1.14「分岐点」
あらすじ
「さあ、結果発表式の始まりだ!! 紫上会会長六角碧叉の名で以て、これの開催を宣言する――!!!」砂川さん、謎の儀式に召されます。「実力試験」と「結果発表式」はセットで覚えておくとスッキリする気がする1話14節。
砂川を読む
Day
4/8
Time
8:30
Stage
1号館 2D教室
【秭按】
「――ごきげんよう。土曜日はお疲れ様でした」
この日は、最後の授業ゼロの半日スケジュールだった。
そして1限が意味不明だったりする。
【秭按】
「少し時間がありますから、まずは実力試験の解答用紙を返却します。朝田くん、浅原くん、足立さん、安倍さん、阿部くん、阿部くん――」
【鞠】
「(もう採点したんだ……)」
教員の方々の日曜日はさぞ地獄絵図だったろう。
私はずっとだらけて自己採点すらしてない、最高の日曜日だった。
【秭按】
「……砂川さん」
【鞠】
「…………」
安そうなクリアファイルに挟まれた、私の解答用紙一式が手渡される。
……安そうだけど、ちゃんと校章が入ってるからこの学園のブランドアイテムみたいなものだ。多分断捨離の時に捨てると思う。私はクリアファイルとかあまり使わないタイプだし。
【秭按】
「松井くん」
【男子】
「遂に我らが信長様の点数お披露目だー……!!」
【信長】
「それをやりだすと発表式に間に合わないから後でな」
【安倍】
「おお、テスト返却されてもなお冷静だねぇー我らが信長様ー」
【信長】
「これでも可成りソワソワしてる……あんまり弄らないでくれ……」
【秭按】
「では、ホールに移動しましょう。始業式とはクラス配置が少し異なりますので、私が先導します。出席番号順一列を保つように」
……またホールか。
【秭按】
「――砂川さん。ちょっと……」
【鞠】
「……? はい――」
Time
9:00
Stage
6号館 コンサートホール
本日は何と、このホールでの1限だけで実質解散となる。荷物を置いているから一度教室に戻らなければいけないけど。
その1限は一体何をやるのかというと、「結果発表式」。
誰かに聞いたわけじゃなくただの予想だけど、多分合ってる――これは土曜日の実力試験の結果発表なのだ。
ただ、実力試験の何をこんな、A等部全員集めて発表するつもりなのか、どうしてそんなことするのか、ほぼほぼ予測できない。
【ヘキサゴン】
「――おはよう、愛すべき学生諸君」
……スピーカーから、声。時間ということだろう。
見ると、またステージに1人の男子が……今回はあの時の司会はおろか、パイプ椅子も見当たらない。
【ヘキサゴン】
「ま、かく云う俺も学生ですけどねー。ってことで、皆の六角会長だよー(ウインク)」
あ、ウザい。(断定)
【六角】
「土曜日はお疲れ様。3年も当然受けたわけだが、この実力試験の意義は特に2年生がピークと云える。狙っている人は、さぞ多くの困難や悩みに苦しんだことだろう。俺も身近に、ぶっちゃければ現メンバーのうち2人が2連覇を狙ってたから、傍目から見ても熾烈だった。しかし、それら全て、もう決着がついた。皆も知っての通り本当はこの試験には多様な価値がある……が、矢張り紫上会としては、どうか一番に刮目してほしい。この戦いの、“勝者”を!!」
【ノリの良い人達】
「「「おぉおおおおおおおお!!!」」」
【六角】
「さあ、結果発表式の始まりだ!! 紫上会会長六角碧叉の名で以て、これの開催を宣言する――!!!」
【ノリの良い人達】
「「「うおぉおおおおおおお!!!」」」
お祭り騒ぎだった。
何処も彼処も、五月蠅い。疲れたテンションには甚だ毒。ほんとやめてほしい。
【六角】
「さて、早速ではあるが、今回の試験結果の総評を、我らが学園長宮坂和雄氏より戴こう。お願いしまーす!」
何故拍手があがる。
【宮坂】
