4.20「準備体操」
あらすじ
「俺たちは特に準備体操を拘ってこなかったな……」砂川さん、ラジオ体操します。ラジオ体操するだけなのに砂川さんに悲劇が炸裂する4話20節。
砂川を読む
Time
9:30
【司会】
「プログラムナンバー1、準備体操! これは単なる準備体操でなく、れっきとした一つの競技です。そこで観客の皆様にお願いがございます。この競技では各チームが順番ずつにラジオ体操を行いますので、応援するチームに声援と激励の野次をお飛ばしください。最も盛り上がったチームに、最大得点が入ります!」
お飛ばしくださいなんて表現初めて聴いた。
この体育祭では予め各競技の最高得点がチームに公開されている。例えばこの準備体操では50点という情報が示されている。では、1位以外のチームには何の得点も入らないのかというと決してそんなことはなく、その最高得点の何割かは獲得できるようになっている。何割か、何位まで貰えるのか、というのは競技によって結構異なる。
一応紫上会として体育祭実行委員の立てた計画全てに目を通しているので、私は全部分かっているわけだが……この体育祭で優勝する為には徒競走などの個人種目で1位と他上位を大量獲得し続けることが前提となり、更に1位と2位の得点差が激しい種目で1位を獲得することが基本の攻略法となる。
その観点でいえば……ぶっちゃけこの準備体操は落としてしまっても大丈夫と思われる。何よりこの種目は学生がどんだけ張り切ったところで、それを応援してくれる観客数が乏しければ絶対勝つことができない。攻略法は「組織票」となり、故に対策のしようが殆ど無い。無理矢理やろうとすると早速スポーツマンシップが危うくなる気もするので、ここは大人しく皆で楽しく準備体操しようぜ、あとお客さんのノリの良さ確かめようぜ、みたいなコンセプトに落ち着く。
【司会】
「順番はくじ引きの結果、玄武、青龍、朱雀、白虎となります。では……玄武、GO!!」
音楽が鳴り始めた。
因みに紫上会面子は快適座席空間から前方に出て、隣でお偉いさんに見守られながら、あと最前列の学生どもの視線を浴びながらラジオ体操することになる。あんまり意識してなかったけど、これもなかなかの鬼畜種目である。
【六角】
「うぉ~うぉ~~うぉ~~!! うぉ~うぉ~~うぉ~~!!」
玄武のターンなわけだが、何か歌ってる奴居るな。マイクも無しに凄い声量だ。周りの人可哀想。
【観客】
「六角さぁああああん!! 美声えぇええええええ!!」
【観客】
「六角ぅうう、今年も頭がおかしそうで何よりだあぁああああ!!!」
【観客】
「六角くん、大学出たら自社においでえぇええええええ!!!」
【観客】
「おいこら、それはコンプライアンス違反だろ、自社が貰うしッ!!!」
【観客】
「コンプライアンスかは知らんけど何かしら違犯だろ!! 六角は自社のものだあぁああ!!」
……ある意味観客が相当に盛り上がっている。
【信長】
「ど、どうする。流石に流血沙汰は阻止した方が……」
【深幸】
「先輩関わると毎年あんな感じだしいいんじゃね?」
六角という前会長は、会長になる前からきっととんでもない莫迦だったんだろう。
そして飛び抜けた莫迦は、時に天才よりも人を集める。
自分を天才と位置づけるのはちょっと恥ずかしいが、私をそちらとするなら奴は後者。
――天敵となり得る、危険な相手だ。
【司会】
「ありがとうございました、玄武の皆さん着席をお願いします。続きまして……青龍!! 立ち上がって、GO!!」
青龍のターンになったことで……こちらも2人、立ち上がる。
【四粹】
「…………」
座っている私の隣で、立ち上がり静か~にラジオ体操している人。
何だろ、この斬新な気まずさ。
【観客】
「きゃ~~~~!! 四粹様、今年も美しくて、素敵ぃぃぃ……!!」
【観客】
「ああ、ダメ……もう腰が砕けて……骨抜きぃぃぃ――」
だがしかし、先の六角のように目立つアドリブは何もしていないのに、勝手に声が集まっていく。
