10.01「対峙」
あらすじ
「これから、じっくり……溶かすみたいに、壊してあげる」砂川さん、遂に相対します。本作のテーマは何だっけか、というのを考え浮かべながらご覧下さい緊張の10話1節。
砂川を読む
【???】
「――ほら。もう君の道は……元の形を、していない」
【鞠】
「…………」
眼を開ける。
光景は……よく分からない。ただ、其処に誰かが居る、気がする。
ソレは、言葉を放つ。その矛先は恐らく私だろう。
【???】
「お姉ちゃんが、壊しちゃったから。そして、君は逃げようとする。お姉ちゃんのことを、恨んで、嫌って」
【鞠】
「…………」
ソレは、笑う。
【???】
「でもぉ……帰って、来ちゃったね?」
こちらに問い掛けて。
でも答えは待たず、笑ってて。
【???】
「お姉ちゃんが、大好きだからね?」
私を、笑う。
【鞠】
「…………」
【???】
「君はお姉ちゃん無しじゃ、もう生きられない。ふふっ……ふて腐れてる姿も可愛いけど……もう、認めちゃったらどうかな?」
【鞠】
「何を、ですか」
【???】
「君は、変わらない……お姉ちゃんが大好きで、お姉ちゃんが大切で」
……私の眼が濁っていたか、焦点でも合ってなかったか。
よく分からないけど、ソレの姿が少しずつ、明確になっているような、気がする。
【???】
「お姉ちゃんと……ずっと、一緒に居たかったんだよね――?」
明確に、なっていき……。
【???】
「ほら……おいで」
手招きする。
それから、両手を広げる。
【???】
「お姉ちゃんは……ずっと、一緒に居てあげるよ――」
私を。
受け入れる為に。
【鞠】
「………………」
ソレは――
【鞠】
「……確かに――私は、変わりませんね」
【???】
「……?」
4月、紫上学園に移動しても……ずっと変わっていない。
もう2度と、とすら思っていたのに……結局私は帰ってきたのだから。それが証拠だ。
ずっと変わっていない。
人というのは、そう簡単に、場所が変わったからといって変わるわけではないんだなぁ、と思い知らされる。
……つまり、だ。
【鞠】
「私は変わらず――お姉ちゃんが嫌いだ」
【???】
「……………………」
というか、だ。
【鞠】
「抑も、貴方は誰ですか?」
【???】
「――? 何云ってるの? お姉ちゃん、でしょ?」
【鞠】
「論外。私にお姉ちゃんは居ません。百歩譲って……私がお姉ちゃんと呼んでいた人は、もう死んでいます」
莫迦らしい。ホントに莫迦らしい会話だった。
事実はどう足掻いたって事実なのだ。
【鞠】
「私の目の前で、殺されました。故に、もう私にお姉ちゃんは居ません。死んだ存在です」
故に、間違いなく。
其処に居る、形を成したモノは間違いなく別の誰かさん。
【???】
「…………夢が無いなぁ……」
【鞠】
「事実を云ってるだけですが。これ以上、妄信の類いに附き合う気は毛頭ありません。あと、どなたが存じ上げませんが……私の身体を、私の人生を勝手に掻きむしる真似は赦しません」
一応、直感はしている。検討はついている。
この光景、というか背景も見たことある気がするし、何よりこの充満している香り。
ようやっと、って感じだ。
【???】
「……いきなり、あの子を造った時はビックリしたなぁ……抹殺機能なんて組み込んじゃってさぁ。お姉ちゃん、流石にビビっちゃった」
とか云いながら、笑ってる。
……その仕草は見ていて無性に腹が立ってくる。
【???】
「本当、頭が良いんだからお姉ちゃんは困っちゃうなぁ」
【鞠】
「困ってるのは私です」
【???】
「えー、ホントに? その割にはさぁ……ここ最近随分、有効利用してるじゃん」
【鞠】
「これだけ迷惑を掛けられているのだから、利用できそうな時は利用もします。何か私以上の文句でもありますか?」
【???】
「……………………」
……笑みが少し消えた。
【???】
「何だ……変わってるじゃん」
【鞠】
「……は?」
【???】
「鞠ちゃんは……ちょっと、可愛くなくなっちゃった。誰が……そうさせたのかな。お姉ちゃんかな? 或いは……紫上学園の……そうだなぁ……笑星くん、とか――」