「……現代の若者のノリの良さというのにも、この1年で慣れたものだ。本来この紫上学園において、教職員というのは全く出しゃばることのできない隅っこのスタッフにしかなれない。それは紫上の精神が、君たち少年少女が自身の手によって道を切り開くことを愛しているからだ。極端に云えば、我々教員は講師として授業を担当するに留めるべきだとね。だが、六角くんが前に立ってからは少し教員の立場が変わったかもしれないな」
【六角】
「先生がたにも楽しんでもらった方が、紫上学園全体が良い雰囲気になるに決まってるでしょう? より親密になれば、活発で柔軟な授業にも繋がりうる。学生の学力向上のメインとなる手段は時間配分から考えて間違いなく授業による体得なのだから、学生と先生の関係が近くなるほどに、間接的に学力の向上が期待できる! その一本を頑張りました」
【宮坂】
「ああ、楽しかったよ。君たちが君たち自身の考えによってそれを良しとするならば、是非これからも結果を出し紫上の良き文化としてくれたまえ。早すぎるが、これは時期紫上会への期待事であり、六角くん達からのバトンでもある。受け止めてくれたまえ」
何この暑苦しい会話。
【女子】
「六角会長も、もう引退かー……私凄く好きだったのに……」
【女子】
「六角会長と四粹先輩の黄金コンビ、もう見れないのかなぁ……」
というような惜しまれる声が混ざりながら、自然と拍手に包まれる会場。
私は全然ピンと来ていないけど、六角会長さんはどうやら引退するらしい。会長って、何だろう。
【六角】
「おいおい……これは俺への手向けの花を贈る時間じゃないだろうに。だが、そうだな……ありがとう皆! ありがとう四粹! 楽しかったぜ!! そして、これからもただの六角を、よろしくな!!」
会場大盛り上がり2回目。
早く帰りたいので結果発表してください。
【六角】
「さて、本当に総評に移りましょうか。学園長お願いします!」
【宮坂】
「うむ。では、いきなりだがコレを見てくれ」
学園長、指パッチン。
すると後方のビジュアルボード設備が点灯して、画面を即座に形成する。指鳴らすその演出なに。
【宮坂】
「今回の実力試験の、それぞれの科目の平均得点と最高得点をまとめた」
【深幸】
「……ん……?」
【冴華】
「な――」
【信長】
「何、だと!?」
表だった。
学年ごとに、平均点と最高点がまとめられて……ってそれ、意味あるのだろうか。ていうか平均点どこもひっく。
【宮坂】
「この中には、そんなデータを作る意味があるのか、とい意見もあるかもしれないな。実際その通りではある。この実力試験の本質的な意義は、各々の得意科目によって自身をアピールすることにある。例えば、理系大学を受験する際に受けなければならない科目試験が、言語、数学全系統、理科2系統だった場合、それ以外の科目の点数は正直どうでもよいことになる。理科系統のうち2系統は捨ててもいいことになるしな」
【六角】
「なのに、そんな端から手を付けてすらない学生の点数すら、この表ではガチで勉強してきてる学生と同じ括りで平均点を打ち出してる。そりゃ3年生でも平均点が微妙にもなるわなぁ。進学特化クラスによってはもう文系理系どっちかの科目がカリキュラムに組まれてないわけだし、2年も2学期から科目の選択とか出てくるし」
【宮坂】
「そう。だから私はこの時間、このデータから君たちの得点力の傾向を分析するつもりは全く無い。ただ……少し、面白いことが起きたのでな。ふと考えたのだ。「学び抜いた果てに辿り着く境地とは、何なのか」を」
【六角】
「辿り着く境地……?」
【宮坂】
「これは、私の経験ではなく、私の親友が熱弁していたことだ。その親友は、とある変わった学園で……その学園の精神に従い、兎に角沢山学ぶことを教えられたそうだ」
【六角】
「沢山学ぶ……って、何かそう変わった感じには思えないですけど」
【宮坂】
「そこではどんなに変わった学生が居ても、必ず全員、幅広い活動を余儀なくされたという。文系理系で分けることもせずどちらも有りっ丈触れさせ、また数多くの仕事に就労させた」
【六角】
「あぁ、変わってますねガチ」