相変わらず、女性票がぶっ飛んでいる。ただラジオ体操してるだけなのに、ソレを見て大人の女性が腰砕けに晒される。ある意味色魔である。
【笑星】
「玖珂先輩、すっげーーー!!! ほら、此処だよ、玖珂先輩此処だよファンの方々ー!!」
そして狙ってのことかは知らないが、副会長という色魔がこの競技で強者であることを実質利用して雑務が客の意識を引き寄せる。
……今更だけど、準備体操ってこんなんだっけ。
【司会】
「青龍の皆さん、ありがとうございました。着席してください。次は……朱雀!! GO!!」
紫上会には朱雀はいないので、私の周りはまた静かになる。
【信長】
「やるな笑星、敵ながら見事だったぞ」
【笑星】
「え? いや、どう見ても凄かったの玖珂先輩だけど」
【深幸】
「お前の潜在能力、体育祭では脅威かもしれんな……」
コイツらも早速勝負熱に茹だってるようだった。
【児玉】
「フンッ!!」
【漢ども】
「「「フンッ!!!(←サイドアンドチェスト)」」」
【観客】
「「「キレてるーーーーー!!!」」」
おっと、朱雀にいたっては筋肉質な男子が上を脱いでポージングをし出した。ラジオ体操どこいった。何でもありか。
……私の耳で判断する限りでは、3チームとも素晴らしい盛り上がりだ。取りあえず観客も相当祭り好き或いは莫迦なのが判明した。
勿論、私は普通に地味に体操するだけである。
【信長】
「グッ……俺たちは特に準備体操を拘ってこなかったな……」
【深幸】
「皆のアドリブを期待するしか……いや、信長だって結構有名だし、何かアドリブしろよ」
【信長】
「は!? いや、そんなこといきなり云われても……俺アドリブというのは苦手なんだ。そこは圧倒的に深幸の領域だな」
【深幸】
「俺は紫上会とはいえ新参者だから、無名に等しいわなぁ……アイツらもまだ来てないだろうし」
と、副団長コンビが心配になっているうちに、順番が来てしまった。
【司会】
「ラスト、白虎チーム……GO!!!」
立ち上がる。飽き飽きなBGMが鳴り出す。
……まあこれは取れなくても構わない種目なんだから、焦らずいけばいいんじゃないかと思う。失敗して妙な恥をかいてモチベーションが壊れるぐらいなら。
ということで、焦りを覚える2人を余所に、私は何も考えないでゆる~く体操し始め――
【???】
「――鞠いぃいいいいいいいいいいいいい!!!!」
――!?!?!!?
【鞠】
「ッ!?!?」
突然の、スピーカー音。否、メガホン音。
周囲に恥を撒き散らす、真っ直ぐな叫び。
そして私の名。
思わず――後ろ、正確には東北側の立ち観客のスペースを、振り返る――
【汐】
「鞠いぃいいいいいい!!! キ・レ・て・る♥」
【鞠】
「――――」
【汐】
「あっ、コッチ向いてくれた!! 今私見ましたよね!! 私ですよー、お姉ちゃんですよーーー!!! あぁあああ学園ジャージ姿まじ萌ゆる鞠いぃいいいいいいい――!!!」
――メイドおぉおおおおおおおお!!!
あんのメイドおぉおおおおお!?!?
【笑星】
「まり……鞠? 鞠会長? てことは鞠会長の姉ちゃん!? 姉ちゃん居たの会長!?」
【鞠】
「居ません。あとあんな恥ずかしい人知りません」
【信長】
「いや、しかし、会長……さっきからずっと、明らかにコッチに叫んでますよ……?」
【汐】
「鞠ぃいいいいいいナイス、サイドアンドチェストーーーー!!!」
【鞠】
「そんなポーズしてないからつまり私じゃない別の妹です。知りません」
【深幸】
「……声震えてね……? あと顔紅くねお前? そんでもってちょっと涙目じゃね?」
【汐】
「あぁああああ鞠ッ、ラジオ体操してる鞠、ぴょんぴょん跳んでるウサギさん鞠ッッ!! あぁああああ私の強靱な腰が砕け散るうぅううううう――!!! L・O・V・E、MARIぃいいいいい!!!(←倒れながら撮影)」
そのまま存在ごと砕け散ってしまええぇえええええ――!!!