【鞠】
「貴方の印象など甚だどうでもいい。それで……結局貴方は誰なんですか」
【???】
「だから、お姉ちゃんだってば――」
【鞠】
「云い方を換えましょう。貴方は単なる私の所有物であるのか。それとも、その枠をはみ出る、私の危害となり得る「悪魔」であるのか」
【???】
「……教えない。いけずな鞠ちゃんに、お姉ちゃんはちょっと不機嫌になりましたー」
わざとらしく頬を膨らませてそっぽを向いたソレはしかし……
【???】
「……ふふっ……!」
何か、噴き出していた。
愉しそうである。
こちらはたいそう不愉快である。
【???】
「鞠ちゃんに、ちょっとだけ教えてあげる……」
【鞠】
「……何を」
【???】
「万物は、表裏一体」
【鞠】
「――!」
……その、言葉は。
【???】
「総てにおいて、創造と破壊は一致して起きている。何かを創れば、何かが壊れる。何かを壊せば何かが生まれる」
何処かで聞いた憶えがある。
……いや、ハッキリ憶えてるんだけどさ。私の何処かに深く刻みつけられたものだ。
【鞠】
「……だから、何ですか」
そう、だから何だという話。
価値の無い情報公開。だがソレは愉しそうに続ける。
【???】
「万物は、流転する――鞠ちゃんの、だーい好きな、道だって」
【鞠】
「…………」
笑って、それを云った。
【???】
「進めば壊れる。戻っても壊れる。悲しいねぇ? でも……大丈夫、そのたび新しい何かが生まれてる」
踊るように、私に何度も身体を向けながら。
【???】
「壊せば、壊すほど、色んなモノが見えてくる。愉しい愉しい、終わりのない……果ての無い旅路」
【鞠】
「壊すのは、私の道に立ち塞がる障害ぐらいです。壊すことに興味など微塵も無い、故に必要無いならやりません。創るのだって同様に。故に、私が楽しむこともない。私の在るべき道は確定している」
【???】
「うんうん、そうじゃなくっちゃねー! 鞠ちゃんのそういうところが、お姉ちゃんは大好きだから――」
燥ぐ。跳ねる。回る。
そうして、私の目の前に来て……。
私の眼前で、ソレは云い放つ。
【???】
「――これから、じっくり……溶かすみたいに、壊してあげる」
ソレの眼前で、私も云い放つ。
【鞠】
「先に溶けるどころか消えて無くなるのは貴方だ」
この会話には……どうだろう、どこまで価値があるんだろう。
【???】
「……ふふっ」
でも、私らしくもないが、続ける。
【鞠】
「現状私が最も邪魔と認識しているのは、貴方に他なりません。警告以上のものと捉えなさい」
【???】
「それも、いつか壊してあげる。このお姉ちゃんが、新しい私の鞠ちゃんを、本当の鞠ちゃんの道を、創ってあげる。最高に、甘くて、蕩けて、幸せな旅路を」
【鞠】
「私は甘いのそんな好きじゃないので謹んで遠慮します」
【???】
「えー、そんなことないと思うけどなぁー。普通にシュークリーム好きじゃーん」
これは間違いなく不必要なリアクションだな、と思った。
【???】
「……でも、お姉ちゃんは、大好きな妹の自主性も尊重してあげるものなのです」
【鞠】
「はぁ?」
【???】
「だから……基本的には、見守っててあげる。可愛い縁結びの同居人と、一緒にね」
【鞠】
「何度か殺しにかかってる癖に」
【???】
「事実上お邪魔虫だからねー。まぁ……実際は虫なんて可愛いモノじゃないんだけど」
【鞠】
「……上から目線がしっかりしているようですが、現状貴方は詰みなことを私は分かってます」
【???】
「ふふっ、そうだねぇ。鞠ちゃんはしっかりお姉ちゃんに染まってるからねぇ。だから、引っ込んでよって云ってるんだよー」
【鞠】
「…………」
【???】
「鞠ちゃんは……お姉ちゃんの期待を、裏切らないからねぇ」
急激に――視界が、溶けていく。
思考も、溶けていく。
【???】
「じゃあね。お話できて楽しかったよ。これからも……お姉ちゃんを、愉しませてね――?」
でも、感情が滾ってるのは――
【鞠】
「(絶対に……負けるものか)」
最後まで分かっていた……。