3.12「魔の手」
あらすじ
「貴方は、数日前から悟っていた筈です。貴方は――実力試験で、勝てないと」笑星くん、毒牙に襲われます。言い訳のしようがないヤバすぎる3話12節。
砂川を読む
……今日も、俺はクラスで孤立していた。
昨日の事件で、何か変わるだろうか……そう思っていたけど。何も変わってなかった。
いや――
【学生】
「堊隹塚、カンニング疑惑だってよ……ほんと重ねて酷い奴だよな……」
【学生】
「そんな奴だとは思わなかったよ……」
――寧ろ、悪化してる。
【笑星】
「そんなこと、するわけ、ないのに……」
そんなことしたら姉ちゃんに絶対怒られる。
お金は、正当な手段でもって獲得するべき対価なのだから。
【邊見】
「えっちゃん、おはよ~」
【笑星】
「え……邊見? おはよ」
……もう一つ、今日ちょっと変だなって思ったことが一つ。
邊見が、違うクラスなのに、随分と俺に会いに来たってこと。
【邊見】
「えっちゃん、勉強ちゃんとやってる~?」
【笑星】
「え……? そりゃ、勿論……俺紫上会だし、学力無きゃ、信頼されないし」
【邊見】
「何だか別の理由で信頼されてない空気は、あるけどね~」
【笑星】
「んぐ……やっぱり、気付いてる、よな?」
【邊見】
「親友ですから~」
きっと……邊見は、俺のことを想って、来てくれているんだ。
俺が、孤立しているから……。
【邊見】
「ごめんねえっちゃん、昨日えっちゃんが大変な時に、僕もう帰ってて……」
【笑星】
「邊見は全然悪くないじゃんか。謝らなくていいよ。邊見が謝る事なんて、何もない」
寧ろ、俺が謝ることの方が絶対多い。
邊見は、実力試験当日、体調を崩してたから……俺が無理させてしまったんじゃないかって――
【邊見】
「えっちゃん、また変なこと考えてる?」
【笑星】
「え……?」
【邊見】
「えっちゃんは、紫上会なんだから、皆を笑顔にするためにはどうしたらいいかー! みたいなことばっかり考えてればいいんだよ~」
【笑星】
「……邊見」
【邊見】
「その為に入ったえっちゃんは、それを頑張る義務があって……勿論権利もあるんだから、誰かにとやかく云われる筋合いは無いんだよ。だって、勝者なんだから」
……勝者。
俺は勝者……なのに。
どうしてこんなにも、弱いんだろう。邊見の方が遙かに優しくて、強くて……俺を助けてくれる。俺が助けようとするよりも沢山、俺を助けてくれる……そんな邊見の方が。
ずっと――勝者の筈なのに。邊見は紫上会じゃなくて。
どうして、俺は紫上会に居るんだろうか?
【???】
「――そう、貴方は理解しなければいけません」
【笑星】
「ッ……」
色んな事を考えて。
色んなものに悩んで。
Day
4/24
ここ1日、2日俺が何をやっていたかとか、あまり覚えていない。
悪夢のような……何もない日常だった。そんな気は、している。
だけど、今俺は、邊見じゃない誰かと、会話している。
【冴華】
「……貴方と、少しお話がしたくて」
知ってる。村田先輩だ。
新聞部に居た……今はもう無くなってるけど……凄く頭の良い人。
……何で、今俺、そんな人と?
【冴華】
「……少し、意識蒙昧としているようですね。相当、精神的に参っているのではなくて?」
そうだ。だから、記憶があんまりなくて……。
【冴華】
「貴方は今、酷い目に遭っています。それはカンニングをした貴方の所為ですが、別に貴方をそこまで貶めたいわけではないんですよ、皆」
【笑星】
「……カンニング……?」
違う。そんなこと、してない。
【冴華】
「砂川鞠の時もそうですが、これを証明する手立てはお互いありません。ですから、貴方が否定する、それを彼らは非難する……この構図は下手をすればこの先変わることがありません」
もし、そうなら。
俺は延々、皆から……紫上会と、認められない……?
