3.13「そんなわけないよね」
あらすじ
「俺は!! 紫上会に、相応しくないんだよ!!!」笑星くんと邊見くん、親友の絆が試されます。3話の主役はもはや邊見くんな13節。
砂川を読む
Day
8/25
Time
8:15
Stage
紫上学園 正門
【邊見】
「……? あれ?」
いつも通りの時間の登校だった。
だから、いつもならえっちゃんや会長先輩と会える。けど今日はどっちとも会わなかった。まあ、特に約束しているわけでもないし、こういうこともあってもいいよね。そう思ってた。
だけど……校門の前で、彼は立っていた。
周囲の人に怪訝な目で見られながらも、それは気にしてない様子で、ただ……何か別のものを見詰めているような……見たことのない姿に思えた。
【邊見】
「……えっちゃん?」
話しかけた。
……えっちゃんの目が、元に戻らない。
【笑星】
「……邊見……」
だけど、反応してくれた。それだけで、ちょっとホッとする。
【邊見】
「おはよー。どうしたのえっちゃん? 何か、元気無いけど――」
【笑星】
「邊見……ちょっと、いい――?」
【邊見】
「え……?」
……………………。
Stage
紫上学園 用務通り
この時間に、此処に来ることは、まずないと思う。
というか多分、僕はこの一帯に入ったことが一度も無い。別に嫌なわけじゃなくて、ただ本当に、用が無いから。
だけど、もうすぐHRが始まろうという時に、えっちゃんはわざわざ此処に、僕を連れてきた。
【笑星】
「……………………」
ただごとじゃ、ない。
だから僕も、いつも通りではいられなかった。
【邊見】
「えっちゃん――どうしたの!? 何か、云われたの!? 何かされたの!?」
【笑星】
「……………………」
【邊見】
「何でも、云って! 会長先輩みたいに役立てるかは分からないけど……僕は、えっちゃんの、味方だから――」
――と、気付いた……えっちゃんが、俯きながら……涙を流してる、ことに。
【笑星】
「……ご…めん……」
【邊見】
「えっちゃん……?」
【笑星】
「邊見は……いつも、俺のこと、無償で助けてくれる……俺なんかのこと、親友って……云って、くれてたのに……俺――」
ドキドキとする。
胸が、騒いでる……静かに、だけど激しく……吐き気がしそうな、空気……。
僕はもう、何も言葉が出てこなかった。
えっちゃんが……分からなくて……ただ、えっちゃんの言葉を待つしかなかった。
だからか、聞き漏らすことも、なかった――
【笑星】
「俺、邊見に毒をッ、盛ったんだ……!!」
――えっちゃんの、告白を。
【邊見】
「……………………」
……それを理解するのに、随分と時間がかかったと思う。
一体、何を云ってるんだろうと……本当、ワケが分からなくて、結局思考がまとまるよりも前にえっちゃんが更に喋る。
【笑星】
「邊見がトイレ行ってる間に、俺は……自分が持ってたパンを、邊見のコップに、ジュースに漬けたんだ――だから、邊見はソレを飲んで、それで――」
そこまで聞いて、いつのことを云っているのかがやっと分かった。
きっと……実力試験の前日のことで。
【笑星】
「俺、お金が欲しかったからッ、だけど紫上会に入るには全然学力足りなくて、どう考えても無理で――だけど食中毒がいっぱい起きて、もしかしたらって――思って――」
あの時の、えっちゃんが抱えていた不安や葛藤で。
【笑星】
「いけるかも、紫上会入れるかも――けど、隣には、邊見がいて――!!」
そして……自分への。
【笑星】
「だから――俺は――俺は!! 紫上会に、相応しくないんだよ!!!」
絶望。
【笑星】
「邊見!! 邊見、俺は……お前が入んなきゃいけなかった場所を奪って……そんな奴に、紫上会が務まらなくて、皆から信頼されなくて、当然なんだ――」
膝を着いて、地面に頭を着けて……全部を、吐いていく。
見下ろす僕を、見上げることもできずに。
【笑星】
「――許して、なんて絶対云わない……俺、邊見の友達失格だから――紫上会も失格だから……だから」
【邊見】
「……………………」
……そっか。
そっか、そうなんだ。
そういうことを、するんだ。
【笑星】
「俺の、代わりに……紫上会に――」
【笑星】
「――え?」
地面に近い肩を掴んで、上に上げて……
【邊見】
「……だーめ。許してあげない」
抱きしめた。
【邊見】
「紫上会を辞めたりなんかしたら、折角、許してあげてもいいのに、僕許さなくなっちゃうよ?」
これ以上、えっちゃんが……僕の親友が、離れていってしまわないように。
【笑星】
「邊――見――?」
【邊見】
「よしよし……よく、頑張りました~」
背中を、撫でる。
色んなものを背負ってしまっていた、少し頼りない背中を、できるだけ優しく……。
【邊見】
「もういいよ~……背負い込まなくて、いいよ~……」
【笑星】
「邊見――なに、何してるんだよ……どうして――」
【邊見】
