1.11「殺気」
あらすじ
「オーラが足りなすぎるだろ。それが、俺は気に入らねえ」砂川さん、チャラ男にも絡まれる。私もチャラ男が苦手ですが、見てる分にはイケメン大好きな1話11節。
砂川を読む
Stage
1号館 2D教室
がらがらがら――
教室の扉を開け、すぐ近くの自分の席に――
【チャラ男】
「よっ」
座ろうと思ったら何故か他の学生が既に着席していた。
しかもこっちめがけて視線と挨拶的なものを投げてきた。
【鞠】
「……………………」
最初から諦めていたのでいいが、本日も私に平穏は無い。
否、もう昨日の時点でそんなものは死んでしまっているのだろう。
だから、痛くも痒くもない。
【チャラ男】
「……んな嫌そうな顔すんなよ。俺もまあ、今そこそこ残念な気分なんだぜ?」
どうやら私は分かる程度には嫌そうな顔をしていたらしい。
【チャラ男】
「何か学園中が騒ぎになってるから、俺も気になって拝みに来てみれば……村田が云ってた通り、ホントに芋女じゃねえか」
男子学生が立ち上がる。
……結構な高身長だ。先輩と同じくらい……つまり170cmはあるということだ。
158cm程度の私は当然、軽く見下ろされることになる。
【信長】
「深幸……お前まで趣味が悪いぞ。村田みたいなことするんじゃない」
【深幸】
「あんな性悪なつもりはねえんだけどな。ただ、噂の渦中になるには……ちょっと、いやかなーり、オーラが足りなすぎるだろ。それが、俺には気にくわねえ」
【信長】
「相変わらずというか……だが、控えてくれ。砂川さんは特に、この学園で何をしたわけでもないだろう? 新学期早々、一人の女子を大勢で虐めているようなものなんだぞ」
【鞠】
「…………」
【深幸】
「副会長は相変わらず、たまらなく優しいねぇ。良かったなぁ、お前みたいな芋女に優しくしてくれる奴がこのクラスに居てくれてよ」
……そろそろ、帰ってくれないだろうか。
深呼吸……
【深幸】
「けどよ、そんな受け身な貧弱だから、村田みたいな奴に目を付けられるんだぜ。せめて今時の女子らしく、メイクの一つ――」
そして――放つ。
【鞠】
「消えて」
吐かれた息が、私の周囲を……教室を広がるように。
【深幸】
「ッ!?」
【信長】
「――!?」
【クラスメイツ】
「「「!?!?!?」」」
自分の感情で、空気を押しこんでいくように。
殺気を、拡げる――
【深幸】
「お――お前――」
【鞠】
「……HR、もう始まるけど」
……数秒しか、それはもたないけど。
たいてい、数秒あれば充分だと先輩は云っていたから。
【深幸】
「ッ……そう怒んなよ……村田みたいにからかいに来たわけじゃねえ、どっちかというとアドバイスだ。舐められないように振る舞え、ってな」
【信長】
「深幸、もう帰れ……」
【深幸】
「分かってるよ……邪魔したな!」
チャラい人は、最後までチャラチャラしながら教室を出て行った。あんまり殺気は効かなかったか。まあ所詮私だし。
……チャラ男と入れ替わる形で、先生が入ってきた。見事に時間通りだ。
【秭按】
「ごきげんよう。着席を。それでは……どうか、されましたか皆さん?」
【クラスメイツ】
「「「…………」」」
【秭按】
「……?」
【信長】
「(……砂川さん……ブチ切れてた、な……)」
【鞠】
「…………」
何だか朝っぱらから変な空気になっているけれど、構うことはない。
皆、私の敵だから。
Time
13:30
Stage
連絡通路
【鞠】
「……逆に、此処は分かり易い」
用事があって、私は放課後、職員室に行きたかった。
今回はしっかり下調べをしてきている。職員室が何処にあるのかというと……6枚の花弁のどれでもない。それらの中央に存在する、円柱型の7号館。
すっきり完全独立した建物ではなくて、周囲にある6つの建物と連絡通路が繋がっているようだ。実際私は、A等部の校舎である1号館3Fから伸びる連絡通路を使って、7号館を目指していた。
まあ、その連絡通路もグルンと円周を描いているようだから、他の校舎も、そして7号館も3Fに繋がっている筈。
そして7号館の3Fは、丁度良く職員室だった。
Stage
7号館 職員室
……児育園からA等部までの職員が此処に集まるのだろう。職員室は、自分の教室よりも遙かに広かった。まあ予想はしていたけど。
それで……あの人は……。居た。
大声なんて、あまり出したくないんだけど……
【鞠】
「堊隹塚先生」
遠くで何かデスクワークしている担任に、大声を……出せなかった。大声ではなかった。私大声出す性格じゃないもの。
だけど、案外届く時は届くのか。先生がこっちを向いた。
【秭按】
「砂川さん……? どうかしたの」
そして抑もこの人は苦手なのだけど。
だからといって、私が怖じる必要は無いのだ。だって、どうして私が怖じなきゃいけないんだという話だからだ。
【鞠】
「実力試験の過去問が前年度にもう配布されていると聞いたので」
【秭按】
「ああ……そうか、砂川さんは転入生だから、終業式日の配布物を貰っているわけもないか。少し、待っていてください。何回分ほど欲しいですか?」
【鞠】
「あるだけください」
【秭按】
「……気合い入っているのね。分かったわ」
……………………。
【秭按】
「お待たせしました。過去15年分の実力試験の内容です。」
凄い量だった。
200p前後はあるだろう冊子、15冊。実力試験のスケジュールは確か終日……ガッツリ一日使うということで間違いはなさそうだ。
【秭按】
「紫上学園名物である、A等部統一実力試験は4月と9月、学期の始めに行われます。紫上学園は現在、学力上昇熱を入れています。それもあって、普段の生活態度や授業成績は勿論のことですが、例えば奨学金や高等教育施設への推薦受験の際に、紫上学園ではこの実力試験の成績が大きく参考されるとのことです」
一番上にあった冊子を開き、ペラペラと捲り眺めてみる。
統一というだけあって、全学年全く同じものを受けるのだろう。そして3年が学ぶような内容も平気で入っているのが目に留まる。
つまり、基礎を測るとか、そんな生温いものじゃないということだ。
【秭按】
「好成績を収めて損はありません。が……実際に問題を解いてみれば分かるでしょうが、これは一朝一夕の努力で変化を起こせるようなものでもありません。精一杯の努力は砂川さんに何かの恩恵を与えるでしょうが、決して過剰な無理はされないように。それをして身体を壊し、当日試験を受けることができない学生が思いの外多いですから」
【鞠】
「……分かりました」
学力主義……村田もそういえばそんな感じのことを云っていたような気がする。この学園、偏差値はそこまで高くなかった筈だけど……いや、だからこそ上昇革命を狙っているんだ。沢山勉強してくれるように、メリットをぶら下げて。
まあ、実際――今の私には、限定的かもしれないけど、メリットは存在するわけだから……
【鞠】
「やるか」
取りあえず、帰ったらすぐこの過去問を解こう。
今日中に――全部やる。