10.09「昔の場所と今の場所」

あらすじ

「鞠会長は、戻りたい?」砂川さん、図書館に到着。未だ存在する過去、不都合な現実、様々な経験を強いられた彼女が手に取るのは……。図書館らしく静かに大詰めな10話9節。

砂川を読む

vsmari

Time

1:00

【ババ様】

「……広いところじゃの」

 まったくだ。

 紫上学園に来て、初めて一般の学校図書館というのを思い知った。同時に、此処のおかしさも痛感した。

【鞠】

「……ま、私には凄く好都合でしたが」

【凪】

「誰も来ない+授業サボり放題+寝放題」

【鞠】

「後半2つはただの職権濫用ですけど」

 考えたら私、それなりに不良娘だったんだね。

 不良には実は優しかった、そんな巨大な図書館は唯一変わらない景観だった。

【鞠】

「懐かしい、かも」

【ババ様】

「ババ様、広いところ大好き。鞠っ、探索じゃ。踏破するんじゃ」

 探索は別にいいけど踏破は無理だから。

 あと探索してる暇あるなら私寝たいババ様。

【臥子】

「図書館……本が、いっぱい……(←うずうず)」

【鞠】

「臥子?」

【臥子】

「知識のアップデート……(←ててて)」

 臥子がてててっと駆けていった。

 すっかり読書大好きになっちゃったみたいだ。何か罪悪感が……。

【凪】

「あの子迷子になるわよ。いいの?」

【鞠】

「元図書委員舐めないでください。迷子を見つけるぐらい造作もないです」

【凪】

「サボってた癖に」

 本格的にサボり始めたのは貴方たちに絡み始めてからの筈だけど。

 あと臥子は出来た妹なので迷子にはならない。

【凪】

「で……何処で休むの。リクライニング設備ならしっかりあるけど」

 リラックスエリアのことだろう。あの無駄過ぎる設備、まさかこんなところで役に立つ時が来ようとは。

 ……って、ん?

【鞠】

「あの……コレ、何ですか?」

 懐かしい柱の案内板を見てたら……一箇所、私の知らない表記があった。

 ていうか、此処は……

【凪】

「……貴方なら一瞬で分かると思うけど」

 「M」。

 其処だけ、「M」になっている。

【鞠】

「……誰ですか、こんなクソ悪趣味なことを考えたのは」

【凪】

「貴方の大好きな先輩だけど。伝説として残してやろうと」

【鞠】

「…………」

 まあ、確かに伝説と呼ぶに値するかもしれないけど……果たして一体この学園の何人が気付けるだろう。強いて図書委員が閃くぐらいじゃなかろうか。

【凪】

「……行くの?」

【鞠】

「大して用はありませんが」

 でも。

 もう此処まで来てしまったのだ。

 今更二の足を踏む労に魅力も感じない。

Stage

図書館棟 リラックスエリアM

 図書館棟。

 2F北東。

 其処は、「普通の閲覧席」だ。

 だけどいつしか其処は、景観は変わらずとも最早普通でないことが図書委員の中では暗黙の共有事実となった。

 不相応な広さ故に過剰に静かな中、けらけらと笑い声が溢れ。

 カップに注がれた苦いコーヒーの湯気が立ち。

 甘いクリームとパイの香りが、一帯をゆらめき包む。

 図書館のヌシ専用の楽園の座。

 別名――

 「魔女のお茶会」。

【鞠】

「……何、やってるんですか」

【笑星】

「あ」

 その景観が再び私の眼に映ることはない。

 代わりに……其処には、彼が座っていた。

 まるで紫上会室のテーブルを再現するように、机を4つ並べ合体させて、参考書やノートを広げていた。

 それは、この真理学園の図書館ではなく。

 紫上学園の紫上会室の、日常だった。

【笑星】

「鞠会長、やっと会えた~……勝手に居なくなるのやめてよホントー……」

【鞠】

「……別に貴方たちと一緒に行動すると決めた覚えありませんし」

【笑星】

「それはそうだけどさー……あ、復興作業お疲れ様、どこまでいったの?」

【鞠】

「地上の問題の電磁波はほぼ完全に除去しました。この学園の地下にはごっついのが溜まってて、それを修学旅行中に何とかするのは難しそうです。電波塔は完成しましたので、今なら自宅と電話できますよ」