【冴華】
「それは何と云うか、お互い何のメリットにもならないでしょう? ですから、別の何かで以て、今起きている抗争には決着をつけるべきなのです。気持ちの良い学園生活の為に、いち早く現紫上会問題を終わらせなければいけない。貴方も、そう思うでしょう?」
【笑星】
「…………」
【冴華】
「ところで、話は少し変わりますが……貴方は、どうして紫上会を目指したのですか?」
【笑星】
「え――? どうしてって、それは……紫上学園の皆に、恩返し、したいから……」
【冴華】
「恩返し、と」
【笑星】
「皆に、沢山助けてもらったから……今度は、俺が皆を助ける存在になりたくて……皆で笑顔になれたら、絶対良いことだって……だから――」
【冴華】
「笑顔を撒き散らす……B等部の時点で多少噂になっていましたが、本当にそんなことを思ってるんですか? まあいいですけど。ただ……それだけじゃないでしょう?」
【笑星】
「……え――?」
【冴華】
「貴方には、紫上会に入りたい……否、紫上会に入らなければならない、それくらいの意気込みで紫上会を目指していた筈です」
……ドキリ、とした。
それは……もしかして……
【冴華】
「家族を支えたい――これだって、確実な理由でしょう?」
【笑星】
「な――何で――」
【冴華】
「実質、姉の給料のみが頼りの家。貴方は、今は健康体になりましたが学生の身。だけど、紫上学園なら、相当な額の恩恵を受けることができる……紫上会入りすれば尚更に」
そう……俺が、紫上会を志した強力な理由は。
やっぱり、お金の為で――
【冴華】
「貴方は、何としても、勝ちたかった」
村田先輩の言葉が――俺の心を、代弁する。
【笑星】
「そ……そう、俺は……もっと、楽させてやりたいんだ……父ちゃんも母ちゃんも、そして姉ちゃんも……」
【冴華】
「元々貴方は勉学が得意でなかった。だけど、志すようになってから、親友の手を借りながら、必死になって学力を上げた。実際、感心します。貴方は他の学生を凌ぐ勢いで学力を上げていったのだから」
沢山。本当に沢山、教科書を読んで。ノートを使って。鉛筆を消耗して。
邊見に質問して。邊見に教えてもらって。こっちに戻ってきた姉ちゃんにも夜附き合ってもらって。
【冴華】
「貴方の学力向上に貢献したのは、間違いなく……そう、間違いなく、邊見くんと姉である秭按先生でしょう。この2人に相当の労苦を味わわせておきながら、貴方は結果を出さないわけにはいかなかった」
相当な……プレッシャーを背負いながら……
本番の日が、速度を緩めることもなく、近付いてくる。
【冴華】
「貴方は、数日前から悟っていた筈です。貴方は――実力試験で、勝てないと」
【笑星】
「――!!」
【冴華】
「そうですね、ランキングでいえば……中の上、が関の山。邊見くんには可能性がありましたが、貴方には……」
また……村田先輩が、俺の思っていたことを……
【冴華】
「紫上会に入れる可能性は、無かった」
代弁、する。
【笑星】
「…………」
【冴華】
「だけど、前日……恐ろしい奇跡が舞い降りた」
【笑星】
「ッ……」
【冴華】
「貴方は……喜んだんじゃないですか? そんなこと、考えてはいけない、そう思いつつも……一瞬でも、貴方は――」
【笑星】
「ち……ちが――」
【冴華】
「自分が紫上会に入れるかもしれない、と」
胸が、突き刺されたような。
身体が、動かなくなるような。
立ってるのか、分からなくなるような気分のなか……村田先輩が、更に、俺に近付いてきて……目と鼻の先で、俺の目を、まっすぐ見詰める。
【冴華】
