1.17「昼食の場所」
あらすじ
「この学園では、学力が正義……なら、これで私は静かに過ごせる」砂川さん、昼食の場所に困ります。これで一応メインキャラ全員と接触しましたが、出会い方としてはどれもこれも微妙な気もする1話17節。
砂川を読む
Time
13:15
Stage
紫上学園
【鞠】
「……どこで食べよ」
無事、4限まで終わった――と云いたかったのだけど、決して無事ではなかった。
正直今となっては予想できた事態だった……本日の授業、全部。
自己紹介回だ。
【鞠】
「…………(どんより)」
今日は寧ろ先生たちの方が騒がしかった。
「一体どんな勉強の仕方をしたらあんなことになるんだ!?」「真理学園の教師陣ってそんな優秀なのか!? でも彼処の学生たちって……その、アレだよね、そこまで~……だよね?」「今度エスカレーター進学予定のB等部3年生に講義してやってくれよ。実力試験のコツとかさ!」
……思いっ切り掻き回してきやがった……。
ということで4限終わったところでイライラが静かに爆発した自覚があったので、周りにドン引きされる前に静かなところに移動してきたわけだ。
さて、それはすなわちどこで昼食を食べるかという問題なのだが、相変わらず私はこの学園の地理を全然覚えていない。コンサートホールと自分の教室ぐらいしか分からない。
取りあえず天気も良いことだし間違いではないだろうなと思って一旦外に出てきたのだが、考えることが案外同じなのか、結構外で時間を過ごしている学生が多く見られた。間違いだった。
【鞠】
「……ま、どこでもいっか」
私は別に悪いことしていないのだから、貴重な昼休みの時間を大きく費やしてまで場所に拘る必要はない。人の居ないベンチか何かを見つけて……
【鞠】
「……ん」
あそことか、どうだろう。
Stage
紫上学園 用務通り
いや、私。何で「あそことか、どうだろう」とか思った。
【鞠】
「そりゃ人は居ないだろうけど……」
学園敷地内にひっそりと佇む、綺麗な校舎たちとは対照的な雰囲気を醸し出している小さい建物一式。あと独特の匂い。若干、生ゴミの香り。
設備を見る限り、焼却炉とか回収場所とか、まあそういうエリアなのだろう。
そんなところでわざわざ昼食を摂る人はまあ滅多に居ない筈。だからといって、穴場とは表現したくないものだけど……
【鞠】
「はあ……ま、いっか……」
食事の場所に特に拘りを持たないし、抑も食事に執着する性格でもない。食べれれば何処でもいいってことだ。
取りあえず手頃な段差を見つけて、そこに座り……膝の上に包みを拡げる。私の昼食は砂川専属のシェフが毎日お弁当に魂を注ぎ込むとか云っていた。
煌びやかな新鮮野菜と保温されてたっぽいサーロインステーキが、どう考えても高級という事実を焼却炉の前でお弁当を開けた私に叩きつけるかのようだ。
【鞠】
「んくんくんく(←食べてる)」
……特に感想が出てこない。多分、いや間違いなく美味しい。その道のプロが作ってるのだから客観的事実として美味しいに決まっている。
ただ、先も思ったように私は食事については拘りを持たない。生きる為に大事なものだというのは分かっているけど、それ以上のものを求めよう、という欲はそこまで出てこない。甘いお菓子とかは好き……だったけど。
勿体ないから、安物でいいよ……と云った方がいいのだろうか。安物だけで仕上げた先輩の料理で私は充分満悦していたのだから、舌に合わないということはまあ無い筈。
ただ、それは下手するとプロの魂を逆撫でするかもしれないし……私の我が儘で食材発注先から見直さなければならなくなり、家政婦たちに大変な面倒をかける。それは殆ど無意義な仕事だ。
彼らの仕事に、私は余計な口を挟まない。その方がお互い楽……そう結論づけている。但し、メイドの家政婦スキルについては例外だ。二度と料理などさせてやるものか。
【鞠】
「んくんくんくんく――」
【四粹】
「……え――?」
【鞠】
「んく――!? ッゴホ……ゲホッ――(←変なところ入った)」
ボーッと考え事しながらご飯を呑み込んでたら私の後ろの焼却炉の扉が突然開いた音がした。喉が大変なことにっ。
……人、居たのか……。
【四粹】
「す、すみません――! 大丈――貴方は……」
【鞠】
「はぁ……はぁ……喉が、焼けてる……」
取りあえず……振り返って見上げる。
後ろに立っていたのは、どっかで見たことがある気がする、男子にしては長髪で綺麗に決まってるじゃないかという感じの男子。
かといって中性的というわけでもなく、間違いなく男子なのだけど……先輩とは明らかに異なる男子だというのは断定できる。ビジュアルの話である。
【四粹】
「砂川、さん……ですね。驚かせて、申し訳ありません。不注意でした」
【鞠】
「…………」
そりゃ、焼却炉から出たら目の前の段差に女子が座ってお弁当を拡げているだなんて予想できないだろう。
この事件においてこの人は別に悪くないのは明らかだが、それを云えるほど私は敏捷的なコミュニケーション能力を持っていない。多分、今軽く睨み付けてるのだろう。
【四粹】
「え……えっと、砂川さんは……もしかしなくても、此処で昼食を……?」
ガン無視できる空気でもないので、頷いておく。ていうか喉まだ痛い。水筒のスイッチを入れて、フタ兼コップに保温の効いたお茶を注いでいく。
【四粹】
「そ、そうですか……なるほど……」
どうコメントしたものか、悩んでいる。そう律儀にコミュニケーションしようとする必要があるのだろうか。別に私たちは知り合いというわけでもないし、何の関係も無いだろうに。
【四粹】
「そうだ……もう何度も他の人から受けている言葉でしょうが、私からも一言申し上げます。実力試験の件、おめでとうございます」
【鞠】
「…………」
頷いておく。確かに今日、嫌ってほど貰った言葉だ。
【四粹】
「……村田さんは今非常に心が荒れてしまっていると話は聞いていますが、彼女のケアは手前もできるだけ尽力しますので、その……あまり彼女のことは――」
……わざわざ休み時間にまであの女子の名前は聞きたくない。ここらでエスケープしよう。
何故かこの人は私とコミュニケーションを続ける意思を持っているようだから、それを断ち切るようにコップのお茶を一気に飲み干し、お弁当を仕舞い、立ち上がる。
【四粹】
「あ……」
【鞠】
「邪魔だったから潰した。それだけです。私、端から関わるつもりなんて、ありません。それに……誰とも」
【四粹】
「え――誰、とも?」
【鞠】
「だから、テストで頑張ったんです。この学園では、学力が正義……なら、これで私は静かに過ごせる」
この人は今まで会ってきた学生たちとは違い、私に嫌悪の眼差しを向けていないのが分かる。まあ、テスト前に接触していないから“素”の彼を知らないだけかもしれないが、少なくとも今勝者の私への対応を考えている人だ。
理解し、呑み込むタイプだろう。だから私は、ここでハッキリ云っておく判断をした。
【鞠】
「故に、私の前に立たないでください」
【四粹】
「………………」
そのまま焼却炉を、立ち去る。
……気付けば結構いい時間だった。戻ろう……どうせ5限目も自己紹介なんだろうけど。
明日から、今度こそ私に穏やかな時間が戻る筈だ――
【四粹】
「……もしかして……彼女は、知らないのか……?」