10.07「いつの記憶?」
あらすじ
「……鞠ちゃんは、パパを恨んでるんじゃないかい?」砂川さん、一方その頃。朗報です、もうそろそろ終わりますエピローグ的な10話の7節。
砂川を読む
* * * * * *
【???】
「――どうしてだ?」
――声が、聞こえる。
真っ暗だ……此処は、何処なんだろう。クラクラ、する。気持ち悪い。
上下左右が分からない。前後も、よく分からない。
寝転がっているような。でも、水の中にユラユラ浮いているような気もする。
【???】
「…………市鴎……教えてくれ……**を、殺してしまったのは誰だろう。***担当****たちか? 或いは、****……****も***しまったこの私か――?」
そんな中で、ユラユラと、何かが、聞こえる……。
言葉だと理解する。でも殆ど聞こえなくて。
気持ち悪くて――
【鞠】
「(アレ……この、感じ……前にも)」
何も見えないけど、既視感はある。
【???】
「後は、任せたよ市鴎。時間だ……私は……毘華に渡らねば**ない。沢山の**たちが、一峰の仕事を***いるのだ」
誰かの声が、聞こえる。
叫びが。
悲痛が。
世界に響いて、私を揺らす……。
【鞠】
「(この……声、は……)」
【市鴎】
「***は、どうするおつもりですか! 今貴方が離れて、********は――」
パパ――?
【兵蕪】
「2度も、云わせないでくれ。任せたよ、市鴎――」
【市鴎】
「兵蕪殿……貴方は……」
私の……記憶、なのだろうか。
いや、知らない。知らない筈だ。
【鞠】
「(……本当に?)」
この響き渡る怒りや悲しみは。
自分から漏れ出るこの形容しがたい感情は。
私の知らない、事なのか――?
* * * * * *
Time
0:00
Stage
優海電波塔
【鞠】
「……ん……」
…………あ。
また寝ちゃってた。
【鞠】
「……臥子」
【臥子】
「おはようございます、姉様」
【凪】
「貴方一人っ子って云ってなかった? おはよう砂川」
えっと、今の状況は……
【鞠】
「電波塔は……」
【凪】
「何が何やらだけど、壊して直して完成したばっかりよ。私の想像してた数百倍は早い完成なのだけど」
【鞠】
「そりゃ従業員が疲労も余念も持たない機体ですから、すぐに完成しますよ」
【凪】
「未来を覗いた気分だったわ。因みにもう供給トンネルも完成してるわ。臥子曰く、いつでも復興に入れると」
【鞠】
「夜中ですし、音を立てずにはいられない作業は昼に回します。電磁波は?」
【臥子】
「各地のセンサー的に、ほぼ、除去完了。一部できず」
【鞠】
「できない……? 何処ですか」
【臥子】
「この町と地下と思われます。下層ほど、強力な電磁波感知。現在稼働する機体では処理不可。ふーが直接対処して、十数日の計算」
【鞠】
「……マジか……」
この最高傑作臥子ですらそんな掛かる魔境が地下に広がってるのか……。
【臥子】
「しかし、それら電磁波は地上に漏れ出ている様子がありません。よって、このまま電波環境の整備をするに支障ないとふーは思います」
【鞠】
「分かりました。地下は……町民の生活が安定したところで、取り掛かりましょう。時間があればの話ですが」
地下ってことは、真理学園の地下だろう。彼処にはいい思い出がない。
……彼処が関わってるっていうなら、妙に納得するものがある。そして其処に修学旅行の片手間で関わり切るのは無理だろう。
……ていうかあの学園長にそろそろ余計なことすんな的なこと云われてもいいと思うんだけど。一向に姿を現さないなあの人。会いたくないから、出ないならそれに越したことないけどさ。許可とるべき権力者は此処に1人居るんだから。
【鞠】
「よし……」
バッグに詰めていた、金庫よりもゴツい風貌をした鉄箱を開封する。
その中には私のアルス数台。うち1台の電源を入れる。
【鞠】
