3.02「信用の無い者」
あらすじ
「大丈夫、やり遂げてみせるから!! いってきまーーーーす!!!」砂川さん、仕事し続ける。これが紫上会の日常な3話2節。
砂川を読む
Day
4/22
Time
15:30
Stage
紫上会室
【鞠】
「……………………(←かたかたかたかた)」
【信長】
「…………」
【深幸】
「…………」
【四粹】
「…………」
【笑星】
「…………」
……………………。
【鞠】
「……………………(←かたかたかたかた)」
……………………。
【信長】
「…………」
【深幸】
「…………」
【四粹】
「…………」
【笑星】
「…………」
……………………。
【鞠】
「……………………(かたかたかたかた)」
………………――
【深幸】
「って待てやごらあぁあああああ!!!」
……突然爆音が響いた。人の声だけども。
普通にうるさい。尚更うるさい。
【深幸】
「何1人でかたかたかた何もかも仕事してんだ芋女ぁ!! ちっとは俺らに仕事よこせやぁ!!」
【笑星】
「そうだよ砂川先輩、絶対大変でしょ1人で全部やるって!! 紫上会5人居る必要無いじゃんこれだと!!」
【信長】
「まあ、超絶時間の無駄だな俺たち……存在が無駄だな……」
【鞠】
「…………(かたかたかたかた)」
【深幸】
「ゥオイこいつ今日もしっかり無視ってんぞ……マジどうなってんだよ、どんな教育受けたらこんな鋼鉄って域で人を無視し続けられるんだよ……!」
【笑星】
「先輩~~~~!!!」
……ウッザい。
いっそこの人たち全員紫上会から追放すればスッキリするんじゃないか?
【鞠】
「……………………」
……結構魅力的なアイデアだけど、間違いなくリスクが大きい。先日反発してくる勢力を削いだばかりだというのに、それを復活させてしまうほどに抜本的。
現状それをしたくなるほど彼らで苦労はしていない分、まだ厄介事を抑えつける方を優先した方がいいだろう。
【鞠】
「ん……」
【笑星】
「はいしょ~お疲れですね~会長様~」
……何か、気付けば背後に居た後輩男子が私の肩を揉んでいた。
しっかり背があるチェアーにしっかり座っている私の肩を揉む為に姿勢が随分おかしいことになっている。取りあえず呼吸が耳に届く距離。これは軽くセクハラである。
【笑星】
「大丈夫だよ~安心してください、俺は全くもって敵じゃないから~(←もみもみ)」
……手つきは案外悪くない。指圧と同時に何処が疲れてるかを直感で絞り、そこを集中的に、強く、優しく揉みしだくような、経験あればこその業を感じる。といっても別に私は疲れてないので、この下心丸見えのマッサージで得られるメリットは全く無い。
ということでチェアーごと回転して莫迦を振り払う。
【笑星】
「うわっ!?」
【鞠】
「貴方たちに任せられる仕事など、ないです」
紫上会で扱う仕事の大半は、いってしまえば「シリーズもの」。大規模な処理を複数人で済ませようとする場合、処理の状況は当然関わる者たち全員で共有把握しておかなければ、相当の確率で非効率が生まれる。微少な非効率ならまだいいかもだが、「失敗」と呼ばれるほどに作業が食い違って大停滞してしまった時、その責任はまず上司に及ぶ。
……その流れを分かっていて、どうして全然これっぽっちも信頼していない奴らにシリーズ処理を任せることができるだろうか。奴らの失敗は紫上会の失敗、すなわち私の失敗。私の失敗は……精神的に私への真っ当な非難に繋がる。助けどころか私の足に絡みつく鉛にしかならない、ということだ。
【深幸】
「このコミュ障芋女……失敗したって助けてやらねえぞ」
【信長】
「いや、そこは紫上会一丸となってカバーするべきだろう……」
【四粹】
「我が身を削り支えいたすのみです」
【深幸】
「ぬー確かにそうあるべきだと俺も思うけれどもッ!! 何か悔しいんだがコイツが痛い目遭わなくて!!」
何とも薄汚れした心の持ち主だった。チャラ男と仲良くなる未来なんてまず存在しないだろう。だから何も気にする必要が無い……私は失敗しないよう、細心の注意を払い毎日ここに座るだけだ。
……だけど、チャラ男と違いそれすらしつこく邪魔し続ける奴は、流石に気にしなければならない。
【笑星】
「先輩~仕事を~~……!」
チェアーにしがみついて未だに足掻く後輩男子が、最高にウザい。
どうしてそこまで仕事をしたいんだろう。仕事せず給料が入るなら万々歳だと思うのだけど。
【鞠】
「信頼できない」
【笑星】
「そこを、何とか! 1日信頼してみてさ……一度騙されたと思って、ね?!」
騙そうとしてる時点で信頼に値しない。
本格的に振り落とす為、腰を使ってチェアーを左右に振り回す。
【笑星】
「んぐぐぐぐぐ負けるかー……!!」
【鞠】
「(私、何をしてるんだろう)」
遊んでるみたいに見えないだろうか。帰りたい。いや仕事はするけどさ。
……と、
【鞠】
「……!」
後輩との一戦闘の衝撃で、デスクの端に置いていた紙……私のメモ用紙が床に落ちて――
【笑星】
「――!!」
キャッチされた。
これは実に不覚だと私はすぐ立ち上がるが……
【笑星】
「――なるほど、これを後で調査しようとしてたんだ!! よし、この笑星が承りました」
【鞠】
「承るな」
【笑星】
「大丈夫、やり遂げてみせるから!! いってきまーーーーす!!!」
逃げられた。筋金入りの即行動だった。
【鞠】
「…………(←イライラ)」
【信長】
「えっと……今のは? 何か調査とか云ってましたが……」
【四粹】