【笑星】

「うわ、ホントに1日でやっちゃったよ……」

 正確には4分の1日だけど。

【鞠】

「……ていうか、修学旅行に持ってきたんですか、ソレ」

 彼の隣に、椅子を持ってくる。

 座る。

 数学だ。理系は保留宣言してたのに。

【笑星】

「ただでさえ遅れまくってるからね。毎日勉強、これが鞠会長との約束だし」

【鞠】

「……疲れてるでしょうに」

【笑星】

「文化祭の時だって、どんなに疲れてても2時まではやってきたからね。大事なのは積み重ねでしょ」

【鞠】

「……分かりました。あと1時間、数学を講義します。分からないノートは」

【笑星】

「そろそろ2冊目入ります!」

 ノートを受け取る。

 ……覚悟はしてたけど、何この絶望的な量のリスト。

【笑星】

「流石にもう年内コンプはキツいかな……?」

【鞠】

「文系科目の進み具合によります。まあ、いずれにしても1月中に終わるならそれでも全然構わないので気負う必要は全くありません」

【笑星】

「うん。分かった」

【鞠】

「じゃあ……始めます」

 ……私の平穏を確保するための準備。

 随分久し振りかもしれない。この時間は。

【鞠】

「(場所は違うんだけどな……)」

【凪】

「…………」

 変な話だ。

 何でよりによって、この図書館のこの場所で、私は雑務に勉強を教えているのか。

【笑星】

「うっわー等差数列舐めてたー……!! 何この応用の数ッ! 何この複雑な問題――!!」

 でも。

【鞠】

「これはどうでもいい情報ですが、その複雑な問題は実は数列の知識なんて無くても四則算ができれば解けます」

【笑星】

「こ、子どもでも解けるってこと……? また自信無くしたー……ほんと余計な情報だよそれー……」

 ……そういう違和感諸々は。

 このへっぽこ雑務を見ていると何か、どうでもよくなってくる。

 事実どうでもよいことだ。

【凪】

「……………………」

【笑星】

「ふぅ……流石に意識がのらりくらりだよ……」

【鞠】

「語彙の使いかた間違ってますけど、云わんとしてることは分かります」

 1時間。キリが良い。

 でも消費したリストの数、雀の涙。泣きっ面に金属バット、ぐらいの絶望感だ。……私もちょっと間違い始めた気がするので、ほんと引き際だろう。

【笑星】

「……ね。鞠会長」

【鞠】

「何ですか」

 道具一式を片付けながら、雑務が話し掛けてくる。

 相変わらず、お喋りだ。

【笑星】

「俺……井澤先輩に会った」

 でも、時々私の予測を破壊するようなことをしでかすし、言葉にする。

 天敵。

【鞠】

「……会いましたか」

【笑星】

「さっき電磁波が地下に溜まってるって云ってたよね。その通りで……井澤先輩はその地下で、地上に出られない状態だった」

【鞠】

「…………」

【笑星】

「1番強い電磁波に呑まれてるんだって。だから……今は、鞠会長に会えないって。それどころかもう電話もできないって。酷いよね」

【鞠】

「…………」

 その話は――実は、もう知っている。

 当然というべきだろう、汀先輩が総て知っていたからだ。

 でも……雑務は、会ったのか。

【鞠】

「貴方、それ相当に無茶な行為ですよね」

【笑星】

「変なお姉さんが附いてたから、大丈夫だよ。何ともない。でも……鞠会長を差し置いて俺だけが会っちゃったのは、何か申し訳なくて」

【鞠】

「別に……貴方の責任ではないでしょ」

【笑星】

「ごめん」

【鞠】

「謝る必要ない」

 取りあえず……。

 無事だって分かったんだし。

【笑星】

「それと、一応言伝も貰ってきたよ。先輩の方から会いに行くって。年越す前って念押ししておいたから、少しの辛抱だよ!」

【鞠】

「……そう、ですか」

【笑星】

「あ、でも抑も鞠会長電磁波除去れるんだから、普通に井澤先輩に会いに行けるんじゃ……」

【鞠】

「それは、多分やりません」

【笑星】

「え?」

 臥子が数日かかると云ってたんだから、中途半端で終わってしまうし。

【鞠】

「貴方が当初立てた中心目的は復興、でしょ。現状この頑丈な学園の地下の電磁波が漏れ出てくる恐れが無いのは分かってます。なら、優先するのは優海町民の生活の回復。予定通り進めます」