「えっちゃんは……独りじゃ、ないからね~……」
【笑星】
「俺に――優しく、してるんだよ……――」
戻ってきて。
戻ってきてえっちゃん。お願いだから。
【笑星】
「俺は……邊見に――!?」
【邊見】
「それはさ……もう、どうだっていいことなんだよ、えっちゃん」
【笑星】
「ぇ――」
【邊見】
「勿論、それはえっちゃんをこんなに苦しませてきた、決して小さくないことだよ。でもね、僕は……本当にどうだっていいから」
そんなことの為に、えっちゃんが何処かへ行ってしまう方が、絶望に値するから。
【邊見】
「結果が全て、なんだよ。えっちゃんが勝って、僕も勝って、でも砂川先輩も勝って。皆の為に玖珂先輩が立ち上がって。それで、今の紫上会が出来上がった。これはもう、事実だから」
そして、この事実はこんなことに比べたら、絶望とは程遠い。寧ろ――
【邊見】
「楽しみなんだ、僕……なれなかったのは正直悔しいけど、でもそれ以上に今……えっちゃんと砂川会長が、どんな紫上学園を作っていくんだろうって想像するとね……僕すっごい、ワクワクするんだよ」
【笑星】
「――――」
【邊見】
「だから……えっちゃん、これ以上僕に、迷惑かけないでよ。紫上会を辞めるだなんて、云わないで? まだ始まったばかりなんだから。えっちゃんお得意の行動主義が、まだ全然出てきてないよ? えっちゃんの本領は、そこからなんだから」
現実は、希望に満ち溢れている。
【笑星】
「無理だ――俺、なんかに――」
【邊見】
「ううん。ずっとえっちゃんを見てきた親友が云うんだよ、間違いないよ、えっちゃんは……皆を笑顔にできる人だから」
【笑星】
「ッ――!」
そう。えっちゃんは、希った道に、到達した。
ここからが、大事なんだ。
【邊見】
「皆を……僕を、幸せにしてくれるんでしょ? 笑顔が沢山の学園を、作るんでしょ?」
【笑星】
「――邊見は――俺を……こんな俺を、赦すの……?」
【邊見】
「さあ……どうしよっかな。どっちでもいいや。えっちゃんが紫上会に残ってくれる為なら赦すし、えっちゃんが紫上会でこれからも頑張ってくれる為なら赦さない」
どっちでもいい。
ただ――えっちゃんがこんなところで引き返すことだけは、絶対させない。
【邊見】
「えっちゃん……えっちゃんの、夢を訊かせて?」
【笑星】
「俺の――夢?」
【邊見】
「えっちゃんは、お父さんたちの為に紫上会に入った……だけど、入るだけじゃないよね? えっちゃんは、お金だけに憧れたんじゃなかったよね?」
【笑星】
「……俺は……俺は――」
がしっ。
背中に手が回った。強い力。強い思い。
【笑星】
「――邊見に……憧れたんだ……邊見みたいに、優しくて、俺を何度も助けてくれて、そんな凄い友達みたいに俺もなりかったんだ――俺も邊見みたいにッ、誰かを元気づけて笑わせる強い人に――!!」
本物の、えっちゃんの言葉。
【笑星】
「姉ちゃんに憧れたんだ! 家族の為に、ひたすら働いてくれて、お金稼いでくれて、しかも俺の学生生活まで第一に考えてくれて!! そんな格好良くて強い人に!!」
僕の知っている、情熱。
【笑星】
「六角先輩に、玖珂先輩に、松井先輩にも!! それに茅園先輩にも……砂川会長にも、俺、憧れてる……!! 俺よりもずっと、強い人達に!! そんな人達の……紫上会の中に、俺、入って――」
【邊見】
「――どう? えっちゃんは……どう思ったの?」
【笑星】
「――最高って、思った……! 俺はこれから、こんな凄い人たちの働く場所で、働けるんだって……ここなら、皆をきっと笑顔にできるって――!!!」
僕を夢中にした、堊隹塚笑星という人のすべてが、蘇る。
【邊見】
「なら、それを大事にしていこうよえっちゃん。これから、頑張っていこうよえっちゃん! それが……皆の無念への、報い方だよ。ううん、そんなの考えなくていい……勝者は、好きにやっていいんだよ!!!」
【笑星】
「邊見ッ――邊見ぃいいい……!!! ごめん、本当にッ、ごめんよ――!!」
【邊見】
「……うん……」
【笑星】
「絶対、頑張るから――邊見を、苦しませた分、俺が邊見を笑わせるから……幸せにするから――!!」
【邊見】
「うん」
【笑星】
「ありがとッ……本当に、ありがとう……ッ――!!」
【邊見】
「うん――」
きっと、えっちゃんのことだから……これからも何度も自問自答するんだろう。えっちゃんは素直だから。皆のことを第一に考えるから。皆の“冗談”を、真剣に聞いてしまうから。
だけど、えっちゃんは独りじゃないから。紫上会にはえっちゃんだけじゃないから。凄く頼りになる人達が揃っているのだから。
えっちゃんはきっと、進んでいける。走って行けるよ。
【邊見】
「…………」
――だけど、僕は一つ、えっちゃんに嘘をついた。
どうでもいいって、云った。
今回のことを、どうでもいいと。
【邊見】
「――そんなわけないよね」