオッッ――!!!」
俯き地面に、クソを叩きつけていく。
……え、どうした?
【学生】
「…………(←怯)」
2位の旗を持ってる実行委員の女子が震えて私を涙目で見る。
え、助けてってこと? いや確かに目の前で上級生が発狂してたらそりゃ怖いね。私も嫌だ。
【鞠】
「……えっと、壊れましたか?」
【信長】
「何でッ、また、会長に負ける、松井ィ――!!! 何故弛みを赦した、信長ァァッ!!!」
壊れてらっしゃる。
【信長】
「――…………失礼、しました……」
と思ったら……何か急に落ち着いてきた。意気消沈が凄い。
【信長】
「すまない、怖がらせたみたいで……申し訳ない、俺は大丈夫だから」
【学生】
「は、はい……その、良かった、です……(←怯)」
【信長】
「……また、120%本気を出した場所で……会長に負けてしまった……」
【鞠】
「……はぁ」
端的に、悔しかった、ということだろうか。
にしても周りドン引きの迫力ある悔しがり方だった。
【信長】
「負けました、会長。見事な走りでした……流石です」
【鞠】
「……悔しい割には、あっさりそんなことを云うんですか」
【信長】
「負けは負け。それ以外の何でも、ありませんから」
【鞠】
「…………」
ああ……この人のこと、少しだけ、知ってしまったかもしれない。
ざっくり云えば勝負脳――それも筋金入りと呼ぶべきで、勝負に対する崇拝にも似た厳しさ。
私の中での無能でしかない印象、だいぶ変わった気がする。
【鞠】
「……貴方」
【信長】
「はい……?」
【鞠】
「ヤバい奴ですね」
【信長】
「……その言葉は、そのまま会長にお返ししましょう」