【笑星】

「……それで、いいの?」

 ……ほら出た。

 雑務の、何故か妙に鋭い問い。

【鞠】

「どういう意味ですか」

【笑星】

「鞠会長は、本当にそれでいいの?」

 私を試すかのような、身分違いの投げかけ。

【笑星】

「俺、優海町を、真理学園を巡ってみて……俺なりに分かったよ。鞠会長にとって此処と紫上学園、どっちの方が良い環境なのかを」

【鞠】

「……それは……」

【笑星】

「此処だよね。この図書館は……変わらない」

【鞠】

「…………」

 その、通りだ。

 戦火に森が囲まれようとも、同じく囲まれていた筈のこの場所だけはしっかり残存していて。

 変わりない景観をしているその様はまさに、ざっくり私の望んでいた「平穏」なるものを具現しているかのようだ。

 事実、此処は快適だった。

 私の場所だった――

【笑星】

「ね、鞠会長」

【鞠】

「…………」

【笑星】

「鞠会長は、戻りたい?」

 真っ直ぐ、見詰めてくる後輩の眼。

 逃げ場は無い。過ぎることもない。

 時が止まったかのように、すなわち私は確実に今、その選択をしなければならない。

【鞠】

「(私の、場所――)」

 それは――

* * * * * *

【ミレイ】

「――君の道を、お姉さんがぶち壊してあげる♪」

* * * * * *

【鞠】

「……もう此処に、私の場所なんてない」

【笑星】

「え――」

【鞠】

「私を知ったような口はやめてください。私は此処に、嫌気が差したから、転校したんです。此処は決して褒められた場所じゃない」

 そう。此処は不幸で……

 死んだ町。

 それよりも前に、私の平穏は既にぶち壊れて、死んでいる。

 此処で、初めてあの人に出会った時から。

【鞠】

「もう此処に私の平穏は有り得ない。なら……別の場所に賭ける方が現実的」

 ――万物は流転する、らしい。

 加えて、創造と破壊は表裏一体らしい。

 故に、もうそんなものはないのだ。一方で、別の何かが生まれているのだ。

 ならもう……歩かざるを得ないのだ。

 当初の道から外れ、だいぶ迷いに迷って何とか呼吸を落ち着けられるようにはなったものの。

 外れた代償は極めて大きく、未だ手から零し失ってしまったあの頃の平穏は戻らなくて。

 そして今、私は紫上学園という新たな世界で、紫上会という場所で、会長の座に着いている。

 ……現実的とは云ったが確実とは全く違う。現状、私の平穏はどんどん遠くへ離れていってしまっている気がしてならない。

 先輩まで、こんな有り様だ。どうせこの先もあの人は色んなトラブルに巻き込まれて、約束をギリギリ守る範囲内で私の前から姿を消すんじゃないかと嫌な未来が見えてて。

 私は、なんて不幸なんだろう。

 だったら……

 だったらせめて。

【鞠】

「……貴方に賭けるのが、現状1番期待できる解です」

【笑星】

「――俺?」

【鞠】

「会長になるんでしょう? 私の平穏を、作ってくれるんでしょう」

 これだって不安だらけではあるけど。

 せめてこの契約に期待ぐらいはさせろ。不幸な私にしては割とチャンスなんだと夢を見させろ。

 貴方は……あの人とは違うんだから。

【笑星】

「……………………」

【鞠】

「……な、何ですか。約束忘れてませんよね、そういう契約ですよ、だから私こんな頑張って――」

 黙り込む雑務に、何か寝惚け気味で変な事口走ってしまったのかと少々焦る私。

【笑星】

「……へへ……」

【鞠】

「……?」

 でも、ちょっとして雑務は、何か笑った。

【笑星】

「うん……そうだね。忘れてないよ、俺は鞠会長と約束したもん。俺が会長になって、鞠会長は落ち着いて」

【鞠】

「そう、ですけど」

【笑星】

「そっか、へへ……やっぱり、鞠会長は、最高だなぁ……!」

【鞠】

「????」

 ……雑務の思考が分からない。

