3.11「雑務の親友」
あらすじ
「えっちゃん、どうですかー? 迷惑かけてませんか~?」砂川さん、エンジェル邊見くんと会話します。やっぱり穏やかが至高な3話11節。
砂川を読む
Day
4/23
Time
8:00
Stage
霧草区
【汐】
「鞠、放課後いつになったら暇ができるんですか?」
いつものところに停車したところで、メイドが変なことを問うてきた。
【鞠】
「……は?」
【汐】
「だって学生の本質といったら放課後でしょう? あっちではずっと図書館に籠もるか習い事かで放課後全消費していたので……折角都会に引っ越してきたのですから、もっと遊ぶべきですよ!」
どうせこの人が遊びたいだけだと思う。あと学生の本質勝手に決めるな。
【鞠】
「……私は紫上会と習い事で時間を潰しますので」
【汐】
「ケチ~~~……」
車を出る。
さて、いつも通り歩いて登校を――
【???】
「あ~、先輩だ~」
【鞠】
「…………」
――したかったが、ちょっと初めてのパターンが来たので、後ろを振り返る。
【邊見】
「先輩、お車で登校してるんですね~」
【邊見】
「いつも、えっちゃんがお世話になってます~」
……一緒に登校することになってしまった。
一応、顔は覚えている。因縁付けてきた雑務の隣によくいて、何だかんだで私から雑務を引き離してくれる、学園生の中では便利で無害な方に位置する後輩だ。
ただ、関わりは薄い。そして名前覚えてない。
【邊見】
「あ、会長先輩は、僕のこと覚えてないですよね~。えっと、邊見って云いますー。邊見聡です~。えっちゃんの友達ですー」
機転を利かせて自己紹介してきた。
そしてビンゴだった。
【鞠】
「邊見……ってことは、実力試験の勝者……」
そして、本来与えられる筈の紫上会の椅子を与えられなかった学生。
【鞠】
「……何故私に話しかけてくるんですか。私にとって貴方も……いや、それよりも、貴方にとって私は敵でしょう?」
【邊見】
「え? 何でですか?」
【鞠】
「…………」
無害な性格というのは、それはそれでコミュニケーションに困る。そういえば先輩の妹もこんな感じだった……。
【鞠】
「雑務曰く、貴方は雑務と一緒に紫上会入りすることを目指していたそうですね。実際実力試験の結果はその実現を許していた。なのにそうならなかったのは……私の存在が原因でしょう?」
本当なら、あの莫迦が副会長で、この無害が雑務。私の気持ち的には逆だろって感じだけど、現実は更におかしいことになっていて、副会長に3年が入ってしまい、1年の枠が一つ消えてしまった。
勝者であるのに紫上会に入れなかった、最も強力な理不尽に見舞われた一人の筈だ。
【邊見】
「あ~そっかぁ……でも、まっいいか~ってなってるんですよねー」
が、恨み辛みを零すこともなくのほほんと笑うだけだった。
【邊見】
「そりゃ悔しいなーって思ったけど、じゃあ来年頑張ればいいんだし」
【鞠】
「うわ」
眩しい。チャラ男が云ってたキラキラってこういうこと? もうコイツが会長でいいじゃん、とか普通に思った。
【邊見】
「そんなことより、えっちゃん、どうですかー? 迷惑かけてませんか~?」
そんなこと、って云ったよ。
……こういう子ばっかりだったらもっと紫上学園は過ごしやすかったろうに。
【鞠】
「その様子だと、昨日の事件は知らないようですね」
【邊見】
「昨日……? 何か、あったんですか? 僕ちょっと用事あって、すぐ帰っちゃったんですけど」
……………………。
【邊見】
「……酷い……」
ぽわぽわとした声から一転、芯のある呟きが響いた。
ソッチは普通に怒るんだ。
【鞠】
「現状、雑務に何か罠にかける等して不信任の確たる証拠を作りクーデターを引き起こすのが連中の方針になりそうです。貴方は、その切っ先として利用される可能性が高い」
カンニング疑惑とか有るのも無いのも証明しづらい理由で攻めてくるよりも、彼を立たせる方がよっぽど強力な攻撃になる。
彼は偏に被害者なのだから。
【邊見】
「……実は、もう何度も誘われてるんです。今の紫上会を崩そうって……村田先輩とかから」
【鞠】
「…………」
またアイツか。
まあ、何か昨日の連中も呟いてた気がするし、どうせいつかまた面倒臭いことをやらかしてくると思ってたから、そこまで驚くことではない。
【邊見】
「でも、えっちゃんのお姉ちゃんは云ってるんですよ、本番は当日になった時点で始まってるって。試験を受けられるかどうかだって勝負なんだって。だから、全部もう終わったことなんだって、僕は思います。だから、村田先輩には、協力しません」
【鞠】
「……そうしてくれるとこちらは普通に助かります」
その立場に居ながらそんな声明出すとか、天使か。
【邊見】
「うーん……時間が解決してくれるのかな~……えっちゃんのどこが悪いんだろ~……」
【鞠】
「考え無し」
【邊見】
「あ~~……はい~~……」
否定しないんかい。
そして時間が解決するわけがない。奴ら……特にあの女子は、先輩が評価するほどに執着の強い相手。彼女が……易々とこの便利な被害者を諦めるわけがない。
【鞠】
「……そういえば」
【邊見】
「はい~?」
【鞠】
「訳あって貴方の実力試験、あとB等部の成績を参照しました。それを見比べる限り……実力試験は随分と調子が悪かったみたいですけど」
【邊見】
「あはは……ちょっと、体調悪くて~……手洗いうがいしたのになー」
【鞠】
「ノロウイルスですか?」
【邊見】
「違いますよ、ただの風邪です~。熱出ちゃってボーッとして……それで、点数伸びなくて。体調管理も勝負のうちって分かってたのになぁ~……」
……これは、ヤバい。
最高の餌じゃん。
【邊見】
「そういえばその日、食堂で集団食中毒、起きたんですよ~。僕もえっちゃんも食堂のイベント観に行ったんですけど、何か食べなくてよかった~」
【鞠】
「……何も食べなかったんですか」
【邊見】
「熱気が凄くて~。パンとか軽い物だけ貰って、すぐ2人で別の所行って、勉強してました~。2人で最終調整」
普通、凄い試験の前日の調整は一人でやりたいものだと思うけど。
どうせあの雑務に附き合ってあげた、とかそういう感じなんだと思う。
【邊見】
「そうしてるうちに夜になって……それから、ニュース見てびっくりして、絶対パンは食べないようにってお互い気をつけて、僕のお家で手洗いうがいをしました~」
手洗いうがいで完全に予防できるものじゃないけど、正直気をつけ始めるとキリがないものだ。それで実際2人共感染することなく当日を迎えたのだから、良かったと安心するべきこと。
だけど……
【鞠】
「貴方の家で何をやってたんですか」
【邊見】
「最終調整、2回戦です~」
【鞠】
「なるほど。それで……何か、飲みましたか?」
【邊見】
「え?」
【鞠】
「普通、客を入れたらもてなすでしょうし、貴方の家なのですから何か飲み物でも注ぐでしょう?」
【邊見】
「……先輩……それって……?」
【鞠】
「いいですか。相手は雑務が単純莫迦な性格をしているのをいいことに事実を偽造して押し通す連中ですよ。彼らによって瓦解が為し得ないなら、今度は――」
ちょっと私らしくない動作だが、仕方無い。
ここで彼の肩を掴み接近し過剰なほど距離を近付けて――
【鞠】
「かなりの確率で、内部瓦解を狙ってきます」
――とっておきの準備を、完了させる。