「……壊れたらショックなんだけど……」
その気配は見たところ無し。いつも通りの起動だ。
そのままコールする。
……………………。
【兵蕪】
「― もしもし、鞠ちゃん! ―」
繋がった。
これで、私のノルマは達成した……かな。いやまだ、先輩に会ってないけど。
【鞠】
「お待たせしました。電磁波を殆ど除去し、電波塔再建完了。こんな風に電話できるんで、色々通信はできるようになるんじゃないでしょうか。監査官は?」
【兵蕪】
「― 全然待ってないよ、恐ろしいほど早かったね。もうそっちに到着してるんじゃないかな? 連絡を取って優海町の状態を共有するとしよう。引き続き、MSBの注意は引き付けておこう。多分、もうそろそろバレると思うけどね ―」
それは仕方無い、電波塔が完成してこれからマスコミも動き始めるだろう。彼らのコントロールは一峰に任せてるけど、カメラで捉えられるようになってしまった現状については必ずMSBは気付く。
……ただ、復興度が進んでしまったからといって、何か破壊行為ができる組織でもない。こうなってしまえば実質彼らは無害というわけだ。
【兵蕪】
「― さて……鞠ちゃん、どうだい ―」
【鞠】
「……どう、とは?」
【兵蕪】
「― 久々の優海町……鞠ちゃんは何か思うこと、あったかい ―」
……その質問には、お互い忙しい中、一体何の価値があるんだろう。
【鞠】
「何か思うこと、って云われても……パパが悲しみそうなくらい、変わり果ててて、懐かしいとすら思いませんよ。抑もまだ7ヶ月ちょっとじゃないですか」
【兵蕪】
「― ……そうか。そうだね ―」
【鞠】
「…………」
変なパパだ。いや、変なのはいつも通りだと思うけど。
ただ……
* * * * * *
【兵蕪】
「後は、任せたよ市鴎。時間だ……私は……毘華に渡らねば**ない。沢山の**たちが、一峰の仕事を***いるのだ」
【市鴎】
「***は、どうするおつもりですか! 今貴方が離れて、********は――」
【兵蕪】
「2度も、云わせないでくれ。任せたよ、市鴎――」
* * * * * *
パパの声を聞いていると……さっきの夢の声を、思い出して……。
【鞠】
「……何か云いたいことがあるなら、明言すればいいじゃないですか、パパ」
【兵蕪】
「― え? ……いやー、はっは、鞠ちゃんには敵わないなぁ ―」
【鞠】
「早くしてください。今の私はパパに負けず忙しいんです」
【兵蕪】
「― ……鞠ちゃんは、パパを恨んでるんじゃないかい? ―」
【鞠】
「…………は?」
明確な発言をしてくれたけど……何ソレ。
パパを、恨む。
その理由は――
* * * * * *
【兵蕪】
「……鞠ちゃんは、継いでくれる、つもりなんだろう?」
【鞠】
「? まあ、断るだけの大きな理由もありませんから」
【兵蕪】
「なら……いずれ気付くと思う。もしかしたらその時、鞠ちゃんはパパを恨むかもしれないがね」
【鞠】
「……は? どうして」
【兵蕪】
「特に明確な理由は無いさ。だが人はエゴで生きている……人それぞれにね。一峰がどうしてここまで発展を目指したのか。何を目指したのか……それが分かった時、きっとパパの駆け抜けてきた人生は本当の意味で終着点を迎えるんだよ」
* * * * * *
あの時にも考えた気がするけど、結局分からなくて。
今回も、分からなくて。
【兵蕪】
「― パパが勝手に、優海町から鞠ちゃんを連れ出したじゃないか ―」
【鞠】
「え……? あ、ああ、そっち」
【兵蕪】
「― 他に何かあったかい? ありそうだねぇ、パパはいっぱい、鞠ちゃんに酷いことをしてる ―」
……何だろう、この文脈。
パパが何を考えているのかは今回も矢張り分からない。そういえば私はパパのお願いを受け入れて優海町を出て、それで紫上学園に転入したんだったと思い出したぐらいで。