 まあいつも通りだけど……その、親友に似た落ち着き気味の笑い方似合ってないからちょっとやめて、こっちに向けないで……。

【笑星】

「ね、鞠会長」

【鞠】

「な、何ですか……今度は」

 何か嫌な予感がして、目を逸らそうとした……が、両手を握られて、ついまた彼を見てしまった。

【笑星】

「今年度がたとえダメでも……来年度、紫上学園が新しい会長の思い出になるから」

 眼前の、彼がまた、その笑みを晒す。

 触れる手が、その変わらぬ純真の顔が、決意を晒す。

【笑星】

「会長になった俺が、やってみせる。鞠会長のことを――幸せに、してみせる」

【鞠】

「――――」

 ――“真実”を、晒す――

【鞠】

!?!?

 って何その表現ッ!?

【鞠】

「ッ……だ、だからそういうの要らないんで、平穏ッ! 平穏だけ! そういう謎の意気込みは――」

【???】

「……ほんとだわな」

【鞠&笑星】

「「え?」」

 ……あ……。

 突然3人増えた……。

【深幸】

うらぁ!

【笑星】

「ぐふっ!?」

 会計が軽めのラリアットめいたスキンシップで雑務の肩を引き寄せた。

【深幸】

「勝手に今年度を終わらせんなよ後輩!」

【笑星】

「あ、あっれえ、皆寝てたんじゃ!?」

【信長】

「何かよからぬ予感がしたんで起きた。そしたら笑星がフライングして会長と再会しているのが見えてな」

【深幸】

「随分来年に向けて気合い入れてるじゃねえか、それについてはまあ良いんだけどよ……」

【四粹】

「監視役の手前が居ない間に男女2人きりというのは、誤解を招きうる。是非とも我々がしっかりいる間の活動を心懸けて戴きたいですね」

【鞠】

は――!?

 何云ってんの副会長!? 何その発言、貴方らしからぬガチ注意!!

【笑星】

「いやいやいやそういうつもりでやってたわけじゃ――」

 何か、雑務が集中攻撃に遭っていた……。何だコレ……。

【深幸】

「……お前が笑星に協力してる理由はまあ何となく分かるがよ。来年度の準備もいいが、まだ4ヶ月ぐらい残ってること忘れんじゃねーぞ会長」

【鞠】

「べ、別に忘れてませんし、仕事疎かにするつもりもありませんけど。貴方たちの心配は杞憂です」

【深幸】

「いんや忘れてるな。会長、俺はお前に確かに云ったぜ。好きなようにやる、お前が迷惑に思っても勝者の俺は俺がやりたいことをやるって」

【信長】

「諦めの悪い俺も、勿論諦めていませんよ。1度完全に失敗していますが……貴方が俺の勝者であることは変わらない。誠の心で以て再び貴方に跪くことができるように、俺も参る所存です」

【四粹】

「……貴方に戴いたこの新たな生き甲斐を、どうか我が全霊を懸けて全うさせて戴きたく」

 え……あれ、今度は私に集中攻撃?

【鞠】

「……えっと……つまり?」

【3人】

「俺が幸せにするし」
「俺が幸せにしてみせます」
「僕が幸せにします」

【ババ様】

ぶっふ――!!

【凪】

「――――」

【鞠】

ッッッ寝て!! 貴方たち疲れてるから、寝てッ!!?

 何そのぶっ飛んだ自滅的嫌がらせッ!

 何、考えるんだっ、この人たちは……!?

【鞠】

「(な――何、これ……どうなってるの、熱い――)」

 身体が、変に熱い……。

 おい待て、こんなはた迷惑な自爆に何でわざわざ動揺してるんだ、私は。困った時はスルーでしょうに。

 ……私も可成り疲れてるってことかな。寝ないと、明日もあるから寝ないと……。

【笑星】

「……2人は何となーく分かってたけど、玖珂先輩まで……流石鞠会長、油断ならないね!」

【鞠】

「それ完璧コッチの台詞……」

【凪】

「……砂川。貴方一生モブでいくとか云ってたじゃない。なに謙一みたいなことしてるのよ」

【鞠】

「やめてっ……過労の私これ以上冗談でいじめるのやめてっ……何この仕打ち……っ」

【凪】

「(冗談のつもり、ないのだけど)」

 ……やっぱり、この解も。

 期待しない方がいいのかもしれなかった……。

PAGE TOP