【宮坂】
「それでいて行事も多かったそうだが……学校経営の視点からしても、それは大変無理があるのだ。カリキュラムを詰め込み、学生たちの自由を多く束縛することは必ずしも学生たちの為にならない。膨大な収入源も必要となるだろう。社会のもと展開する以上、必ずといっていい、妥協の時は訪れる。だが、その学園は……妥協をしなかったそうだ。それは何故なのか、親友は問うた。すると親交のあった教師は、こう云ったそうだ」
「どんな手を使ってもいい、どんなルート構築をしたっていい、その果てに辿り着いたなら、そこに本当の自由が待っている筈なのだ」。
【六角】
「……よく、分からないですね俺は」
【宮坂】
「私も、その親友も分かっているわけではない。そう易々と一つの道の終着点には立てるわけがないしな。だが……こうして学園全体を眺める立場になってから、思うようになったのだ。分岐点を、我々は安易に作り与えていないかと」
【六角】
「分岐点?」
【宮坂】
「この例でいえば、文系科目で将来勝負する者は自動的に理系科目を学ばなくなるということだ。進学特化クラスのカリキュラムがまさにそれだ。数値で全てを判断するのは愚だが、それでも文系科目に絞った者たちは感じたんじゃないか? 数学や理科の問題は、随分と未知の世界だったと」
【六角】
「皆云ってんなぁ」
【宮坂】
「一般的に、今の君たちが学んでいる、暗記している知識そのものは将来役に立たないとされている。ならば、進学や就職において役に立ってさえくれればいい……それも分かる。が……本当にそれでいいのか? 私たちが勝手に作ったその分岐点によって、決して完全とは云いがたい大人が用意した道によって、君たち……いや人間が本来歩むことができる別の道とその価値を、あまりに残酷に殺してはいないだろうか? 経営方針というのはそう簡単には変わらない……が、その一方で私はそのような思慮をすることがあるのだよ。君たちには要らない話だとは思うのだが」
【鞠】
「…………」
【六角】
「何かすっごい深い総評っすね……俺も何か考えさせられそう……でも、あれ、何でそんな話になったんでしたっけ?」
【宮坂】
「そうだね、本当に君たちに伝えても詮方ない話だ。本来する必要がない。だが、意図せずそんな考えを掘り起こさずにはいられない……そんな試験結果だったからだよ。それを、この表はよく表している。どうだね六角くん。君たちの……3年の結果を見て、どう思う? 君もいくつか最高得点を叩き出している優秀者だが」
【六角】
「まあ、会長してましたからね……でも、正直他の皆だって、めちゃ勉強してるの俺知ってるし。それ考えたら、この平均得点はちょっと残念だなぁとは思いましたよ。5割超えるのがやっとってことですから――いや、待て。そうじゃないな……抑もこの統計の取り方が適切じゃない」
【宮坂】
「その通り。最初に弁解した通り、この表では君たちの学力分析はできない」
【六角】
「100点を叩き出してる奴も居る数学Ⅰは比較的簡単な科目とは云われてるけど、それでも勉強してなきゃ当然得点力は伸びない。だけど、勉強してない……勉強する必要の無い文系学生の点数も、この平均点計算には含まれている」
【宮坂】
「この平均点データから私が考察したことは……さっきの話だ。得点が全てではないが、その失点の大きさ、いや得点の放棄が現代の我々教育者の学力解釈の象徴というわけなのだよ。故に、今回の私の総評は、君たちにとって殆ど何の役にも立たないと考えて忘れてくれても構わないというわけだ」
【六角】
「なるほど……四粹にちょっと、文系科目でも教えてもらおうかね。興味ゼロってわけじゃないし」
【宮坂】
「私個人としては、垣根無い学びをオススメするが、それも無論戯言と受け取ってもらって構わない。以上が、私の総評だ」
【六角】
「学園長、ありがとうございましたーーーー!!」
……また拍手が上がった。
ていうか、ものすっっっごく長かった……。
