3.09「陰謀説」
あらすじ
「……何云ってるんですか、先輩。変わってなんかないですよ」砂川さん、ベッドの上で考えます。食中毒とか集団感染とか、どうしても犯人捜ししたくなりますね。本作ではそれはやらない3話9節。
砂川を読む
Time
21:00
Stage
砂川家 鞠の寝室
その夜……先輩に電話をかけてみた。
【先輩】
「― ……何か、マジ凄いことになってんのな ―」
久々の先輩の声だ、と身体が喜んだのを感じたものの、冷静に考えてそんな久々でもないよな、と思った。多分ここ最近色んな奴の声を浴びていたからだ。
インドアな私には溜まったものじゃない生活である。
【鞠】
「先輩、毎日こんなことやってたんですね……改めておかしい人だってよく分かりました。あと、ハッキングアプリと盗聴器使いました、便利ですねアレ」
【先輩】
「― あっれ、おかしいな……冗談半分で教えた犯罪業、いま駆使しちゃってるの? 俺、別に砂川に俺らみたいな生活送ってほしいわけじゃなかったんだけど…… ―」
【鞠】
「責任取ってください」
【先輩】
「― マジごめんなさい……砂川みたいなモブにまでそんな変革起こるなんて、やっぱ人生何が起こるか分かったもんじゃないなぁ…… ―」
取りあえず近況報告した。
先輩は頭おかしい学園で頭おかしい役職をやっているので、普通の学園の普通な組織構造とかに興味津津なようだった。だけど残念ながら私の紫上学園も恐らく普通とはちょっと遠いことになっていた。
【先輩】
「― ノロウイルスかあ……そういや何かニュースになってたような ―」
【鞠】
「確か、牡蠣とかが感染源なんですよね? だけど、その日集中感染場所になった食堂では牡蠣は提供されてないんです。実力試験前日の御輿イベントでもあったので、そんな恐れのある食材は寧ろ禁止してます」
【先輩】
「― じゃあ人から人に感染したんじゃね。感染者は吐瀉やら排泄やらでウイルスを外に出すからな。それを身体に付着させた状態で彷徨いた。特に、食堂を ―」
【鞠】
「……それって、無知過ぎる莫迦か、或いは故意か、ですよね」
【先輩】
「― 感染症にかかったら外出控えるのが常識だ。まあ、症状が出てないタイミングっていう線もあるにはあるが……自分の試験に支障が出るのは間違いない、どうして自分だけ、だったら周りも、って魔が差すかもしれないな ―」
【鞠】
「めちゃくちゃ迷惑じゃないですか」
【先輩】
「― だけど実際考えちまうし実行しちまうもんだろ。現に、実力試験覇者であるお前にケチつける奴が絶えないわけだし ―」
実力試験を、学力で勝負することができなかった連中が大勢居る。特に1年生の被害は尋常じゃない。
その事実が……私を倒せない連中にとって、最大の武器になる。
【先輩】
「― んで……どうするんだ? ―」
【鞠】
「え、どうするって?」
【先輩】
「― 何かこれからも頑張るみたいだし、ここで退陣するつもりは無いんだろ ―」
当たり前だ。それは例にない新種の敗北。
私が……先輩たちが莫迦にされる生活が確立されてしまう。
実力試験は年2回。私はあと3回受けることになるし……当然勝つ。今回は紫上会選抜が絡んでいたから厄介なことになってしまったけど、私の道の為だ、もうそれは仕方無いと諦めた。
私がやることは、変わらない。勝ち続けるだけだ。
【鞠】
「次あっちが何を目論んでくるかも分かってますし、それに対するカウンターも準備できてます。あとは待つだけですね」
【先輩】
「― ……何か、変わったなぁ砂川。そうさせたのは俺たちだって分かってはいるが…… ―」
【鞠】
「……何云ってるんですか、先輩。変わってなんかないですよ」
変わる必要なんてない。
これ以上、変わってほしくなんかない。
【鞠】
「だから先輩だって変わらず……私を、忘れないでください」
私が欲しいものは、もう揃っているのだから。
Time
22:00
先輩との通話を終えて……あとは寝ればいいんだけど、何となく私は資料をめくっていた。
作業を終えて下校する前に、堊隹塚先生に印刷してもらった、とあるデータだ。門外不出であるべき内容なんだけど、私は早速それを自宅に持ち帰って見ていた。
【鞠】
「……微妙な成績ばっか」
紫上学園A等部の学生、その成績がまとめられている職員室のデータだ。当然、会長権限でやっと学生が見ることのできるもの。
紫上学園は学力主義および結果主義を唱えているだけあって、たいていの教科の成績は定期試験の結果のみで評価付けられるようだ。そして定期試験の難易度は……これまた実力試験のようなものらしい。流石に範囲を絞ってはいるものの、授業で出された問題まるごと、という慈悲は無いとか。
だから、この成績はその学生のリアルな学力を表している、そう考えていいだろう。
ただ、紫上会に入るような面子でさえ10段階評価で半分いってない教科を抱えてるところを見ると、悪い意味で厳しすぎないか、と思ったりする。チャラ男に至っては何か失敗したのか、赤点すれすれな成績まである。前年度を見ると確かに、あの村田とかいう女の方が候補として安定しているのが分かる。
……それで、雑務は……
【鞠】
「うわ」
全体を見ると悪くはないけど、紫上会を目指しているガチ層のそれを比べるとどうしても見劣りしてしまう。1年後どうなってるかは分からないけど今年度は無理だろう、と予想されるのが当然。
実際今回の実力試験の成績も、半端と云わざるを得ない。
【鞠】
「……それで、ガチ層はというと……」
先生の云っていた通り、悉く候補たちの実力試験の成績欄は空白になっていた。
試験すら、受けていないという意味だ。
これは先輩の云っていた通り、陰謀説も渦巻いてくるだろう。まあ勝手に云わせておけばいいだけだから、これは今のところ放置で構わない。困るのは雑務だけだ。
……と。
【鞠】
「ん――?」
何となく眺めていて、ふと、とある学生のデータで目が留まる。
【鞠】
「邊見聡……確か……」
実力試験で、雑務の次に総得点の高かった1年、だった筈。
その彼の成績は……一言でいえば、不自然、だった。
【鞠】
「……1年の候補者として、名前が挙がっていてもおかしくない」
この学生はエスカレート生だから、過去3年、すなわちB等部時代の成績も記載されている。それを見る限り……1年ではトップクラスの学力を有する者の一人だろう。
もし仮に食中毒事件が起きていなくても、実力試験において勝者になり得た……そんな学力を持っている。なのに……今回の実力試験は、随分と点数が悪かった。グラフにしたら相当な下り坂だ。
【鞠】
「……陰謀説、か……」
この学生には……少し、注意しておいた方がいいかもしれない。