……それ、だけのつもりだけど。
【鞠】
「私はパパの選択に同意しました。だから、その件で何かを思う必要は全く無いと思いますけど」
【兵蕪】
「― しかし、其処にしかないものだって、あっただろう? ―」
【鞠】
「…………」
【兵蕪】
「― これでもパパは、果たして鞠ちゃんを中央に連れ戻したことが正しかったのか、今でも見直しているんだ。鞠ちゃんの道を最も決めるべきは鞠ちゃんだ。私は過剰になってはいないかと ―」
【鞠】
「まあ間違いなく過剰だと思いますけど」
親バカってやつだろうか。私に対してもそうだし、画伯たちに対してだって。
自分の保有する力で以て、全力で理想を現実化しにかかる。実に強欲に、純粋に生きる人だと思う。
そしてそんなパパに、あの時の私は――
【鞠】
「――助けられた」
【兵蕪】
「― え……? ―」
【鞠】
「多分、これで合ってたんだと、思います。元々この町の死神っぷりにはウンザリしてましたから。だから……パパに私は、助けられたんだと思います」
故に……恨むことなんて。
何も無い。
【鞠】
「いつも、その……ありがとうございます。パパ」
【兵蕪】
「― …………………… ―」
【鞠】
「資材、トンネル使って運び出していくので指定の場所にちゃんと置いててくださいね。ではッ」
切った。
……何云ってんだろ、私も。
【鞠】
「はぁ……」
【凪】
「貴方父親のことパパって呼んでたのね」
ほんと何やってんだ私は。この人いたじゃん。
【鞠】
「……元はといえばアッチが所望してきたんです。そんなことより、見ての通りもう電話使えますよ。ほら、コレでも使って母親さんにでも電話してはどうですか」
鉄箱からアルスを取り出す。これは私の手垢の付いてないピッカピカの新品だ。今触っちゃったけど。
【凪】
「……一峰は何でもありね」
【鞠】
「貴方たちに比べたら全然でしょ」
【凪】
「借りるわ。……ありがと」
【鞠】
「…………」
お礼とか云われるの好きじゃないの、知ってる癖に。
相変わらずこの人も、というか優海町そのものが、私は苦手だ……。
【兵蕪】
「…………」
通話の終わった、その手を見詰める。
ありがとう、か。
【兵蕪】
「……できれば。それは云われたくはなかったんだが」
欲が深すぎるか。甘んじてこの苦痛は受け入れよう。
可能な限りの最効率でもって、私は君に好都合な父親でいよう。
だから、どうか可能な限り、私に好都合な範囲内で。
【兵蕪】
「君にしか作れない道を、大切な人と共に之け」
行動を再開する。再び、コール。
…………。
【冴華】
「― はい、冴華です ―」
【兵蕪】
お疲れ様。そちらは順調かな?
【冴華】
「― ええ、恐ろしく。それはもう、恐ろしく…… ―」
【兵蕪】
「ははは! 鞠ちゃん怒ると怖いからなぁ。パパも毎日怯えちゃう」
【冴華】
「― ならもっと日常的に気を付ければよいのでは……? そろそろ和佳も蔑みそうな勢いですよ……? ―」
【兵蕪】
「だが、勇敢で居続けたいからね。私なりの経営スタイルの一環さ。この歳になると一旦立ち止まったらなかなか進めなくなるからねぇ」
【冴華】
「― ……まあ、私もダメージには慣れてるつもりですし ―」
【兵蕪】
「ははは、頑張ってね! そして……満足できたなら、安心して我が家に帰ってきなさい。パパが抱きしめてあげよう」
【冴華】
「― ……ふふっ……ハグはご遠慮しますが……分かりました。兵蕪様 ―」
【兵蕪】
「うん?」
【冴華】
「― 貴方が、そういう父親で、良かったです ―」
【兵蕪】
「……それなら、いいんだけどね」
父親というのは、どうしてなかなか、難しい。
だがどうだろう……最低だという前提はあるものの。この私にしては、案外頑張れてる方じゃないだろうか。
君は、今のこの私をどう総評してくれるのだろうか。
編是――