「……幸いにも、貴方と邊見くんは、昼の惨劇には巻き込まれずに済んだ。貴方たちは、食べ物を持ち帰っただけで、それを口には入れていなかったから。そう――」
更に、口を近付けて。
耳元で、俺に、語りかけてくる……
【冴華】
「――邊見くんも、ね」
【笑星】
「ッ――!?」
* * * * * *
【邊見】
「……えっちゃんは、大丈夫~?」
【笑星】
「え?」
【邊見】
「準備、できてる? 苦手は克服できた?」
【笑星】
「……微妙、かなー」
【邊見】
「そっかー……でも、どうなるかなんて、賽を振る前なのに分かるわけないよね~」
【笑星】
「…………」
* * * * * *
【冴華】
「気付いた――貴方にとって、今最大の敵は……邊見くんだと」
そんな。
【冴華】
「貴方は、何としても紫上会入りして、沢山のお金を手に入れたい……それを使って家族に楽させる、冗談じゃなく真剣な理由があるのに――」
そんな、わけが。
【冴華】
「ただ、貴方と一緒なら楽しい、そんなふわふわした理由だけで、貴方以上の学力を振るい……貴方から2つしかない枠のうち1つを奪おうとしている――敵が」
そんなわけが、ない――
【冴華】
「だから、今、絶対敵わない相手を……潰す最後のチャンスだった!! 貴方の手には……潰すためのものが、一つある――非常に危険な、食べ物が」
* * * * * *
【邊見】
「えっちゃん……ありがと」
【笑星】
「えっ……? いきなり、何?」
【邊見】
「んー……えへへ、何となく! でも、今、僕楽しいからさ~」
【笑星】
「楽しい?」
【邊見】
「こんなに、一生懸命になってるのって、きっと良いことなんだよ。だから……紫上会に誘ってくれたえっちゃんのお陰だと、思うんだー」
【笑星】
「……そっか」
【邊見】
「えっちゃん、ちょっとお手洗い行ってくるね~」
【笑星】
「あ、うん」
* * * * * *
【冴華】
「隙を見て――貴方は――」
【笑星】
「ッ……!? ぅぅぁぁぁぁあああ――!?」
【冴華】
「自分のしたことからッ、逃げてはいけません!!」
【笑星】
「――!?」
【冴華】
「云いづらいでしょう、その気持ちは分かります、ですから私が、また、代弁してさし上げましょう!!」
違う、そんなわけがない、俺がそんなこと――
違うんだ……俺は……俺は……
お金の為に……自分が勝つ為に――
邊見に――
【冴華】
「貴方が、彼に毒を盛った」
――毒を――盛った――
【冴華】
「前日はあんなに元気だったのに……当日、彼はマスクをし……フラフラしながらも……実力試験を受けました。結果、彼は貴方に敗北した……」
――そして――
【冴華】
「貴方は、今この現実で、紫上会入りを果たした」
――俺は、邊見じゃなくて、俺が……紫上会に――
【冴華】
「邊見くんは、体調を崩した自分が悪いと思っているそうですが……どうですか? 彼は……あまりに可哀想ではありませんか? ねえ、どう思いますか? 紫上会の堊隹塚笑星くん――」
どうって――ずっと、ずっと、そんなの……思ってきたことだ……。
【冴華】
「――何で、邊見くんが紫上会じゃないんですか?」
【笑星】
「――――」
視界が、下がる。景色が上がる。
膝を着いた……のだろうか、分かんない……俺は……何して……
俺は邊見に何をして――
【冴華】
「貴方にとっても苦しいことだった。実際よくあるんですよ。不思議には思いますが、そういう時……あまりに辛い記憶を、自分で封印してしまえることが……しかし、貴方は思い出した、不可解な現実を、紐解く……貴方がやったことを」
【笑星】
「――――」
【冴華】
「その上で、問います。貴方は――紫上会を、続けますか?」
【鞠】
「…………」