「……チラッと見えたのは予算、という文字でしたね……もしや、部活動の予算調査の件ではありませんか?」
【深幸】
「ほう……予算調査。そういやダンス部にも何かそんなのされた時期あったなぁ」
【信長】
「これは、現在持つ実績、現在の活動風景、過去の調査資料などを比べ、部費の支給額を調整する新学期始めの大仕事の一つだ。当然毎年やっていて、例年だと誓約書受け取りと同時にやっていたな……挨拶回りと一括りにして」
【深幸】
「……ってことは、芋女、もしかして遅れてるんじゃねえのかぁああ??」
【四粹】
「いえ……いわば監視役として会長の仕事ぶりを調べさせていただきましたが、お見逸れの限りです。今年度は誓約書不提出の団体が多く見られ予算の配当を確定させることは間違いなく遅れると早期に気付かれ、4月専用の共用予算を一度立てておくことでその余りの配当含めてスムーズに5月以降の正式な予算を組み立てる形式を即席で採用されたのです」
気持ち悪いくらい分析されていた。
【深幸】
「えっと……つまり?」
【四粹】
「簡単に解消できる遅延でしかない、ということです」
【深幸】
「……チッ……」
舌打ちしやがった。本当性格悪い奴だった。帰ってほしい。
【信長】
「だが、笑星は調査なんてできるのか……? いや、できないだろう?? 何にもやり方とか、教えてないぞ……」
【深幸】
「教えてなきゃできないタイプの仕事なんじゃねえか……? そこんとこ玖珂先輩どう思ってます?」
【四粹】
「予算の調節といっても、実質的に例年大差はありません。おおかた平等……特に実績が期待される野球部などを除けば予算は単純な団体数の割り算で落ち着けます。そうですね……実際に団体を視察する意味は、予算を考えると云うよりも、ちゃんと説明通りの活動をしているのかの確認、の方が強いでしょう」
【深幸】
「ああ、全然別のことにハマってるなんちゃって部活になってないかー、みたいなとこすか。それなら、実際笑星が見た印象で判別してもオッケーそうすね。その辺アイツ絶対理解してないでしょうけど、支障は無いと」
【信長】
「とはいっても、その野球部含めて……今年度は学園公認の団体が一気に登録解除されてしまったから、予算は去年同様、では済まされないが……会長、その辺りは――」
【鞠】
「…………(←イライラ)」
どうやらこの連中は相当平和ボケしているらしい。
だから仕事を任せられるわけがないのだ。
【信長】
「か、会長……? 何か、相当に機嫌が悪いというか……怒ってますか? 笑星に仕事取られたのって、それほどの痛手ですか……?」
【深幸】
「いいじゃねえか、どうせお前コミュ障だしわざわざ部活覗きになんか行きたくねえだろ。笑星がやるって云ってるんだからグッドタイミングだろ――」
一度分からせておいた方が黙るかもなので、一旦クリアファイルに詰め込んでおいたB6サイズの紙の束を握って、連中が座っているところのミーティングテーブルに叩きつける。
【深幸】
「――? 何だよ、これ……」
【鞠】
「目安箱の中身」
【信長】
「…………え!?」
【深幸】
「お……お前、目安箱確認してたのかよ!? この前独裁宣言かましたお前が!?」
めちゃ驚かれた。
別にそんな奇天烈なことではないし寧ろ当然。学園の数カ所に紫上会へのコメントを入れる目安箱を設置し、それを常に確認することだって、紫上会の仕事……そういう文化が一般学生側にも根付いている以上、それを怠れば即行で私を叩きに来るに決まっている。
コメントペーパーは氏名や学籍番号の記入欄が必須要素として組み込まれており、無意味な投函やイタズラコンテンツには本人特定をして有罪処理を下した年もあったそう。なのでそう悪さをされない文化ではあるようだけど……
【四粹】
「……! これは……」
この目安箱に投函されたものについても、今年度は例外が発生していた。
ぶっちゃければ私や真理学園への罵詈雑言が形式無視(ていうか指定のコメントペーパーですらなかったり)で束を作っていた。
【深幸】
「酷いなこりゃ……脅迫文とかあるぞ。これでも動じないとか、ある意味凄えわ……」
【鞠】
「充分予想のできるイタズラにしか注目しない貴方の方がある意味凄いです。文脈無視ですか(←イライラ)」
【深幸】
「……は?」
【信長】
「……ッ――! おい……深幸……」
……やっと、気づき始めた。
【四粹】
「なるほど……これは、思っていた以上に、深刻な問題ですね」
【信長】
「見てみろ……こいつらを」
【深幸】
「……はぁ……?」
【深幸】
「何で……笑星が悪口叩かれてんだ……?」
この私ほどではないにしても。
あの元気で、私のイメージでは敵を作らなそうな男子宛てに、私と似たような罵詈雑言および脅迫文がそこそこの枚数投函されていた。
無論相違点は多くあるに決まっている。だが、これだけを見れば自然と考える筈だ。
【鞠】
「彼は一般学生から、私同様に信頼されていない」
【信長】
「ッ……まずい……そんな状況で笑星独りで行かせたら……!」
【深幸】
「お前……まさか、アイツに仕事やらなかったのは――」
【鞠】
「失敗するからに決まってるでしょう。私が信頼していない以前の問題。相手にされるわけがない」
……いや、それならまだマシ。
こうやって有罪処理の可能性すらあるやり方を使ってでも彼に敵意を剥いているのを考えれば――
【鞠】
「絶好の餌」
と、デスクに置いていたアルス一機が音を鳴らした。
着信でもない。メールでもない。
とある、アプリの特定条件下で発生する通知音。すなわち。
【鞠】
「――釣れた」

